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令嬢たちは皆踊る 前編


 夕暮れの到来と共に、そのダンスホールは開かれた。


 今日は舞踏会なのだ。

 私もそこに参加している。


 そのダンスホールは、普段私が訪れるホールよりも小さくはあるのだが、それでも4フロアが直結した作りで何十人も収容できた。大理石の床と隣には庭園が備え付けられ、庭園の向こうに見える小さな丘もアクセントになって、いい立地だ。


 天井から吊るされたシャンデリアからの橙色の明かりがムードを醸し出す。

 日が沈み、外は薄暗くなるがここだけは例外だ。

 たとえ夜になってもこの場所は、ほのかな明かりが灯り続けるだろう。


 フロアの中央には何十人もの若人達でごった返している。皆コロンの甘い匂いを漂わせ、新品のタキシードかドレスに身を包んでいた。


 壁際には今日の舞踏会を開催した、何人かの商人たち。

 彼らは令嬢、令息達のお目付け役で来た親と、にこやかに会話をしている。

 どんな腹積もりで何を考えているかなんて、知らない方がいいだろう。


 彼ら商人は、私のパトロンだ。


 そしてこの舞踏会の開催者でもある。

 私とマルテッロは彼らに頼み、今日の舞踏会に参加させてもらった。


 舞踏会は王族や貴族が開くものが常だが、小さい社交界や舞踏会になるとその限りではない。


 商人たちは最近盛んな貿易業で財力徐々につけ、貴族たちに習い舞踏会などを開いている。

 舞踏会を開ければ、自分の財力を周りにアピール出来るし、貴族たちと出会うチャンスにもなる。知り合えた貴族と懇意になり、最終的には王に紹介してもらって一代貴族の称号であるナイト、または男爵位をもらうのだ。

 今日もそういう場だ。勿論私は上位貴族なので、私のツテを頼りにしてくる人たちも少なくない。皆が貴族に憧れてる。

 気に入った相手は私が父に口聞きするし、それを目当てに来る人間も数知れない。



「ごきげんよう」

 私は壁際で会話をしているお目付け役の貴族と商人に挨拶する。

 私は彼らに軽く会釈し、微笑みかけた。私の笑顔に顔を赤らめる人もいる。

 さすが私だ。


「おお、今日も麗しいですね、カンパネラ嬢」

「お上手ですのね。褒めても何も出てきませんよ」


 今日の私は前回マルテッロと顔合わせをした時に、着たものと同じ薄い生地のパーティードレスに身を包んでいる。褒められて当然だろう。彼らの熱のこもった熱いが眼差しを送ってくる…特に胸元あたりに。いやらしいやつめ。だが、今は気にしないでおこう。

 これも仕事の一環だ。


 私が商人たちと話をしていると、それが気に入らないのか上位貴族の令息や令嬢が嫌な目線を送ってくる。ジロジロと何か、探りを入れるような視線を感じた。


「何か御用かしら?」

「い、いや…」

「ふふ、今度は、何かご用件があるようでしたら直接私に尋ねてね。そこで見ているだけでなく」


 私は彼らを見据え、そう声をかけると慌てて視線をそらす者ばかりだった。

 フン、何よ。

 彼らは親と商人のツテで舞踏会に参加しているくせに、私が自分で交渉して舞踏会に参加するのは気に入らないらしい。向こうから誘ってくるのなら知らないが、自ら率先して平民に頼むの貴族として下品な行為だとでも思っているのだろう。


 しかもそんな女が、庶子でありながら自分より身分が高いとは、彼らにとって私は目の上のたんこぶなのかもしれない。


 古くから領地を守ってきた貴族など一定の層には以前から嫌われていたが、例の男爵令嬢との事件以来、新興貴族たちからも目の敵にされることが増えてしまった。それでも私に普段と変わらず接してくれるのは、商人や下心のある放蕩貴族たちばかりだが…子爵令嬢のある友人を除いて。


 私は彼らから視線を外し、会場を見渡す。

 やはり、マルテッロは来ていないみたいだ。もしかしたら来てくれるかもと少し期待していたけれど。


 今日はマルテッロと以前約束した舞踏会に一緒に参加することになっていた…のだが、彼は騎士団の仕事で来れないことになった。

 幸い、この舞踏会は連日開催されるので、明日会うことにはなっている。

 …そういえば、顔合わせの時も彼は遅刻していたなと思い出し、沸々と怒りがこみ上げてきた。今この場にいない相手のことを恨んでもしょうがないが、明日会ったら文句を言ってやろう。


 私はポケットにしまっていた、彼からの手紙を出し、今一度目を通す。

 その手紙には明日は参加できるという文面と申し訳ないという旨の文章が書いてある。


「たく、『何が私の愛しい知人カンパネラへ』よ…子供じゃないんだから」


 あれから私たちは文通をしている。


 今日あった出来事や、取りとめもないことを書くのだ。お互いのことを知るため、私から提案したことだが、彼は生真面目らしくほぼ3、4日の頻度で必要もないことをしたためてくる。そしてマルテッロの執事の言っていた私みたいな人でないと駄目ということが、少し分かった気がする。彼はあまり女性に気が使えないし(頑張ってはいるのだが)、やはり天然で、頓珍漢なことばかり言う。私は丁寧にそれに返信している…羊皮紙だって安くないのだが。



 そして一通り辺りを見て、例の彼女もこの場にいないことが判明し、私は安堵の息をもらした。


「よかった…どうやら彼女、来てないみたいね」

 私が会場の人間を確認したのは、マルテッロのことが気になったのもあるが、もう一つ理由がある。


 あの男爵令嬢が来ていないことを確かめるためだ。


 実は商人に頼んで、彼女がこの舞踏会に参加しないようにお願いしていたのだ。


 彼女との因縁は、数カ月前、王妃への拝謁式の時だ。


 その日、事件が起きた。というよりも起こしてしまったという方が正しい。


 私達貴族の令嬢は、ある年齢に達する舞踏会に参加できるようになる。

 そこで将来の夫になる人を探すのだ。だが、コネがある場合は、私の様に舞踏会前に目当ての相手と事前に顔合わせをする。


 そして舞踏会に初めて参加する条件として、まずは王妃への拝謁を行わなければならない。

 拝謁式が済めば、晴れて私たちは舞踏会に参加し、大人の仲間入りをするというわけである。


 今年の謁見式の時だ。


 私たちは王妃へご挨拶をするため、順番を待って列をなした。私は例の男爵令嬢の後ろに続き、自分の番を待っていた。宮殿応接間の奥、ここから何十メートルも先の、王妃の手の甲にキスするためだ。


 皆、今日のために仕立てた特製のドレスを羽織り、スカートの裾が優に2メートルの長さがあるトレーンを引きずって、一歩ずつ前に進む。

 だが拝謁には後何時間か、かかりそうで目の前の男爵令嬢に声をかけることにした。知り合いが目の前にいるのに、黙って拝謁を待つのもなんだか気まずいものだし。


「あら、御機嫌よう。私の目の前の人は貴女でしたのね」

「……ごきげんよう、カンパネラさん」

 彼女は私を一瞥して、機嫌が悪そうに私に返事を返したのを憶えている。

「どう致しましたの?緊張しているのかしら?実はそうでしたら私もなんです。どうでしょう?もしよければまだお時間もありますし、話し相手になっていただけるかしら」


「別に緊張しているわけではありませんわ。それに貴女と話すことなんてありませんから」

「あらそう、残念ね」


 こ、この女。


 人が下手に出ていれば、よくそんなことを平然と。

 まあ、彼女とはそんなに仲が良い訳ではない、向こうがそう返すのなら、逆にありがたいことだ。必要以上に会話をすることもないかと思い、私も自分の番を黙って待っていた。


 そして何時間か待って、ようやく男爵令嬢が陛下の手の甲にキスをする順番が巡った時だ。


 その時、私の足がもつれ、彼女のトレーンを踏みつけ、彼女を盛大に転ばせてしまったのだ。


 男爵令嬢は王妃の目の前で地面に伏す。彼女のトレーンの、丁度太もも辺りが妙に盛り上がっており、きっとガニ股になっているに違いないと思った――そう、あれはまるでヒキガエルの様だった。そして彼女は王妃の手の甲にキスするはずが、地面とキスをしてしまったのだ。

 王妃はキョトンとして、「まぁ」と声を上げたのは今でもよく覚えている。


 私も自分がしでかしたことに意識が飛びそうになった。


 あれはわざとではない。

 他にも彼女の貴族らしからぬ態度を公然の面前で注意したり色々したが、あれだけは断じてわざとではない。私だって王妃の前で緊張していたし、何時間も立っていたせいで足が思うように動かなかったのだ。緊張していた私は、自分が転びそうになり足を咄嗟に前に出した。意図してやったわけではないのだが、日ごろの行いも災いし、故意にやったことになってしまった。


 私だって本当に申し訳ないと思っている。

 何度も弁解したが、取り付くしまもなかった。

 実は他の令息も彼女のトレーンを踏んでいたりしたのだが、結局一番目立った私一人のせいということになってしまった。それまで私の取り巻きだった令嬢たちも、愛想をつかし、彼女に鞍替えしたのは言うまでもない。


 それから私が、例の男爵令嬢をいじめていると噂が立つようになった。

 以前から庶子である私への上位貴族たちからの風当たりは強かったが、あの事件を機に特に男爵・子爵位の新興貴族の子供たちからも嫌われるようになったと思う。自分たちの味方だと思っていた公爵令嬢が、結局そうではなく、自分達下位のものを蔑んでいたと思われたに違いない。


 以後、私は極力、例の男爵令嬢に会わないようにしている。

 商人に、彼女がこの舞踏会に参加しないように頼んだのも、それが理由だ。彼女に酷いことをしたのは認めるし、申し訳ないと思っているが、私の婚約話を邪魔されたくないというのが本音である。


 …冷静に考えると、あれが、私が皆に嫌われる原因の一旦だった気もする。


 そして、この拝謁式の事件が原因で、明日あんな出来事が起きるなんて――

 私はまだ何も知らなかったのだ。



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