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そんな私と、彼との出会い 後編


「お初にお目にかかります。私は第7王子マルテッロ=オーギュスタです」


「私はカンパネラ。アウストリアン大公の娘です。お会いできて光栄です。」


 そう言って彼は照れくさそうにニカッと笑ってみせた。

 カッコつけて彼はそんな台詞を言うのだが、窓枠に片足だけ出して言われても正直台無しだ。私は手に持っていた火かき棒を背中に隠し、彼にお辞儀する。


 彼はマルテッロ・オーギュスタ。この国の第7王子だ。


 この婚約の提案を父にしたのは私からだ。

 大公の父は王と従兄弟同士で私とマルテッロは、又従兄弟にあたる。


 といっても、これまで一度も顔を合わせたことはない。


 子供の頃の淡い思い出もなければ、親同士で婚約の約束があったわけではない。だが、父は私の提案を快く受け、相手方も納得してくれた。

 私に黒い噂があるのは向こうも承知で、ようは人格はどうでも良く土地を守りたいだけなのだろう。この国では婚約すれば相手方も土地と爵位を継承できる。


 最近頭角を出してきた新興貴族たちに土地を与えたくない王族としても、親戚同士の婚約は理にかなっている。貴族が管理出来る土地だって限られているし。私の様な出生が不確かな者でも新興貴族に土地を与える位なら、というわけである。私としても確かな資産が手に入るのだ。悪い話ではない。


 まぁ、こんな大事な日でも父は来てくれるわけでもなかったが…


 この顔合わせが上手くいき婚約が済めば、私は晴れて王家の末席に座ることができる。庶子で、半分平民の血が流れている私が本物の王族になれる…こんな私が皆に認めてもらえるのだ、それはきっと素晴らしいことのはずだろう。



 お互い挨拶を終えると、彼は窓枠で隠れていたもう片方の足を部屋の中に入れる。そしておもむろにこちらに向かってきた。


「その火かき棒お預かりしますよ。貴方はその椅子に腰掛けてください」

 後ろを向くと私の背よりでかい火かき棒は、頭の先からちょこんと見えていた。慌てていたとはいえ、恥ずかしいところを見せてしまった。こんなすぐばれることをしても意味はないのに。

「は、はい」


 火かき棒を引き渡した後、彼に促されるまま椅子に座る。彼は手に持ったそれを暖炉の元の位置に戻すと、こちらに振り返る。そしてじっと私を無言で見てきた…何のつもりだろうか。


 私と目が合うと、照れて目線を伏している様だった。

 なんだか、彼の頬が少し赤くなって見える。


「噂には聞いていたが、本当に美しいんだね、君のような麗しい女性とお会いできて嬉しく思います」

「お上手ですね。他の令嬢にも言いなれているのですか」

「いえ、こんなことを言うのは貴女が始めてです」

「良かった…」


 私は心にもないことを言っておいた。

 それにしても、もう彼は私に惚れてしまったのだろうか。


 私はなんて罪作りな女なの。今日は余裕そうだな。 


 …だが、彼は依然として立ったままだった。もしかして、このまま顔合わせでも始めるつもりなのかもしれない。彼は鎧を着たままだと言うのに。


「…まさか鎧を着たままお話いたしますの?」


「かまわないかい?鎧はこの国では正装だし…まずかったかな?」


 彼の言うことは本当だ。鎧の格好はこの服では正装の一つだ。婚礼の場から、今日みたいな顔あわせの場合でも、なんなら舞踏会から社交界まで鎧を着てきてもかまわない。だが、貴族の中で公の場でスーツ以外を着てくる人間はいない、暗黙のルールだからだ。何度か商人や他の貴族に頼んで実際に社交界にも顔を出してみたが、やはり一人も鎧を着てくる人間なんていなかった。


 ただ、彼自身が気にしてないのであれば、今すぐ着替えて来いなんていうのも野暮と言うものだ。それで機嫌を損ねられたらどうしようもない。今日はなんとしても彼に気に入らなければならないのだから。


「私はかまいません。あの…もしよければ、椅子にお座りになられたらいかがですか。立ったままというのはお辛いでしょう」

「いや、そんなことをしたら椅子が汚れてしまう。私は鎧を着ているからね、立っているよ」

 変なことに気を使う奴だな。私と話をするのに鎧は着たままなのに、椅子を汚すのはダメなのか。

 彼なりの美学があるのかもしれない。


「はぁ――い、いえ。かしこまりましたわ。フフ、貴方って不思議な方ですね。私、貴方のような殿方って素敵だと思います」

「そうかなぁ?自分のことをそんな風に思ったことはなかったんだけど」


「そうなのですか?私はそうは思いません。それにとっても力強いのですね、この三階まで壁を登って来るなんて。私、本より重いものは持ったことありませんの。だから貴方みたいな方って憧れます」

「そうか、君に言われると嬉しいよ」


 ……冷静に考えれば、彼が少々抜けているというのはこちらにとってありがたいことだ。

 彼が抜けていれば、そのぶんコントロールは容易い。

 それはつまり、資産が手に入り、私の目的に一歩近づくということだ。


 私には夢があるのだから。


 とりあえず当たり障りのない営業トークをして、彼のご機嫌を取ろう。騎士団長補佐で王族の男だし、自分の実力にプライドを持っているに違いない。とりあえずそこら辺を褒めておくか。


 その後も私は彼をことあるごとに褒め称えた。だが、彼の反応は私の期待していたものとは違った。私の言葉に対し、「うーん」と唸る。とても喜んでいるようには見えない。


 何故だ?気に入らなかったのだろうか。

 滑り出しは良かったと思ったのだが。

 一応、彼の好みはリサーチ済みだ。

 彼の所属する騎士団にも貴族の知り合いはいる。彼らに頼んで好みを聞き出してきた。


 なんでもおしとやかで大人しい純情な乙女らしい。彼は騎士団であまり浮ついた話はしないようで、自分の好みを言うことはなかったが、よくそういった令嬢たちに話しかけられ、楽しそうにしていると聞いた。私とは正反対だが、今日は演じきらなければ。


 今日の私は、普段はおとなしく想い人との顔合わせのため大胆にも派手でセクシーな服を着てきた、という設定だ。顔合わせの場にこんな大胆な服を何故着てきたかと尋ねられたら、「貴方の気を引きたくて」とでも言うつもりでいたのだが、全く彼は服のことを聞いてこない。


 それに先程からこれっぽっちも彼の興味を引けてない。あの貴族の話と違うじゃないか。彼の好みに合わせるために軌道修正が必要だ。そんなことを考えていたら、唐突に彼が変な言葉を呟いた。


「君はいい人だね」


「…なんのことでしょうか」


 どういう意味だ。何故、そんなことを口走るのか不思議でならない。


「私に気を使ってくれているんだろう?本当の君はもっと気が強そうだし、お世辞とか言わなさそうだからさ…ほら、さっき私が部屋に入ろうとしてた時、泥棒って叫んでたじゃないか、ああいうことが言える性格だと思ったけど」


 私の演技に気付いている?

 確かに先程の声をかけた時と、今の話し方では無理がありすぎたかもしれない。それにどう受け取ったらそんな感想になるのだろうか、私がいい人?猫かぶりをしているのだ。そこは、何故自分を騙そうとしたのかと糾弾するところだろう。他の令息との婚約の席で、演技がばれた時は、したり顔で酷い非難を浴びた。

 てっきり今回もそうなるかもと思ったのだが。


「…あ、あれは咄嗟に驚いただけで、そう思われたのならごめんなさい」

 自分でも苦しいとは思うが、何とか言葉を紡ぐ。

「それなら、そういうことにしておくよ。でも君は演技をしてない時のほうが良いと思うよ」


 こいつは何を言っているんだ…演じていない私の方が良いですって?もしかして私の噂を知っていてそんなことを言ったのだろうか?

 きっとそうに違いない。なんて陰険な奴だ。


「演技なんてしていませんよ、何をおっしゃるのですか?」

「私には君が無理しているように見えるけど、さっき私は君のことを美しいといったが、本当の君は、もっと綺麗だと思うのに」

「何を言っているのか私には分かりません」

「そうかなぁ、君の方がそのことをわかっているんじゃないか?それとも自覚してないのかい?」


 こいつの思考回路が良く分からない。

 それに綺麗だって?冗談じゃない…そんなことあるはずがない。

 私だって分かっている。自分の性格が悪いことを。そして、こんな性格を前面に出したらもっと嫌われることぐらい。私が誰かに好かれるわけがない。


 それにあんな事件があった後だ、猫をかぶっている今でも、私の立場は良くないのに。


「…ふざけないで。そんなわけないじゃない。貴方に何が分かるのよ」

 私は頭に血が上り、小さい声でそんな言葉を言ってしまった。

 聞かれてしまっただろうか。手のひらにじっとりと汗が浮かぶ。自分の血がサーと引くのを感じた。彼から見たら私の顔は青くなって見えたかもしれない。でも、彼が無神経すぎるせいだ。人のトラウマを小突くような真似をして。


「やっぱり、私の思ったとおりだ、君はそっちのほうが魅力的だよ」


 ハァ!?なんだこいつは。

 私の中の何かが警戒音を出している。


「あ、貴方何なのよ。私が魅力的ですって?猫かぶって当然でしょ?こんな性格で、私のことを好きになる人なんているわけないじゃない」

 そして私は次々と心の中で思っていた言葉を出してしまった。

 自分でも止められなかった。


「私は好きだよ、君みたいな正直な人」


「――え」

 彼は今なんて言ったのか。

 こいつの考えがわからないし、意味が分からない。

 私のことも気にせず、彼は言葉を続けた。


「でも、私は君のことを全然知らない、会ったばかりだし。だからお互いのこともっと話さないかい?君のことをもっと知りたいんだ」

「そ、そう…わかったわ」


 私は咄嗟に頷いてしまった。

 その言葉を皮切りに、私たちはお互いのことを話し始めた。何が趣味なのか、普段どんな仕事をしているのか、休みの日は何をするのか。私たちは自然と、そんなことをずっと話していた。


 彼の趣味は剣の訓練で、そして民衆を助けることを仕事ではなく使命だと思っているらしく団長補佐の仕事がない休日は町を警護しに行っているらしい。だから休日も、平日と変わらないみたいだ。王子なのに何やってんだか…


 そして気付いたらもう日は落ちていた。


 実際に婚約するかどうかはこれから次第だが、とんとん拍子で話が進み、今後舞踏会に一緒に参加することになった。あの出だしからこの結果になったのは僥倖だろう。正直、うまくいくとは思わなかった。


 こうして今日の不思議な顔合わせは終わりを告げたのだ。

 しかし、彼は変な男だったな。

 私は帰り道を馬車に揺られ、よくわからない彼のことを考えていた。


「ご機嫌がよろしいですねお嬢様、顔合わせはうまくいきましたか?」

「別に、そういうわけじゃないわよ」 

「そうは見えませんが…」

「私がそういってるんだから、そうに決まってるじゃない」

「はぁ…」


 その道中、反対側の席に座るダーチャは変なことを聞いてきた。

 そんなに機嫌が良さそうに見えたのだろうか。


 本当にそんなこと、全然ないのに。

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