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そんな私と、彼との出会い 前編


「お嬢様、着きましたよ」

「ここがそうなのね、ダーチャ。思ったより立派なお屋敷じゃない」


 目の前の庭園は、中々の広さだった。

 庭園はテニスコート6個分位はあろう面積で、そこを超えた先に目的地である3階建てのタウンハウスが見える。この屋敷は王都郊外と言えなくもない場所に位置している。

 これから会う第7王子は、7番目に生まれたと言うこともあって、優遇されていないことを改めて理解した。王都中心部に館を構える上の王子と比べればそれも仕方ないだろうし、そう言う立場だから私は父のコネを使って今日という日をセッティングしたのだ。


 そう、私、カンパネラ・デ・アウストリアン公爵令嬢は、その王子であるマルテッロ=オーギュスタと顔合わせする為に彼の館を訪れた。


「お嬢様、私は馬車を留めて来ます。先に外に出ていてください」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 ひとしきり館を眺めた後、私は最近新調した屋根付き馬車から降りて1時間ぶりの地面に立つ。

 隣にいる侍女のダーチャは、館からそそっかしく出てきた数人のメイド達に馬車を厩舎の横に留めるよう指示を出しているようだった。


「しかし暑いわね…」


 私は周囲から人が離れたことを確認して、独り言をつぶやく。


 太陽が頂点まで昇る昼の時間ということもあるが、それにしても暑い。

 今は春だというのにまるで真夏みたいだった。


 昨日は秋のようにそよ風の涼しい日だったから、こんなに暑くなろうとは思いもしなかった。

 社交界シーズンの春先なのに温度が一定ではないのは困ったものだ。


 幸い、流行の薄着のドレスを着てきたのは正解だったようで、上半身のラインがくっきりとわかる薄い絹の服飾にしたおかげで、体にそこまで熱はこもっていない。私は暑さ対策というよりも色仕掛けのつもりで着てきたのだが、どうやら運もいいみたいだ。

 けれどこれだけ熱いと、気合を入れて化粧をしてきたのが汗で台無しになってしまう。

 これから大事な顔合わせなのに。


 ポケットに入れっぱなしにしていた、名も憶えていない貴族からもらったハンカチで、顔をぬぐう。


「アウストリアン公爵令嬢ですね、お待ちしておりました」


 私がハンカチをパタパタと仰ぎ顔を涼めていると、妙齢の紳士が館の玄関口から現れた。

 きっとこの家の執事だろう。

 彼はこの熱さでも長袖の黒いモーニングコートに身を包み、汗一つかいていない。

 私はスカートの端をちょいとつまみあげ、お辞儀をした。

 今のはしたない行動を見られていないことを祈りつつ。



 私は階段を登り、3階にある小客間に通された。


 小客間といっても広いもので、それ以上に装飾の美しさに目が行く。

 頭上には金で装飾されたシャンデリア。壁際には珍しい白レンガの暖炉と何点かの肖像画。きっとそれが今日会う彼の肖像画なのだろう。


 王様らしき人物と子供時代の彼が隣に並んでいる。二人とも金髪碧眼で凛々しい顔立ちをしている。まさしく美男といっても過言ではない。蜂蜜のような金髪にサファイアのような碧眼、長いまつ毛と凛々しい顔立ちは肖像画以上にハンサムだった。まぁ、肖像画なんて誇張して描かれているものだからそこまで頼りにするべきではないが。


 私は執事に会釈して、翡翠色のソファに座らせてもらう。

 ソファから丁度良い位置に開かれた木窓があり、そこから館外が見える。

 縦長の大きな木窓から見える外の景色は優美なもので、よく手入れをされた庭園と趣味の良い花々の数々が咲いている。この景色を見せたいがために執事は1階の客間ではなく、この3階の小客間に招いたと言っていた。


 私にはお目付け役もいないし、ダーチャも第7王子を待つらしく、玄関に残った。

 顔合わせの場所が急遽変更しても私も特に気にならなかった。しばらくすればこの景色が自分のものになると思い、気持ちが浮き足立っていたからだ。


 私は執事に気付かれない程度に辺りを見た後、お目当ての彼がこの場にいないことに気付いた。


 入り口の隣に立つ執事にたずねると、彼は少し遅れて来るらしい。

 彼は騎士団に所属しており、その仕事で遅くなるとの事だった。顔合わせなのにレディを待たせるとはどういう了見だ。私は筆頭貴族なのよ。とはいえ今日の私は存外機嫌がいい。いくらか待ってやろうと、執事に話しかけ時間をつぶすことにした。


「素敵なお庭ですわね。あら、お花も…珍しいものを取り揃えておりますのね」

「ええ、各国から色々取り揃えております。ミモザにカーネション、スイートピーなど、勿論最高の庭師によるものです…坊ちゃまはそういうのに少々明るくありませんから。お判りいただけて、手塩にかけた甲斐があります」

「いえ、特に殿方はそういう方が多いですしね。マルテッロ様は剣の道に傾倒していると聞いていますし、興味がない方が自然ですもの」

「そのようにおっしゃっていただけると嬉しい限りです。貴女のように見識の広いレディが、坊ちゃまの結婚相手になっていただければ幸いなのですが…」

「お世辞がうまいですのね。ふふ、それはお互い顔合わせをしてからですわ。しかしお庭も素敵で広いですが、館全体もお広いわ」

「はい。ですが今は私と坊ちゃま、それとメイドたちしか暮らしていません。普段はゲストハウスとして使われることが多いくらいですよ、館を守るご婦人がいないとあってはここも寂しいものです」


「立派なお館なのにもったいない」



 執事はそう言って、わざとらしくチラッとこちらを見た。安心してほしい、すぐにこの立派な館は私が有効活用してあげるから。


「そうですよね?そう思いますよね?」


 ん?彼の反応は何なのだろう。何故念を押すように言い方をしたのか、私は咄嗟に、彼の雰囲気に気圧されて何度か頭をうなづき同意した。


「は、はい。思います」

「ええ、そうでしょうとも。この館には女主人が必要なのです。そして、ぜひ、ぜひうちの坊ちゃまと婚約してください。貴方の噂は聞いています。坊ちゃまには貴方の様な方でなければ駄目なのです!」


「は、はぁ」


 彼の言葉は少しずつ熱を帯び、最後の方は懇願に近いものだった。その後彼はハッとして、「失礼しました」と頭を下げるとそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 私は一人ポツンと部屋に残された。


 あの執事が彼に親心を感じていることは分かったが、それにしても嫌な予感がし始める。不穏な言葉を残して去られては気になるではないか。


 さっきの言葉はどういう意味なのか?

 男爵令嬢を虐めているという噂を聞いていれば、あんな反応をするはずがない。なのに何故?いや、不安に思うのはまだ早い。先に侍女に彼のことを調べさせたが、特に問題はなかった。彼には変な浪費癖はないし、浮気するような男でもなかった。性格もいたって温厚、少し天然の毛が入っているらしいがたぶん許容範囲内だろう。剣の腕に優れるため、騎士団に入っており、現職は騎士団長補佐。将来は騎士団長になるべく、実地での学習中との事だ。


 どう傍から見ても優良物件だろう。それに王位継承のゴタゴタにも巻き込まれないほどほどの地位、何が問題なのだろうか…



 そんなことを考えていたら――突然、ガンっと、金属がぶつかる音がした。


 何だろう今の音は。

 空耳だろうか?

 いや、窓の外から聞こえてきた気がする。気になってソファから立ちあがろうとしたが、その前におかしな出来事が起きた。


 私が何かするよりも早く、目の前にある窓の下側の木枠に、手が生えてきたのだ。


「な、なに?!」

 甲冑に手を包み、銀色の鉄に覆われていない手の腹が見えてくる。

 もしかして彼なのか?

 いやそんなはずはない。彼だったら後ろの客間の入り口から現れるはずだろう。妥当な線で考えれば、強盗かもしれない。


 冗談じゃない、顔合わせに行った日に強盗と出くわすなんて。


 私は急いで、暖炉に備え付けてある火かき棒を手に持つ。

 今王都では、強盗事件が頻発している。騎士団の取り締まりも厳しくなったと聞いた。だから、騎士団長補佐の彼も顔合わせの日も働いているのだろうと予想をつけたのだが…


 私は思い切ってその人物に声をかけてみた。


「あ、あなた、誰よ。もしかして泥棒なの!?」


 その人物は窓枠に身を乗り上げ、半身が露になる。全身甲冑を着こんで、壁伝いに3階のこの部屋まで登ってきたのか、なんて奴だ。


「答えなさいよ!」


 その人物の片足が小客間の床に着地したかと思うと、ようやくこちらに振り返った。すると途端に驚いて、そのあと彼は困ったような表情を浮かべ始める。


「参ったな…爺やに見つからないように、3階の窓から入ってきたってのに…」


 まさか、そんなまさか。もしかしたらその可能性はあるかもと思ってはいたが、そんなことはあり得ないと頭の中で一脚したものだった。

 3階の窓から顔合わせの相手が登場するなんて予想が当たるだろうか、普通当たらない。しかも鎧を着こんでなんて、とても現実的とはいえないだろう。


 私は壁にかけられた肖像画と目の前の男を見比べる。やはりどう見ても肖像画の人物にそっくりだった。

 だが、彼が今装着している銀の甲冑はどうみても安物で印象を台無しにしている。鎧の表面は何かぶつかったのかデコボコし、擦り傷も絶えない。それに頭の上に所々木の葉や枝がついているのも、その印象に拍車をかけた。


「やぁ。君はカンパネラさんだよね?」

「……そういう貴方は、マルテッロ様でしょうか?」


 彼は私の答えにうんと頷いたかと思うと、その拍子に窓枠に頭をぶつけていた。「イデッ」と声をあげ、手で頭を押さえ痛そうにしている。これは何の冗談か。


 彼は何というかオブラートに包むと…アホの子だ。

 この状況に私の顔は引きつり、苦笑いをしていたかもしれない。




 それが私たち2人の出会いだった。



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