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社交界にて、彼女は男爵令嬢と対決す 後編


 楽士が演奏している隣の部屋に移動し、私達二人は小声で話しを始める。

「大丈夫かい?体調が優れないなんて」

「ええ。ちょっと疲れちゃったのかも、ねぇお願い、もう帰らない?」

 四方から響く美しい音色は全く耳に入らず、私は彼と疲労を理由にここから出ることだけを考えていた。

「ならすぐ戻ろう。ここの管理者に挨拶をして早くここを出ようか」

「ありがとね、マルテッロ」


 ほぼ挨拶を終えたとはいえ、まだ社交界は途中なのだ。正直彼は渋ると思っていたが、私を心配してすんなり認めてくれた。彼に嘘をついたことに多少の罪悪感はあるが、今はそれどころではない。


 だが、私達がここを出ようとした時、演奏が突如として終わりを迎える。

 音楽を聞き入っていた観衆たちも、ざわめいた。

 一体なんだ?

 私は周辺を見回すと、黒い影が宮殿のフロアにある一番目につく壇上に上がった。

 あの男爵令嬢だ。

 皆の視線がそこに向かう。


 皆、聞いてくださいと、手を大振りに声をあげた。

 なんてはしたない。けれど、何か彼女の行動に、胸騒ぎがする。


 あの女を中心に取り巻き達がたくさんいた。

 彼らの様子がおかしい。

 取り巻きがフロアの入り口をふさぎ、誰も逃げられないようにしている。明確な目的と計画がなければこんなこと起こりえない。今度は彼女は勝ち誇った笑みを浮かべこちらを見た。

 何が始まるのか、皆が期待した目であの女を見ている。


 彼女の視線を無視し、マルテッロの手を引き、別のフロアに離れようとする。

 だが、そうはいかなかった。


「お待ちくださいカンパネラ様、マルテッロ様!今日はお二人に関係のある話をするんですよ!」


「どんな用件だい?」

 マルテッロが立ち止まり、口を開く。

「聞くことないわマルテッロ、行くわよ」

「これから話すのは、カンパネラ様、貴女の所業の数々についてです」

「私の所業が……なんですって?」

 周囲の視線が私達に移る。


 私をよそに、彼女は一つ咳払いをして、私の経歴や過去、男性関係をつらつらと言い上げた。私の赤ん坊の頃から、現在まで赤裸々なことを言い出した。私の乳母より詳しいかもしれない。

 しかもそれはすべて事実だった。何故彼女はそこまで詳しいのか、不思議でならない。


 周りの人間も手で口を押さえ、こちらをクスクス笑っていた。

 周囲に私の経歴が聞かれる中、真っ先に心配したのマルテッロは私の過去を聞いてどう思うだろうか、といことだった。彼の反応が考えるだけで、視界がゆがみ、グラグラと足元が揺れる。

 私の心臓が抉り出されるようなそんな嫌悪感。私は目の前が真っ暗になる。

 もう終わりだ。

 彼と目も合わせられない。私はうつむき、彼女の言葉をじっと耐えていた。 


「つまり彼女は、マルテッロ様の資産と地位が目当てなんですよ!友人が教えてくれました!あなたとの婚約を計画して王家を乗っ取るつもりなんですよ。貴方のことなんてこれっぽっちも好きではないのです」

 周りの貴族たちも彼女に同調し、くすくす笑いから、罵倒に変化しつつある。


「彼女の言うことは本当なのかい?」

 じっと目を閉じる私に、マルテッロが真偽を確かめてきた。

「それは…」

 喉が不安から圧迫され、自身の口から出たとは思えないほど、声はたどたどしい。



 ――やっぱり、私の思ったとおりだ、君はそっちのほうが魅力的だよ。



 何故だったのか、分からない。


 彼と出逢った時に言われた言葉が聞こえた気がした。

 ただの願望で、ただの妄想で、そうあってほしいという願いだったのかもしれない。 


 だが、もうそんなことは関係なかった。

 本当の意味で彼と向き合わなければいけない。


 私はすぐに目蓋を開く。

 そこに移ったのは。いつも何考えているか分からない、彼の純粋なまなざしだった――はずなのに。この時だけ、何故か私には彼の心が見えた気がした。とても優しい目をしていた。

 すくんでいた私の体が動き始める。

 ああ、私は、私がすべきことは最初からわかっていたんだ。

 もっと早くこうすればよかった。


「聞いて、マルテッロ」

「彼女の言葉なんて聞く必要なんてありませんわ!どうせ薄汚い、お涙頂戴の言い訳を始めるに決まっているんですもの!」



「彼女の言っていることは本当よ。私は貴方を騙している」



「ほら!……え?」

 彼女が素っ頓狂な声を上げる。

「言い訳するつもりもないわ。信じてなんて言葉も言わない、弁解もしない」

 彼は私の話を黙って聞いていた。


「私が貴方に言う言葉は、何もない」


「き、聞きました!?これがあの女の本性なんです。マルテッロ様、貴方を道端の小石程度に思ってるんですよ。どうせそのうち捨てられるに決まっているわ。本当に卑しい女。さすが妾の、いえなんでもありません。早く彼女と婚約破棄してください。それでこの性悪女は立場を失う」


 彼女は声を荒げ、それ見たことかと、キャンキャンと矢継ぎ早にまくしたてる。


 けど、私は彼女にかまわず、じっと彼の瞳を見ていた。

 すると彼は観念したという表情で私を見つめ返す。


「…やっぱり君は強情だねカンパネラ」

「だって、これが本当の私だから」

 私達は微笑んだ。

 理由は分からなかった。


「すまないオルテンシア嬢。君の話は面白かったが、これ以上付き合うつもりはない」

 彼女にとって予想外の言葉だったのだろう。

 場の貴族たちがざわめきだす。彼の言葉は皆の期待するそれとは違うらしい。


「…彼女は貴方を騙そうとしたんですよ」 

 彼女は、はたから見てもよくわかるほど不機嫌になる。

「それが事実でも私は彼女と婚約破棄なんてしない。そんなことどうでもいい。私は彼女を愛している」

「あ、愛しているって」

 その答えにあの女は戸惑っているようだった。

「というか、君の家では他の家族の事情にとやかく言うのかい?」

「…そ、それは。騙されている、貴方を心配して」


「『思うままに生きよ、そして人の生き方に口を出すな』と言うだろ?君のは余計なお世話といものだよ」

「ああ、そう!なら好きにすればいい!あとでその悪女のせいで泣きついてきても、私は知らないから」

 彼女は凄い形相でマルテッロを見ていた。

 淑女がしてはいけない表情をしている。


「行こうカンパネラ、ここにいると不快だし、君が彼女に罵声を浴びせられる姿を見ていたくない」

「その発言は彼女への侮辱か?そうなら君が王子でも見逃せないな」


 ギュソーを中心に、彼女の取り巻きが私たちを取り囲んだ。

 ギュソーは腰の鞘に手をかける。脅しのつもりなのかもしれない。だが、ギュソーが何かする前に、マルテッロは腰の剣をすばやく鞘から引き抜く。

 それを見て取り巻きたちは慌てて騒ぎ出した。まさか彼がそんなことをするのは以外だったのだろう。

「社交界で抜刀するのは違反だぞ!」

「大人気ない!」

 要約すると、これに近しいことを口々に言い放つ。

 ギュソーはそんは周囲の反応を見てつまらそうな顔をして鞘にかけた手を離した。


「君達の態度は、本来不敬罪だ…そのことを父上に言わないのは、君達や、彼女の夫になる人が将来私の部下として一緒に国を護るかもしれないからだ。少々のいざこざでも、私が我慢して済むのならそれでいい…だが、またカンパネラを傷付けてみろ。私は何をするか分からないぞ」

 その言葉に騒いでいた貴族や取り巻きたちが静まり返る。



「ここまでだな」


 この喧騒の中、ギュソーがそんなことをつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

「彼の言う通りだ。ここは潔く帰ろう。まずは王子とカンパネラ様に非礼を働いたことを詫びるべきだ。王子、そしてカンパネラ様、貴方達の寛大なご配慮に感謝いたします」

 率先してギュソーが頭を下げた。周りの人間もしぶしぶ下げる。

 …あんたがどれだけ白々しく言ってるか、わかっているんだからねギュソー。考えてみれば、今回の騒動でギュソーだけが株を上げた。何も知らなかったころの私ならいざ知らず。もう、貴方にはだまされない。覚悟しなさいよ、貴方にはそこの男爵令嬢と違って手心を加えるつもりはないから。

 だが、今は彼に構っている余裕はない。


「ちょ、ちょっと…」


 男爵令嬢の制止も聞かず、ギュソーは取り巻きを連れて外に出て行く。


「そんな…ギュソー様」

 ギュソーたちに取り残され、彼女は壇上でへたり込み呆然としている。さすがに可愛そうになってきた。

 …いや、考えてみれば彼女には私の経歴を公にされたり、これまで散々酷い目に合わされてきた。別に同情する必要性もなかった。沸々と怒りをこみ上げてくる。


 私はあることを思いついた。

 そうだ、あの手を使おう。


 実は彼女を脅す手段はすでに抑えていた。

 正直この手で男爵令嬢を丸め込もうと思っていたのだが、それもマルテッロのおかげで必要なくなった。とはいえ、労力を経て得たのにこのまま使わないのはもったいない。

 せっかくだしこれで彼女を脅してやろう。

 これは私の完全な私怨であり、ただの腹いせである。


「えーごほん。そういえば、貴女、目上の人間への口の聞き方がなってないわね」


「何よ今更!た、たとえ不敬罪でも、王子の妻でも、あんたみたいな悪女に敬語なんて使うもんですか」

「あ、そうそう、口の聞きかたとは全く関係ない話なんだけどね。私こんなものを持っていたの忘れてたわ。貴女に見せようと思っていたのだけれど、タイミングを逃していたの」

 私は懐から、ダーチャから預かったある用紙を取り出す。

 丸められていたそれは、ある工場との契約書だ。

「な、なによそれ」

「なんだと思う?」

「だから、なんなのよ!!」

 彼女は叫び声に近い声量で言い放つ。

 勿体ぶる私は、わざとらしくそれを広げてみせた。


「これはね貴方のお父上が工場を私に分譲したという契約書よ」

「え――」

 虚を突かれたという表情をして、彼女の顔は見る見るうちに青ざめる。

 辺りが再びざわめいた。

「わかりやすく言うとね、私、貴方のお父上の工場の共同経営者になったの」

「な、何を言ってるの」

「安心して名目上のものだから、私が経営にとやかく言うつもりはないわ」

「父に何をしたのよ!」

「ああ、そのお父上だけど、いい人ね、彼。とても仕事熱心で、会社を大切にしているんですもの。娘以上にね。そう言えば仮面舞踏会とかに行っている貴方の素行に心を痛めていたわ。お金が入ったら後学のために外国に留学させるのも考えてるって」


「お、脅すつもり…」

 気丈に振舞っているつもりかもしれないが、先ほどとは打って変わり語尾は弱弱しくなっていく。

「いえ、もちろんこれからの貴女の態度しだいよ」

 自分でも出来うる限りの悪い顔をして言い放つ。


「でも、私は貴女が言うように悪女だし、気が短いからねぇ。すぐそうしちゃうかもしれないわ。もちろんさっき言ったとおり、貴女の態度しだいだけどね」

 さらに念を押すと、それきり彼女は黙った。


「行きましょう!マルテッロ」


 私は勝利宣言のつもりで、会場全体に響かせるように声を張り上げた。

 振り返るとマルテッロは笑顔を引きつらせそこまでするかという顔をしている。

 私はそれに自慢げな笑顔で返す。

 当然。

 そこまでするの、私は。

 特に大切な人を傷つけられたらね。


 皆すごすごと後ろに引き下がり、私達に外への道を開ける。まるでモーゼの奇跡のようだった。

 そして私たち二人は宮殿の外に向かって歩き始める。その場を去った後、後ろではまた彼女がギャーギャー騒ぎだした様だった。


『あの悪女にマルテッロ王子は誑かされたのだ』


 そんな声も貴族達から聞こえてきた。

 事実は事実だ。だが、そんなこと気にならないし、興味もなかった。


 だって、私はもう自分を偽る必要なんてないから。

 マルテッロには悪いけどね。




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