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社交界にて、彼女は男爵令嬢と対決す 前編


 私とマルテッロはその日、この国の南西端の街を訪れた。 

 この町は観光地で、青一色の澄み切った空と海。

 塩の混じった風と心地よい温度。磯の香もする。

 カモメが何羽も空中を舞っていた。

 その街の中心にある、白亜の宮殿。そこで大勢の貴族が集まり行う社交界が私たちの目的地だった。


「おはようマルテッロ」

「ずいぶん早かったね、カンパネラ」

「そうかしら?貴方が遅すぎるのよ」 


 私達二人は早朝にこの宮殿に着き、入り口で落ち合った。

 初めての社交界だ。お互い遅れないように早めにこの会場を訪ねるとは、考えることは一緒らしい。


 合流した私達は、当初の予定通り挨拶回りを始める。

 上位貴族にこちらから声をかけ、ご機嫌をとり、彼らに気に入られるような話題を選ぶ。家の力を強めるため、彼らと政治や世間話にいそしんだ。

 隣のマルテッロにも最初のうちは話に参加してもらっていたが、今はかかしになってもらっている。とりあえず、隣で微笑んでいるだけでいいと言っておいた。ボロが出てもまずいだろうという判断である。

 舞踏会で培ったコミュニケーションのおかげか、初めての社交界の割りにはすんなりと上手くいった。正直言って、拍子抜けだった。


 最初はまばらだった貴族も、私達が訪れて時計が午後に差し掛かるころには大勢集まっていた。今はそのほとんどの貴族にも声をかけ終え、休息している。

 私達二人は、口々にこの社交界の感想を言い合う。お互い緊張しただとか、さっきの料理が美味しかっただとか、ワインを飲まされそうになったとか、あまり面白みのない話だ。


 そうやって休憩をしていた時、会場の隅にダーチャが現れた。


 何の用だろう。

 侍女は普段、こういった会場の表には現れない。馬車で待機するものがほとんどだ。それがマナーだからである。大公の侍女である彼女は、私以上に礼儀や作法に厳しい。そんな彼女がこの会場に訪れたと言うことは緊急の用件でもあったのだろうと推測出来る。正直嫌な予感がした。

「ごめんね、マルテッロ。少し席をはずす」

「ああ、行ってらっしゃい」 


 私は早歩きで宮殿入り口に立つ彼女の元に向かう。

 ダーチャは怪訝な様子で、辺りを見回す。私が彼女の元にたどり着いたかと思うと、私だけに聞かせるために、耳打ちしてきた。彼女の発言はある意味で予想の通りだった。

「…彼女が来てるですって?」

「ええ、先ほど、確かにこの目で確認しました」

 最悪な事態である。それを聞いて、私は己の浅はかさを呪った。

 まさか彼女がこの社交界に来ているなんて。

 普通、未婚の人間は社交界には来れないはずだが…

 正直不覚だった。私はマルテッロと行く社交界に浮かれて、自分に都合のいいことを信じていたのかもしれない。どういうコネを使ったかは知らないが、彼女がまさかこの社交界まで来るなんて…

 それが判明したのなら、さっさと他の貴族に別れの挨拶を済ませ、即刻宮殿を出て行かなければ。

 こんな会場まで訪れるのだ、目的がなければ行こうともしないはずだ。彼女は何か行動を起こす可能性がある。


「念のため、今のうちにこちらもお渡ししておきます。それと、お耳に入れておきたいことが…」

 私はダーチャからあるものを受け取り懐に忍ばす。そして彼女はある人物の情報を私に伝えてきた。

「――そうだったのね、ありがとう」




「ごめんなさい、今もど…マルテッロ?」


 私が元いた場所に戻ると、マルテッロがどこかに消えていた。

 彼を探し、フロアを歩いていると、フロアの中心で、マルテッロは男爵令嬢との会話に花咲かせていた。

 私の内心は滅茶苦茶だった。

 まさか最悪のタイミングで、最悪の人物と出会うなんて。これでは、彼女を避けてここから出て行くことは難しい。しかもなんだか親しげだったのも心を引っかきまわすのに拍車をかけた。


「あなたも仮面舞踏会にいきませんかマルテッロ様」

「いや、ありがたい申し出だが、私の婚約者がなんて言うかな」


  私の中の何かがわなわなと震える。あいつあんなデレデレしやがって。

 マルテッロは手で頭をかき、そんなことを言っていた。取り巻きたちに囲まれて、たじたじといった感じだが、言葉とは裏腹に照れている様に私には見える。


「君が行ってくれると、沢山の女の子が駆け寄るんだがな」


 だが、隣のギュソーが発言した時、怒りに燃えていた私の頭は、まるで冷水をかぶったように一瞬で冷静になった。最悪だ、彼もここにきているとは。

 彼を以前は赤毛で笑顔の似合うキザな男だと思っていた。だが、今は違う。あの笑顔に薄ら寒さすら感じている。


「仮面舞踏会って仮面つけるだろう?顔も見えないのに人が寄ってくるのか?それにダンスは興味ないよ」

 マルテッロにしては珍しい、人の誘いを断ろうとするなんて。頓珍漢な意見を言ってはいるが。

 だが少しすると、ウンウンうなづいて仮面舞踏会に行くことになっていた。


 私はその様子に下唇を噛んだ。


 仮面舞踏会は噂だと皆が仮面をし、身分をわからないようにしている。乱痴気騒ぎ、水たばこ、賭け事も行っている。顔が見えないことをいい事に他国の諜報官が紛れ込んでいるとも聞いた。

 私みたいな男を貢がせる子供騙しとは違う。

 本当に知略に長けた相手がいるかもしれない。騙し騙されるのが貴族の世界。わざわざそんな相手がいるかもしれない場に行くつもりも、マルテッロを行かせるつもりも更々ない。腹のすかせた狼のいる柵の中に、羊を入れる所業だ。


 彼には決して行かないように忠告しておけばよかった。

 私は黙っていられず、彼らの前にわざとらしく登場を試みる。


「私の婚約者に何を言っているの?淑女自ら仮面舞踏会に誘うなんて本当に品のない方。貴族の風上にも置けないわ。これだから家柄の低い女は」


 マルテッロは私を見て、先ほどぶり、なんて呑気に声をかけてきた。

 彼女は私が現れると、一瞬おびえた表情になったが、すぐ気を取り直し、こちらを批難する。

「なんて酷い!なぜそんなこと言うの?そこまで酷いことを私は貴方にしたのですか!」

 ええ、したわよと喉まで出掛かった言葉を飲み込み、私は彼女をにらみつけた。


「確かにさっきのは失礼だよ、カンパネラ」

 マルテッロも彼女を擁護しだした。

 私は貴方を庇いに出てきたのに、貴方はどっちの味方なのよ。

「いえ、いいのです。私がマルテッロ様を仮面舞踏会に誘ったのがいけませんでした。本当にごめんなさい。この話はなかったことに…」


 そういって、何のつもりか、彼女は顔を手で覆う。

 その様子をみて、取り巻きたちがこちらをにらみつけた。私はそれに負けじと睨み返すが、その行為はすぐに終わりを迎えた。

 マルテッロが変なことを言い出すからだ。

「え、そう?君がそう言うのならわかった。隣のフロアで楽士の演奏でも聞きにいこうよカンパネラ」

 それには彼女も驚いた様子だった。

「ええいいわよ。では、ごきげんよう皆さん」

 私は勝ち誇って、男爵令嬢に笑いかけてやる。

 彼女が恨めしそうにこちらを見ているのも、なんだか心地よかった。



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