春男と読書
「春男と読書」
最近の春男は、オレが行く前にするメールに毎回返事を出すのが面倒になったようだ。
ある日、春男が言った。
「いない日はこっちから連絡するよ。」
が!基本的に面倒大王の春男だ。家にいても、客人が来ている日も連絡をよこさなかった。オレはその日、いつものように春男の家のドアを開けた。
「来たぞー。ん?」
足元には、靴が置いてある。それも皮だ。ふと前を見上げると、なんだか、派手な男性がソファに座っている。
「ああ、すいません、お客様でしたか。」
奥に入っていくと、その格好が見えてくるのだが、どうみても歌舞伎町のホスト。春男は悪びれた様子もなく、オレに紹介を始めた。
「やぁ、洋介、紹介しよう、こちら僕らの先輩の金森さんだよ。」
「どうも。」
まるで、マジシャンのようなあざやかな手つきで彼は名刺を差し出した。
「どうも。佐々木です。」
オレのほうはといえば、もともたとしながらも、名刺を渡した。
それにしても。渡した名刺は普通の白いものだが、もらった名刺は薄い緑。きらきらしたラメに覆われた本人の顔写真が載っている。それと名前だけだ。
「あ、それ職業用なので、本名じゃありませんから。」
「はぁ。」
オレは思わず、その派手な名刺をしげしげと見つめていたが、ふと気がついた。
「ん?春男、いま、オレたちの先輩って言ったか?」
「高校が一緒なんだよ。一つ上の学年だったけど。」
「ああ、そうなんですか。」
「そう。じゃ、俺はそろそろ仕事だから行くよ。」
「わかった、本をありがとう。」
「じゃなぁ。また、いつでも声、かけてくれ。」
派手な格好の先輩は手をひらひらさせて帰って行った。オレはそのままあいたソファに座った。まだ暖かい。
「本?ってこれか?」
「そう。」
春男はパソコンに向かったまま、そう言ったが……。
「鉱石?」
オレの手元には鉱石について書かれている本がある。オレはなぜか自分の想像の範囲を超えたものが(ほとんどが超えていたとしても)春男の前にあると不安になる。春男の場合は作品の中にそれが紛れ込むからだ。
「なんで、鉱石?」
「今日さぁ、美術館の帰りにでっかい本屋に寄ったんだ。」
春男の唯一の趣味が展示会などを見に行くことだ。
「なんで、また。」
「家政学部のある学校を調べに。」
だんだん、心配が募るのだが、基本的に春男の言葉は省略されていることが多い。
「まて。誰が、学校に行くんだ?」
「母さん。」
「お前の母親は、プロの料理人だろうが。教えにでも行くのか?」
春男が振り返って、言った。
「なんでも、料理の教え方を見たいんだって。」
「教え方……。」
いまさらか!
「でね。」
オレの唖然とした顔を気にも止めずに春男は話しつづけた。
「帰りに、その駅の本屋に寄ったんだ。そうしたらさ、最近の本にはいろんなものがついているよね。ポーチだったり、ペンだったり、DVDとか石とかマスコットとか研究用の道具とか、いっぱいあってさぁ。面白くてさぁ。で、鉱石のついているのがあってさぁ。買っちゃった。」
うきうきと嬉しそうに話す、春男の姿にオレはかなりの不安を覚えた。そしてそういうのは、昔からあると、水をさす気にもなれなかった……。
オレは自分の中にある学生時代のコイツを思い出してみると、たしかにずっと本を読んでいたイメージがある。だが、それが買ってきていたものだったのか、図書館の本だったのかと問われると図書館の本だったような気がしてならない。こいつは、本当に本屋をやる気があるんだろうかと、内心疑っている。
「で、なんで鉱石なんだ?」
「ん?ああ、ホストだから、宝石にも詳しいと思って。あの人さぁ、国立の大学行くほど、頭いいんだ。絶対に本もっていると思って。」
「まて!国立?!どうみても、ホスト……ん?ホストだよな?」
「そうだよ。」
「なんで国立まで行ってホストなんだ?」
「 え?ダメ?」
春男はけろりとしている。
「いや、ダメじゃないけど……。」
確かに職業の選択は自由だ。
しかし!春男の頭の辞書には「普通」とか「一般的に」とか「常識的に考えて」という言葉はないのだろうか。オレはあきらめて、聞いた。
「それで、なんでお前は知り合いなんだ?」
「ああ、よく高校時代に、図書館にいたんだよ。利用者も少ないから顔は知っていたんだけど。あの人はがまた勉強熱心でねぇ、性格なのか、なんでも調べないときがすまないようでね。変な本、たくさん借りていた。津波についてとか、雷の作り方とか、法律とか、墓の掃除の仕方とか。あるとき彼が読みたい本を僕が先に読んでたんで、知り合いになったんだ。」
つまりは春男も変な本を読んでいたらしい。
「この本は?」
「うん、今度、鉱石の硬度を知りたくてねぇ。」
「なんで、硬度なんだ?」
オレは目を丸くした。
「ん?ダイヤモンドで歯を削るって、テレビ番組でやっていたから。面白そうだなぁと思って。」
春男はにこやかに笑った。やっぱり春男にテレビはあまり見せてはいけないと、しみじみ思った。
オレは今度は自分もそれについて学ばないと、春男の作品の添削ができないことを考えると、なんだかげんなりしてきた。ついでに、手にもっている本もずっしり重そうだ。これを読むのかと思うと、ため息が出た。賢い友人を持ちすぎるというのも問題かもしれない。
「あ。」
パラパラめくってみると、付箋が張ってある。
「なに?」
「いや。」
どうやら、読むところはそんなに多そうじゃないとわかり、オレはとりあえず、ほっとした。それにしても硬度が出てくるとはどんな作品になるんだろうか……。




