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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第二章 花ノ国編
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第四十三話 青蘭祭 ケイ

 屋根や窓から下がった濃淡様々な青の垂れ幕。

 大通りにぎっしりと並べられた様々な露天。

 青蘭祭真っ盛りのアオイの街はどこもかしこも華やかだ。


 何より目を引くのが花の数である。種類、量ともにこれでもかと街全体に飾ってある。それは白い漆喰を彩るようにだったり、街の一角にて大きな見世物となっているようにだったり。


 これだけ飾ってあるにも関わらず雑多な印象があまりないのは、その装飾にどこか統一感があるからだろうか。青蘭祭に関してだけでなく、華美ではあるが趣味が良くて、無駄にけばけばしなくないというがハツメの花ノ国に対する感想だった。


 ハツメは昨日の青蘭祭1日目をレイランたちと過ごしたので、本日の2日目はアサヒと過ごす……はずだったのだが、予想以上の人混みで早々にはぐれてしまった。行先というのもアサヒに任せっきりだったため聞いていない。


 失敗した、宿に戻るべきかと頭を抱えていると、前方からきた誰かとぶつかってしまった。

 ちょうどハツメの顔に相手の頭がごつんと当たり、頭突きを受けたような形になる。


「わわっ! すみません、こちらの不注意で……」


「い、いえ、こちらこそごめんなさい」


 顔を押さえながらハツメは頭突きの相手を見る。

 慌てた様子の愛々しい顔には見覚えがあった。


「あなたは……」


 昨日アオイ御所でみた踊り子だ。


「あ、あたしのこと知ってますか。旅芸者のケイっていいます」


 お客相手で人慣れしているのか、すぐに落ち着いてぺこりと頭を下げる。


「どうしても青蘭祭が見たくて、抜け出して来ちゃったんです」


 化粧はしっかり施されているが、服装が庶民と同じなのはそういうことか。


「お姉さんはお一人ですか?」


「それが連れとはぐれちゃって……」


「じゃあ、その人が見つかるまで一緒に回りませんか? あたし、本当は1人で回るの嫌だなって思ってたんです」


 黒目がちの魅力的な目がハツメの顔を映す。何となく付き合ってあげたいなと思ったハツメは、


「喜んで」


 そう言って簡単に承諾するのだった。


「わあ!ありがとうございます」


 ケイという旅芸者ははにかんだ笑顔を見せた。




 露店を覗きながら2人は話す。


「そういえばお姉さんのお名前は?」


「ハツメよ」


「じゃあハツメさんですね」


「ううん。呼び捨てで良いわ。敬語もいらないけれど」


「いいえ、敬語は譲れません。呼び捨てよりも……そうだな、ハツメお姉ちゃんって呼ばせてください。私のことはケイで」


「分かった、よろしくね、ケイ」


 ケイは行きたいところがあるというので、ハツメも付いて行くことにした。


 花雲閣、都で一番高い楼閣だ。10階までは石造り、11階と最上階である12階は木造である。

 最上階に出ると、都全体どころか都を出た周辺まで見渡せる。


 ケイはこの周辺の地理に詳しいらしく、指を指しながらハツメの質問にあれこれ答えてくれた。


「そうです。あそこに広がるのがアオイ草原。不思議ですが春夏秋冬、本当に色々な植物が自生しています」


 アオイ御所のある北東区の方面から先には草原が広がっていて、その平原を横切るように大河が流れていた。1本の大きい橋が架かっているのが見える。


「大河もああ見えて、流れがすっごく早いんですよ。あの橋を通らないとまず渡れません。大河はあのまま川幅を広げながら、海ノ国まで繋がっています。でも海ノ国に行くなら川沿いに下るより、橋を渡って内陸を行った方が都に近いですね。海ノ国って、長いんです」


「ケイは物知りなのね」


「旅芸者ですし、お客さんのお話を聞いていると自然のうちに。……あれ。何だかこちらに手を振ってる人がいますね」


 楼閣の下を見下ろすとアサヒがこちらに手を振っていた。ハツメも手を振り返す。


「お連れの方ですね。ありがとうございました、ハツメお姉ちゃん」


「こちらこそ、楽しかったわ」


「あたしはしばらく花ノ国に居ますから、また会ったら仲良くして下さいね」


 そう言ってケイとハツメは別れた。


「ごめんねアサヒ。はぐれちゃって」


「いいや。一緒にいた子、誰?」


「旅芸者のケイっていうの。成り行きで楼閣に行って、アサヒも探せるかなって思ってたんだけど。先に見つけられちゃったわね」


「ああ。でも楼閣の上は遠目の割に分かりやすくてよかった。相当はしゃいでたな」


「あ、見えちゃった?」


 ハツメが気まずく笑うと、アサヒは別にいいよと目を細める。


「でも明日は、1日俺に付き合ってくれ」

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