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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百六十七話 四国会談 二

 花ノ国、山ノ国の両国が到着した翌日。

 各国の代表によって会談が開かれることになった。目的は今後の方向性の確認と、戦後についての話し合いが主となる。


 会場となる別荘の中で最も広い一室に向かう途中、アサヒとハツメはヒメユキに声をかけられた。


「会談の前に一応紹介しておく」


 そう言ったヒメユキの手に促されるようにして二人の前に立ったのは、二十代半ばの男性だった。


「名はスイレン――キキョウの息子だ。花ノ国にいる四人の将軍のうちの一人だ」


 ヒメユキの猫目とはまた違う切れ長の目、への字に曲げた口。白髪と黒髪の違いだけでなく、覇気のないキキョウとは似ても似つかない、神経質そうな顔立ちの男が軽く頭を下げる。


「……父が世話になったようで」


 棘はなくもお堅い声が、ぽかんと眼前に立つアサヒとハツメに掛けられる。


「む、息子さん? むしろお世話になったのはこちらというか……」


「似てないな……」


 思わず口に出た二人の本音にも、スイレンは堅い表情を崩さなかった。片目を隠すまでに伸びた前髪をかきあげながら、彼は言う。


「似てなくて結構。あんないい加減な父をもって恥ずかしいくらいなので」


 それだけ言うと、スイレンは二人を通り越しさっさと廊下を進んでいく。背筋はぴっと伸び、目線は真っ直ぐ。普段からこうなんだろうな、とアサヒたちは思った。


「花ノ国では新進気鋭なのだが、上昇志向が強めでな。先生と折り合いが悪い」


「なるほど……」


 顔も性格も、とてもじゃないが親子だとは思えない。仲が悪いというよりは息子の方が一方的に嫌っていそうだが、これだけ違えば相性が悪いのも納得せざるを得なかった。





 個人所有の別荘ゆえに一室一室は広くないが、カナトはその中でも一番格式高い部屋を準備したようだった。木目の美しい杉の格子天井の下、一同は会する。


「谷ノ国が歴史の表舞台に出るなんて、神話以来じゃない?」


 アサヒたちが席に付こうとすると、隣に座っていたミヅハが二人に顔を向け、少しだけ口の端を上げる。若干緊張の色は見えるが、普段と変わらない声音。肝が据わっているのは流石だな、とアサヒは彼を見下ろした。


 しかしながら、感心するだけではいられない。異母弟(おとうと)が錫ノ国の代表でここに座っているように、アサヒ、そしてハツメもまた谷ノ国の代表としてこの場に来たのだ。


 二人の後ろには従者としてシンが控えている。

 長机に並ぶようにして隣に座るのがミヅハで、背後には静かにルリとアザミが佇む。

 机を挟み、アサヒの向かいには山ノ国の三人。ヒザクラと白袴を履いたトウヤが座り、後ろには書記道具を持ったフユコが一人。

 斜め向かいが花ノ国で、ミヤの前に、ヒメユキと先程が初対面だったスイレンが席に着く。


 海ノ国を除いた四国を囲むのは四面の壁。

 紅白の牡丹が配置良く描かれた薄黄色の壁には、ランプの灯が静かに燃える。



 会談は、年長の花ノ国が主導となって進められた。

 大陸の秩序に関する話、錫ノ国の第一王子側の話などがとんとん拍子で確認され、戦後に関しても一通り話される。大体は戦前の元通りになる、といった内容だった。


 初の四国会談はこれで綺麗に収まるか、と思われたとき。


「それだと錫ノ国への制裁が軽すぎる」


 突如、乱される空気。部屋に響いたやや強い声に、全員の視線が一方を向く。


 口を開いたのはヒザクラだった。周囲の視線を全て受け止めるのは、山ノ国の首脳陣。


 トウヤは周囲をざっと見渡した後、真っ直ぐにミヅハを見据える。


「ここにいない海ノ国もそうだが、こちらは都まで攻められているのだ。被害を考えれば、はっきり言ってその処遇は甘すぎる。これは山ノ国の総意だ」


 いつもとは異なる、見る目によっては冷ややかな声、表情。一切の情を抜きにした友人の雰囲気に、これが山ノ国をまとめる神官としての彼の顔なのだとハツメは感じた。


「何を求めるのさ」


「ざっくり言うと技術提供だ。錫ノ国の炭鉱掘削と金属精錬の技術が欲しい。……それと、これは他の二国に対してもだが。谷ノ国の復興を全面的に――」


「駄目だよ」


 トウヤが全てを言い切る前に、ミヅハは続けられようとした言葉を遮った。


「前者はともかく。――白々しい顔して、谷ノ国を抱えようとするなよ」


 重く低く言い放つ少年の目はぎらりと山ノ国を睨みつける。

 トウヤはその刺々しい視線を躱そうともしなかった。眉ひとつ動かさずに、山ノ国の神伯は淡々と返す。


「そちらが何か言える立場か。一度滅ぼしておいて」


「っ! 滅ぼしたのは――」


 僕じゃない、と続けたいのをミヅハは我慢する。錫ノ国を継ぐということは、これまでの犯してきた国としての罪を背負うということだ。ミヅハ本人が関わったかどうかは関係ない。それは彼にもよく分かっていたことだった。


 気まずい沈黙が室内を流れる。

 活き活きと描かれていたはずの牡丹がランプの炎に照らされ、息苦しそうに揺らぐ。


「……谷ノ国はどうなんだ」


 険悪な空気に耐えかねて口を開いたのは、ヒメユキだった。


 その言葉を受け、アサヒは一度すう、と息を吸い込む。

 周りのように駆け引きができるほど人と接するのは上手くない。国をまとめる、抱えることに関してもこの中の誰よりも劣っている。そうであれば、自分ができることは素直な気持ちを吐き出すだけだと、彼はある意味で開き直っていた。


「復興の協力はありがたいが、求めるとしても一国だけにはしない。受けてもらえるかはともかく、海ノ国も含め全てに声をかけたい。――正直な話、平等を意識しないと恩が偏りそうだからな」


 最後の一言は苦笑気味に。彼の本心からの言葉だと言うのは誰が聞いても明らかだった。


「それと。神宝(かんだから)なんだが」


 アサヒが隣のハツメに目配せすると、彼女は周囲を見渡しながら一同に真っ直ぐな目を向ける。


「戦が終わったら全ての国にお返しします。谷ノ地から持ち去った、四神の意向に沿います。……戦が終わったら、私たちには必要ないものになるはずだから」


 そうであってほしいという想いも込められた言葉だった。

 願わくば、この先神宝(かんだから)が何者の欲の目にも留まらず、穏やかに時を重ねんことを。


「花ノ国はそうしてもらえるとありがたいな。天比礼(あまのひれ)はいずれ儀式で必要だ。復興も当然、女皇が頷くだろう」


 ハツメの意を汲みつつも、体裁の整った形でヒメユキが答える。


天剣(あまのつるぎ)の所有権にはこだわらん。復興に関しても――山ノ国も同意しよう」


「錫ノ国も。……谷ノ国がそう言うなら」


 谷ノ国以外の三国がハツメたちに同意したことで、場の空気が若干ながら和らいだ。ほ、と息を吐いたのは一人二人ではなさそうだ。

 まとまりつつある場をさらに収めようと、ヒメユキが柔らかい口調で話す。


「いずれにしても全体として、大陸の秩序を正すという意向は同じなんだ。後はそれぞれ国同士で詰めたらどうだ。もちろん、何かあれば口は挟むがな」


 当然のように、異論や反論は出なかった。


「あとは戦のことについて、花ノ国から提案なのだが――」


 ヒメユキがそう言うと、隣のスイレンが彼を見て相槌を打った。今回の花ノ国の将を任されているスイレンが書き付けを見ながら口を開く。


 そのまま堅苦しい口調で紡がれていったのは、最後の戦となるだろう、錫ノ国の都セイヨウへの侵攻のこと。そして海ノ国の同時解放と、シャラへの侵攻のことだった。

いつもお読み頂きありがとうございます。

明日の更新の後なのですが、少しの間更新をお休みします。

というのも脳内でラストが見えてきまして、明日の更新の後は最終戦前夜と最終戦、エピローグと続くのですが、この辺りは一度ラストまで書き終えてから描写の配分や細々したところを調節したいと思っているのです。

やり直しが一層きかないところなので、少し慎重に書かせて下さいませ。

一応、私の中では二週間を目標に考えております。


この旨は本日の午後、活動報告にも書くつもりです。また再開の日程が確定次第、そちらもお知らせ致します。早く書き終われば前倒ししたいので、頑張ります。


少し間が空いてしまいますが、あともう少しのラストまで変わらずお付き合い頂ければ幸いです。

改めまして、いつもお読み頂きありがとうございます。

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