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絵葉書

作者: 一条 灯夜

 ハロー、衛。

 南半球は、今は夏です。

 言われればそうかなって話だけど、北半球とは違って太陽は東から上って北を経由して西に沈むんだよね。

 正月には帰国します。


 結城 礼



 いつもの絵葉書は、いつもと同じ二十日に届いた。

 隔月二十日に届く、とても短い言葉と風景。今回の場所は……オーストラリア? とは少し雰囲気が違う気がする。描かれている風景の色彩は、暖色系等でゴーギャンっぽいような雰囲気がある。でも、赤道付近ってわけでも無さそうだし……。もしかして、チリ……かもしれない。ちょっと曖昧な知識だけど。

 もしチリだとしたら、随分と長大な旅だと思う。春に向かったのは、確かインドネシアだったはずだから。

 ったく、世界、何週してるんだよ……。

 つい、学生時代の癖だった舌打ちが出かけて、苦笑いで誤魔化した。もう社会人だ。自分のアパートで人目が無いからといって、あまり粗暴な行動をするような歳じゃない。

 スーツを着る歳になったんだから、それ相応に振舞う。

 同期のサラリーマンを見て、そう決めていた。


 ……誰にも負けたくなかった。

 高校も大学も、本命じゃなくて第二志望だったから――。どうにも、最悪の事態にまで落ちぶれはしないものの、どこか宙ぶらりんな気持ちのままでいたから――。社会に出てからは、常にトップでありたかった。

 入社以来の横並びに、若干の差が出始めた三年目の冬。冬のボーナスの査定と、春の昇進に向けた動きが水面下で始まっている。今は、……今度は、上手くいっている。

 そう思う。

 それだけの手応えがある。


 俺は……、礼になんて負けていない。

 そう、思いたい。

 思っていないとやってられない。


 もっとも、女の恋は上書き式とかいう言葉もあるようだし、向こうはもうどうとも思っていないのかもしれないけどな。

 紋切り型、と言い切るには、雑学的な一言が添えられているのでためらいがあるが、調べればすぐに出てくる知識に、それほど大きな意味は無いとも思う。

 付き合っていた頃も、どこか不思議ちゃん系統で、読み切れない部分のあるヤツだったけど、些細な仕草や口調に感情を込めていたのを知っている。


 平均よりも少し低い背丈で、肩に掛かるぐらいの長さの髪を気分で内巻きや外撥ねにしていた。目が大きくて、……真っ直ぐにこちらを見る癖があった。だから、なにか疑問に思われているのか? と、知り合ってしばらくは戸惑ったものだった。

 怒った時もそう。あまり不満を溜め込まないタイプで、どうして、と膨れっ面ですぐ追求してきたっけ。


 ……はっきりと、怒声を聞いたのは、春に別れた時だけだった。

 高校生じゃなくなった春に。


「どうして?」

 礼は、最初はいつもと同じように、膨れっ面でそう訊き返してきただけだった。

「……大学、落ちたからだろ」

 ショックが癒え切っていない俺は、いつも以上に刺々しく礼に言い返した。

 同じ高校で――それも、俺としては滑り止めの第二志望の高校だったので、どこか卑屈な青春を過ごしたが――、同じ大学を目指していた。選択科目なんかも同じで、それが切っ掛けで礼と知り合い、仲良くなって――ありきたりかもしれないけど、三年の夏休み前に付き合い始めた。

「同じ、関東じゃない」

「…………」

 どこか呆れたように言ってくる礼に、上手く言い返せなかった。

 そういう問題じゃないんだ。


 礼に、負けたことが、辛かった。

 能力が劣っていた。

 と、認めたくは無かった。

 出る問題の傾向が、少し相性が悪かった。もしかしなくても、卑屈な教師が内心を適当に書いてたのかも、なんて思ってしまいそうになる。


「衛、ひとりで居ない方が良いよ」

「あ?」

「衛は、悪人ってわけじゃないんだけど、どこか、危なっかしいところがあるから。ダメなんかじゃないのに、自棄になりそうっていうか……」

「どこがだよ?」

「そういう所が」

 盛大に溜息を吐く。

 知った風な口を利く割に、こちらの心情までは充分に察してくれはしないらしい。


「もういいだろう」

 肩を竦めてみせる。

「なにが?」

「ひとりだと危なっかしいとか、そんな、ボランティアみたいな理由で付き合われてたまるか」

「そういう意味じゃない」

 ふん、と、鼻で笑う。

「衛は」

 礼の口調が変わった。初めて聞く声。表情を引き締める。ビンタのひとつでもしてくるように見えたから。

 避けたり、やり返したら、余計に負けた気になる。

 一発貰ってそれで終わり。お勤め終了。

 そういうつもりでいた時だった。

「わたしを、分かってない!」


 俺達は、高校生だ。

 付き合って、半年以上たっている。

 キスぐらい、別に普通だ。


 背伸びしていた礼の踵が、とん、と地面にぶつかる軽い音がした。

「バーカ!」

 そう言って、少しだけ意地悪く――そういう表情も出来るんだって、今更になって驚いたが――笑った礼は、走り去って言った。


 礼とキスしたのは、それが初めてじゃない。

 なのに、後味の悪さのせいか……、これまでで一番感情のこもった、苦い口づけとして、記憶に深く刻まれていた。



 それからだ。

 七年間、ずっと実家経由で俺に絵葉書の嫌がらせをしてくるのは。

 ったく、こんなの送られ続けたら、次の恋、なんて探せたもんねぇ。くそう。


 送り返そうにも、返信用の住所は無し。

 高校のクラスメイトの誰かに聞けば、礼の現住所は分かるのかもしれないけど、それはそれでしんどい話だ。俺と礼の経緯を知っている人間も、少なくないんだから。


 もっとも、大学に残っている――んだと思う、多分だけど――礼は、好き勝手世界を回っているようなので、捕まえる事なんて出来ないのかもしれないけど。


 長い溜息が、ひとり暮らしのアパートの天井へと消えていく。


 今も綴られている言葉に、愛情はあるんだろうか?

 それとも、憎しみが?

 なんとなく習慣になってしまっただけ、なんて返事もありそうだ。


 絵葉書をいつもの引き出しへと仕舞う。

 多分、今じゃない。

 いつか、もう少し優しい人間になれた時には……、絵葉書に込められた意味を訊きにいこうと思ってる。

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