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三年前の事件

 三年前、優たち家族と清彦夫婦が同居する前の話だ。

 悲劇は、ある日突然現れた。

 それまでは、決して裕福とは言えないが、それでも平穏無事な笑顔の溢れる日常を送っていた。それが、一瞬のうちに一変するような、そんな出来事だった。


 綾子が詐欺に遭い、多額な上に高金利の借金を背負わされたのだ。当時優は高校生で、悟はまだ中学生だ。利一の仕事で稼いだ金や、今までの貯金では到底足りるわけもないほどの途方もない金額だ。

 頭を下げて借りられるところから借りるだけ借りた。それでも何の解決にもならなかった。結局は借りた場所が替わっただけ。次々に返済期限は迫り、借金の全額は余計に増えていくばかり。完全に悪循環だ。

 しかし利一は自己破産する事はしなかった。

 どうにかして元の生活を取り戻す。それだけを考えていた。そしてその為になら、最早違法な行為も辞さないという思考になっていた。


 利一が提案したのは、銀行強盗だった。


 人手がいるが、他人を雇うような金は無論ないし、そもそも利一は他人をあまり信用しない。それで家族でやることになった。

 優も悟も断ることなどできなかった。自責の念に駆られた綾子が毎日のように苦しみ、何度も死のうとしていたことを知っていたし、プライドの高い利一が、怒鳴られ罵られながらも方々に頭を下げて回っていたことを知っていたから。

 当時同様に金に困っていた清彦と亜美も加えて、六人での強盗計画が立てられていった。

 利一の実家から、狩猟好きだった彼の父の猟銃を調達し、遂に計画は実行に移された。


 その日、東京銀行の支店へ仮面をつけて、優と悟、利一と清彦の四人が銃を手に乗り込んだ。

 まず一発、脅しのために利一が撃った。放たれた銃弾は、天井にめり込んだ。

 客と行員の喚き叫ぶ声。

 一瞬にして、その場は騒然となった。

 驚いた警備員が一歩後退したその隙に、利一が受付に金を要求する。

 三億円。

 それはあまりにも膨大な金額だが、その時の支店にはそれだけの金があることは既に調査済みだった。

 行員も警備員も無理な抵抗をしようとはしなかった。強盗を刺激しない様に、そうするよう決められているのだ。とは言え、警備員は隙あらば抑え込もうとしていたし、行員が現金を袋に詰める動作は緩慢だった。

 警察が来るまでの時間稼ぎをしているのだ。

 しびれを切らした清彦が発砲した。威嚇のつもりだったが、散弾の一部が近くにいた行員の腕に当たった。

 血が飛び散り、辺りに散った。腕を持って行かれた行員は、その勢いで後ろに回転しながら倒れた。

 女性行員の悲鳴。客の叫び声。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「早くしろ、次は頭を狙うぞ」


 清彦は凄んで、隣にいた行員の頭に銃口を向ける。

 まさしく怪我の功名だった。

 見せしめになったのか、警備員も流石に震え上がり、それまでの威勢はなくなった。行員も先ほどまでの動きが嘘みたいに早くなり、あっという間に三億が手に入った。

 パトカーのサイレンが、どこからか聞こえる。

 三億を三人で担いで、清彦が銃で警備員たちの動きを抑えつけながら、外へ走り出る。

 図ったように目の前に車が止まった。綾子の運転する車だ。事前に逃走用に用意していた盗難車だ。

 優たちは三億を投げ入れ、中に飛び込むと、扉が閉まりきる前に車は猛スピードで銀行を後にした。

 暫く走ったところで、人気のない駐車場に車を止め、近場で待機していた、亜美の待つ車に移動する。無論、これも盗難車だ。

 そのままその車で、郊外の駐車場まで進むと、そこに置いておいた利一のワンボックスに乗り換えた。

 更に郊外に車を走らせて、その日は車中で夜を過ごした。

 朝が明ける前に家に戻り、三億は屋根裏に隠された。


 ここまですれば、仮に逃走車を目撃されていても、この家まで特定されることはあるまい。

 誰も、まさかここまでうまくいくとは思ってもいなかった。しかし、腕を撃たれた行員のことは気懸かりだった。彼が死んでしまえば、優たちは強盗致死罪だ。時効はない。

 だが怪我で済めば強盗致傷罪。時効は十五年。

 テレビでは優たちのしでかしたことで大騒ぎだった。どこのチャンネルに回しても、特集で報道されている。

 だがその報道によれば、心配には及ばず、行員は一命を取り留め、回復に向かっているとのことだった。

 しかし、利一と清彦はそうとわかっても、かなり口論していた。

 余計なことをしなければ、十年で済んだのにという言い分と、あれがあったからこそ事がスムーズに進んだという言い分でぶつかり合っていた。はっきりそうだとは言えないが、清彦の弾が行員に当たっていなければ、もしかしたら捕まっていたかもしれない。それを利一もわかってはいたのだ。

 結局は利一が折れて、その点に関して喧嘩は収まったのだが、今度は金の分配が議論のタネとなった。清彦は自分のお陰でうまくいったのだから、その分分け前を増やしてほしいとせがんだ。

 とはいえ、利一もそこはなかなか譲れない。発案者も計画者も自分だと言い張って、こっちの話は決着がつかず、未だに分配の割合は未定のまま。

 借金のために金を強奪したのはいいのだが、番号を銀行が控えている場合を考えて、すぐに支払いにつかうわけにはいかなかった。

 強盗までしたというのに、それからも借りては返して、借りては返しての自転車操業を続けた。

 そのせいで借金の総額は変動して、時効を迎える頃にどうなっているかはわからない。だから配分がどの割合になろうと、今すぐ分けるのは不可能なのだ。

 そこで清彦は、時効までの間、三億を見張るために家に居候をし始めたのだった。最初はそれこそピリピリしていて、険悪な雰囲気だったが、それに順応するのも思ったより早かった。

 今はあの二人がいても、大して気にならない。

 まだ使えない三億ではあったが、それは一つの安心感を与えてくれた。絶望の只中にいたこれまでとは違う。とりあえず手元に大金があることで、気分は何倍も楽になった。

 それから三年もの間、そうやって生活することができていたのも、このお陰に他ならない。

 しかしあと十二年、この生活を続けなければならないのかと思うと、目的地は果てしない旅路の先にあることに変わりはない。


 最初の一年は、それこそ道行く人々すべてが、自分の敵のように思えて、外出が億劫になった。家はもちろん、どこへ行っても見張られている気分で、心が落ち着く暇もなかった。

 今でも夢を見る。警察に見つかり、牢獄に幽閉される夢を。

 家族はバラバラになり、たとえ出られたとしても、これまでのような生活はできない。大学はもちろん除名だ。道行く人々に白い目で見られ、働くことだってままならない。

 想像するだけで優の息は荒くなった。

 それはあり得ないテレビの中のドキュメンタリーの世界ではなく、限りなく現実味を帯びていたからだ。

 身体が熱くなった。汗が止まらない。呼吸が苦しい。心臓が激しく脈打つ。


 俺は―― 


 俺は――捕まりたくない。

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