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家族会議で一悶着

 その日の夕食の前に、家族会議が開かれることとなった。部活で帰りが遅くなった悟を待つ間、食卓を囲む五人――利一、綾子、優、清彦、亜美――を重苦しい沈黙が支配していた。聞こえてくるのは、壁に掛けられた時計が時を刻む単調な音だけ。


 ――カチッ、カチッ、カチッ。


 居心地は最悪だ。ここから早く立ち去りたい。しかし、その場の雰囲気はそれを許しはしなかった。

 せめてテレビの音でも流れていてくれれば、少しは気分が楽になっただろうが、テレビはこの家には居間の一台しかない。優にはただただ、時が流れるのをじっと待つことしかできなかった。

 ようやく会議が始まったのは、午後七時を回ったころだった。

 かれこれ十五分は待っていたことになる。しかし、優にはそれが一時間にも二時間にも感じられた。その場の全員に苛立ちが募ってきていたことは、その表情や仕草をみればわかる。

 険しい顔で、貧乏ゆすりに、爪を噛んだり、何度も何度も脚を組み変えたり。そろそろ限界を迎えようとしていた頃に、大きな音を立てて、悟が家に戻ってきた。

 何も知らない悟は、不思議そうに部屋に入ってきたが、その場の只ならぬ雰囲気と、テーブルの上に置かれた例の脅迫状を見て表情が一気に強張った。


「何……これ?」


 その声は震えていた。


「いいから、座れ」


 有無を言わせぬ強い口調の利一に、悟は怯えながらも自分の席に着いた。

 その間も、皆深刻そうな面持ちでテーブルの上の脅迫状とカードを見つめていた。


「今日、こんなものがうちに届いた。何か、心当たりのある者はいないか?」


 利一がねめつけるように一同を順に見回していく。さながら、獲物を探す蛇のように。唾を飲み込む音さえも、耳ざとく聞きつけて骨の髄まで糾弾しそうな勢いだ。その視線に耐えかねた清彦が言った。


「悪戯に決まってるだろう、こんなもの。真に受けるなよ」


「悪戯なわけない。普通の家にはそもそもこんなものは送られてこないだろうが。うちだからこそ送られてきたんだ」


「や、やっぱりバレたんだよ! そうじゃなきゃ、一体誰がこんな……」


 悟はそわそわして落ち着きがない。喋りながらも、目はキョロキョロしている。


「もう、もうおしまいよ!」


 青ざめた顔でずっと俯いていた綾子が、突然叫んだ。その場にいた全員の視線が綾子に集まる。


「静かにしろ! みんな、少し落ち着け」


 利一が一喝すると、再び場に静寂が訪れた。


 ――カチッ、カチッ、カチッ。


 時計は俺たちのことなどお構いなしに、相変わらず無感情に針を動かしている。


「警察」


 ぼそっと悟が呟いた。その言葉に、すっかり神経過敏になっていた皆が、ぎくりと息を飲んだ。今度は全員で悟を見つめる。

 悟の顔はすっかり青くなっていた。


「警察に連絡しようよ。命が狙われてるんだよ? それに、その脅迫状の通り、悔い改めればいいんでしょう? 正直に洗いざらい話して捜査してもらったほうが……」


「馬鹿野郎、そんなことできるわけないだろ」


 利一が悟の言葉を一蹴する。少しでも彼の話を聞こうという姿勢すらない。


「で、でも……」


 それでも食い下がろうとする悟に、利一はその隙を与えようとはしなかった。


「こんな紙切れ一枚で、警察が動くはずもない。これからのお前の人生が台無しになるだけなんだぞ? お前だけじゃない、ここにいる全員の人生が、滅茶苦茶だ。それでもいいのか?」


「もう十分滅茶苦茶だ」


 悟が小声で放った言葉は、幸いなことに利一には届いていなかった。


「そうだよ。それにそもそも、他の人間にバレたと決まったわけじゃない」


 優は利一に賛同して、さらに続けた。


「家族の間でだって、あれに関して具体的なことを言ったりはしないし、警察だって未だにわかってないんだから。第三者にバレたとは考えにくいはずだろう」


「そうよ、考え過ぎよ。こんなもの、なんかの詐欺に決まってるじゃない」


 優に続いてそう言ったのは清彦の妻、亜美だ。エアコンがないので暑いのは分かるのだが、タンクトップにデニムのショートパンツという露出の多い格好は、この張りつめた空気の中ではかなり浮いている。

 この六人の中では、彼女は比較的冷静さを保っている。というより、関心が薄いようだ。事態を深刻に捉えていないらしい。詐欺というのも、恐らく本心でそう思っているのだろう。


「詐欺だとしたら、振り込む口座だとか、金を受け渡す場所だとか、そういうのを書いておくべきだろう?

未だにこの紙以外何もないんだから、それは違う」


 清彦にそう言われて拗ねたのか、彼女は不貞腐れた顔をした。


「兎に角これは、俺たちのことを知っているやつが送ったか……」


 好き勝手に口論し始めた場を取り仕切るように、小さいながらも険しい口調で言葉を発する利一。それを受けて、またもや食卓は水を打ったように静まり返った。


「あるいは、俺たちの中の誰かの仕業ってことになる」


 今まで以上に重苦しい空気が食卓を覆う。


 ――カチッ、カチッ、カチッ。


 時計の音が耳障りなほどにうるさい。

 沈黙に耐えきれなくなった頃、口火を切ったのはやはり利一だった。


「誰がやったんだ? 今なら、まだ許してやるぞ」


 お互いがお互いを見る。それは誰かを咎めるような目線でもあり、得体の知れない恐怖に戦くような目線でもある。しかしながら、皆一様に知らないといった様子で、誰も、何も言わない。

 静寂を打ち破ったのは悟だ。


「まだこの中の誰かがやったなんて決まってないでしょ? 他の人が出したんだとしたら」


「そんなことあるわけないだろ! 誰かがやったにきまってるんだ!」


 利一は怒鳴り散らした。テーブルを叩いて立ち上がる。その大きな音に、悟だけでなく全員が身体を竦めた。


「静かにしよう。他の家に騒ぎを聞かれたら困る」


 優は静かに利一を宥める。しかし、彼の怒りはまだ収まっていないのか、青筋が額に浮き出ている。

 こう言うときは話題を変えるべきだ。そう思ったのだろう、悟が恐る恐るタロットカードを指差した。


「あのカードは、なんの意味があるわけ?」


「まあ、タロットカードだなってことはわかるが……どんな意味があるかは知らないな」


 清彦が腕を組む。


「そんなものどうでもいい。どうせ大した意味なんかない」


 利一は白けた目でカードを見る。興味はないようだ。


「どこかの本で読んだことがあるんだけど、これは『月』ってカードで、意味は『迷い』とか『不安』とかだったはず」


 優は顎を手で擦って、タロットカードを見つめながら言った。


「見ろ、やっぱり大したことはない。まさしく今のこの状態ってわけだ。犯人はこれを見て心の中で笑ってるんだろうな?」


 利一は全員を鋭い眼光で見回した。


「おいおい、そう言うのは止めにしようよ」


「そうよ、私たちがこんな事して、一体何の得があるわけ?」


 優と綾子とで、どうにか利一を抑え込む。


「俺だって、家族を疑いたくはないさ。だが……。

 兎に角、このことは他言無用だ。いいな」


 利一はそれだけ言うと、テーブルに置かれたカードと脅迫状を取り上げ、当たり散らすように滅茶苦茶に引き裂いてゴミ箱へ捨てた。そしてその足で二階に上がっていった。

 この気まずい雰囲気にほとほと嫌気がさした優も、逃げるように自分の部屋へ向かった。食欲は綺麗に失せてしまい、そのままベッドで横になっている内に、眠りについてしまった。


 それから数日の間は、何事も起こらず、今までと同じ平凡な日常が戻ってきた。

 赤屋家の誰もが、あの脅迫状がただの質の悪い悪戯だという結論に至った。そんな中で、再び事態は急変するのであった。

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