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真相は闇の中へ

 証拠はすべて燃やした。これで、もう誰も、私が犯人だとは思うまい。

 あいつらは私の、そして、私の夫の人生を滅茶苦茶にしてくれた。

 三年前の銀行強盗。あの時、私の夫は不運にも、あの銀行の支店で支店長として働いていた。しかし、あの事件を受けて責任を取らされ、銀行はクビになり、その上損害賠償まで請求される始末だった。

 対処の仕方がマズかったのだ。

 私は納得いかなかったが、夫は自分を責め続けた。自分のせいで、会社に重大な不利益をもたらしてしまったと。

 それからの人生は、本当に生き地獄だった。借金まみれの生活。日に日に精神に異常をきたしていく夫。私自身も神経をすり減らして毎日を生きていた。

 

 そして、その生活の中で、夫は死んだ。


 自殺だった。自室で首を括って。


 私はその時、復讐を決意した。私たちをこんな目に合わせた人間にも、地獄を味あわせてやりたい。今頃奴らは、私の気などまるで知らず、奪った金で豪遊でもしているのかと思うと、はらわたが煮えくり返った。

 銀行強盗の話は、夫がよく私に話してくれていた。頭がおかしくなる前にも、おかしくなってからも、よく言っていたから、私はその様子を自分で見た様に頭で再現することができるほどだった。

 銀行に入ってきた犯人は四人。体格はバラバラで、うち二人は子供のようにも見えた。さらに、犯行後に銀行から出た犯人は、どこからともなく走ってきた車に乗り込んで、そのまま去っていったという。

 つまり、犯人は五人以上いる。

 一人が銃を発砲して、行員の腕に当たったので、見せしめだと犯行当時は思っていたが、後から考えてみると、銃の扱いに不慣れな様子だったと夫は言っていた。

 よって、犯人はこのような事件を起こしたことはない。あるいは、起こしたとしても、その経験は少ない。これらの事から、犯人は家族ぐるみで犯行を行ったものと推測した。

 警察は犯人が既に遠くに逃亡したとして捜査していたが、一向に見つかる気配はなかった。だから、私は敢えて銀行に近い場所を当たった。

 事件前後で怪しい動きを見せた家族がいないか、調べてみることにした。


 するとどうだろう。


 あの赤屋という一家が見つかった。


 事件後に弟夫婦二人がそこへ越してきているのだ。これは不自然だった。弟夫婦にも持ち家はあるのだ。わざわざそこへ引っ越す理由がない。

 私は赤屋家に目をつけて、そこへ忍び込もうとしてみた。

 不運なことに、――今思えば、これはとてもラッキーなことだったのだが――赤屋亜美にその姿を見られてしまった。その上、亜美は私のことを知っていた。

 三年前のニュースにちらっと出ていたのを、覚えていたのだという。


 しまった。ということは、彼女は私が何をしにここへ来たのか、もうわかっているだろう。警察に通報するか、あるいは秘密裏に処分するか、いずれにしても、私はもう終わりだ。


 そのはずだったのだが――


 亜美は私を人気のない公園に連れていき、単刀直入に切り出した。


「復讐に来たんですか?」


 観念した私は、これまでの経緯と、これからやろうと考えていた復讐の大まかな計画を洗いざらい話した。

 私のことを知っていた彼女だが、夫が死んだことは知らなかったらしい。

 その当時の私はかなり参っていて、マスコミは尽く拒否していたし、丁度その時大物政治家の汚職事件でニュースはもちきりだったので、報道がほとんどされていなかったから、無理もないことだったが。

 全てを話しきると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「私と手を組みませんか?」


 その時の私は心底驚いた。


「貴方はお金には興味はないのでしょう? だったら、私がその復讐の手助けをするから、その代わり三億は私が頂くわ。それでいいかしら」


「で、でも」


「いいのよ、元々あんな家族に未練なんてないし。私は三億が自分のものになればそれで十分だから」


 そうして、私と亜美は便宜上、協力者という関係になった。勿論、私は最初から彼女を見逃すつもりなどなかったが。


 彼女と別れた後、家に戻るとマスコミから強盗事件に関して特集を組みたいということで、インタビューの依頼が来ていた。


 放送日はもう少し後になるということだったから、もしかしたらいいアリバイ作りにもなるかもしれない。


 そう思って、私はそのインタビューに答えた。

 そう、優が見た、あの遺族のような喋り方をする女は私だった。

 彼は死の直前に、それに気付いただろうか。

 まあ、今となっては、そんな事はどうでもいいことなのだが。


 それから、私は屋根裏部屋に、三億と一緒に隠れ住むことになった。

 真夏のせいでかなりの蒸し暑さ。亜美の助けがなければ、こんなところにずっと住んでいることは不可能だっただろう。その点では彼女に感謝している。

 そして頃合いを見て、あの脅迫状を作り、ポストに投函したのだ。

 脅迫状は、亜美が持ってきた、客間に転がっていたという雑誌から切り抜いて作った。タロットカードや封筒も、私の代わりに亜美が手に入れてきたものを使い、ポストに投函したのも彼女だった。

 脅迫状を発見した家族の慌てようと言ったら、可笑しくて仕方がなかった。意図せずして口元が綻び、少し胸がすっとする思いだった。しかし、その日の夕方の家族会議で、やはり反省する気持ちなど微塵もないことを知って、殺意が再び芽生えた。

 タロットカードには、これから起こる殺人が、脅迫状と関係があると決定づけさせるために必要だった。

 優はあのタロットカードの意味を『迷い』だとか『不安』と言っていた。勿論、それも正しいが、月のカードにはこんな意味もある。

『潜在する危険』だ。

 そう、まさにこの家に隠れて住んでいる、私そのものだ。あのカードは私からのメッセージだった。もしかしたらどこかで、復讐に狂ってしまった私を止めてほしいと思ったのかもしれない。しかし、結果として、そこには誰も気づかなかったのだが。


 悟を殺した方法は、大体彼らも想像がついていたようだが、予め食器に毒を塗っておいたのだ。まだ誰も警戒してなどいなかったし、自分用の食器が決まっていたから、これで簡単に殺せた。彼を一番最初に殺したのに特に意味はないが、強いていうなれば、彼が一番罪悪感に苛まれていたようだったからだ。脅迫状を見て、警察に自供しようなどと言ったのは彼だけだ。だから早いうちに楽にしてやった。

 しかしその日、彼らが死体を埋めに行く前に、突然利一が屋根裏部屋に上がってきたときには、心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。咄嗟に物陰に隠れた。

 幸い、利一は金の方にばかり気がいっていて、私のことには気付かなかった。そもそも、まさか自分の家の屋根裏に、見知らぬ人間が生活しているなど、普通の人間は思いもしない杞憂だろう。

 追いかけて金の居所を突き止めようとはしなかった。余りにもリスクが大きすぎた。なにも今やる必要はない。全員殺した後で、ゆっくり探せばいいのだ。

 綾子を殺すのは容易だった。寝室は二階にあって、彼女はそこに引き籠っていた。全員が一階にいる間に、静かに彼女の首を絞めて、それから吊り下げた。

 徐々に家族の間に疑心暗鬼の心が芽生え始めていた。その様子も、見ていて口元が緩んだ。すべてが自分の思い通りに進んでいる。

 本来ならば、亜美が清彦を屋根裏に呼び出して、そこで彼を殺すつもりだった。利一は悟と綾子を殺されて理性を失ってしまったが、清彦は頭が切れるし常に冷静だった。だからここらで早めに殺しておきたかったのだが、利一の邪魔が入って計画通りに進まなかった。

 仕方なく、その後台所で酒に逃避していた利一を殺した。精神的にかなりきていた上に、かなり酔っていたようで奇行が目立っていた。このまま騒ぎが大きくなると、近隣の住民が警察を呼ぶかもしれない危険性があった。

 殺す前に気付かれてしまい、彼に悲鳴を上げられ、抵抗もされて手間取ったが、酔いで身体が思うように動かなかったのか、どうにか始末することができた。

 幸い、亜美以外の二人は深い眠りに就いていたようで、ばれずに済んだようだった。

 包丁を奪うと、廊下で亜美とばったり出くわした。

 彼女は屋根裏に三億がないことを、かなり気に病んでいたようだった。私は、利一が言っていた通り、彼がどこかに隠したのだと言ったのだが、彼女は信用しなかった。


「私がここまで手伝ったっていうのに、貴方は三億まで奪うつもりなの? それなら私にも考えがあるわ」


 彼女は金に狂わされてしまったようだった。

 警察を呼ぶと言い出して聞かず、電話を取りに行こうとしたので仕方なく殺した。

 そこへ清彦が物音を聞きつけてやってきた。私は咄嗟にトイレに駆け込んで、そこから様子を窺っていたが、彼はすぐに二階に上って行った。

 扉越しに優に話をしようとしているようだった。最初は注意深く小声で話しかけていたが、段々と興奮した彼の声は大きくなっていって、階下にいても聞こえていた。

 丁度その時、トイレの窓から間宮美咲がこちらの家にやってくるのが見えた。

 

 まずい。今ここで死体を見られでもしたら、ここまで進んだ計画は台無し。復讐も中途半端に終わってしまう。


 私は亜美の死体をトイレに隠した。

 するとタイミングよく清彦が降りてきた。私はその様子を先のごとくトイレから覗いていた。

 死体がないと不審に思うはずだと考えていたのだが、彼はむしろ予想通りというような顔ぶりだった。

 丁度そこへ、美咲が現れた。

 清彦は見事にやってくれた。彼ならやってくれると思ったが、まさか両親まで殺してくれるとは思わなかった。お陰で手間が省けた。

 利用するだけ利用して、戻ってきた清彦を階段で待ち構えて襲った。最早四人も殺した身、造作もなかった。

 これで後は優だけになった。

 しかし、自室に閉じこもった彼を外へ引きずり出すのは至難の技だ。私が外から追い立てても出て来るわけはないし、無理矢理入ろうとすれば、窓から逃げられる。ここは辛抱して待つしかない。その間に、間宮家にガソリンをばらまいた。

 思ったほど待ち時間は少なかった。優はこの家から逃げようとしていた。しかし何故か、玄関の方にはやって来ず、ダイニングの方に向かった。客間に潜んでいた私は、ダイニングの入り口で待機して、彼が戻ってきたところへ渾身の一撃を食らわせた。

 そして、全員を殺し終えると、私は急に魂が抜けたようにしばしその場に呆然と立ち尽くしていた。我に返った頃には、私は以前の復讐に燃えた自分に戻っていた。

 そして、しなければならないことを思い出した。

 あの忌々しい金を燃やし尽くさなければならないという事を。

 私にとってあの金は、人生を狂わされた元凶に過ぎない。生活に困ってはいたが、あの金に助けを求めるなど、それこそ命が尽き果てようとしていてもしたくはない。

 私は家中探し回って、台所の地下収納に黒いビニール袋を見つけた。

 そこには念入りにガソリンを撒いて、そこからさらに家全体に垂らしていく。証拠になりそうな、指紋の付いたものにも纏めてガソリンをかけた。

 玄関まで出て行って、そこで火をつけた。間宮家にも回り、火を放って逃げた。それで終わりだ。


 これがあの事件の顛末。


 焼け跡から有力な証拠は何一つ出て来ない。私はあそこにはいなかったことになる。

 全てをやり終えた私には、思ったほど達成感といった、快感のようなものはなく、むしろ虚無感ばかりが充満していた。心にぽっかり空いてしまった大きな空白は、彼らを殺しても埋まりはしなかった。

 とはいえ、やらないほうがよかったとは思わない。むしろやってよかった。

 だが、もう生き甲斐もない。

 残された私にするべき事は、あと一つしかないのだ。

 そう、私にすべき事、それは、


 私は、雑踏に耳を澄ました。


 世間の人々というのは自分のこと以外には関心などない。私がどれほどの苦労をしていようが、それは彼らには関係ない。同じく、赤屋家や間宮家に何があったのか、そんなこと誰も気にもとめない。

 すぐに忘れ去られる。それが世間というものなのだ。

 私は雑踏に向かって、一歩足を踏み出した。

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