異色の祭りに、君の笑顔を
どういう風に競えば、こんなクラスができようか。
身を包んでいるメイド服の裾をつまみながら、僕は大いに嘆息した。
頭に触れば、フリフリのヘッドドレスの感触。更には極めつけとばかりに、あちこちで飛び交うマニュアル通りの「お帰りなさいませ、ご主人様」のむさい声。
明らかにおかしいだろう。
そんな思いを一心に、僕はそんなクラスを見渡した。と同時に、ことの経緯を頭の中で整理してみる。
原因は一つだ。隣のクラスが文化祭で『メイド喫茶』をするという情報を誰かが仕入れてきたこと。
で、隣のクラスに妙な対抗心を持っている僕らのクラスは、負けじと作戦を立てたのだ。
その名も『メイド・ホスト喫茶』。
まあ見た感じからして、ヤバいオーラが溢れ出している。
けれど更にヤバいのが、メイドが男子、ホストが女子ということ。つまり立場逆転だ。
女子はまだ良い。普段だってズボンも穿くだろうし。
けれど……男子はどうだ? 短いスカートとハイソックスの間からのぞく生足。毛ェすげぇ生えまくってるし。
正直キショイだろ。見ろよ、目の前の野球部員。何か悲惨なことになっているじゃん。もう坊主のフォローに回した茶髪のヅラも、何のフォローにもなってないって。
あー、まだ無駄毛が薄くてよかったな。ついでに髪も長い方でよかったな。
そんな小さな慰めを自分に向けていると、ふと誰かが教室に入ってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
男ながらにスカートを気にしない、力任せのお辞儀を僕はした。ヘッドドレスのずれた感触が僅かにする。
だが上から聞こえてきたのは他でもない、
「何やってるの、高瀬」
「……さぁ。何でしょうね」
とんでもない奴に、とんでもない間違いをしてしまった。
絶望感に苛まれながら、僕はおずおずと頭を上げる。
するとどうだろう。目前には嫌そうな顔をした佐倉という女子。
またついでとばかりに、クラスの女装男子から痛い視線を一身に受けてしまった。
何だ。この中で一番痛いのは僕か?
「あのー、佐倉さん?」
恐る恐る僕は言葉を発する。だがそこに先刻までいた佐倉の姿はなかった。
慌てて視線を彷徨わせると、佐倉は教室を出て行く寸前で。
思わず僕は教室を飛び出すと、人目も憚らずに佐倉を追いかけていった。
佐倉は僕らのクラスなので、勿論男装をしている。
白いスーツ姿に長い髪を結い上げバレッタで留めているその姿。また人目を惹くその可愛さで、人ごみにいながらもやけに目立っていた。
佐倉は僕がつけていることを知ると、足早に階段を昇っていってしまう。
クソッと僕は思わず、小走りになりながら佐倉を追った。
僕らは三年なのでクラスは最上階にいる。つまりここより上は無人だ。だからこんな恰好も、人の邪魔になるという心配もしなくて済むのが、唯一の幸いと言えよう。
屋上への扉をくぐると、僕は大きな声で叫んだ。
「待てよ、佐倉!」
「何で着いて来るのよ」
「お前が逃げるからだろ」
ちょっと止まれって。
そう言いながら、僕は佐倉の腕を掴んだ。
「離してよ、変態!」
すると間髪入れずに佐倉は僕の手を振り解こうとする。
何で変態になるんだよ! という声を必死になって飲み込みながら、僕は自分よりずっと背の低い佐倉に頭を下げた。
「なあ、ゴメン。さっきのは条件反射だったんだよ。まさか佐倉だと思わなかったんだって」
すると佐倉は、へぇと声をあげた。
「私じゃなかったら、誰にでもそうするんだ」
「そりゃ……出し物だし」
するしかないだろ?
そう言おうとしたら佐倉は急に、こう言ったんだ。
「高瀬ってば、最低」
「は?」
正直僕は、困惑した。
何が最低? それ以前に何で最低?
けれど戸惑っているうちに、佐倉は僕の手を今度こそ解いて去っていってしまう。
訳が解らなかったけど、僕はそんな佐倉にまた追っていた。
「来ないでよ、バカ」
「ちょッ、佐倉」
「来ないでってば」
とはいえ、誤解を解くまではそうもいかないだろう。
僕は唾を飲み込むと、一つ息を吐き出した。
「そんな軽い男なんて、大嫌い」
けれど言葉を紡ぐ前に、それを遮られてしまった。
佐倉の声は、ちょっと悲しそうにも聞こえた。
するともう一度、佐倉は同じ言葉を呟いていた。
そんな軽い男、大嫌い。
僕は何も言えなかった。
でも佐倉が何に対してそう言っているのか、ようやく解った。
今さら解っても、遅かったのかもしれないけど。
佐倉は僕に背を向けると、もと来た道を戻っていった。
白いスーツと白い昇降口の壁の色とが、どこか寂しげに映る。
風が一つ、僕のスカートを靡かせた。
そして僕は――
「いってらっしゃいませ、ご主人様!」
叫んだ声が、秋の空に響き渡る。
そして佐倉は驚いたように、振り返っていた。
「バーカ。高瀬も一緒に行くんでしょ」
その顔には満面の笑みが、浮かんでいた。