第八話 トクベツな相談
茜と特別なもの探しをした次の日、僕は五日ぶりに学校に行った。あのような事件の後ということもあってか休み時間や放課後になると僕は何度か人に囲まれた。
僕は、その時に茜が苦しんでいる理由を知っている人はいないか、と何気なく聞いてみた。返ってきた言葉は知らない、というものだけだった。
それだけなら、僕はそのまま茜が苦しんでいる理由を探していたかもしれない。僕がどうして茜が苦しんでいる理由を探そうとしないかというと僕の質問に答えた人たちは決まってとあることが共通することを言ったからだ。
あの彼女に苦しみなんかがあるはずがない、とか、あれほど賢い彼女が苦しみなんかで死ぬはずがない、きっと別の理由があったんだ、とかだった。
それらの言葉だけで僕は彼女が何に苦しんでいるのかわかったような気がした。周りの人達はあまりにも茜に完璧さを求めすぎている。たぶん、僕でもこれだけの狂った期待を向けられれば苦しんでいたかもしれない。
とりあえず彼女が苦しんでいる理由はわかった。次はそれを解決する方法を探さなければならない。
人の悩み事などの相談に乗ったことさえない僕だけではそれを見つけるのは無理な事だと思った。だから、まずは僕の友達に相談をしてみることにした。
僕を囲んでいた人たちがいなくなると自分の教室まで戻る。それから、友達の姿を探す。放課後、ということもあって人の数はとても少なく友達はすぐに見つかった。
「雄輝、ちょっと僕の相談、聞いてくれないかな?」
僕の声に窓の外を眺めていた一人の少年が僕のほうへと顔を向けた。彼は、大西雄輝。この高校に通い始めて初めてできた友達だ。この学校には二ヶ月ほど通っているが自然に話ができるのは彼ともう一人の友達ぐらいだった。
雄輝は友達思いのある人だ。僕のお見舞いに来てくれた友達、というのも彼のことだ。
「和明か、どうした?何の相談だ?」
雄輝は僕の方をしっかりと見て聞いてくる。彼は人と話すときはしっかりと人の顔を見るようにしている。
「実は――――」
そこまで言って僕の声を遮るように少女の弾んだ声が聞こえてきた。
「雄輝っ!ごめんね、待たせちゃって」
僕と雄輝は同時に教室の入り口を見た。そこには、一人の少女が立っていた。
少し息を切らせているような感じだった。ここまで急いでやってきたということが容易にわかる。
彼女は日向佳織。中学生の頃から雄輝と付き合っているらしい。友達ではなく恋人として。
「佳織、ちょうどいいところに来たな。ちょっとこっちに来てくれるか?話があるんだ」
雄輝が手招きをする。佳織は素直に従いこちらまで近づいてきた。
「なに?和明がいるってことは、和明関係の話?」
「ああ、そうだよ。なにか相談があるらしい」
「ふーん、そっか。和明から相談してくることってはじめてだよね。それで、何の相談?」
そう言って佳織は僕の方に振り向く。
「うん、茜のことについて相談したいと思ってね」
「茜って桜崎茜さんのことだよね」
驚いたような表情を浮かべながら佳織が聞いてきた。雄輝も少しだけ驚いているようだった。何を驚いているのだろうか。
「うん、そうだよ。桜崎茜、のことだよ」
「それで、桜崎さんのことについて何を相談したいんだ?」
驚いたような表情を引っ込めた真剣な顔で雄輝は聞いてくる。彼はその場の雰囲気に合わせた表情を浮かべるのが得意だった。なので、なんで驚いているのか、と聞くタイミングを見逃してしまった。
佳織も雄輝に合わせるように真面目な顔になる。
「僕はさっきまで茜が自殺をしようとした理由を調べてたんだ。そうしたら、すぐにわかった。茜が苦しんでる理由がね」
僕は先ほど僕を囲んだ人たちの言っていたことを思い出しながら次の言葉を紡いだ。
「たぶん、茜は周りの人たちの過剰な期待に苦しんでたんだと思う。茜を苦しめてる本人達は気がついていないみたいだけどね」
僕の言葉に二人は納得したように頷いた。最初に口を開いたのは雄輝だった。
「ああ、確かにそんな感じがあるな。あれは、過剰に宗教を信じる信者みたいな感じだったな」
宗教に例えるというのもおかしな気はした。しかし、ニュアンス的にはそれであっているような気がする。
雄輝に続くようにして佳織が言った。
「そうだよね。みんな、桜崎さんを普通の人として見ようとしてなかったもんね。特に勉強に関してなんかけっこう酷かったよ」
佳織の声は沈んだようなものだった。
「それで、お前が俺に――俺達に相談したいってことはなんだ?このことについて話したいだけじゃないだろ」
僕は内心で少し驚いた。しかし、そんなことをわざわざ口に出して言えるような雰囲気ではなかった。
「うん、これだけで済ませたいならわざわざ二人に話したりしないよ。……どうやったら、茜の苦しみを和らげられるかな、って思ったんだ。それで、僕はどうすればいいかわかんなくて二人に相談してみたんだ」
僕は言葉通り、どうすればいいかわからない、という戸惑いの表情を浮かべていると思う。
「うーん、そういう人の対処なんてしたこと無いからね。難しいよ」
佳織は腕を組んで悩んでいるような様子だった。雄輝も真剣に考えてくれているようだ。
「そうだ、和明、桜崎さんの携帯の番号とか連絡する為の手段に使えそうなものって知ってるか?」
不意に雄輝が口を開いた。僕は少し考えて思い出した。そういえば昨日それぞれの携帯の番号を交換していた。
「うん、携帯の番号なら知ってるよ」
「だったら、とりあえず毎日連絡をとっておけばいいんじゃないか?そうすれば声だけだが様子もわかるはずだからな」
なるほど、そういう手があったか、と僕は納得する。というか、何で僕はこの程度のことに気がつかなかったのだろうか。
「そうだね、そうしてみるよ」
「だったら、桜崎さんも喜ぶんじゃないかな?」
佳織は何かを含んだような笑みを浮かべてそう言った。それよりも、何で僕が電話をかけただけで茜が喜ぶのだろうか。
「僕がかけただけで?なんで、そう思うの?」
「そんなの決まってるでしょ。あんな苦しみを抱えてるんだよ。そう簡単に携帯の番号なんか教えるはずないよ」
佳織の言っていることの意味がよくわからない。だから、どうしたと言うんだろうか。
「それが、どうかしたの?関係あるようには思えないんだけど」
「そんなことがわかんない人には教えてあげないよー」
佳織は子供が誰かに意地悪するときのような口調で言った。
「鈍いな、和明は。まあ、仕方ないだろうけどさ。佳織の代わりに俺が教えてやろうか?」
意味がわからず僕は反射的に頷いてしまった。
そんな僕を見て雄輝は少し笑ったようだった。しかし、すぐに雄輝は笑いを引っ込めると言った。
「つまりな、桜崎さんはいろんな人から過剰な期待を寄せられているわけだろ?だから、そう簡単に自分の携帯の番号なんて教えるはずが無い。けど、お前は教えてもらえた。この意味がわかるか?」
わかって当然だろ?、というような表情を浮かべて雄輝が聞いてきた。しかし、わからないものはわからない。
「ううん、わからないよ。どういうこと?」
「お前、鈍すぎる。それとも、本当は気づいてんだけど恥ずかしくて言えないとか、か?……まあ、いいか、本当にわかってないみたいだから教えてやるよ」
雄輝は呆れたような表情を浮かべていた。ここ最近呆れられることが多いなと僕は頭の片隅で思っていた。
「単刀直入に言ってやる。おそらく、桜崎さんはお前に好意か信頼またはそれに準ずる感情を持ってるってことだよ」
「え?」
一瞬、思考が止まったような気がした。思考がなかなか言葉を理解するのに追いつかない。茜に好意を抱かれているか信頼されているかもしれないということを聞いただけで何故、こんなにも感情が揺さぶられるのだろうか。
そして、茜と山を歩いていたとき感じた心地よい感情をまた感じたような気がした。
「これで、わかんない……ってことはなさそうだね。やっと理解してくれたんだ」
佳織の声がとても遠くのもののように聞こえる。次に話し出した雄輝の声もだ。
「それにしても驚きすぎだろ。それと、これは俺が勝手に考えたことだからな。本当のところはどうだか知らないぞ」
その言葉が聞こえてやっと僕は雄輝の声を近くに聞くことができた。雄輝の顔は苦笑しているようだった。
「僕が?どうして?」
「俺たちが知るわけないじゃないか」
僕は何もしていないのに何故、信用されたり好意を向けられるのだろうか。けれど、好意を向けられているということについては心当たりがあるような……。
そこまで考えて、僕は急に恥ずかしいような気持ちになった。それは、彼女と接しているときに僕の心の中にある何かの感情が大きくなったようなものだ。
「そういえば、和明には桜崎さんのことどう映ってるるの?」
唐突な質問だった。それに、自分の中に意識を向けていたということもあって答えるのに少し時間がかかってしまった。
「……僕が初めて命を救うことができた人、かな。あ、それと、実は結構怖がりな人ってこと、だね」
僕は真っ先に浮かんだその二つを言った。
「そうだったんだ。桜崎さんって怖がりだったんだ。ちょっと意外だな」
ふんふん、と佳織は頷きながら言う。
「それが、何か関係があるの?」
「うん、あるある。たぶん、和明がそういう見方をしてたから桜崎さんは和明を信頼したのかもしれないよ。だから、和明なら大丈夫。きっと桜崎さんの苦しみをどうにかしてあげることができるよ」
「そう、かな」
自信が持てず僕はそう言った。茜の苦しみをどうにかしてあげられる自信などなかった。
そんな僕の肩を雄輝が軽く叩いた。
「そう心配すんな。お前にはお前にしかできないことがあるんだ。自信もてよ」
「うん、そうだね。……二人とも今日は相談に乗ってくれてありがとう。帰ったら早速、茜に電話してみるよ」
そう言って僕は二人に、それじゃあ、さよなら、と言った。
「じゃあな、和明。頑張れよ」
「ばいばい、和明。もし、桜崎さんが学校にきたらあたしに任せてね。おんなじクラスだからさ」
僕はそんな二人の声を背に聞きながら教室を出た。