第六話 トクベツな山の中
茜と屋上で話をした日から、三日が経った。僕は予定通りに退院できた。茜も予定通り僕より一日早く退院した。けれど、僕の病室には来てくれた。
絶対に両親の来ない時間。普通、学校では授業が行われている時間にだった。
多分、あんなことをした後だから学校に行きにくいのだと思う。僕が茜を受け止めて気を失った後に何が起こったのかは知らない。けど、茜が自殺をしようとしたという話は学校中に広まっているだろう。
実際に学校ではその話で持ちきりらしい。二日前に訪れた僕の二人の友達がそんなことを言っていた。
友達は茜のことについてあまり聞いてこなかった。多分、友達自身、あまり茜のことに興味はなかったようだ。それに、僕が彼女を助けた理由は特別を求めたから、と答えて、それで少し呆れていたというのもなにも聞いてこなかった理由に入るのだと思う。
実際に助ける瞬間には特別を求めていたかもしれないが、今では純粋にそれだけだとは思わない。誰かが死んでほしくない、という思いもあったはずだ。
茜がもう自殺しないというような言動をとったときはとても安心をしたからだ。
そういえば、茜が自殺をしようとした理由は聞けずじまいだ。けれど、僕は別に無理に聞き出そうとも思わない。
もし、そんなことをしてしまえばまた自殺をしてしまうかもしれないと思ったからだ。だから、僕は彼女から話してくれるまで待とうと思う。
そして、僕が退院した日の翌日。僕が退院をしたら僕の特別探しに茜をつれていく、という約束を果たすため近くの山まで来ている。
今日会ったとき、茜の顔は暗くなっていたような気がした。
僕は「どうしたの?」と聞いてみたのだが、「なんにもないわよ」とぶっきらぼうに返された。何も聞いてくるな、ということだろう。僕達はまだ出会ってまもなくそれほど親しいわけではない。だから無理に聞く、ということができなかった。
今日は日曜日なので時間はたくさんある。だから、何度か訪れたことのあるこの山の一度も行ったことのない場所に今日は行こうと思った。
その為に整備された道を外れ獣道のような全く整備のされていない道を歩いている。周りには木しかない。森といってもいいぐらいだ。
晴れているのにこの辺りは薄暗い感じがする。もしかしたら、少し木が多すぎるのかもしれない。
空気も湿っていて、少しだけ違和感がある。しかし、空気が綺麗で不快な感じはしない。
「和明、ちょっと待ちなさいよ。あんたまだ骨折治ってないのに何でこんな場所を歩いてるのよ」
先ほどまで無言だった茜が非難がましくそう言う。彼女は少し遅れて僕よりも数歩分後ろを歩いている。
僕は茜の声に立ち止まり、後ろを振り返る。声からわかったが見た感じでも彼女は疲れているように見えた。というか、本当に疲れていると思う。
「この先に何があるのかなって気になったからだよ」
「そうなのかな、とは思ってたけど本当にそうなのね。それよりも、なんでこんな道を骨折してるのにあんたはわたしより早く歩けるのよ。しかも結構重そうな荷物も背負ってるのに」
やっとの思いで僕に追いついた茜は呆れたように僕の背中を見て言った。
そう、僕はリュックサックを担いできている。中に入っているのは飲み物と応急手当てを行うための道具だけだ。
といっても、飲み物は結構多めに持ってきたので重さは相当なものになっている。
それに、この道は獣道と呼んでも問題がないほど荒れている。道は少し傾斜がかかっているし道には好き放題に生えた草が足を引っ掛けようとする。
茜は両手で周りの木を掴みながらでないと歩けないようだ。対して僕は折れていない右腕だけで木を掴み、倒れないように体を支えている。
別に僕の力が強いとかそういうことではない。自分では力はないほうだと思っている。
それなのに何故僕はこんなにも普通に歩けるのかというと、特別探しの過程でこのような道はよく通る。なので、歩きやすい所を探す勘が養われたようだ。そのおかげで、片腕が使えない、という状態でも茜よりも早く歩ける。
「長年の経験から、かな?」
茜に僕がこんな荒れた道でも普通に歩ける理由を茜に一言で簡潔に言った。
「なんとなくあんたがどんな毎日を送ってたのかわかった気がするわ」
茜は片手を額に当てて呆れたように言う。どんな想像をしているかはわからない。
しかし、彼女の常識で考えればおかしな行動をしていると思われているのだろう。彼女の表情からはそんなことが読み取れた。
「どんなことを想像したかは聞かないよ。さてと、そろそろ行こうか」
僕はそう言って歩き始める。茜に呼ばれてから立ち止まったままだった。
「え、もう行くの?もう少し休ませてくれないかしら」
茜は今にもその場に座り込んでしまいそうな感じだった。僕個人としては別に休んでもいいのだが休まないほうがいいという理由があった。
「別にいいけど、この辺り何が出るかわかんないから早く抜けたほうがいいんじゃない?」
僕がそういうと茜の顔がさっ、と歪んだ。怖がっているような感じだ。
「な、何かって何が出るのよ」
茜の声は少し震えている。
「熊、とか、蛇、とかかな。特に蛇なんかはこれだけ草があるとどこから出てくるかわからないからね」
僕は何の冗談もなくそう言った。これが、ここでは休まないほうがいいという理由。
この辺りで熊に襲われた人、というのは聞いたことはないが、視線があったとか、すれ違ったという話は聞いたことがある。
もしかしたら、この辺りの熊は温厚なのかもしれない、と思う。普通、すれ違うほど近寄れば襲われるはずだ。それがないということは人間を許しているのかはたまた別の何かがあるということだ。
その辺りについては僕もよく知らない。いつか、詳しく知りたいと思ったら調べてみようかと思っている。
だが、蛇に噛まれたというのは何度も聞いたことがある。実際、僕も一度噛まれた事がある。
幸いなことにこの辺りにいる蛇は毒を持っていない。なので、噛まれても痛いだけだ。
「そ、そうなの?じゃ、じゃあ早くいきましょ」
すっかり怯えたような声で茜は言う。もしかしたら怖がりなのかもしれないな、と僕は思った。
気がつくと茜に歩きにくくなるくらい近づかれた。
「茜、ちょっと歩きにくいんだけど」
僕がそう言った途端に茜は僕から離れ顔を俯かせた。何となく彼女の頬が赤くなっているような気がする。
「どうしたの?」
僕は彼女の顔を覗き込むようにして聞いた。
「な、なんでもないわよ。早く行くわよ!」
ばっ、と彼女は僕から顔をそらせるとそう言った。僕は嫌われているのだろうか、と思った。
けれど、そうならばわざわざ僕についてきたりしないはずだ。けど、何だか少し避けられているような気もする。
いくら考えてもわからないので考えないことにした。それよりも、ここで立ち止まっているわけにも行かない。
「そうだね、早いところ行こうか」
僕は視線を茜からこれから進む道の方へと向けて歩き始めた。後ろからは茜の足音が聞こえている。