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第四話 トクベツなモノ探し

 朝食を摂り終えた後、僕はこれからどうしようか、と考えた。彼女のいる病室はわからないがそれは誰かから聞けばいい。事情を知っている人ならばすぐに教えてくれるだろうから。

 けれど、もしいったとしても桜崎さんと何を話せばいいかわからない。それに、今日の朝のように突き放されるだろう、と思った。

 しかし、だからといって病室にこもっているわけにはいかない。時間がもったいなし何よりも暇だ。

 なので、僕は両親に言ったようにこの病院の中という特別な環境を楽しもうと思った。この時間ともなると出歩いている人もいるようで時々外からかすかな足音と話し声が聞こえてくる。

 これならば寂しくなることもなさそうだった。

 そうとわかると僕は体を起こしてベッドから降りてスリッパを履いた。体を起こすときに痛みがあった。けれど、それは上体を動かしたときだけに感じる痛みのようだ。

 そういえば、朝食を持ってきた女性の看護師は僕が早朝に出歩いていたことを知っていたようだ。

 もしかしたら、藤原さんから話を聞いていたのかもしれない。何故、わざわざそんなことを話したのだろうか、と思わなくもなかった。

 それよりも、その女性の看護師は出歩けるのなら予定よりも早く退院できるかもしれませんよ、と少し笑いながら言っていた。

 そこまで、思い出し僕は部屋から出た。早く退院してしまうかもしれないのならここだけで楽しめることは早めに楽しんでおこうと思った。

 ここは、総合病院なので屋上に行けばヘリポートがあるかもしれない。ヘリポートといっても大きな円の中にアルファベットの『H』を書いただけの簡単なものだろう。

 それでも、間近で見てみたいと思った。今まで一度も見たことがなかったから。

 そのためには屋上に行けるかを調べなければいけなかった。それは、その場所に行くまでわからないことだ。

 たぶん、どこかにあるであろうエレベーターを僕は探す。そのためにまず、左右を見回してみた。そして、それはすぐに見つかった。

 朝、部屋から出たときには気がつかなかったが待合室に続く道の反対側にエレベーターはあった。何で気がつかなかったのだろうか、と思った。たぶん、考えながら歩いていたから気がつかなかったのだろう。これからは、歩きながら考え事をするのは控えたほうがいいな、と僕は思った。

 僕はエレベーターの扉の横のボタンを押しエレベーターの中へと入る。

 この病院は六階だてのようだ。一から六までの数字が書かれたボタンが順番に並んでいる。僕は何となく扉の横のボタンではなくエレベーターの側面につけられた車椅子の人用の低い位置につけられたボタンを押した。

 ボタンを押した途端にエレベーター内は振動を始めた。今このエレベーターは上へと向かって移動しているのだろう。

 このエレベーターは屋上には繋がっていない。もし、屋上に繋がっていれば『R』と書かれたボタンがあるはずだからだ。どうやら、六回で降りると今度は上へ上るための階段を探さなければいけないようだ。

 と、不意に扉が開く音が聞こえた。

 僕はエレベーターに乗るときはいつも現在の階を表わすランプを見ている。そのランプは四階のところで止まっていた。ということは、誰かが乗るのだろう。そう思って視線を下に下ろしてみる。

 そこにいたのは桜崎さんだった。その瞳はあからさまに僕のことを睨んでいる。けど、エレベーターに乗るのを止める様子はなかった。

 桜崎さんはエレベーターに乗ると僕のことを睨みながらこう言った。

「何であんたがこんなところにいるのよ。もしかして、待ち伏せしてたわけ?」

「桜崎さんの部屋も知らないのにそんなことできませんよ。それに、エレベーターに乗るなんてことがわかるはずありませんから。僕はこれから屋上に行くつもりなんですよ」

 何故か桜崎さんは、はあ、と溜め息をついた。何かを呟いたような気がしたが僕には聞き取れなかった。

 その直後に今度こそ六階につき扉が開いた。僕と桜崎さんは一緒にそこで降りた。

 桜崎さんも屋上に行こうとしているのだろうか、と思った。なので、そのことを聞いてみようとしたがそれよりも早く質問をされた。

「で、あんたは屋上に行って何をしようとしてるのよ」

 僕は少し驚いてしまい返事をするのに少し時間がかかった。

「……ヘリポートをじかに見に行くためですよ」

「は?そんなもの見てどうしようっていうのよ」

 その声はとても呆れたような声だった。そんなに呆れられるようなものかな、と思いながらも僕は答えた。

「僕は今、僕自身が納得できるような特別、を探してるんです」

「……なによ、それ。ヘリポートなんかがあんたにとって特別なものなの?」

 一瞬、特別、という言葉に桜崎さんが小さく反応したような気がした。けど、それは僕の気のせいだったようだ。桜崎さんは不思議なものを見るように僕を見ている。

「それは、わかりません。今はそれを探してる途中ですから。とりあえず、僕が珍しそうだと思ったものは見て周っています」

 嘘をつく理由も黙っておく理由もなかったので素直に話した。

 桜崎さんは何故か僕の言葉を聞いて考え込んだ。どうしたのだろうか。

「……特別なものを探すあんたにとってわたしはどう映ってるの?」

 今までのような強気で憎しみを込めたような口調ではなかった。ただ純粋に僕に質問をしている、そんな口調だと僕は思った。

 僕にとって桜崎さんがどう映っているのか。その答えはすぐに用意できた。

「同じ高校に通う単なる女子高校生、ですね」

 それは、素直な思いだった。どうでもいい、というわけではないが別に特別な関係があるわけでもない。

 桜崎さんはその答えに何故か驚いているようだった。

「本当にそう思ってるの?あんたはわたしを特別視したりしないの?」

 桜崎さんは特別視されることに何かの感情を持っているようだった。いい感情ではなく悪いほうの感情を。なので、僕は彼女をあまり刺激しないようにそうですよ、と僕は答えようとして止まった。

 よく考えてみれば僕はとあることで彼女を特別視していた。そのことは正直に言っておこうと思った。

「いいえ、そうではないですね。僕は桜崎さんのことを少し特別視しています」

 そう言った途端に僕は彼女に睨まれた。彼女は特別視されることが嫌なのだと今のでわかった。

 何故、特別視されるのが嫌なのかはわからない。けど、僕の思っているような特別視は大丈夫だと何となくそう思った。

「桜崎さんは僕が初めて出会った自殺をしようとした人です。そして、僕が初めて命を救った人。そういう特別な人ですよ、桜崎さんは」

「あんたにとってわたしなんてその程度の存在なのね」

 言葉は残念そうなのだが、その表情は嬉しそうな表情だった。その矛盾した言動が僕の心を少し揺すったような気がした。

 取りあえず僕はその言葉の方に言葉を返しておいた。

「もっと別の見方をしてほしかったですか?」

 僕は強く何かを言い返されるだろう、と思っていた。しかし、予想に反して嬉しそうな声で答えが返ってきた。

「そうね、あんたがわたしと話すときは敬語を使わないくらい特別視してほしいわね」

「……うん、わかった、桜崎さん」

 予想外の事だったので返事をするのに少し時間が掛かってしまった。最初の印象からはこん想像ができなかったからだ。

 けれど、しっかりと、いつもの口調で僕は返事をしていた。

 そんな僕に桜崎さんは少し顔をそらしながら言った。

「別にあんたなら、わたしを呼ぶときは名前でいいわよ。それに呼び捨てでもかまわないし」

 あんたなら、ということは、僕は彼女に特別に見られているのだろうか。僕が他人から特別に見られることはあったがそれはある程度の塊となった人たちからだ。個人で僕を特別に見るようになった人は高校に入ってできた友達以来だった。

「茜、でいいのかな?僕が茜のことを名前で呼ぶんなら僕も名前で呼んでほしいと思うんだけど。僕が名前言ったのに茜にはあんた、としか呼ばれてないからね」

 桜崎さん、もとい茜に僕はそう言った。

「そ、そうだったかしら?でも、まあいいわ。確か和明、だったわよね」

 茜は確認するように僕に聞いてきた。

「うん、和明であってるよ。僕の名前は」

 僕の言葉に茜は安心したのか胸を撫で下ろした。名前を間違えていたらどうしようか、とか思っていたのかもしれない。この行動も今までの印象からは想像ができない。

 彼女の中でどのような心境の変化があったのだろうか。そして、その変化は何故起こったのだろうか。

 そのことは、考えていたって仕方がない。とりあえず、茜が僕のことを憎んだように見なくなったのでそれでよしとした。

「そういえ、茜はこれから、屋上に行くつもりだったのかな?もしそうだとしたら、案内してくれる?」

 エレベーターに乗ってこの六階で降りた、といことは屋上に行くかここの階にいる知り合いに会いにきたのかどちらかしかないと思いそう聞いた。

「あんた、これから、行こうとしてる場所の行き方も調べないでここまで来たの?もしそうだとしたら、わたしにはあんたが、なに考えてるのかわからないわ」

 また、呆れたような声で言われてしまった。これでも、いつもは前調べなしで歩くけど道に迷わないんだよ、と言おうとした。けれど、よく考えれば朝も何も調べずに歩いて自分の病室に戻れなくなりかけたのだ。なので、僕は何も言い返すことができない。いつもなら、絶対に道に迷うことなんてなかったのに。

 茜は一向に何も言おうとしない僕を少し不思議そうに見てから静かに言った。

「まあ、いいわ。案内してあげるわよ、和明」

「うん、よろしく」

 僕は茜の厚意に甘えることにした。茜は僕がそう言ったのを確認すると歩き始めた。僕はその後についていった。

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