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第一話 トクベツな出会い

 僕は今、校舎の周りに作られた道を歩いている。別に、今から帰宅をするというわけではない。

 だからといって僕はどこかの部に所属していてその活動のために歩いているといわけでもない。というか、ただ歩くだけの部など僕の通っている高校にはない。

 それならば僕は何のために歩いているのか。それは、この毎日のように繰り返される日常とは違う特別なことを探すためだ。

 僕は飽きもせず毎日のようにこうして特別を探して歩いている。

 基本的に僕は一日交代で学校の敷地内と学校の外を歩いていた。今日は学校の敷地内を歩くという日だった。

 最初に始めたころはまわりから奇異の目で見られていた。ある意味でそれは特別だったのだが僕の求めている特別、とは違うような気がした。

 しかし、僕がこの学校にしてから二ヶ月が経った。その間に入学した当初にあった初々しさもなくなっている。今の、一年生たちは全員、この高校に通うことが特別から日常へと変わってしまった時期だ。

 そして、僕の存在も日常となってしまっている。

 逆に僕が歩いていない時の方が特別に写るようだ。この前少し調子が悪く学校の敷地内を歩くのをやめたことがあった。その日の翌日には心配をされて何人かの人に声をかけられた。

 それには少し苦笑してしまった。特別、というのはこんなにも簡単に見つかるものだったのだな、と。そして、特別はすぐに日常へと変化するのだな、と。

 だから今、僕の探している特別はもう少し具体的になっている。それは、僕が納得できるような特別、だ。

 けれど、実のところ具体的なようでまだとても抽象的だ。まず、僕の納得できるような、という時点で曖昧すぎる。自分でもどれが納得できてどれが納得できないのかは自分で見なければわからないのだから。

 人に聞いただけではそれが自分にとって納得できるのか納得できないのかなんていうのはわからない。

 取りあえず納得のいく特別に出会うためには行動が必要だというのはわかっている。行動しなくても特別に会うことはできるかもしれないがそれは極稀なことだ。だから僕は動き続けるしかない。

 ふと、僕は上を見てみた。それは意図してやったことではない。ただ、何となく視線が上へと向かったのだ。

 そして、そこにあったものを見た僕はぎょっとしてしまった。

 屋上のフェンスを越えた先。人の足がどうにか乗りそうな足場に一人の少女が立っていた。その少女はフェンスを掴んで自分の体を支えている。強い風が吹いてしまえば落ちてしまうのではないかと思うほど危うい場所に立っている。

 彼女の服装からこの学校の生徒だということはわかる。誰なのかはわからない。けれど、どことなく、その顔は見たことがあったような気がした。

 そして、僕は彼女の表情が見えた。彼女がこれから自殺しようとしているのはわかる。自分なんかではそれが止められないであろうということもわかる。

 だが、そんな僕の考えが止まってしまうくらい彼女の表情はこの場に似つかわし過ぎた。

 その表情は絶望に押しつぶされている。けれど、この世から分かれることを惜しんで悲しんでいるようには見えない。

 そして、少女はとても嬉しそうに笑っていたのだ。けれど、その裏には孤独感が浮かんでいる。

 何故、そんな表情を浮かべているのだろうと思った。何故そんなにも僕の心を締め付けるような痛々しい笑みを浮かべているのだろうかと思った。

 彼女の絶望は何かの苦しみからのもののようで彼女の嬉しそうな笑みは自分の欲しかった物を貰った子供のような、そんなものだった。僕は彼女の身に何があったのだろうか、と考える。

 しかし、すぐに考えることをやめなければいけない状況になってしまう。

 少女がフェンスを掴んでいる手を放してしまったのだ。今この状況で少女に気がついているのは僕だけのようだ。悲鳴も驚きの声も聞こえない。

 僕は咄嗟の判断で少女を受け止めようと腕を前に出す。そして駆け出す。その理由は僕自身わからない。彼女の表情があまりにも痛々しすぎるから純粋に助けようと思ったのか、それとも、そこに僕の求める特別のように見えるものを見出したからなのか。

 そこまで考えて途端に腕へと激痛が走った。何が起こったのか確認するよりも早く僕はその場に倒れこむ。その後に僕は少女を受け止めたのだと理解する。

 それから、胸を圧迫するような感じがしたと思ったら僕の意識は途切れた。


 気がつくと僕は白衣を着てベッドの上で横になっていた。上半身を起こして周りを確認しようとしたが胸の辺りを痛みが走った。僕はそれをこらえてゆっくりと上体を起こす。

 まずは痛みの走った自分の胸の辺りを確認してみる。そこには包帯が巻かれているような気がしたが巻かれていなかった。痛みはするけれど、折れたりはしていないらしい。そう考えていると、自分の身に何が起こったのかを理解した。そしてここがどこなのかも。

 ここは病院だ。僕はあの後ここへ運ばれたらしい。

 腕の方も調べてみた。予想通り腕には包帯が巻かれている。おそらく僕は少女を受け止めて骨が何本か折れてしまったのかもしれない。ただ、折れているのは左腕だけだった。あの瞬間、僕ははてっきり両方の腕が折れたと思っていたからだ。自分の体が意外にも丈夫なことに驚く。

 それよりも、今は少女がどうなったのかが心配だ。あの少女を助けたから僕はこのような状態になってしまったのだ。彼女が無事かどうか気にならないはずがない。

 生きているのならそれでいい。しかし、もし死んでいるとなったら僕はどうするのだろうか。

 悲しむかもしれない、意味のないことをしたと思うかもしれない。何も思わないことはないと思う。目の前で人が死んだのだから。

 まあ、悪い想像はしないほうがいいなと僕は思い直す。こういう時こそいい方に考えなければいけない。

 と、不意に扉が乱暴に開かれた。扉が壁にぶつかり、ばんっ、と大きな音をたてる。僕は誰が入ってきたのだろうか、と思う。

 僕の友達が来た、という感じではなかった。僕の友達にそんな開け方をするような人はいない。ただ、わかったのはその開け方にどこか憎しみが込められていたような気がした。

 そう、その扉を開けた人物は僕に何らかの憎しみを持っているようだ。僕は誰かに恨まれるようなことをした記憶はない。

 しかし、人とは知らない間に人に恨まれるようなことをする生き物らしい。まあ、事情を聞いて素直に謝ろう、そう思って僕は先ほど入ってきた人物を見た。

 それは、少女だった。顔の感じからおそらく僕が受け止めた少女であろう。

 彼女は頭に包帯を巻いている。もしかしたら、僕が倒れたときにぶつけてしまったのかもしれない。

 何にせよ生きていてよかった、と思う。そう思うのだが素直にそう思うことができない。何故なら彼女が僕を憎んでいるような顔で見ているからだ。

 取りあえず黙っていても何も言ってきそうもなかったので僕から話しかけてみた。

「何か僕に用ですか?」

 敬語で話しているのは別に意識してやっていることではない。基本的に初対面の人と話すときは敬語を使っている。

 少女は僕の言葉に反応してかそっぽを向くように僕の顔を見るのをやめ背中を向けた。それで、僕は彼女の顔を見ることができなくなる。

 その状態のまま、少女は僕に憎しみを向けるかのように言った。

「何であんたはわたしが自殺しようとしたのを止めたのよ」

 少女の声はとても冷たいものだった。氷の中に漬けられたようなそんな感覚に襲われる。

「もう少しで、苦しまなくて、いいようになると思ったのに……」

 しかし、次に少女の口から漏れたのはそんな弱々しい声だった。その言葉は僕に向かってではなく彼女が自分自身に言った言葉のように聞こえた。

 僕は彼女に何故死のうと思ったのか聞いてみたいと思った。本当は聞くべきではないのかもしれない。だが、そうしなければ彼女がまた自殺を図ってしまうかもしれない。彼女は暗に自殺をする、と言っているようなものだからだ。

 それに、彼女が漏らした弱々しい声も気になる。なにが、彼女に自殺をしたいと抱かせたのか、それを知りたいと思った。

「なんで、自殺なんてしようと思ったんですか?」

 僕は率直に少女へとそう問いかけた。もし、理由を答えてくれるのならもう自殺をしないかもしれないと思った。

「そんなことあんたに言うわけないでしょっ!」

 少女はいきなり僕の方を向くと半ば叫ぶようにしてそう言った。彼女はまだ自殺をする気があるのかもしれないと思った。僕の勝手な憶測によるものだが。

「そうだ、あんた、わたしが誰だかわかるかしら?」

 いきなり、少女はそんなことを聞いてきた。僕の顔を見る彼女の瞳には何か怯えのようなものが見え隠れしているような気がする。

 僕は少女の姿をしっかりと確認する。

 僕を見る彼女の瞳は黒曜石のような黒色。背中まで流れるように伸ばされた髪も瞳と同様に黒色。そして、全体的に整った端正な顔。

 特別を探していてさほど女性に興味を持たない僕だが、全体的に見て彼女の容姿は美人の部類に入るような美しさを持っているなと思った。

 そんな順番で僕は彼女の姿を確認した。どこかで、彼女を見たような気がする。けれど、思い出すことはできない。

 同じクラスの人ではない。同じクラスの人の顔ぐらいは覚えている。

 どれだけ考えても思い出すことができない。なので、僕は正直に彼女のことを知らないということを言う。

「すみません。わかりませんね。どこかであなたの顔を見たことがあるような気がするんですけどね」

 困ったように僕が言うと彼女はとても驚いたような表情を浮かべる。

「うそ、じゃないわよね。わたしを騙そうとしているわけじゃないわよね」

 信じられないものでも見るかのような驚きようだ。何故彼女はそんなにも驚いているのだろうか。

 よく彼女の顔を見てみれば安心のようなものも見て取れた。

 理由はわからないが少女は僕が彼女を知らないということを疑っているようだ。そして、疑うと同時に安心もしているようだ。何故、疑う必要などがあるのだろうか。何故、知られていなくて安心するのだろうか。

「僕があなたを騙す意味なんてありませんよ。どうして、僕が騙していると思うんですか?」

「そうよね、騙す意味なんて、ないわよね」

 彼女は呟くようにそういう。僕の問いに答えるつもりはないようだ。

 それから、彼女は僕に背を向けて扉のノブを掴む。

「今日はもう帰らせてもらうわ」

 彼女は扉を開く。僕は途端に聞かなければいけないことがあるということに気がついた。

「そうだ、名前、教えてくれますか?ちなみに僕の名前は秋野和明あきのかずあきです」

 僕の声に彼女はその場で立ち止まった。何故か何かを考えているようだ。

 名前を言うのに何かを考える必要などあるのだろうか。

 僕がそう考えていると彼女は僕の方を向く。

「わたしの名前は桜崎茜さくらざきあかね。別に覚えてなくてもいいわよ」

 彼女はそう言って僕の病室から出て行った。わざわざ、覚えなくてもいいなどということを言うだろうか。

 やはり、彼女は何かを抱えている。それをどうにかしなければ彼女はまた自殺をしようとしてしまう。僕は、そう思った。



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