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第十七話 トクベツな誓い

 僕達はおよそ一時間の間ずっと星を見続けていた。茜はずっと僕に説明をしてくれた。その時の彼女の姿は苦労しているようにも見えたが、それ以上にとても楽しそうだった。

 時々わからなくなると、すぐに懐中電灯の明かりを付けて手元の本で確認をした。

 茜が首をかしげていたので一回僕も手助けしてあげようと思って本を覗き込んだのだが理解ができなかった。確か、宇宙が生まれた時のこと、とかいうことが書いてあったと思う。それだけしか理解ができなかった。

 専門用語とかが多かったせいだと思う。茜もそれについての説明は諦めてしまった。それでも、茜の説明で知ったことはたくさんあった。

 惑星に名前がつけられたのは紀元前二〇〇〇年頃だとか、紀元前五〇〇年まで夜明け前に見ることのできる金星と日没後に見られる金星は別のものだと思われていたということだとかだ。

 僕個人としてはあまり興味のなかったことだ。けれど、茜の説明を聞いていると自然に興味が湧いてきた。

 今から始めても茜には追いつけないと思う。だから、僕は僕なりに彼女に協力して彼女の知識を深めるのを手伝いたいと思った。

 その為に僕のできること。それは、こうやって茜に星の綺麗な場所を教えてあげることだ。

 今、思いつくのはそれだけだ。それ以上のことはこれから考えていけばいいと思う。

 帰り道の途中、僕はそう考えていた。隣では今まで見たことないような満足そうな笑みを浮かべた茜が歩いている。

「満足そうだね、茜。そんなによかった?」

 茜の横顔を見ながら僕は聞いた。茜は僕の声に反応して僕のほうを見る。

「ええ、とてもよかったわ。やっぱり本と見るのと実際に見るのとでは全然違うわね。本にはない輝きが本物の星にはあるって感じよ。本当に感謝してるわ、和明。ありがとう」

「どういたしまして。僕は茜の嬉しそうな顔が見られればそれでいいから、また、星を見に行きたいときは言ってよ。それまでには星が綺麗に見える新しい場所を探しておくから」

 そう言いながら僕の頭の中には今まで歩いてきた場所の地図が展開されている。そして、その中からまだ行ったことのない場所を挙げ、そこから星を見るのに適していそうな場所だけにしぼる。

 それは、話しながらでもできる。ほんの三十秒でそれは終わった。あとは、実際にその場所に行ってみてどのような感じかを調べるだけだ。

 そう考えていると横から茜の視線の温かみが変わったのを感じた。最初は少し温かかったような気がしたが今は少し冷たい感じだ。

 いつの間にか前に向いていた僕は顔を再度、横に向けた。そこに映ったのは少し不機嫌そうな表情をした茜だった。

 茜は僕に顔を見られてから口を開いた。

「なんで、あんた一人で行くみたいなこと言ってるのよ」

 声も不機嫌そうな感じだった。何が気に入らないのだろうか、と考える。

 意外にもすぐに答えは見つかった。そして、それに気がつかなかった自分を内心で責めた。

「茜も僕と一緒に行きたいの?」

 もしかしたら、僕の思い違い、ということがあるかもしれないので一応確認をとっておく。

「そうよ。あんまり、わたしと離れて一人になるような時間をつくろうとするんじゃないわよ」

 僕が思ったとおり茜は僕と一緒に行きたかったようだ。離れるな、というかのように茜は僕に体を寄せながら言った。

「わかった、じゃあ一緒に行こうか」

 僕がそう言った途端に茜は小さく笑った。そして、僕の手を握る。そのまま僕たちは暗い山道の中を一本の懐中電灯の明かりだけを頼りに歩き続ける。

「……明日は、ちゃんとみんなに茜の気持ち、伝えようね」

 僕はいきなりのようにそう言った。信じていないというわけではないが茜の気持ちを確認しておきたかった。

 茜は顔を俯かせる。

「…………ええ、そう、ね」

 言葉が出てくるまでに数秒かかった。そして、答えると同時に僕の手を握る茜の手に力がこめられた。

 別に痛くはない。けれど、茜の心の中の不安を感じる。

「そんなに、心配しなくても大丈夫だよ。うまくいくことを信じていればいいんだよ」

 僕は茜の不安をどうにか軽くしてあげようと僕も手を握る力を少し強める。そして、また沈黙が流れる。

 そのまま沈黙を保ったまま僕たちは茜の家についた。茜はずっと何かを考えている様子だった。

 僕はあまり横から何かを言わないほうがいいと思い何も言わなかった。なので、茜の家につくまで無言になってしまった。

 僕は別れを告げて帰ろうとしたが二つの事が邪魔をして帰ることができない。

 一つ目は茜に手を握られているから。離してくれそうな感じはしない。こっちは特に問題はない。

 二つ目は僕自身がこのまま茜と別れてしまってはいけないような気がするから。今の茜の不安を残したままだと明日いざ、言おうとしたときに心が折れてしまうかもしれない。だから、できるだけここで不安を残したままにしておきたくなかった。

 この二つの理由が僕が帰ることのできない理由だ。一つ目はともかく、二つ目はとても深刻だ。

 僕は黙っていてもなんの進展もなさそうだと思ったので口を開く。

「茜、何が心配なの?僕に、話してみてよ」

 僕の言葉がなくなった途端にまた沈黙が流れる。僕は茜がこの質問に絶対に答えてくれると思い、返事を待つ。

 およそ一分後、やっと茜は口を開いた。

「……わたしは、みんなにわたしの気持ちを伝えることが不安なのよ。それは、あんたも、わかってる、でしょ?」

 茜は顔をあげて僕を見る。僕はその時に茜の顔をとても久しぶりに見たような気がした。そう思わせるほど彼女の顔は不安でいっぱいだった。

 僕は、茜の問いに頷いて答える。いまいちいい言葉が浮かばないのでこっちのほうがいいと思ったからだ。

 そして、彼女はさらに続ける。

「でも、それ以上に不安なことがあるのよ……」

 そこで、一度気持ちを落ち着かせるかのように茜は間を空ける。少し大きく息を吸っているように見える。

 そして、彼女は言った。彼女の中にある不安のことを。

「……あんたが途中で逃げ出すんじゃないかって。今日……正確には昨日あんたは、わたしにずっとわたしと一緒にいたいって言ったわよね。なんだか、それが本当に心の底から言ったように聞こえないのよ。あの時はわたしが泣いてたから仕方なしに言ったんじゃないのかって、そう思うのよ」

「そんなことないよ。あのときの僕は本気だったよ。茜が泣いていようと泣いていなくとも僕はそう言ってたよ、絶対に」

 心の奥底から僕はそう思っている。けれど、もしかしたら今の茜には言葉だけでは通じないのかもしれない。

 言葉以外の別の何かで伝えなければいけないのかもしれない。

「だったら、わたしにそれを誓うっていう証を見せなさいよ。そうしたら、信じてあげるわよ」

 茜は僕のことを本当は疑いたくないのかもしれない。そう思わせるほど彼女の声に不信感はほとんどといっていいほどこめられていない。そのかわりに不安と罪悪感のようなものがこめられている。

 やっぱり不安が大きすぎるのかもしれない。だから、どうしても絶対に安心ができると言う証がほしいのかもしれない。

 その為の証を僕は用意しなければいけない。けれど、何を証とすればいいのかがわからない

 今の茜は言葉だけでは安心してくれない。だから、言葉以上の安心を与える何かを用意しなければいけない。

 それを、僕は考える。何があるだろうか。僕は全ての神経を考えることに注ぎ込んだ。

 だから、茜が小さく笑ったことがわかっていても行動ができなかった。すぐに、考えることに流されてしまったから。

 いきなり、茜は僕の首に腕を回したかと思うと僕の顔を自分自身の方へと近づけた。そこで、ようやく僕は考えるための神経が全て表に出てはっきりと視覚情報が入ってきた。

 目の前にあるのは茜の黒曜石のような黒色の瞳だった。僕がいきなりのことに驚いて何かを言うよりも早く更に僕と茜の顔は近づけられた。それはほとんど密接していると言っていいほどに。

 そして、僕と彼女の唇が重なった。それからすぐに僕と茜の唇は離れた。

 僕は頭の回転が追いつかず何をされたのかがわからなかった。

「な、なにそんなに呆けてんのよ」

 真っ赤になった顔を少そらしている茜の声を聞いて僕はやっと何をされたのかがわかった。茜にキスをされたのだ。

 それに気がつくと嬉しいやら恥ずかしいやらで茜から顔をそらしてしまう。もしかしたら、僕の顔も茜と同じように真っ赤になっているかもしれない。

「な、なんで、こんな、ことをしたの?」

 何故、いきなり茜がこのようなことをしてきたのか僕にはまったくわからない。もしかしたら、キスをする前に少し笑ったことが関係しているのかもしれない。

「あ、あんたが、真剣に考えてくれてる、ってわかったから、わたしが、用意してあげたのよ、誓いの証を。わ、わたしのふぁ、ファーストキスをあげたんだから絶対に誓いを破るんじゃないわよ」

 喋っていくうちに茜の顔は更に真っ赤になっていく。はたから見れば熱でもあるんではないだろうかと思えるほど赤い。

「い、いまさらだけど、絶対に破らないって、誓うわよね」

 茜は僕のことを直視できないのか横を向いたまま僕の方を瞳だけで見る。なので、少し睨まれているような感じに見える。しかし、顔が真っ赤なので全然そう思うことはない。

 それに、僕も茜と顔をあわせられそうになかった。それでも、顔をそらしながら言うのは悪いと思い少し勇気を出して茜の横顔を見る。

「うん、大丈夫。絶対に破らないよ。何があってもね」

 僕がそう言うと茜は顔を真っ赤にしたまま僕のほうを見て微笑んだ。僕はその微笑でドキリとした。

「ええ、絶対に破るんじゃないわよ。わ、わたしはあんたを信用してるん、だから」

 そういって彼女は僕に背を向けた。これ以上顔をあわせられないのかもしれない。

「じゃ、じゃあ、わたしはそろそろ帰るわ。あんたも、早く帰りなさいよ」

 茜はそういうと小走りに自分の家へと向かっていった。僕はその姿を茜が家に入るまで見ていた。

 扉の閉まる音を聞くと同時に僕は自分の家に帰るため茜の家に背を向け、歩き始めた。

 明日は茜の苦しみをなくす為に行動を起こす日だ。茜がどれだけ苦しんできたのかはわからない。

 もしかしたら、入学したその日からかもしれない。もしそうならば茜は二ヶ月ほど苦しんでいたということだ。

 しかし、それも明日で変わる。いい方向に変わるか、悪い方向に変わるかはわからない。けど、僕はいい方向に変わると信じている。正確にはそう願っている。

 茜が僕の心配している姿を見たくないように僕も茜が苦しんでいる姿は見たくない。

 悪い方向に考えたときよりもいい方向に考えたほうがいい方向に転がりやすい。だから、僕は明日は絶対にうまくいく。そう、願って僕は家へと帰る。

 深夜十二時半の真っ暗な道を歩いて。


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