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第十六話 トクベツな星観察

 茜と電話をしてから一時間が経ったころ僕は夕食も済ませ、準備も万端な状態で家を出た。今の時刻は七時三十分。約束の時間まであと三十分ほどある。

 前、茜の家に行ったとき僕は五分で行けることができた。今回もそのぐらいの時間で行けると思っている。

 だから、二十五分も早く出たのは自分でも少し早いと思っている。僕はいつも基本的に学校など細かく時間が分かれていない限り十分前行動を心がけている。

 何故少し早く出たのかはわからない。それでも、いつもと変わらない速度で道を歩く。そして、心が躍っているのが自分でも分かるほどに気持ちが高ぶっている。

 僕は今の天気を確かめるように上を見上げた。見えるのは真っ黒な夜空。雲はほとんど無いといえる。しかし、星は一つも見えない

 星が見えないのはこの辺りが明るすぎるからだ。僕が茜と一緒に行こうと思っている場所ではその心配は無い。

 それは、周辺にほとんど家が建っていないからだ。なので、この辺りよりもずっと暗く星はよく見える。一年前に見に行ったことがあるのでそれはよく分かっている。

 視線を下に戻すと僕は歩を少し早めた。もしかしたら、僕の中の気持ちの高ぶりが早く家を出るようにさせたのかもしれない。

 早く茜に会いたいという気持ちにそのときになってやっと僕は気が付いた。


 初めて茜の家を訪れたときと同じように扉の前に立つ。ただ、あの時は緊張していたが今はそんなことはない。けれど、その代わりに高揚感が湧いてきている。

 僕は迷うことなく呼び鈴を押した。電子音が響き渡ると同時に目の前の扉が開いた。

 僕は全く予想していなかった事態に驚き一歩後退ってしまった。

「あんたはなにそんなに驚いてるのよ」

 扉から出てきたのは可笑しそうに笑っている茜だった。寒さ対策のためか薄手の長袖の上着を二枚着ていた。

「こんなに早く出てくるとは思わなかったんだよ。それよりも、準備は大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。あんたが来るだいぶ前から準備は終わってたわよ」

 言いながら彼女は落ち着いた色合いのショルダーバッグを僕に見せた。その中には何冊かの本が入っているようだ。

「何かの本が入ってるみたいだけど、それは、星に関する本?」

「そうよ。実際に星を見たこと無いから本と比較しながら見ないとわかりそうにないのよ」

 彼女の声は弾んでいる。今まで知識をためるだけためて実際に感じたことがないのだから嬉しい感情を抑えきれないのだろう。

「じゃあ、星の解説とかよろしくね」

「別に、いいわよ。け、けどあんまり期待するんじゃないわよ」

 恥ずかしいのかそれとも自信がないのかやけに弱々しく答えた。そんな彼女の様子を見ながら僕は小さく笑いながら言った。

「わかった、そんなに期待しないでおくよ」

「なによ、それ。期待されるのは嫌だけどそれはそれで嫌ね」

 少しむっとしたような声で言う。けれど、すぐに吹き出すように笑った。

「まあ、いいわ。あんたなら間違えたとしてもなにも言いそうにないもの。気楽にやらせてもらうわ」

 そうでしょ?、といった感じで少し不安そうに僕のことを見ている。やはり、期待されるということに恐れを抱いているのかもしれない。

「うん、間違ったとしても茜が望んでいないようなことは言わないと思うよ。もし、一人で無理そうなら僕も一緒に手伝うよ」

 僕は茜を安心させるように言う。けれど、よく考えてみたら僕が手伝うということは解説を頼む意味がなくなる。でも、それでもいいかな、と僕は思う。

「それじゃあ、わたしに頼む意味がないじゃない」

 茜もそれに気がついたようだった。けれど、後に続いた言葉は笑顔とともに放たれた。

「でも、困ったらあんたに頼ってみるわ。よろしくね」

「僕にできる限りのことなら」

 僕も笑みを浮かべて答えた。僕は彼女とこうして話しているだけでとても楽しい。会う時間を早くしてよかった、と思えた。

「さ、そろそろ、行きましょうか。どういう場所を歩くか決めてるのかしら?」

「全然決めてないよ。もし茜がどこか行きたい場所とかあるならそこに行くよ。ないなら、本当に適当に歩くだけになるけどね」

 僕自身はそれでもよかった。夜景が綺麗な場所もいくつか知っているからそこに行くのもいいかな、とか僕は一人で考える。

「わたしは、特に行きたい場所なんてないわ。あんたと一緒ならどこでもいいわよ」

 少し考えていたようだが思ったよりは早く返事が返ってきた。

「わかった、じゃあ僕が最初に言った通りもっと暗くなるまで適当に歩いていようか」

「ええ」

 茜は短くそう返事をすると僕の隣に立った。それを確認した僕は茜と一緒に歩き始めた。


 約二時間の間に僕たちはいろいろな場所を歩いて回った。最初は夜の中心街へと行ってみた。特に何か考えがあったということではなく出発する前に言ったように思いつきで行ってみただけだ。

 僕達の住む住宅街は中心街から近い場所にあるので普通の人の歩く速度ならば僕の家から十五分程で付く。方向は茜の家の真反対だ。なので茜の家からは二十五分ほどかかった。

 僕は夜に出歩くことは多々あったが中心街の方へと行ったことは一度もなかった。茜は夜に外に出たことは一度もなかったらしい。

 初めて訪れた夜の街は予想以上に活気付いていた。もしかしたら、昼間よりも人の数が多いかもしれない。

 おそらく、仕事帰りの人が大勢いるのだろう。何かが終わったことの開放感を顔に浮かべている人が多数いた。

 けれど茜があまり人が多いところが好きではないらしいのですぐに中心街からは離れた。

 それから僕の知っている夜景の綺麗な場所へと案内した。場所は山の中であまり、人には知られていない。

 そこは、前僕と茜が行った崖の場所のように獣道を行った先ということではない。整備はあまりされていないがちゃんとした道は通っている。

 それなのにあまり知られていないのはこんな場所で夜景が綺麗な場所があるはずがない、という先入観があるからかもしれない。僕も実際に見つけるまではそんな感じだった。

 茜も僕から夜景の綺麗な場所に行く、と言ったときは半信半疑といった目で見られた。けれど、実際にその場所に行ったときに彼女は本当にあったのね、と言って驚いた感じだった。彼女はその場所が気に入ったのか結構長い間僕達はそこで景色を見続けていた。

 そして、今、僕達は星のたくさん見れる場所に来ている。ここは、夜景の見える場所の反対側にある開けた場所だ。反対側、というのは山の反対側、ということだ。

 この場所を見つけるには結構苦労した。この場所は正規の道から少し外れた場所にあるのだがその少し、というのを見つけるのに苦労した。

 それは、正規の道の横にある森を突っ切るというものだった。森、というのは獣道のようになんとなく道があるのではなく全く道がないということだ。けれど、距離はそれほどなく精々十メートルほどだ。

 けれど、草や木がたくさん茂っているのでそう簡単には気が付かない。そんな場所を僕がどうやって気が付いたかというと偶然としかいいようがない。

 一年前の僕はむやみやたらとこの山に入っては森の中に入っていた。不思議と一度も迷ったことはなかった。もしかしたら、鳥のように方位磁針を体内に持っているのかもしれない。

 そんなときに偶然見つけた場所がここだった。なんとなく気になって行ってみたらこのような場所に出てきた。確か、その時はここから見えたのは数軒の小さな家だった。多分、それは今も変わっていないのだろうと思う。暗いので確認のしようがないが。

 何はともあれ、今僕たちは空を見上げている。この場所には街からの光が届かないし周りに特に目立つような光源がないので星がよく見える。

 ここで見る星は僕が直接見てきた星でもっとも美しいものだ。空には小さな光が強く輝いている。

 茜は隣でそんな星空に見惚れている。ここに来るまでに結構疲れていたようだが、それを忘れてしまっているように見ている。

 僕も初めて見た時はある種の感動を覚えた。結局は自分の求める特別に当てはまらなかったので今日まで来ることはなかったが。

 そんな場所に僕は茜という大切で僕の求めていた特別と一緒にいる。

「……わたしの住んでる場所にこんなに素敵な場所があったのね……」

 感嘆のため息とともに茜の口からそんな言葉が零れた。おそらく意図して出した言葉ではないのだろう。そう思わせるほど彼女の声は小さかった。

「和明、ありがとう。こんないい場所を教えてくれて……」

 僕に対して向けられた言葉が聞こえてきたので僕は視線を下に戻した。彼女は僕に顔を向けていた。暗がりでもわかる。彼女の瞳はとても輝いている。

 本当に星が好きなんだな、と思うと同時に茜の言葉を思い出した。特別のことについて話してるあんたの顔ってなんか輝いて見える、という茜の言葉を、だ。

 僕はあんな顔を浮かべていたんだろうな、と思う。彼女の表情を見ているとこちらの気分が清々しくなる。

「さ、出発前に言ったように星について解説してあげるわよ」

 言いながら茜はショルダーバッグの中から本を取り出す。バッグは森の中を歩いているときに少し汚れたのだが彼女は気にしていないようだった。

「あ、暗くて見えないわね。和明、懐中電灯貸してくれるかしら?」

 そう言いながら彼女は何も持っていない左手を僕の方に差し出してきた。

「はい、どうぞ」

 僕は彼女の差し出してきた手に僕の持っていた懐中電灯を手渡した。それを受け取った茜は懐中電灯の灯りをつけ本をパラパラとめくっていく。

 探していたページが見つかったのか本をめくっていた手が止まった。そして、また手を差し出してきた。

「方位磁針も貸してくれるかしら?」

「ごめん、方位磁針は持ってないよ」

 それを聞いた茜の顔が驚いたようなものになった。

「なんで、持ってないのよ。こんな場所に来るなら方位磁針くらい持ってくるのが常識じゃないかしら?」

「方位磁針なんて僕には必要ないよ。僕にはしっかり方角がわかるから」

 一年前はただ道に迷ったことがない、というだけの僕の方向感覚だったが、今ではもう少し磨かれて方角までわかるようになった。

 もとからわかっていた情報に方位という名前をつけただけのようなものだが。

「いくら、あんたの言ったことでもそれは信じがたいわね」

 茜は不信そうに僕の顔を見ている。いきなり、そんなことを言われても信じられないとは思う。

「……だったら、聞くわ。南西はどっちかしら?」

 僕はゆっくりと正面を指差して言った。

「この正面が南西だよ」

 これだけで信じてもらえるかはわからない。僕は茜がどういった反応を返してくれるかを待つ。

 その茜は手元の本を見て空を見上げてを繰り返している。今、彼女が開いているページには南西の星の大体の並びが書いてあって彼女は本と僕が指したほうの空を比べているのかもしれない。

 ある程度確認し終えたのか茜は僕に顔を向ける。そこに浮かんでいたのは僕が方位磁針を持っていないと言ったときとは違う驚きだった。

「本当にあってるわ……。あんたってすごい能力を持ってたのね」

「そうみたいだね。この方向感覚のおかげで僕は一度も迷ったことがないんだよ」

「ええ、そう思うわ。普通の人があんたみたいにこんな場所を歩いてたら普通道に迷うわよ。最初に会ったときも思ったけど、あんたってやっぱり普通じゃないのね」

 僕のほうをじっと見ながら茜は言う。僕の何を見ているのかはいまいちわからないがなんとなく恥ずかしい。

 けれど、僕は努めてそれを表に出さないようにして口を開いた。

「茜って僕のことそういうふうに見てたんだ。喜んでいいのか悪いのか微妙な見られ方だね」

 先ほど言った茜の言葉だけでは茜が具体的に僕をどう見ているのかがわからなかった。それに答えるように茜は言ってくれた。

「普通は喜ぶようなことじゃないと思うわよ。でも、それがあんたらしさなんだしそれにわたしは助けられたのよ。……喜んで、いいんじゃないかしら?」

 茜は僕のことを見つめたままだった。何となくだが彼女が僕の何を見ているのかがわかったような気がした。

 彼女が見ているのは僕の外面ではなく内面。いわゆる、心を見ているのかもしれない。

「うん、じゃあ、喜んでおくよ。茜にそう思われてるだけで僕は満足だしね」

 僕は今まで浮かべた笑顔の中でもっとも喜んだような笑顔を浮かべられたと思う。

 少なくとも茜はそう思ってくれたようだ。彼女も僕に笑顔を返してくれた。

「少し話がずれたけれど早く星を見ましょう?」

 言って茜は星空を一回見上げ手元の本に視線を落とした。

「それじゃあ、解説の方、よろしくね」

「ええ、できる限りで頑張ってみるわ。…………じゃあ、まずは、春の大三角形からいくわよ」

「春の大三角形ってこんな時期にも見れるものなの?」

 僕は疑問に思ったのでそう言った。春の大三角形の名の通り春にしか見えないものだと思っていたからだ。

 僕の中で六月というのはもう夏だった。

 そんな僕の疑問に茜は答えてくれた。

「春、という名がついているけれど時間をかえればいつの時期でも見れるみたいよ。春の第三角形の春、という時期は八時または九時に見た空を基準として考えてるらしいわ。詳しいことはここには書いてないのだけれどね」

「へえ、そうだったんだ。じゃあ、時間をかえれば全部の星座を見れるってことかな?」

 茜の言ったことは新事実としてちゃんと僕の頭の中に知識として残しておく。それから、ぶつけたのが今の質問だ。

「そういうわけでもないわよ。例外はあると思うし日本では見られない星もあるから無理だと思うわ。でも、結構な数の星座は見れると思うわよ」

 その言葉を聞きながら僕は空を見上げた。どれが、春の大三角形なのだろうかと見る。星がたくさんありすぎてどれを結べばいいのか僕には良く分からなかった。

「何を探してるのかしら?」

「春の大三角形だよ。ちゃんと解説してもらってないし場所も言ってないよね」

 僕はそう言ってから茜の顔を見た。茜はしまった、というような顔をしていた。

「えっと、ごめんなさい。忘れてたわ」

 今度はすまなさそうな表情を浮かべながら謝ってくれた。そこまで謝ってほしいわけじゃないのに。

「別にいいよ、気にしてないから」

「そう、よかったわ」

 茜はホッと胸を撫で下ろしたように言う。その程度で僕は失望したり茜のことを糾弾するはずはない。もしかしたら、茜は期待されていてその期待を裏切ったときに何か酷い仕打ちを受けたのかもしれない。

 それをした本人たちにとってはどうってことないかもしれないが茜だけには酷いと思えるようなことを。だから、茜はちょっとした失敗をしただけで僕にあれだけ謝ったのかもしれない。

 やはり、茜の抱えている苦しみは大きい。大きすぎる。でも、だからこそどうにかしてやらなければいけない。

 よく考えてみれば今はこんなことを考えている時ではない。今は暗いことは忘れて楽しまなければいけない。

 だから、僕は半ば無理やり暗いことを一時的に自分の中から追い出す。そして、茜に言った。

「じゃあ、何回目かわからないけど、解説、よろしくね」

 本当にこのセリフを何回言ったかはわからない。それだけ、途中で中断しているということだろうか。

 今からはできるだけ止めないようにしようと思う。

 茜はそう思っているかはわからないが真剣に手元の本を読んでいる。そう思っていたらいきなり本を閉じた。そして、懐中電灯の明かりも消した。

 今ある明かりは星の光だけだった。月の姿は見えない。今は日本から見えない位置にあるのかもしれない。

「よく考えたらあんたに説明するのに本を見ながらなんて失礼よね」

 茜の表情は暗くてよく分からない。

「だから、わたしは本を見ずに今覚えたことと今まで溜めた知識であんたに解説してあげるわ」

 声には頑張る、という気持ちがとてもこめられていた。

「春の大三角形は西よりの西南西にあるわ。その辺りに明るい星が三つくらいあるはずよ。それをつなげたら正三角形に見えるはず」

 その声に従い僕は西南西の方を見る。そこには三つほどほかよりも明るく光っている星が本当にあった。

 僕はその星をつなぐような線を頭の中で描く。確かに大体正三角形の図形が浮かび上がった。

「見つけたよ。それぞれの、星に名前ってあるんでしょ。なんていうの?」

 僕は純粋にそう思ったのでそう聞いた。けれど、茜はそれについてはあまり覚えていなかったのかもしれない。ちょっと焦るような雰囲気を感じる。

「確か……東側にあるのがスピカよ。それで、西側にあるのが…………えっと……そうそう、思い出したわ。デネボラよ。最後のが……確か、ア、アーク……アークトゥルス。そう、アークトゥルスよ」

 全部言い終わって少し自信がなかったのか本を開き確認をしている。

 間違いがなかったのか、よかったわ、という呟きが聞こえてきた。

「ご、ごめん。茜。ちょっと難しい質問したかな?」

 本当はとても悩んでいたので途中で取り消そうとした。しかし僕はあまりにも一所懸命にやっている茜の姿を見て止められなかった。

「そう思うなら最初からするんじゃないわよ。そんな質問」

 茜は懐中電灯を消しながら疲れたような声色で言った。

「でも、よかったよ。あんな短時間で覚えられるんだね、星の名前って」

「そう、かしら?じゃあ、次、いくわよ」

 僕に褒められたことが嬉しいのか少し張り切るように茜は言った。


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