表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

第十五話 トクベツな準備

 僕は茜を家まで送った。今は自分の家へと向かっているところだ。

 雨で濡れた制服は歩いている間に少し乾いた。けれど、それでもやはり寒い。早く家に帰って着替えなければいけない。

 僕は空を見上げる。帰るまでの間に幾分か晴れ、雲も少なくなってきている。この分なら夜になるともっと空が見えるだろうと思った。

 そうなれば、やっと茜との約束を果たすことができる。そう思うと心が弾んできた。

 それは、綺麗な星を見られるからだろうか、それとも茜と一緒にいられるからだろうか、そんなものは考えなくたってわかっている。茜という僕にとって最高の特別と一緒に綺麗な星を見られるから、だ。この感情は嬉しい、だ。

 けれど、野放しに嬉しがることはできない。茜との別れ際、郵便受けを見たときに一瞬、暗い表情を見せたからだ。

 なぜ、そんな表情を浮かべるのか、と僕が聞くと茜は僕に三通の封筒に入った手紙を見せた。

 郵便局経由で送られたというハンコが押されていなかったので書いた本人が直接郵便受けに入れたのだと思う。

 茜に確認をとってから僕は中を確認してみた。そこに書かれていたのは異常なまでの茜への期待と薄っぺらい好意だった。

 それが、茜の苦しむ原因の一つだった。僕は明日はみんなに茜の気持ちを伝えよう、と言った。茜は弱々しく頷くだけだった。まだ、不安が残っているのかもしれない。

 それでも、行動を起こさなければ何もならない。それに、茜が不安がっているなら僕が成功するのを想像していればいい。

 二人で悪い結果を考えていれば悪い結果の方へと流れやすくなってしまうかもしれない。もし、茜が喋れなくなれば僕が代わりに喋ればいい。そのために僕は彼女の隣にいる、と言ったのだから。

 考え事をしながら歩いているといつの間にか僕の家の前についていた。僕は扉の横についている呼び鈴を押す。

 十秒ほどして母さんが扉を開けて出てきた。

「ただいま」

「おかえりなさい、和明」

 母さんは僕の姿を見ても何も言わなかった。不審に思って自分の服を見てみたら端から見てはわからないほど乾いていた。

 僕は、母さんが何も言わなかったことに納得し家へあがると真っ先に自分の部屋へと向かった。

 部屋へ入ると僕は着替えの服を取り出す。それから、服を脱ぎタオルで軽く自分の体を拭いた。そして、僕は先ほど出したばかりの乾いている服を着る。

 僕はほとんど乾いた洗面所兼脱衣所にある洗濯物かごに入れに行った。今日が夏服の期間でよかった、と思う。冬服の時期だったら簡単には洗濯できないようなブレザーを着ているからだ。

かごの中に制服を入れた途端に僕の部屋で僕の携帯電話のコール音が聞こえた。

 僕は、急いで自分の部屋へと戻ると電話に出た。

『わたしよ。わかる、わよね?』

 電話から聞こえてきたのは茜の声だった。少し心配そうな響きがあった。僕がわからないと思っているのかもしれない。

 そういえば、僕が初めて茜に電話をかけた時、僕もも彼女と同じことを言ったな、ということを思い出した。それによって生まれた苦笑を堪えて僕は答えた。

「うん、わかるよ。茜、でしょ。わからないわけがないよ」

 僕の答えを聞いて茜はほっとしているようだった。短く息を吐いたのがわかった。

『そりゃあ、そうよね。本当はわかってもらえないんじゃないかって思ってたわ。……疑って悪かったわ』

 すまなさそうに茜は言った。

「別にいいよ。今までの茜を見てて怖がりなんだな、とは思ってたから、不安にもなりやすいかな、って思ってたよ」

『そ、そんなに、わたしって他の人から見てわかるほど怖がり、だったかしら?』

 茜は自分が怖がりだとは気づいていたようだ。しかし、表に出ているとは思っていなかったらしい。

「うん、一緒に行動してたらすぐにわかったよ。あ、そういえば僕達が入院した次の日の朝、茜は待合室にいたよね。それって、本当は一人で自分の部屋にいるのが怖かったから、とか?」

 僕はふと、思い出したあの日のことを頭の中で思い浮かべながら言った。確か、あの時の茜の声は眠そうで、少し震えたような感じだった。あの時の僕は震えている理由は寒いからだ、と思っていた。

 しかし、今では、そうでないような気がする。なので、本人に聞いてみることにした。

『な、なに言ってるのよ。そ、そんなわけないじゃない!』

 焦りつつ強く否定する茜の声が聞こえた。その反応が僕の言葉に対する肯定のようなので僕は少し笑ってしまった。

『な、なに笑ってるのよ!言いたい事があるなら言いなさいよ!』

 茜は怒ったように言った。それに、対して僕は少し冷静なけれど、温かみを込めた声で答えた。

「僕が笑ってたのは茜の反応が可笑しかったからだよ」

『どういうことよ』

「茜がそんなに焦りながら強く否定したら僕の言葉を肯定してるようなものだな、て思ってね」

『……』

 僕がそう答えて返ってきたのは沈黙だった。今の茜はどんな表情を浮かべてるのかな、と思い想像してみようと思った瞬間茜が半ばやけくそのように言った。

『そうよ!わたしは、怖がりなのよ!悪い?』

 いきなりの声に僕は少しびっくりした。それで、携帯電話を落としそうになった。

「いきなり、そんなに大きな声を出さないでよ。携帯電話、落としそうになったよ」

『あんたが悪いのよ。わたしが隠しておきたいことをわざわざ掘り出すから』

 茜は僕に軽い非難の声を浴びせる。それほどまでに嫌だったのだろうか。

「ごめん。でも、別にいいでしょ?僕は誰かに話すつもりなんてないからね」

 僕は謝罪の言葉も交えつつそう言った。短い沈黙が流れる。茜はどんな返事を返してくるのかな、と思いながら少し待つ。

『……まあ、いいわ、あんたなら』

 意外と素直に納得してくれた。けれど、それほど驚きはなかった。もしかしたら、心の片隅では簡単に納得してくれると思っていたのかもしれない。

 部屋の中が夕日で赤く染まってきたのを見て明日は晴れそうだな、と思った。そこで、ふととても重要なことを思い出した。

「あ、そうだ。今日の夜は晴れそうだけど茜は予定とか大丈夫?」

 そう、僕が思い出したのはほかでもない茜と星を見に行くということだった。何故、とても大切なこのことを忘れていたのだろうか、と思う。

 だが、一つだけ思い当たることがある。それは、彼女と話をしていることが楽しいからではないだろうか、ということだ。

 表には出ていないと自分では思っているが彼女と話しているとき僕の心は躍っている。それだけで幸せになるようなそんな感じだ。

『ええ、大丈夫よ。それで、どれくらいの時間に行くのかしら?』

 僕は具体的に何のことか言っていないが茜にはわかったようだ。僕に何のことを言ったのか聞かずに集合の時間を聞いてきた。

「十一時くらいに僕が茜の家まで迎えに行くよ。それまでに必要なものの準備でもしてて」

『十一時ね。わかったわ。それまでわたしはあんたを待ってるわ。……でも、あと四時間半もあるのね』

 彼女の声はとても待ち遠しそうな声だった。それは、やっと星を見にいけるという想いだけでそう思っているのではないと僕はわかっている。

 今日、僕が茜になんで、そんなに嬉しそうなの?と聞いたときに返ってきたあんたと一緒にいられるからよ、という言葉。そこにこめられた想いは僕と一緒なのかもしれない。

 そうなのであれば、もう少し早く行って一緒にいるのもいいと思った。

「だったら、八時ぐらいにする?早めに会って適当歩くのもいいかな、って思うんだけど」

『ええ、いいわよ。……そのほうがあんたと早く会えるものね』

 僕の思ったとおりだったようだ。茜の声は少し嬉しそうなものに変わった。

「うん、大丈夫なんだね。わかった。じゃあ、また、八時に会おうね」

『ええ、また、会いましょう』

 僕と茜はそう言葉を交わすと携帯電話の通話を切った。多分茜とほとんど同じときに切ったと思う。なぜだかそう思いたかった。

 時間まであと一時間半ほどある。その間に持っていく物を用意して夕食を摂らなければいけない。夕食はいつも七時に摂っている。それまでに、できるだけ準備を済ませて食べ終わった後に最終確認をする。そこまでの流れを頭の中で考えてから僕は準備に取り掛かった。

 夜に行動することになるので特別に必要なものは懐中電灯だ。僕はそれを部屋の中から探す。

 最後に使ったのはいつだろうか、と思い出しながら自分の部屋の中で懐中電灯を探す。適当に机の引き出しを開けてみるとその中に懐中電灯を見つけた。

 なんで、こんな所にあるんだろう、と僕は苦笑してしまう。僕は、時々適当に片付けることがあるのでどこに片付けたかを忘れてしまうことがある。今回もこうして忘れていた。

 今はそれ以上このことについて考えていても仕方がないので別の作業に移る。僕は服掛けからいつも使っているリュックサックを取る。

 これだけはいつもちゃんと定位置に片付けている。リュックサックの外側についているポケットの中に懐中電灯を入れる。

 今日の特別な準備はこれくらいだろう。後はいつもどおりに準備をすればいい。そう思いながら僕は準備を進めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ