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頬を引き立たせるような冷ややかなものが風に混ざるようになった頃、小鳥は生を終えた。
長く生きた方なのだろう。夏風邪をひいて、そのまま衰弱していった。
まるで小鳥の後を追うかのようだった。少女は体調を崩した。
皮膚の爛れがいっそう酷くなり、どす黒く変色が始まっていた。高熱を発し何も口に入れようとはしない。苦しげに呻き、体中をひきむしったために血が噴き出した。肉と白っぽい膿汁が見える。
その激しさに女は手を縛らねばならない。少女はのたうち回ったが、しばらく経つと大人しくなっていった。痒みが治まったからではなく、気力が残っていなかったからだった。
少女は女に、自分の許にいてほしいと頼む。
発疹で膨れ上がった顔面とは裏腹に、苦痛のために青ざめた頬が引き攣っている。湿らせた布で優しくさすることしかできない。今や少女は水を舌の先にうけて潤すばかりである。舌にも疣ができていた。
体力など無いに等しい。病み始めてからというもの、十分な治療など受けたこともなく、栄養も足りてるとはいえず、ただ痒みや痛みに耐えていた。
女がさりげなく包帯を示すと、少女は微かに笑い首を振った。
発疹を抑えるためかうつらないようにするためか、誰かが巻いたのに違いない。その考えを感じとったのか、少女は口を開けた。
「だって、みぃくい。でしょ…?」
熱にうかされた瞳はそれでも、そしていつでも女を見つめている。
醜いなんて思ったことはないと教えてあげると、少女は深々と溜息をついた。
「海…」
熱は下がらない。
一斉に火を吹いた発疹が、黒い燃えかすを所々残して進んでいく。溶けた皮膚は細かい灰となって散る。濃い膿の塊を燃料にして、火は少女を呑みくらう。
やがて火照った頬に、涙がこぼれる。
「海。海…」
涙は火を一時静めたようだ。落ち着いた息が吐き出され、少女は眠りへと落ちていく。
茫漠たる広がりといいようもない紺碧の深みに漂い、安らぎに満ち満ちる。
海は時の如く、人がそれを知れるのは掌に残る一掬いのみである。
女は枝を集めてきた。火を起こす。女は小鳥の死骸を投じた。
淡い煙が立ち昇り、死出の旅路を作っていく。火は小鳥を包みこんだ。
それが焼け焦げて小さくなって爆ぜて黒くなって塵芥となっていくのを、女はずっと見ていた。
「あんた、何してる」
突然、背後に男の声がして女は振り返った。山仕事からの帰りのようだった。
それよりも男は女の足元を凝視していた。煙が上がったので不審がって見に来たのだが、それと同時に女の足元に横たわる茶色いぼろきれに、興味をそそられたのだった。
ひくっと男の喉が引き攣った。
布から小さな足が二本突き出ている。
男はなにやら口を動かしていたが、そのまま足早に立ち去っていった。
女は目を落とした。
後ろめたいことも恥ずべきこともやってはいない。だが女は心が薄曇りに包まれていくのを感じた。見られたことが、些細だが言葉にできぬ変化をもたらしたのだ。女は新たに枝を継ぎ足すのをやめた。火は燻り始めていた。
冷えるのを待って、女は種袋に灰を詰めていく。あらかた粒子と帰しているが、いくつか骨が残っていた。それを女は砕きだす。石を握りしめ、原型を留めないよう繰り返す。
折しも夜に向かっていた。女は何度か辺りを見渡し、一先ず家に戻った。




