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月光を浴びたかのように冴えた指先がゆるゆると伸ばされ、籠の小鳥を撫でる。
くすんだ青い羽根を最初こそは震わせていたが、小鳥は丸く澄んだ目で見返すばかりである。
大人しくうずくまったきり、されるがままになっていた。
柔らかく埋もれていく、その指とその羽根と。
小鳥の目は暗澹とした濃い闇の中にある。
相変わらず細い指は小鳥を撫で続けていた。
鳴かない鳥は嘘をつかない。
飛ばない鳥は裏切らない。
渇ききった室内が薄闇にまかれ、寸分の道をも閉ざされても、女は座ったままでなおしばらくは動こうとはしなかった。
膝元には温もりの消えた編物の残りがある。
彼方の夕陽が刹那の輝きを放つ様を眺めていたが、その目を周囲に振り向ける。
すっかり影となった隅に、古びた鳥籠があったが、まるで主を失ったかのようだった。
編物の手は止まり、生活の足しにしている機織りも、もうだいぶ前から無音で佇んでいるところをみると、その日は何かする気が起きなかったものらしい。
夕陽はさらに深く眠ろうとする葡萄酒の中へと落ちていくようだった。
女は溜息をつき、ようやく灯をいれるために立ち上がった。
漂うように生きるも、情熱のうちに生きるも、時は混ざり合い人知の及ばぬ悠久の果てへと運ばれていく。
時の流れを人が知るに、ほんの慰め程度にすぎない。一掬いのうちに集められる水の如く。
ささやかな灯に照らされた女の髪は、金糸に似て滑らかに煌めく。
それでも眠ったように青白い横顔は、まだ若い。
山奥の村は夜になれば大抵冷えた風が通るが、女の方はまるでいつも冬に閉ざされているとでも言ったように妙に温度がなく、そして女の顔は血の気がない。
女はこの山小屋に一人、あるいは一羽の鳥とのみで今まで生きてきたわけではなかった。
伴侶がいたものだが、一年前からいなかった。
死んだと思われていて、実はそうではない。つまり見せかけの死と隠された離別だった。
隣国との戦が続いており、山間部の青年たちも徴兵されたのをうけ、女の夫も出征した。
戦は終結に向かっており、夫はその最後の徴兵で駆り出されたため、半年かそれくらいしたら帰ってこられる見込みだった。
だが待てど暮らせど戻ってこなかった。そして帰ってくる気配もなかった。
女を始め、村の者たちは戦死者の葬儀をしめやかに執り行った。
粛々と喪に服した女の許に、その時だ、連絡が入ったのは。
どうやら夫らしい男が、ここから離れた町で生きている。さらにはすでに家庭を持っているらしいということ。
女の顔色は変わらない。
物好きな行商人が丁度その町にもよるとのことで、頼まれてもいないのに仔細を探りに行った。
それは本当だったらしい。もっとも男は顔を出したがらず、奥へと逃げてしまったらしい。彼を迎えるかのように赤子の泣き声も、耳をつんざくばかりだったとか。
村の者はみんな女を窺い見た。が、女の顔の色は相も変わらずだった。
もっとも葬式の時でも涙一つなかった女だ。そう彼らが目交ぜするのは明らかなのである。
人生はまごうかたなき喜劇に相違ない。そう感じて泣かなかったとしても、女は口の端を持ち上げることすらなかった。
肩を流れる金の髪は艶やかで、深い青と翠の溶け合う瞳は曇りない。白い肌はこの上もなく顔の造作を引き立たせる。
やがて若い女の許に男たちがやってくるようになる。
震えるように落とした睫を、次の間に開いてみせるとき、決まって女は首を横に振った。
是も否も、一言だって女の口から聞かれない。
ただゆっくりと確信をもって首を振るばかりである。
或いはこんな態度を続けていれば、男でなくとも寄ってこなくなるだろう。
よしんばまだ女に同情があった者がいたにしろ、愛想を尽かすどころか今ではすっかり夫の方へ肩入れしている有様である。
こんな女房なら、そりゃ亭主も逃げたくなるわな。
女は隠れるように生き、せめての食いぶちとして機織りの仕事をした。
小鳥は夫が逃げられないように羽根を折っており、しかし鳴くことは禁じていないはずだったが、今の今までうんともいったことがない。
灰に近い青の羽根をすくませたまま、小鳥は逃げようともしない鳥籠の中でうずくまっている。
簡素な食事をとって、残りものを小鳥にやると、女は立ち止まり再びそっと指の腹で触れる。
鳴くことは拒んでいたかもしれないが、他はいたって従順な小鳥は、食事を妨げられても機嫌を損ねることなく、時々顔を上げては女を見つめるばかりだった。
女らしくない女と、鳥らしくない鳥と。
訪れる者のない山小屋は、犯しがたい静寂に包まれている。




