『豚バラ肉100グラム28円』【掌編・コメディ】
『豚バラ肉100グラム28円』作:山田文公社
毎日木曜日の夕方五時…それは主婦達にとって戦場だった。食べ盛りの子供や旦那の食事を毎日作るに辺り『食費』はどうしても家計重くのしかかってくる。だからこそスーパーの特売であるタイムセールは殺し合いのような勢いで奪い合うことになるのだ。陳列されるパック数は数が限られていて、浅ましい姿でも家計を預かる身ならばこそ、この戦いに身を投じるのだ。
戦闘服を身にまとい、髪を後ろでしっかり束ねて止める、そして買い物袋を腕に抱えて玄関へと向かう。早すぎても意地汚いとご近所から謗られるし、遅すぎれば手に入らない。絶妙な時間は存在する。愛馬(自転車)に跨りスーパーへと向かう、駐輪場は案の定同じタイミングで現れたライバル(他の主婦)達が実態の伴わない愛想笑いを浮かべて話しかけてきた。
はっきり言えば中身などない。ただお互いのあらを探っているだけだ、後日どちらかが居ない場所で居ない者の悪口を言う為だけのさぐり合いなのだ。しかしそんな事はおくびも見せずに笑い言葉を交わす。しかしその目は店内の時計をしっかりと見ているし、どれだけの秒数で売り場へ行けて、混雑を避けられるかを計っている。そしてあわよくば出し抜く事を謀っているのだ。
一度下見がてらに売り場へを通る、それは新参者への後日の制裁を加える為でもあるのだ。最近は近くにマンションが出来たおかげでルールーやマナーを知らない若い母親が増えた。売り場には確かに何人かのマンション組が居た。無論それに乗じてそこに待機している戸建て組の母親もだ。礼儀知らずは人にあらず、それは町内会母子会クラブの鉄の掟だった。今日この場に居た戸建ての母親は後日離婚した上に引っ越して行った事だけは明記しておく。
問題のマンション組については色々と協議がなされている。そもそもマンション組は大半が賃貸でヤンキー夫婦が多い、以前追い込みを書けた田中の奥さんは、マンションの旦那が乗り込んできて危うく暴力事件に発展する所まで行った。なのでマンション組は密かに追い込みをかける必要がある。けれど大半が鈍感を通り越した不感症で効果が認められないので、口うるさく説教する以外なかった。要するに容認しているのだ。
出来る事は建設反対運動と、口うるさいお説教だけ…どちらも効果は無いけれど、仕方ないのでPTAや父母会でいじめ抜くのだ。親子共々、特に旦那が仕事繋がりであればかなり強く作用できる。
そうこうしているうちに、時計はタイムセールの時間になった。スーパーのバックヤードからメガホンを持った男が現れた。
「いまから五時のタイムセールスを行います、本日はお一人様ひとつ限りの豚バラ肉100グラム28円、限定100パックです」
その声が合図であった。先取りしていたマンション組は村上さんと田村さんの荻原さんの0,3トンのスリーートップによってはじきとばされた。野獣のような雄叫びと悲鳴が辺りに響き渡る。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で私も引っかかれたりした。木村の奥さんと競り合いになる、木村さんのパーマが顔中に不快感をもたらした。実にこうしたパーマもこんな戦場を乗り越える為の髪型なのだ。競り合いには負けたが、殴られたりしながらも目的の物品を手に入れた。そして素早く懐へとしまいこんだ。手にしたりかごに入れてる間は確実に奪われるのだ。だから手慣れた者はエプロンの下へと隠すのだ。勿論お会計はしっかりと済まして帰るので問題はない。
背後では新参の戦闘服の意味を知らない若いママ同士で服をちぎれそうな程の勢いで引っ張りあったり、纏めてすらいない髪を引っ張りあったりしている、恐らくパーマの意味すら知らずにおしゃれでストレートパーマにしているのだろう。愚かで醜い奪いあいが若いママ同士で続いていた。一人レジへと向かう私は鼻歌交じりであった。こうして今日も私は戦いに勝った。勝った者達が買った物を自慢しあう至福のレジタイム、袋詰めタイム。敗北者は惨めに普通の品をみすぼらしく、あるいは虚勢をはった高額品を買って袋に詰める。勝利者はわざとらしく何度も袋へと詰め直すのだ。値札がわざわざ見えるように口々に自分が運が良いことを口にしながら袋へと詰め込むのだった。
こうして戦いは終わる。日々繰り返される終わり無き戦いに安住はない。今日も明日も遙か先までタイムセールがある限り私達の戦いは続くのだ。
「あら七味買うの忘れちゃった」
だからこうして勝利に浮かれて調味料を買い足し忘れるのも、実に無理もない事なのだ。
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