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サムライドル

作者: 武者頑
掲載日:2026/07/19

【サムライドル】


ここは現代の日本によく似た侍の国――エド。

高層建築が立ち並ぶ街並みの中を、着流し姿の侍が歩き、町角では刀鍛冶が槌を振るう。

文明と侍文化が違和感なく溶け合う、不思議な国だった。そんなエドで一人の少女が町人たちの視線を集めていた。 


「なんだなんだ?」

「侍同士の勝負だってよ!」 


人垣の中心に立つ少女の名は、鳳凰寺斬華ほうおうじ・きりか


年の頃は十七歳ほど。

透き通るような白い肌に、鋭く吊り上がった青い瞳。金色の髪は肩口で切り揃えられ、左右を黒い布で束ねて気高い雰囲気を際立たせていた。

漆黒の羽織を肩から大胆に羽織り、その下には動きやすさを重視した濃紺の侍装束。腰には一本の刀だけを差している。

無駄な装飾はない。

だが、その立ち姿だけで誰もが分かる。

 ――強い。

そんな圧倒的な風格を漂わせていた。

対するのは二振りの刀を腰に提げた侍・万次郎。

斬華は静かにため息をつく。


「先ほどの言葉、取り消すなら見逃しますわ。」

「誰が取り消すか!へっ!女ごときが刀ぶら下げるなんて生意気なんだよ!てめぇこそ勝負しようなんざ自信家だな!」」

「女だから? 何が悪くて?」


万次郎は鼻で笑い二振りの刀を見せつけた。


「秘刀・黒龍と白龍!双龍剣の万次郎とは俺様のことよ……」

「聞いてませんわ。」


風が吹いた。

次の瞬間。

キィンッ!

甲高い音が続けて響く。

万次郎の二本の刀は、根元から無残に砕け散っていた。


「な……何ィ!?」


いつ斬られたのか。

誰一人見えなかった。

斬華は静かに刀を鞘へ納める。


「大したことありませんわね。龍ではなく滝に昇りきれてない鯉ではなくて?大層な名が泣きますわ。」


広場は歓声に包まれた。


「すげぇ!」

「あの万次郎が一瞬で!」

「強い上にべっぴんさんだ!お嬢ちゃん、一体何者なんだ!」


キリカは誇らしげに胸を張る。


「私、強き者を求めていますの。鳳凰寺斬華。最強は私のもの! 強さに自信ある者は誰でもお相手しますわ!」


町人たちの称賛を浴びながら、キリカは満足そうに微笑んだ。

その笑顔は、幼い頃から胸に抱き続けてきた誓いに近づいた喜びでもあった。 


――パパ様。私は必ず、最強になりますわ。



「ぷはぁ……!」


勝利の余韻に浸りながら酒を飲む斬華に、店主は苦笑した。


「いやぁ、お嬢ちゃんは本当に強いね。」

「当然ですわ。」


斬華は得意げに胸を張る。


「ですが……。」


少し不満そうに杯を置いた。


「とんだ拍子抜けでしたわ。マスター、この町に有名人はいませんの?」


店主は腕を組み、しばらく考える。


「強いかどうかはともかく、一番の有名人なら、あの子だろうね。」

「あの子?」

「お嬢ちゃんと年頃は同じぐらいかな。この店を出て左にまっすぐ。藍堂流って子のところに行けばわかるが……」


店主は場所を知らせた。


「今日はちょうど……」

「ありがとうございます!しかも私と同じ女剣客ですって!」


斬華は真っ先に行動に出る。


「有名人なら腕も立つに違いありませんわ!」

「ちょ、ちょっと待ちな! まだ話が――」


しかし斬華はもう店を飛び出していた。


「終わってないんだけどねぇ……。」


店主は苦笑しながら肩をすくめた。


「まぁ、行けば分かるか。」



 店主に言われて辿り着いた場所で斬華は思わず立ち止まった。

「……」

そこは剣術道場でも、城でもない巨大な特設ステージ。

何千人もの観客。色鮮やかな照明が夜空を照らし、割れんばかりの歓声が響き渡る。


「お流ちゃーーーん!!」

「銀河一の侍アイドルーー!!」

「今日も最高ーーー!!」


ステージ中央へ、一人の少女が軽やかに駆け出す。

 

藍堂流あいどう・りゅう


桜色の髪を高い位置で二つに結び、毛先はふんわりと肩へ流れている。大きな水色の瞳は宝石のように澄み切り、その笑顔だけで観客の心を明るく照らしていた。

衣装は白を基調に桃色の差し色をあしらった、巫女装束を思わせる和風アイドル衣装。袖は大きく広がり、帯や飾りには桜の花びらを模した意匠が散りばめられている。

右腰に一本の刀を帯びている。

だが、それすら華やかな装飾が施され、舞台の主役にふさわしい輝きを放っていた。

藍堂流が観客へ大きく手を振る。


「みんなーっ! 今日は来てくれてありがとけんねー!」


歓声はさらに大きくなる。その光景を見つめたまま、斬華はぽかんと口を開けた。


店主が言っていた「この町一番の有名人」。

まさか――。これが、その有名人というのか。剣の達人を想像していた斬華は呆気にとられた。


ステージ中央で歓声を一身に浴びる少女を見た瞬間、斬華は目を疑った。


「腰に刀……ってことはサムライですの……?」


思わず呟く。確かに少女の腰には一本の刀が差してある。

しかし、それ以外は侍の姿とは到底思えなかった。

桜色の髪は高い位置で二つに結ばれ、舞台の照明を浴びてきらきらと輝いている。

白と桃色を基調とした華やかな装束は、巫女服を思わせながらも丈は大胆に短く、健康的な太ももが惜しげもなくのぞいていた。

腕には宝石を散りばめたような腕飾り。

帯や袖には桜の花びらを模した装飾。

笑顔で手を振るたび、それらが眩しく光を反射する。

斬華は額に手を当てた。


「刀はあるものの……。でも……桜色の髪に、太ももまで見えている短い腰巻きですわ! 破廉恥ですわ! しかもキラキラと輝く腕飾り……眩しすぎますわ!」


チラチラと見える太ももに同性でありながら目をそらしてしまうキリカだった。


「なんで私の方が恥ずかしがってますの。藍堂流……まさか……私より強い侍ですの?」


観客席からは歓声が飛び交う。


「お流ちゃーん!」

「かわいかー!」

「今日も最高ばい!」


お流は満面の笑みで手を振った。


「みんなー!応援感謝するったい!」


その笑顔だけで会場の熱気がさらに高まる。


斬華は呆然と見つめた。


「……意味が分かりませんわ。第一あの田舎娘の口調はなんですの?」


その時だった。お流の視線が偶然キリカとぶつかった。


「あっ!」


流はにこっと笑うと、ステージの端まで駆け寄ってくる。


「初めて見る顔やね!」


斬華は腕を組み、じろりと見上げた。 


「あなたが藍堂流……さんですの?」

「そうばい!」


お流は元気よく頷く。


「私は『あいどる』って言うものをやっているんよ!」


あまりにも屈託のない笑顔だった。

しかし、その言葉は斬華にはまったく理解できない。


「あい……どる?」


聞いたこともない単語だった。斬華はますます首をかしげるしかなかった。

ステージの中央で、お流は満面の笑みを浮かべていた。

観客席からは割れんばかりの歓声が返ってくる。 


「お流ちゃーん!」

「最高ー!」

「お流ちゃん最強!」


その熱気の中、斬華は「最強」の言葉に堪えきれず前へ踏み出した。


「最強は私ですわ!」


よく通る声が会場中に響く。

歓声が一瞬止み、観客の視線が一斉に斬華へ集まった。


「私は鳳凰寺斬華!」


斬華は腰の刀へ手を添える。


「あなたが強者と聞いて参りました! いざ尋常に勝負ですわ!」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間――。


「おおーーっ!」

「新しい演出か!?」

「さすがお流ちゃん!」


観客席はさらに大きな歓声に包まれた。

誰一人、本気の挑戦だとは思っていない。

斬華は思わず眉をひそめる。


「演出ではありませんわ!」


しかし、その声すら歓声に飲み込まれてしまう。

お流は困ったように笑い、ステージの端まで歩み寄った。


「ごめんね。私、あなたとは戦えんよ。」


あまりにもあっさりとした返事だった。

斬華は目を見開く。


「何を言っていますの! 侍を名乗るなら勝負は避けられませんわ!」


お流は首を横に振った。


「私が戦うのは『妖刀』だけなんよ。普通の人とは戦えんの。」

「……は?」


斬華は間の抜けた声を漏らした。


 『妖刀』。


先の『あいどる』同様にまたも聞いたこともない言葉だった。

お流は胸に手を当て、真っ直ぐな瞳で続ける。


「私の力は、エドの平和と、みんなの笑顔を守るために授かった力なんよ。だから、人と勝負するためのもんやなかと。」


斬華はますます理解が追いつかない。


「いや……何を言って……」


その瞬間だった。お流がくるりと振り返り、右手を高く掲げる。


「それじゃあ!次の曲、いくけんねーっ!」

「うおおおおおーーっ!!」


会場が揺れるほどの歓声が轟いた。

音楽が鳴り響き、色とりどりの照明がステージを照らす。

お流は歌いながら軽やかに舞い始めた。

斬華は何度か口を開こうとした。


「ちょっ……待ちなさ……」


しかし、その声は歓声と音楽に完全にかき消される。

観客たちは夢中でペンライトを振り、お流の名を叫び続けていた。

斬華はぽつんと会場の片隅に立ち尽くす。

誰も自分の存在など見ていない。

目の前では流が笑顔で歌い続けている。

やがて最後の曲が終わり、会場は今日一番の拍手と歓声に包まれた。


「みんなー! 本当にありがとけんねー!」


深々と頭を下げる流。客席からはアンコールの声が鳴り止まない。

一方、斬華は肩を落として小さく息を吐いた。


「……何一つ、勝負になりませんでしたわ」


その夜。コンサートを終えた後だった。

 鳳凰寺斬華は酒場の暖簾を勢いよくくぐると、どかりと椅子へ腰を下ろした。


「お酒ですわ!」

「はいはい。」


マスターは苦笑しながら盃を差し出す。

斬華は一気に飲み干すと、大きく息をついた。


「……とんだ拍子抜けでしたわ。」

「言ったろ?」


マスターはグラスを磨きながら笑う。


「強いとは言ってない。でも、この町一番の有名人だって。」 


斬華は唇を尖らせる。 


「確かに注目は集めていましたわ。ですが、あれは侍ではなく見世物ですわ。歌って踊って歓声を浴びるだけなのに何が最強ですの。」


そう言って盃を置く。しかし、頭の片隅には、あの熱狂が焼き付いて離れなかった。

あれほど大勢の人間が、一人の少女に笑顔を向ける光景。

斬華はふと昔を思い出す。

幼い頃の実家である鳳凰寺道場。

広い稽古場には、自分と父――パパ様しかいなかった。

木刀を打ち合う音だけが響く静かな道場。

入門希望者はほとんど現れず、門下生は結局、自分一人だった。


「パパ様……。」


最強の侍を育てる。

その夢だけを胸に、父娘は稽古を続けてきた。

だから斬華にとって、人に囲まれ歓声を浴びるなど、まるで別世界の出来事だった。

その時。カラン、と店の扉が開く。


「こんばんはー!」


聞き覚えのある明るい声だった。斬華が振り向く。


「……あなたは……藍堂流……!」

「おや、お流ちゃん。」


マスターはにこやかに手を振る。


「今日もライブお疲れさん。」

「えへへ! ありがと!」


藍堂流は笑顔で店へ入ってきた。

まるで実家へ帰ってきた娘のような自然さだった。


「いつもの!」

「はいよ。」


二人のやり取りを見て、斬華は眉をひそめる。


「顔なじみですの?」

「昔からねぇ。」


マスターは懐かしそうに語り始めた。


「この町にお流ちゃんが来るまでは、ずいぶん暗い空気だった。喧嘩も多かったし、盗みなんかも今よりずっと多かった。でも、お流ちゃんが歌うようになってからだ。町のみんなが笑うようになって、事件もめっきり減った。」


お流は照れくさそうに頭をかいた。


「そんな大したことじゃなかよ。」

「私は、みんなの笑顔と町の平和を守りたくて、『あいどる』をやっとるだけやけん。」


その言葉を聞いた斬華は、ふっと鼻で笑った。


「戯言ですわ。」


店内の空気が少し静まる。


「歌だけで人を守れるものですか。守ることができるのは力だけ。」


斬華は自分の刀へ静かに手を添えた。


「強さこそ全て。弱ければ大切なものは何一つ守れませんわ。」


お流は少しだけ寂しそうな顔をしたが、反論はしなかった。

斬華は懐から銭を取り出し、机へ置く。


「ごちそうさまですわ。」


立ち上がり、そのまま店を出ようとする。


「あっ、待って!」


お流が慌てて声をかけた。


「夜は危険やけん!最近、この辺りで妖刀が……」

「結構ですわ。」


斬華は振り返ることなく歩き出す。


「あなたの話は理解できませんわ。妖刀だの、歌で平和だの……変わった方ですわね。」


暖簾が揺れ、夜風が店内へ吹き込む。

お流は閉まった扉を見つめ、小さく息をついた。


「……間に合えばよかけど。」


夜風が吹き抜ける。

酒場を後にした鳳凰寺斬華は、大通りを一人歩いていた。


「まったく……!」


腕を組み、大きくため息をつく。


「『あいどる』だの、『妖刀』だの……!意味不明ですわ!」 


頭の中にはあの桜色の髪の少女・お流の笑顔がちらついていた。

歌えば町が平和になる笑顔が人を守る。

そんなものがあるはずがない。


「こんな町、おさらばですわ。」


その時だった。

ぞくり――。

冷たい悪寒が背筋を駆け抜ける。思わずキリカの足が止まった。

誰かに見られている。いや、それだけではない。

空気そのものが重い。

まるで闇が息を潜めているかのような、不気味な気配だった。


「よお……。」


低い声が響く。


「もう出ていくなんて寂しいなぁ……。」


斬華は素早く振り返った。

街灯の届かない路地裏。

一人の男がゆっくり姿を現す。


「貴方……昼間の。」


男は口元を歪めて笑った。


「よお、覚えてくれて嬉しいぜ。」


斬華は腕を組み、思い出そうとする。


「ええと……。筧利政!」

「覚えてねぇのかよ!」


万次郎は思わず叫んだ。 


「一文字も合ってねぇよ!」


斬華は首を傾げる。


「違いましたの?」

「違うわ!」

「まあ、あいにく弱い男の名前を覚える趣味はありませんの。」


その一言で万次郎の額に青筋が浮かぶ。


「この女ァ……!」


昼間以上に怒りで顔を赤く染める。

しかし、すぐに口元が不気味な笑みに変わった。


「調子に乗ってられるのも今のうちだぜ……。」


背中に背負っていた一本の刀をゆっくり抜く。


「我が家に封印されていた、ヤバそうな刀を持ってきたからよぉ。てめぇに仕返しするためにな!」


刀身が月明かりを浴びる。

その瞬間だった。

斬華の表情が変わる。


(……何ですの。)


冷や汗が一筋流れる。全身の毛穴が開くような感覚。

刀から放たれるのは殺気ではない。

もっと異質なもの。

まるで生き物がこちらを見つめているような……生気。

斬華は息をのんだ。


(この刀……。生きていますわ……!)

「その刀は明らかに危険ですわ!」


斬華は思わず叫ぶ。


「今すぐ捨てなさい!」


万次郎は鼻で笑った。


「へっ、今さら怖じ気づいたかよ!刀は武士の魂だぜ!捨てるわけねぇだろ!」


その刹那。刀身が黒い瘴気に包まれた。


「なっ!?」


万次郎も目を見開く。刀が溶けるように形を失い――


「刀が……消えた?」


違う。斬華はその異変を見逃さなかった。

刀は万次郎の胸へ吸い込まれていく。

黒い液体のように体内へ侵入し、跡形もなく消えた。

万次郎の身体が大きく震える。


「ぐっ……がぁぁぁぁぁっ!!」


筋肉が異様な音を立てて膨れ上がる。

着物は耐えきれず破れ、万次郎は乱暴に上半身の服を脱ぎ捨てた。

全身に黒い紋様が浮かび上がる。

その瞳は赤黒く染まり始めていた。

斬華の脳裏に、酒場で聞いた言葉がよぎる。


『妖刀。』


(まさか……。あれが……妖刀ですの……!?)


万次郎は拳を握る。 


「なんかよく分からねぇが……。」


拳を鳴らし、獣のように笑った。 


「すげぇ力が湧いてくるぜ!今ならてめぇも倒せそうだ!」 


次の瞬間。地面が爆ぜた。

万次郎が一瞬で間合いを詰める。


「っ!?」


斬華は紙一重で身をかわした。

拳が石畳へ叩き込まれる。

轟音。

地面が粉々に砕け、石片が四方へ飛び散る。


(素手でこの威力……。人間ではありませんわ!)


斬華は刀を抜いた。


「ならば……!」


夜空へ刃が煌めく。一閃を振りかざす。


「鳳凰寺流秘伝・朧月夜!」


月光のような斬撃が走る。

万次郎の右腕が宙を舞った。

血しぶきが頬に伝わる。キリカはわずかに表情を曇らせる。


(身を守るとはいえ人の腕を……。)


だが、その迷いは一瞬で消え去る。切断面が黒くうごめいた。

肉が盛り上がり、骨が伸び、皮膚が覆う。

数秒もしないうちに腕は元通りになっていた。


「なっ……!」


斬華の顔から血の気が引く。

万次郎は笑った。


「終わりか?」


気付けば目の前だった。

巨大な手が斬華の首を掴む。


「くっ……!」


そのまま軽々と持ち上げられる。

足が宙を泳ぐ。息ができない。


「どうしたァ?さっきまでの威勢は!」


万次郎は苦しむ斬華を見て愉快そうに笑う。

やがて手を離した。

斬華は地面へ崩れ落ち、激しく咳き込む。


「げほっ……げほっ……!」


肺が焼けるように痛い。

立ち上がろうとしても足に力が入らない。

その隙にさらに巨大な腕を振りかざした万次郎はキリカの体を地面へと叩きつける。


(勝てませんわ……。)


初めてだった。どんな相手にも勝ってきた。

自分が負けるなど考えたこともなかった。

しかし今、目の前にいる化け物には届かない。

万次郎はキリカの顔を見下ろしながら自身も腰を下ろしてキリカの胸元の着物を掴む。

ビリィィィィッ!

キリカの胸元の着物が音を立て引き裂かれた。


「きゃぁぁぁっ!」


キリカの豊満な乳房が露わになる。


「はっはっはっ!いい乳してんじゃねえか!昼間の余裕はどうした!」

 

昼夜で完全に状況が逆転した。

斬華は絶望の涙を流しながら静かに目を閉じた。


(パパ様……。どうやら私はあなたの元へもうすぐ行くようです……)


その瞬間――。


「そこまでやけん!」


澄み切った少女の声が夜空へ響いた。

万次郎は鷲掴みしていたキリカの乳房から思わず手を離す。斬華ははっと目を開く。

街灯の光に照らされる鮮やかな桜色の髪。

聞き間違えるはずもない声。


「……あなたは。」



街灯の下には、桜色の髪を揺らす少女――藍堂流、お流が立っていた。


「間に合ってよかったぁ……。」


お流は倒れている斬華を見るなり、慌てて駆け寄る。 


「キリちゃん!」


斬華の顔をのぞき込んだ流は、目を丸くした。


「あれ……?キリちゃん、泣いとーと?」


斬華はびくっと肩を震わせる。

慌てて袖で目元を拭った。


「な、泣いてませんわ!それに、なんですの!その呼び方は!私は鳳凰寺斬華ですわ!」


お流はきょとんと首をかしげる。


「でも長かもん。キリちゃんでよかたい!」

「よくありませんわ!」


叫ぶと斬華は顔を真っ赤にする。


「初対面で馴れ馴れしいにも程がありますわ!」


二人のやり取りを見ていた万次郎の額に青筋が浮かぶ。


「……おい。」


二人は気付かない。


「おいって言ってんだろォ!」


怒声とともに万次郎が地面を蹴る。

巨体とは思えない速度で拳が迫る。


「危なか!」


流はとっさに斬華の腰へ腕を回した。


「きゃっ!?」


ふわり、と斬華の身体が浮く。

そのまま後方へ大きく跳ぶ。

ドォンッ!!

直前まで二人がいた場所へ拳がめり込み、石畳が粉々に砕け散った。

お流は軽やかに着地する。


「ふぅ~。間一髪やった。」


腕の中では、斬華が真っ赤な顔で固まっていた。


「ちょっ……!」

「いつまで抱えてますのーっ!!」


お流は斬華を抱えたまま、路地裏へ軽やかに着地した。 


「ふぅ~。危なかったぁ。」


ほっと息をついた次の瞬間、流は困ったような顔をする。  


「でも、キリちゃん……。結構重たかねぇ。」 


斬華の眉がぴくりと動く。


「……今、何と?」

「五十……いや、六十キロくらいあると?」

「なっ!?」 


斬華は目を見開いた。


「失礼ですわ!私は四十七キロですわ!」

「えっ。」


お流は首をかしげる。


「十三キロしか違わんやん。」

「十分違いますわ!」


斬華は思わず叫ぶ。


「それに私は身長百五十五センチですわ!」

「…………」


お流はぽかんと口を開けた。


「なんで……わざわざ教えとーと?」

「はっ……!」


斬華はそこで我に返る。


「ち、違いますわ!別に体重との釣り合いを説明したかったわけではありませんの!」

「誰もそんなこと言っとらんよ?」

「っ!!」


斬華は耳まで真っ赤になった。万次郎は額に青筋を浮かべる。


「おい……。」


二人はまだ言い合っている。


「おいィィィ!!」


怒号が夜道に響いた。

万次郎が唸り声を上げながら突進する。


「まとめてぶっ潰してやる!」


斬華は髪を結んでいた布で胸元を覆い、刀を構えた。先ほどまでとは違う。

呼吸を整え、静かに間合いを測る。

万次郎は思わず笑う。


「へっ、その目だ。」

「やっと本気になったか。」


斬華は一歩踏み込む。

鋭い斬撃が万次郎を襲う。


「……!」


万次郎は驚いた。


(読めねぇ!)


先ほどの斬華の剣は技こそ速いが殺気が一直線だった。

だから動きも予測できた。

しかし今は違う。

太刀筋がまるで見えない。


「な、なんでだ!?」


その横でお流がのんきに声を上げる。


「キリちゃん頑張れー!あと終わったら体重計乗ってみる?」

「誰が乗りますのーっ!!」


斬華は反射的に怒鳴る。そのまま刀を振るう。


「はぁぁっ!」


ギィン!

万次郎は辛うじて受け止める。


(違う……。こいつ、さっきまでと別人だ。)


殺気がない。いや、出そうとしても後ろの天然娘が全部かき乱してしまう。

怒り、呆れ、ツッコミ

感情が次々切り替わり、万次郎には斬華の狙いがまったく読めなかった。


「ふふっ。」

  

お流は嬉しそうに笑う。


「やっぱりキリちゃんは怒っとる方が元気やね。」

「元気にさせてる原因はあなたですわーっ!!」


万次郎は舌打ちした。


「チッ……ごちゃごちゃと、」


黒い瘴気をまとった拳を握り締める。


「もうまとめてぶっ潰す!」


地面を踏み砕き、一気に間合いを詰める。

お流はようやく腰の刀へ手を添えた。


「私らもいくよ!虎鉄!」


カタカタと刀が小さく震える。


「おうよ!」


低くてそれでいてどこか人懐っこい男の声が響いた。

斬華は目を見開く。周囲に男性は万次郎しかいない。


「まさか刀が……喋りましたの!?」

  

虎鉄は鼻で笑う。


「今さら驚くなよ、お嬢さん。」


お流は小さく頷いた。


「虎鉄、抜刀許可は?」

「問題なしだ。妖刀反応、確認。抜刀許可だ。」


お流は満面の笑みを浮かべる。


「了解!」


腰の刀を勢いよく抜き放つ。


「抜刀!」


シャリン――。

澄んだ金属音が夜道に響いた。

斬華も万次郎も思わず身構える。

次の瞬間。


「………。」


二人とも固まった。

刀身の先端。そこには鋭い切っ先などなく――。

銀色に輝く一本のマイクが取り付けられていた。

夜風にコードのないマイクがきらりと光る。

斬華は思わず絶叫した。


「マイクですわーーーっ!!」


万次郎も叫ぶ。


「何だその刀ぁ!?」


お流は不思議そうに首を傾げた。


「歌うんやけん。マイクが付いとる方が便利やろ?」

「便利とかそういう問題ではありませんわ!」


斬華は額を押さえた。


「ふざけてんのか!……死ねぇぇぇ!!」


万次郎が拳を振り下ろす。

しかし。

お流はひらりと身体をひねった。

拳は空を切り、石畳だけが粉々に砕け散る。


「危なかぁ。」


お流は軽く一歩下がるだけで避けた。


「よいしょ。」



続く攻撃も身体を半回転させ、紙一重でかわすその動きは、まるで舞を踊っているように美しい。

斬華は思わず息をのんだ。


(速い……。私にも匹敵する身のこなしですわ。)


万次郎の黒い瘴気が夜道を覆い、街灯が不気味に明滅していた。  


「キリちゃん、下がって!」


お流が虎鉄を構え直す。

刀身の先端に付いた銀色のマイクが、月光を受けてきらりと光った。斬華はまだ息を整えながら、刀を握り直した。


「あなた一人でどうにかなると思っているのですか……!?」


すると、虎鉄が低く笑った。


「へっ、嬢ちゃん。少し説明してやるよ。」


斬華は目を丸くした。


「え……また刀が喋っていますの?」

「虎鉄だ。よろしくな、ツンツンお嬢さん。」


虎鉄はくだけた声で続けた。


「妖刀ってのはな、昔、夜空から落ちてきた隕石の欠片から作られた刀だ。

人間の欲望や憎しみに反応して、宿主を操り、力を与える。けどその代償はデカい。心も体も蝕まれて、最後にはただの怪物だ。」


お流が軽やかに前へ出ながら、虎鉄の言葉を継ぐ。


「だから私は『サムライドル』として活動しとるんよ。ライブで歌うことで、みんなの心に『妖刀耐性』をつけてる。歌が持つ力で、妖刀の瘴気を跳ね返すん。」


斬華は呆然としながらも、刀を構えたまま後退した。


「歌で……耐性? そんな、馬鹿げた話が……」

「本当やけんねー」


お流は笑う。

虎鉄が鼻を鳴らした。


「まあ、嬢ちゃんが信じなくてもいい。とにかく今は——」


その瞬間、万次郎が地面を蹴った。黒い紋様が浮かぶ巨体が、猛烈な速度で迫る。


「うるせェェェ!」

「危ない!」


お流が身を翻す。虎鉄の声が鋭くなる。


「右! 次、下段!」


虎鉄の指示に従い、お流は紙一重で拳をかわし、反転しながらマイク刀を振るう。

斬華は察した。攻撃を避けることができたのは虎鉄の指示があるからだと。

刀の軌跡に桜色の残光が残り、軽やかな歌声が夜道に響き始めた。


「♪ キラキラ光る闇夜の月よ」



お流の歌が万次郎の瘴気に触れると、黒い霧がわずかに散った。斬華は目を見張る。


「本当に……歌が効いている……?」

「効いてるさ。けど——」


虎鉄の声が少し掠れた。


「俺の力にも限界がある。このペースだと……長くは保たねェ……」

「虎鉄!?」


お流が心配そうに呼びかけるが、万次郎の攻撃は止まらない。


「がぁぁぁっ!!」


巨大な拳が連続で襲いかかる。お流は虎鉄の指示に従い、華麗に舞うように避け続ける。しかしその動きが、徐々に鈍くなっていく。


「はあっ……はあっ……虎鉄、指示を! 次は——」

「……すまん。エネルギー……切れだ……」


虎鉄の声が急に小さくなり、刀身の光が弱まる。


「ちょっと待って、虎鉄! 虎鉄ってば!」


お流の声が焦りを帯びた瞬間——万次郎は巨大な黒い瘴気を吐き出してお流を狙う。


「消え去れ!」


避けきれない至近距離。


「——っ!」


お流が目を見開いたその刹那。


「お流!」


斬華が全力で飛び込んだ。

ドンッ!

衝撃音が響き、斬華の身体がお流の前に盾のように割り入った。斬華の背中に万次郎の吐き出した瘴気が直撃する。


「ぐぁっ……!」


激痛が走る。内部から体を蝕む。

斬華は痛みに耐えながらも、お流の細い身体を両腕でしっかりと抱きかかえ、そのまま後方へ吹き飛ばされた。二人は地面を転がり、路地の壁に激突した。


「キリちゃん!?」


お流の声が震える。斬華の着物はボロボロになっていた。斬華は歯を食いしばり、震える手でお流の肩を押した。


「逃げ……なさい……今のうちに……」

「嫌や! キリちゃんこそ……!」


お流の大きな瞳に、初めて本気の涙が浮かんだ。斬華は苦痛に顔を歪めながらも、かすかに笑った。


「馬鹿……ですわ。あなたが……やられるわけには……いきませんの……」


その言葉を聞いた瞬間、お流の胸に熱いものが込み上げた。

斬華の視界がぼやけていた。

左肩と胸が焼けるように熱い。血の味が口の中に広がる。


「……キリちゃん! しっかりして!」


お流が必死に自分の着物を引き裂き、キリカの傷を押さえる。

その手が震えていた。斬華は弱々しく笑った。


「ふふ……結局、私が守られる側ですか……情けない……」


その瞬間、遠い記憶が蘇った。

──鳳凰寺の道場。まだ幼かった頃。


「パパ様、最強になったら何がしたいの?」


父は木刀を下ろし、静かに微笑んだ。


「ただ強くなるだけでは意味がない。斬華。力とは、守るためにあるものだ。

大切なものを、笑顔を守るために使う者が、本当の強者だ。」


当時の斬華は、首を傾げた。


「でも、パパ様はいつも『最強』って言ってるじゃない……」

「そうだ。最強を目指せ。だが、最強になるのは、守るためだ。忘れるな。」


……ああ、そうだった。斬華は血まみれの唇を震わせながら、お流を見上げた。


「……お流。あなたは……最初から知っていたのですね。

歌なんてくだらない、力こそ全てだと……嘲笑っていた私が、馬鹿でしたわ……」


お流の瞳に涙が溜まる。


「キリちゃん……」

「あなたは……ずっと、みんなの笑顔を守っていた。私はただ、自分の強さだけを追いかけていた……」


斬華は震える右手で、お流の手を強く握った。


「お流……私は、あなたの……ファンになりましたの。

だから……力を貸しなさい。一緒に、この化け物を倒しましょう」


お流は一瞬ぽかんとして、それから満面の笑みを浮かべた。


「うん……! 一緒に戦おう、キリちゃん!」


万次郎が狂ったように笑いながら近づいてくる。


「ははっ! 両方まとめて……」

「行くよ、キリちゃん!」


お流がキリカの腰に腕を回し、支えながら立ち上がらせる。

斬華は歯を食いしばり、刀を構えた。


「ええ……いきますわ!」


お流が深く息を吸い、歌い始めた。


「♪ 諦めない、諦めない、守るため。今、今、今、果てまでも!」


その歌声が夜空に広がる。

桜色の光が斬華の刀に流れ込み、刃全体が淡い桜色に輝いた。


「鳳凰寺流奥義・斬光時雨!」


斬華が一歩踏み込み、全身の力を振り絞って斬り上げる。

刀身から放たれた斬撃が、歌の力を帯びて強い光を放つ。万次郎の体を、体内の妖刀のみを切り裂いた。


「がぁぁぁぁっ——!?」


黒い瘴気が悲鳴を上げ、万次郎の体内に宿っていた妖刀の核が砕け散る。

瘴気が光の粒子となって消え、万次郎は元の人間の姿に戻り、地面に崩れ落ちた。

静寂が訪れた。斬華は刀を地面に突き立て、膝をついた。


「……勝ちましたわ……」


お流が斬華に飛びついた。


「キリちゃん、すごかった! 最高やったよ!」

「痛い!傷口が開きますわ……!」

「えへへ、ごめんごめん」」


二人は血まみれの状態で、地面にへたり込んだままじゃれ合う。

お流が突然、真顔になって斬華の頰に触れた。


「キリちゃん……痛かったやろ? ごめんね、私のせいで……」


キリカは顔を背け、照れ隠しにいつもの調子で言った。


「謝らないでください。……あなたに守られて、初めてわかりましたの。

強さとは……一人で抱え込むものではないのですわね」


お流はにっこり笑って、斬華の頭を優しく撫でた。


「これからも、一緒に守ろうね。キリちゃんの剣と、私の歌で」


キリカは耳まで真っ赤になりながら、小さく頷いた。


「……ええ。しばらく……あなたのファンでいてあげますわ」


妖刀との戦いが終わり、路地裏には静寂が戻っていた。

万次郎は気を失い、黒い瘴気は跡形もなく消えている。


「終わった……んやね。」


お流はほっと息をつく。


「ええ……なんとか、ですわ。」


キリカも刀を鞘へ納めようとして――ふと、胸元に冷たい風を感じた。


「……あ。」


そうだった。


戦いの途中で裂かれた着物は、乱れていた。

次の瞬間。

びるっ。

最後に残っていた布までほどけ、羽織が肩から滑り落ちる。


「……。」


お流はぱちぱちと目を瞬かせた。

キリカの思考が止まった。


「…………。」


数秒の沈黙。

夜の路地裏に虫の声だけが響く。

やがて。


「……………………え。」


顔がみるみる真っ赤に染まる。


「きゃあああああああああっ!!」


慌てて両腕で胸元を隠し、その場にしゃがみ込む。


「み、見ないでくださいましーーーっ!!」

「ご、ごめん!」


お流は慌てて顔を両手で覆う。


「でも見えたもんは見えたけん……」

「言わなくていいですわーーっ!!」


斬華は涙目で叫ぶ。

お流は慌てて自分の羽織を脱ぎ、キリカの肩へ掛けた。


「はい。これ使うけん。」

「……。」


斬華は少しだけ頬を赤くしたまま羽織を握る。


「……ありがとう、ですわ。」

「よかよー!」


二人は顔を見合わせる。

そして同時に吹き出した。

夜の路地裏に少女たちの笑い声が静かに響いた。



数日後――。



「みんなーっ! 今日は重大発表があるけんねー!」



超満員のライブ会場。

観客たちの歓声が響き渡る。


「重大発表!?」

「まさか新曲!?」


お流は満面の笑みでマイクを掲げた。


「今日から新しい仲間が増えるばい!」


スポットライトがステージ袖を照らす。

ゆっくりと現れたのは、純白と黒を基調にした和風衣装を身にまとったキリカだった。


「おおおおおーーーっ!!」


客席が大歓声に包まれる。

斬華は引きつった笑顔のまま固まっていた。


(なぜこんなことになっていますの……。)


数日前。


「ファンになりましたの。」


たしかに、そう言った。

だが。


「ファンになる」と「ステージに立つ」はまったく別の話である。


「紹介するけん!」


お流が元気よく腕を伸ばす。


「新ユニット!お流&キリちゃんばーい!」


歓声はさらに大きくなった。


「キリちゃーーーん!」

「かわいいーー!」

「応援しとるばい!」


斬華は客席を見回し、青ざめる。


「ちょっと待ちなさいですわ!」


マイクを奪い取って叫ぶ。


「私は加入した覚えはありませんわっ!」


しかし観客は、それすら演出だと思い込む。


「ツンデレ最高ー!」

「息ぴったり!」

「新ユニット最高!」


斬華は天を仰いだ。


「……誰か助けてくださいまし。」


その隣で、お流は満面の笑みでキリカの手を握る。


「これからよろしくね、キリちゃん!」

「だからその呼び方はやめなさいですわーーーっ!!」 


会場は今日一番の笑いと歓声に包まれた。

こうして、最強だけを目指していた孤高の侍・鳳凰寺斬華は、不本意ながらも最強アイドル・藍堂流の相棒として、新たな物語を歩み始めるのだった。












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― 新着の感想 ―
Xの企画から来ました。 侍×アイドルという組み合わせが面白すぎました!マイク付きの刀・虎鉄が喋り出したところで完全に持っていかれました(笑)。キリカとお流の掛け合いがテンポ良くて、「体重との釣り合い」…
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