表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第4話(最終回)

 夏はネッククーラーを売ってる。

 私が、というより会社がだけども。

 私はそんな会社で事務作業をしているだけだ。

 色々と扱ってる中小の商社の事務として働き始めてもうすぐで一年になる。

 もう25歳で、アイドルを辞めて二年半以上経った。

 だいぶ病状も落ち着いてきた。スライムがまとわりついている感覚はほとんどない。病院には月に一度行くくらいで済んできたし、減薬もできるようになってる。

 事務の仕事も、意外だけども自分に合っていた。

 服飾も、アイドルも、関係ない仕事だし、できると思ってなかったし、受かるとは思ってなかったけどもなんだかんだ出来ている。

 もう全部が無かったように日々を生きている。

 相変わらず音楽はあまり聞けていない。アイドル的なものに触れることもできていない。

 xtalの情報も追えてない。というより追ってなかった。申し訳なくて仕方なかったからだ。辞めてから二年経つけども。どうしているかなんて知らなかった。

 今の今までは。



 夏の主力をネッククーラーにしているから、会社が夏になったらネッククーラーを支給してくれる。

 私はそれをつけて、冷房の効いた中で仕事をしていたら寒くなってくる。なのでネッククーラーを外す。ついでにカーディガンを羽織る。最近は視力も落ちて眼鏡もかけている。舌ピアスはつけている。事あるごとにかちゃかちゃと鳴らしてしまう。

 この事務所はそもそも人がそんなに多くいるわけじゃないけども、営業は全員出払ってるから、今いるのは私と経理の竹谷さんだけだった。

 昼休みになって、お弁当を食べながらSNSを見ていると音楽ナタリーの投稿が流れてきた。

『xtalの4thアルバム『Music For Idels』先行配信スタート』

 瞬間、時間が止まったような感覚になった。

 私はその投稿を気がつけばタッチしている。



***



音楽ナタリーの引用。


xtalの4thアルバム『Music For Idels』先行配信スタートした。

フルアルバムとしては前作『Multiple Destruction』以来二年ぶりとなる。

タイトル曲は『Music For Idels』はスクエアプッシャーによる書き下ろしとして音楽ファンに大きな話題を呼んでいた。

DE DE MOUSE提供『star beat』、LAUSBUB提供『Homerun』、菊地成孔提供『バスティーユ襲撃』、中村弘二(ex.スーパーカー)提供『I know』だけでなく、ライブでは披露されていたBuono!の『初恋サイダー』のポストロックカバーもついに収録。メインコンポーザーであるキューピーちゃん制作の曲を含めた全13曲となっている。

xtalにとって新体制になって初のアルバムだ。

また二年ぶりのリキッドルームでのワンマンライブ開催も発表した。



***



 xtalを卒業することにした。

 散々引き止められたし、まだまだ休んでもいいとも言われた。

 自分でもなんとかやるつもりだった。

 けれどもだめだった。舌ピアスを開けてもだめだった。もう音楽も聴けなかったし、自分がきしょすぎて、歌うのも踊るのも怖くなっていた。

 これ以上はアイドルを続けられないと思ってしまったのだ。

 というか心の底から私なんてものはアイドルじゃないと痛感させられたのだ。

 だからルリちゃんとキューピーちゃんに頭を下げる。

 何度もごめんなさい、ごめんなさいと言う。

「それでも僕は。ヒカルちゃんがアイドルだと思うよ」キューピーちゃんはそう言ってくれるけども、その言葉を信じることができなかった。



***



 私の卒業ライブで500人くらいのキャパのライブハウスは満員。

 開演前の舞台袖で私とルリちゃんは体をぶらんぶらんと動かして、緊張をほぐしている。

「あのさヒカルちゃん」ルリちゃんが私に話しかける。

「うん?」

「今、言う事じゃないんだけども。まじで今言うことじゃ無いんだけども。私、本当はルリって名前じゃないんだ。もちろんだけど芸名で」

「えっ!そうなのっ。じゃあ本名は?ってか聞いていいの?」

「うん、田辺愛莉」

「全然違う」

「全然違うんだよ」

「でも…愛莉も似合ってるっ」

 そういうとルリちゃんはありがとうと笑う。

「じゃあ、私もだけども、今言う事じゃないけども、これ見て。というか見えるかな。薄暗いから見えづらいかもだけど」と言って、私は口に指をかけて大きく開く。

「えっ、舌ピアス?」

「あう」

「どうしたのこれ?」

「この前開けた」

「なんで?」

「全部嫌になって」

「破壊衝動えぐ」

 私たちは笑う。

「……ルリちゃんには言ってなかったかもだけど私オーディションで"ルリちゃんになりたいっ"って言ったんだよ」

「当時、キューピーちゃんから聞いたよ。なんかオーディションで叫んだゴスの子がいたって。重たい愛の子いたって」

「重いよね」

「前にも言ったじゃん私、重たい愛好きだよって。……xtalにはいって、私に幻滅しなかった?」

私は「ううんううんううんううん」と何度も否定する。

ううんが多いよとルリちゃんは笑う

「……ずっと、ずっと、ルリちゃんに憧れてたっ。最初から、最後までっ。恥ずかしいけども…私のアイドルだったよっ」

「恥ずかし……何で今言うんだよ」

「……ルリちゃんこそ、何で今、本名言うんだよ」

「だって本番始まったら、何もかも全部新幹線のスピードで過ぎちゃうじゃん」ルリちゃんが言う。

私は黙って、それから頷く。

そして「……私ってヒカルちゃんのアイドルだったんだね。うわ、本当恥ずい言い方になるね」とルリちゃんが笑いながら言うから、私は頷く。

「あのさ、ヒカルちゃん。名前とか気持ちとか舌ピアスとか。もっとこういうこと話せば良かったね」とルリちゃんは言って、私がうんうんうんうん。と頷くと「うんが多いって」と笑う。

スタッフがもうすぐ開演でーす。と言う。私たちは小声でじゃあ頑張ろうと言う。

 いつものようにSEのcome to daddyが爆音で流れ始める中、私たちはステージに移動する。

ああああああああ!!!とエイフェックス・ツインの叫び声が鳴り響き、そして鳴り止む。

「こんにちはxtalです。今日はお前たちの脳に、私たちを刻みにきました」ルリちゃんがそう言うとファンたちが歓声をあげる。

 そこからは怒涛のセットリスト。私が休んでいてできなかった曲も含めて、最新アルバムや過去の人気曲を織り交ぜて15曲。

 ライブはあっという間に過ぎていく。

 揺れるサイリウム。ファンたちのコールやMIX。一人一人の顔。

 相変わらず自分の歌と踊りは気持ち悪い感覚がある。何度も自分きしょってなる。ルリちゃんの隣にいるのは自分じゃないって気持ちになる。

 それと同時にほんの瞬間に「生きてるな」と思える瞬間がある。

 楽しいとはまた別の感情。いや、因数分解していったら楽しいって気持ちもあるかもしれないけども、塊で出てくるのは生きてるなって感覚。

 自分が気持ち悪くて仕方ない感覚と、生きているって感覚が無い混ぜになってぐるぐるぐるってする。

 そんな感覚も今日で終わりだ。

 あっという間に本編が終わって、私たちは舞台袖にはける。私たちはそしてロリータワンピースに着替える。その衣装でアンコールのためにステージに戻ってくる。

 私は前のワンマン用に作った自分の衣装を着て卒業をするのだ。

 ステージ上は明るい。小さな埃が舞っているのが見える。その向こうに大勢のお客さんがいて、隣にはピンクのロリータワンピースを着たルリちゃんがいる。

 もうすぐ最後の挨拶だ。

 何かを喋らなきゃいけない。

 それを考えていると瞬間、全てが遠くなっている。

 ルリちゃんが何かを喋っている。けれども、全てが遠くで何かぼんやりしてる。

「……ヒカルちゃん、3年間お疲れ様でした」ルリちゃんが言って、お客さんが拍手をする。その拍手の音で我に返る。

 私は手に持ったマイクを口の近くに寄せる。

「……あの。ヒカルです」

 笑い声が起きる。

 知ってるよー!という大きな声。多分、覇王丸さんだ。

 ヒカルちゃーーーん!!!って大きい声が聞こえる。絶対ぱんちゃんだ。

「な、なんていうか……本当、こんな時間、あ、つまりアイドルだった自分にってことなんですけども、そんなのが人生にあるなんて思いませんでした、……ファンのみんなに会えたこと、応援してもらえたこと、それはめちゃ嬉しかったです。…私を見つけてくれてありがとうございます」

 お客さんが拍手が起きる。

 私は息を吸う。

「それから、ルリちゃん。……ルリちゃんと一緒に歌ったこと、踊ったこと……というかルリちゃんとxtalをやれたこと、それが本当に嬉しかったです。今まで本当にありがとうございました」

 私はお辞儀をする。

 お客さんから拍手が鳴り響く。

 ありがとうー!お疲れ様ー!ありがとうー!と客席から飛び交う。

 顔をあげる。

 次が最後の曲だ。ルリちゃんの合図で曲が始まるはず。でも始まらない。

 ふとルリちゃんを見ると、俯いている。

 俯いた顔からぽろぽろと涙がこぼれ落ちている。

「……続けたかったよ。私は、ヒカルちゃんと、xtalを続けたかったよ。……なんで、なんで辞めちゃうんだよお……」

 ルリちゃんはまた俯いて、涙を拭う。

 私はマイクを持ったまま何も言えない。

 会場が静まり返る。

 ルリちゃんが上を向く。

「あー!最後の曲やるぞ!最後だぞ!お前らヒカルちゃんを拝めよ!応援しろよ!私ら全力でやるから、全力で返せよ!いくぞ!『サプライズド!!』!!」

 爆音で破壊的なイントロが鳴り響く。観客が叫ぶ。照明のストロボが焚かれまくる。

 私たちは踊り始める。

 Aメロの決めは四歩歩いてターン。それからUFOやって、ラジオ体操第一するところ。

 Bメロの決めはパリピなウェイやって、2回ジャンプ。それをもう一回。

 サビは私が片手を突き出して、リズムに合わせて何度も突き上げる中で、私の周りをルリちゃんがくるくると回る。

 私たちは踊り狂う。

 踏まれたアリのように。痙攣するように。最後の命を振り絞るように。

 曲が終わりに向かう。

 ルリちゃんが客席の柵に足をかける。

そして。

「ああああああ!!!!!」

 ルリちゃんは叫ぶ。

 それは私と一緒にやってきた中で一番大きなシャウトだった。

「あっ」

 次の瞬間、ルリちゃんは客席にダイブしている。

 お客さんたちがルリちゃんを持ち上げる。人の上に波ができている。

「ああああああ!!!!!」

 その波の上に揺られながらルリちゃんは叫び続けている。

 何度も何度も叫び続けている。

 破壊的なアウトロが鳴り響き続ける。

 私も飛び込もうと思えば飛び込めた。

 私も飛び込めば良かった。

 私もそうして良かった。

 私も叫べばよかった。

 でも飛べなかった。

 叫べなかった。

 私は何もできなかった。

 私はアウトロの間、機械的にくるくると踊り続ける。

 回る視界の向こうでルリちゃんは泳いでいる。

 そして叫び続けている。

 私は踊りながらルリちゃんに見惚れている。

 そしてその瞬間に思う。

 私はもうここに戻ってこれないって。

 音楽は終わっていく。

 音楽が鳴り止んでも、私がダンスを辞めても、ルリちゃんは叫び続けている。

 


***




---新体制になって初のアルバムですね。

ルリ「二年前に一人になって、もう終わりだろうと思ってたんです。xtalとしてもアイドルとしても。でも琴音ちゃんとパンちゃんに出会えて、また一からxtalをやっていって、ここまで復活することができたって感じですね。アルバムを出せるところまでいけてよかったです」


---ぱんちゃんのブレイクも大きかったですか?

ルリ「まさか佐久間さんのyoutubeでぱんちゃんが注目されると思いませんでした(注:佐久間宣行のyoutubeチャンネルNOBROCK TVでやたらと大声で大喜利が上手いアイドルとして注目された)。でも結果としてxtalに興味を持ってくれる人が増えましたし、ライブの動員も増えましたし、最近じゃとても盛り上がってますね。正直にいえば、ぱんちゃんのブレイクがなければxtalは終わってたかもしれません。だから、心の底から感謝しています。」


---ライブといえば二年ぶりにリキッドルーム公演があるそうですね

ルリ「そうですね。やっとここまで戻ってくることができました。まずファンのみんなに感謝したいです。一人一人の熱量がまたリキッドルームにつないでくれました。前回のリキッドルームの時は、xtalの初のリキッドルームってだけでなく、私がちょうどアイドル五年やってきてその集大成みたいな気持ちでやったんですけども、今回は琴音ちゃんとぱんちゃんに未来を見せてあげたいというか、xtalの到達点ではなく、通過地点としてのリキッドルームができたらと思います」



***



 私は気がつけば今のxtalの情報を追っている。

 ルリちゃんのインタビューまで読んでしまった。

 ルリちゃんのインタビューを読み切ると三人組になったxtalの新しいアーティスト写真があった。ルリちゃん、琴音ちゃん、ぱんちゃん。

 ぱんちゃんってもしかしてと思っていたら、案の定ぱんちゃんはあの私とチェキを撮った佐藤ぱんちゃんだった。

 あの子はxtalになったんだ。

 そっか私が抜けて当たり前だけどもxtalは本当に大変なことになってたんだ。本当に申し訳なかったな。

 でも、二人が加入して、復活したんだ。

 それでまたリキッドルームに立てることになったんだ。

 ルリちゃん、本当に頑張ったんだな。本当に。本当に。

 アーティスト写真の真ん中で、ルリちゃんが笑っている。前と同じ金髪と、小さな顔で、それから前よりかっこよくなったテックウェアの衣装を着て。

 ルリちゃん。

「ヒカルさん、今ちょっとええ?」向かいのデスクから竹谷さんの野太い声が聞こえた。

「あっ、はいっなんですかっ?」

「今、人おらんから聞くんやけども…ヒカルさんって、もしかしてxtalってところでアイドルやってた……?」

 会社の人にはアイドルだったことを一切言ってないはずだった。

 竹谷さんが差し出すスマホにはあの7分のインストで踊り狂う私の姿があった。これは前のリキッドルームライブでの映像だ。

 驚いた私は「わにゃ」って声を発してしまう。

「わにゃ?」竹谷さんが繰り返した。

 思わず舌ピアスをかちゃかちゃかちゃとしてしまう。


 

***



「じゃあ、ぱんちゃんとは関わりはないの?」竹谷さんが言う。

 私はうんうんうんうん。と頷く。

「内山さん、うんが多いよお。そっかー。ぱんちゃんのサインとか欲しかったんやけどな。あとぱんちゃんに会わせてくれるとかなー」

 竹谷さんが何の悪意もない笑顔をこちらに向ける。

 私は「ふへへ」と苦笑いをする。

 スマホの中では私が踊り狂ってる。

「でもさ、内山さんってアイドルやったんやね。なんでアイドル辞めたん?」

 なんで?

 私はなんで?って聞かれるたびにどう答えたらいいかわからなくなった。頭がぐるぐるぐるぐるとしたし、しどろもどろとなったし、いつも口ごもってしまっていた。

 それすらなんでかわからなかった。

 アイドルをなんで辞めたの?

 そう言われて、今まで何にも言えなかった理由がわかった。

 理由が多すぎるのだ。

 なんで?って疑問に対して、答えが多すぎるのだ。

 スライムに包まれていたから。自分がきしょかったから。リキッドルームで燃え尽きたから。体力がなかったから。ルリちゃんにはなれなかったから。

 なんで?なんかで答えられない。

 だからいつも答えられなかったんだ。

 だからか……だからかっ!!!と理由はわかったところで答えられないものは答えられない。

 なんでその時はふへへ、でごまかす。そのまま私がアイドルだった話過ぎ去ってくれーと思う。

 けども私がアイドルだったこと、しかもぱんちゃんのxtalの元メンバーだったことは小さな会社の大きなニュースになって、いろんな人たちが立ち代わり「なんで?」と聞いてくる。

 アイドルってどうだったの?やっぱチヤホヤされたの?サイリウム振られたの?結構稼げたの?枕営業あるとか本当?キモいファンっていた?彼氏はいたの?

 最後はお決まりの質問。

 それでなんでアイドル辞めたの?

 それに答えられず私は「ふへへ、まあ、」と苦笑いを浮かべる。本当は「ふへへ」なんかじゃない。悔しかった。

 この会社で働くの嫌じゃなかったけども、うわー辞めたいなとか思ってしまった。

 けれども、辞めたらお金もらえないし、次の就職先をまた見つけるのも難しいだろうし、ただ苦笑いしていたら済むことだ、なんとか乗り切ろう、そう乗り切ろう、どうせみんな飽きるだろう。

 そう思っていたけども、周囲は盛りに盛り上がって、今度カラオケに行こうよ、そこでヒカルさん歌ってもらおうよと言ってくる。

 これは何かのハラスメントにならんのかと思いつつ、私は断れなくて、気がついたらカラオケルームのテレビの前に立ってる。押し切られた。押し弱っ。

 竹谷さんを含む同僚たちはサイリウムを持ってる。

 ああ、嫌だな。なんでこんなことになったんだろう。

「ヒカルちゃん、好き好きファンサして〜」と誰かが冗談で言って、みんな笑う。

 私もふへへ、と笑う。ふへへじゃねえよ。舌ピアスをかちゃかちゃ。

ってかxtalの曲ってカラオケで配信されてんの?ってデンモクを触ると、アルバムの評判からなのか、youtubeでバズった影響なのか、xtalの曲が数曲配信されていた。その曲名を見た瞬間に思わず手が止まってしまう。

「ヒカルさん早く歌って~」同僚たちが重力のない言い方で言う。

 歌うならこの曲だ。

 私は一曲入れる。

 私は深呼吸をして、同僚たち、いや観客を睨みつける。

「こんにちはxtalです。今日はお前たちの脳内に私、いや、私たちを刻みにきました」

 同僚たちが「いえーー!!」とはしゃぐ。

 暴力的なイントロが鳴り響く。

『サプライズド!!』だ。

 私はそれを歌う。私はそれを踊る。

 Aメロは4歩歩いてターンだけども、カラオケルームは狭いからそこまでできない。けれどもその次のUFOの動きからラジオ体操第一はちゃんと決める。

 がちでやる私に、みんなは笑ってる。

 私はそれでもがちでやる。

 Bメロはパリピなウェイやって、2回ジャンプ。それをもう一回。

 私はがちでやる。

 だって悔しいから。

 馬鹿にされたこともだけども、それ以上に私のxtalの日々を今、こんな嫌な感情で更新されるのが嫌だったからだ。

 サビは私が片手を突き出して、リズムに合わせて何度も突き上げる。

 私はガチでやる。

 絶対に手は抜かない。

 全力でやる。最後だと思って全力でやる。

 私の最後のライブを今ここに更新する。

 同僚たちは次第に笑わなくなっていく。あまりに本気でやり続ける私に引いてるのか、それとも私がただすべっているのか、笑うこともなくただ見ている。

 私はただ本気でやり続ける。滑稽でも。痛々しくても。

 曲がもうすぐ終わりそうだ。

 私はテーブルに足をバンっと乗せる。

そして「ああああああ!!」と叫ぶ。本当はルリちゃんのパートだ。けれども、今日だけは私にやらせて。

 喉が痛くなるまで叫ぶと、暴力的なアウトロが鳴り響く。

 そして曲は終わっていく。

 画面には消費カロリーが表示されている。

 久しぶりに歌って踊ったから、肩で息をしてる。汗が滴り落ちている。

 すっかり体力が落ちてる。

 映像も切り替わって、知らないアーティストがトークしているカラオケでしか見ない番組になる。

 それでも誰も喋らない。

「……ヒカルさんって本当にアイドルやったんやね。歌も踊りも上手でびっくりした」竹谷さんがそう言う。

 それが本音なのか、皮肉なのかわからなかった。

 けれども、歌を上手いと言われた。踊りが上手と言われた。

 あんなにきしょいと思っていた歌や踊りを。

 あ、そういえば、今日はきしょいと思わなかった。歌も踊りも、自分のことも。

 なんで思わなかったんだろう。アイドル辞めたから?年を取ったから?なんでかわかんない。

 けども思う。

 私はずっと頑張ってたんだな。

 いまいちだった歌も踊りも頑張ってきたんだな。

 アイドルだった期間がなんだったのかなんて、まだわからないけども、どうやらアイドル頑張ってたみたいだ。そんで歌と踊りは上手くなったみたいだ。

 竹谷さんの言葉聞いた?私って本当にアイドルだったんだって。

 ねえ、ルリちゃん。

 私、頑張ってたみたい。

 私はふへへ、と笑って、そしたら涙がどんどん溢れてきた。

 同僚たちが焦り始める。

 私は両手を突き出して同僚たちを制する。

 そして泣きながら言う。

「違うんです。違うんです」

 私はぼろぼろと涙を流す。

 私が頑張れたのはルリちゃんがいたからだ。

 今きしょくないのはルリちゃんがいたからだ

 でも。

「私も、一緒に、続けたかったんです」

 でも、それはもう叶わない。

 私は手放してしまった。

 それはもう戻ってこない。



***



 ここからは未来の話だ。

 多分、私は久しぶりに新幹線に乗るだろう。

 大都会の真ん中にあるリキッドルームに行くのだ。

 キャパが1000人のライブハウス。

 あんな小さなライブハウスでやってたころを考えると信じられないほどのキャパ。

 そしてxtal二度目のリキッドルームのワンマンライブ。

 私はチケットを買っている。

 絶対に関係者なんかで入らない。

 私はチケットを買う。3500円のじゃなく、チェキを撮れるちょっと高い特典付きのチケットを買う。

 そして私は客席でxtalを見る。

 SEのcome to daddyが流れて登場した三人組に、私の脳みそは支配される。

 照明に照らされて、ウィスパーボイスと暴力的な歌声を使い分けるルリちゃんをずっと見ている。

 誰よりもダンスが上手いルリちゃんをずっと見ている。

 私は、ずっとルリちゃんを見ていた。

 泥のように横たわっていた時から、一緒に踊り狂ったあの夜まで。

 ずっとずっと見ていた。

 そしてその日もずっとルリちゃんのことを見ている。

 だからチェキの時にルリちゃんの前に現れて、私は言う。

「ライブ!!とてもよかったです!!」興奮してるから馬鹿みたいに大きな声でルリちゃんに言っちゃうんだと思う。

 そしたらルリちゃんは何て言うだろう。

 呆れるかな。怒るかな。笑うかな。許してくれるかな。

 本当に嫌な顔をされるかもしれない。

 でも、言いたいのだ。

 ずっとルリちゃんは最高だったって。

 あの時言ったように、ルリちゃんは私のアイドルだったって。

 だから、だから、だから。

 ずっと私のアイドルでいてください。

 それは私の残酷なわがままかもしれないけども。

 それでも。

 私のアイドルでいてください。

 ルリちゃんとアイドルを続けられなかった私はそう思うのです。



***



「ありがとう。かっこよかったでしょ。ヒカルちゃんに届けるためにやったんだよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ