第3話
第3話
音楽ナタリーより引用
xtalが3rdアルバム『Multiple Destruction』をリリースした。
先行リリースされていたワンオートリックス・ポイント・ネヴァー提供による7分を超えるインストタイトル曲、LAUSBUB提供の『rewind』、パソコン音楽クラブ提供の『octagon』、Avec Avec提供の『Pixel Sweet Heart』など計12曲を収録。xtalのメインライターであるプロデューサーのキューピーちゃんの楽曲も収められている。
またxtalは『Multiple Destruction』のリリースツアーを行うことも発表。
最終日の東京公演はリキッドルームでの開催になることも発表された。
これはxtal初のリキッドルームでのライブであり、最大キャパでのライブになる。
***
「これやばい」ルリちゃんが言う。
「これやばいっすねっ」私が言う。
「やばいんだよ」キューピーちゃんが言う。
事務所で『Multiple Destruction』の視聴会をしているけどもこれはやばいっすね。
散々レコーディングで歌い、聞いていたはずだけども、改めてミックス・マスタリングをして曲を並べられた『Multiple Destruction』を聞くと「え、まじ、名盤じゃん」ってなってる。
キューピーちゃんが腕を組んで「これはxtal売れるぞ~」と言う。
実際『Multiple Destruction』の評判はめっちゃいい。
サブスクでの再生数も過去一良いし、SNSでの評判もいい。音楽ナタリーも特集組んでくれるし、ミュージック・マガジンって雑誌のレビューでもまさかの10点を取る。youtubeにあげていたMVやライブ映像の再生回数も一気に伸びていく。
ちらほらアンチが出てくる。それくらい売れてきている。
アイドルファンだけじゃなく、音楽好きにもより認知されたり、少し一般層にも手が届き始めている気がする。
前よりルリちゃんの各種SNSのフォロワー数の伸びがすごいことになっていた。
私はぼちぼちだった。ぼちぼちなのか。
とにかく『Multiple Destruction』は売れた。
やっぱアイドルとはいえ、音源が良いって大事なんだな〜と思う。
そしてファンたちはついにxtalがリキッドルームに立つぞ!!と盛り上がっている。
各種リリースイベントに忙殺されまくってる中、ファンと喋るたびに「リキッドルームおめでとう!!」と言われる。そんなに凄かったんやなリキッドルーム。
にしてもリリースイベント多すぎる。
タワーレコードでミニライブとトークショーやったり、ラジオやyoutubeや雑誌やウェブメディアで取材を受けたり…と今自分が何を喋っているのかわからなくなる。
何を喋ったのかわかんなかったから、公開された音楽ナタリーのインタビューを読み返したら、大事なアルバムの話をしなきゃいけないのに、私はほとんど黙っててやっと口を開いたと思ったら「落語のリベンジがしたいですね。今度は饅頭怖いをやりたいです」と言っていた。ふざけんなよ。
東名阪ツアーの準備や練習もやりまくり。
運営陣は通常のライブだけじゃなく、リキッドルームのライブの準備しなきゃいけなくてとにかく右往左往してる。
私とルリちゃんも右往左往してる。
ダンスのブラッシュアップをとにかくしまくる日々。
リキッドルームに合わせた演出もしなきゃな…とキューピーちゃんも入れて練習をしている。
ルリちゃんはリキッドルームがあるから熱が入りまくってる。
「違うよヒカルちゃん!そこはもっとパリピなウェイをやって、ジャンプ2回だよ!」
私は言われた通りにパリピなウェイやって、ジャンプ2回してみる。
「違うよ!そんなのパリピじゃないよ!」ルリちゃんが珍しく、怒ってくる。私は多忙な日々で余裕がなくなってるから「あぁ!?」と凄んでしまう。そしたらルリちゃんもキレて「パリピなウェイだっつてんだろうが!」と喧嘩。キューピーちゃんが「パリピなウェイで喧嘩するのは違う」と嗜める。そりゃそう。
そんでルリちゃんとギスってしまったの、本当にやってしまったと思って、めちゃくちゃに落ち込んでいるとキューピーちゃんが近づいてきて「リキッドルームとはいえ、ふわふわな方のxtalも忘れずにいたいんだよね。ヒカルさ、また衣装作らないか?ロリータやらないか?」と言ってくる。どつきまわしたろか。
忙しい時にふわふわな方のxtalってなんだよ!!って思いながらも、リキッドルームでふわふわした雰囲気のルリちゃんが見たいという気持ちになる。
寝る間を惜しんでくそっくそっくそっ!とキレながらもデザイン画を次々と描きあげて、型紙をどんどん作り、経費で生地を買い、ダダダダダダダダ!!!!っとミシンを唸らせる。生誕祭以来に専門学校時代に買ったミシンが唸りまくる。全部終わって家に帰ってからの衣装作りだからついウトウトしながらダダダダダダダダっ!
私たちはライブをしまくる。
小さいライブハウスから、ちょっとしたフェス、ラーメンのイベントに、旅館で行われてるライブイベントまで、各地で私たちはとにかくライブをしまくる。
ライブをする。チェキを撮る。移動する。ライブをする。チェキを撮る。移動する。ライブをする。チェキを撮る。移動する。
移動中、ずっと自分たちの歌を聴いてる。何度もダンスを反復して、歌を覚え続ける。
でもそれがだんだん気持ち悪くなってるけども、リキッドルーム乗り切るためには頑張んなきゃと思う。
「パリピなウェイやって、2回ジャンプ。パリピなウェイやって、2回ジャンプ」
私はダンスを反復で練習し続ける。
けれども、前に比べてもなんか身体が動かなくなってる気がする。前から自分の歌も踊りもきしょいという感覚が抜けないんだけども、なんていうか、また最初の木製人形に戻ったような気がする。
鏡の向こうの木製人形がぎこちない動きで踊り続けてる。ぎしぎしぎしと「パリピなウェイやって、2回ジャンプ。パリピなウェイやって2回ジャンプ」きしょ。
名古屋と大阪のワンマンライブは成功する。けれども忙しすぎて観光する暇すらない。というか相変わらず運営費がかつかつだから早朝電車に乗って、終電で帰るようなスケジュールで動いてる。
大阪のライブのあと、終電に間に合うために新大阪駅に走る途中でルリちゃんが叫ぶ。
「なんで、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーに曲提供してもらってる私たちが宿一つ取れないんですか!!」そりゃそう。
宣伝もしまくる。SNSを更新しまくる。きしょ、きしょと思いつつ自撮りもあげまくる。youtubeで生配信もする。でも日々がぐるんぐるんしすぎてなんのことかわかんなくて気がついたら「やっぱ落語リベンジしたくてぇ…でも記憶力ないから寿限無覚えられないじゃないですかあ……」と泣いてる。
なんかこの頃からふとした瞬間に涙が止まらなくなってくる。
身体の疲れも全然取れない。毎日微熱がでているような感覚がある。
全部はリキッドルームを成功させるためなんだ。
ルリちゃんにリキッドルームの景色を見せるんだ!!
日々は回転していく。
練習、ライブ、物販、移動、衣装作成、打ち合わせの繰り返し繰り返し繰り返し。
日々がぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんと回りまくる。
「リキッドルームライブのためにレーザーライト借りたぞ!!ばちばちクラブ仕様でライブができるぞっ!!」キューピーちゃんが興奮している。
リキッドルームの演出がどんどん決まっていく。
「ヒカルちゃん。だからそこはもっとパリピでウェイだって!」とルリちゃんが言っている。
ダダダダダダダっとミシンが唸りまくる。
「リキッドルーム行くよー!」と覇王丸さんが言っている。
「頼む、満席になってくれ…」とキューピーちゃんが胃を抑えながら言っている。
「学校休んでいきます!!!」ぱんちゃんの大きな声が聞こえる。
コンビニ弁当を買って家に帰ったら、冷蔵庫にコンビニ弁当が三つくらい入っている。
洗濯物が溜まりまくってる。
眠りが浅くなっている。
お風呂の中で寝る日もある。
衣装が完成する。
音楽を聞く。
移動する。
舞台袖にいる。
come to daddy。
「こんにちはxtalです。今日はお前たちの脳に、私たちを刻みにきました」
4つ打ち。
レーザービーム。
ダンス。
歌。
ワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーの7分のインスト曲。
私の作ったロリータドレス。
『サプライズド!!』
ルリちゃんの絶叫。
チェキ。チェキ。チェキ。
凄かったよ。良かったよ。楽しかったよ。かっこよかったです!!!
楽屋。
ルリちゃんが私をハグしている。
「ヒカルちゃんのおかげでここまでこれたよ」ルリちゃんは言う。
リキッドルームの公演が気がついたら終わっていた。
私は我に返る。
私は今、自分が汗でびちゃびちゃなことに気がついて「あ、あ、あっ!ルリちゃん、今、汗すっごいから!」と言うとルリちゃんが「今、言うこと別にあるだろ〜?」と私のほっぺをつねりながら言う。
ルリちゃんは私が作ったピンクのロリータワンピースを着ている。それが凄く似合っている。めちゃ可愛い。あ、作ってよかった、作って本当に良かったんだなって思う。
「何笑ってるんだよー」とルリちゃんが言う。私は笑っているみたいだ。けれども、なんていうかどんな表情をしているか認識できない。
というか、なんかいろんなものが突然自分の手から離れていくような感覚がある。
ルリちゃんに返事をしなきゃ。
なんか声も出ない。
というか出し方が急にわかんなくなった。
ルリちゃんに私は頷くことしかできない。
私は何度も頷く。ルリちゃんが私を見ている。少し不安そうな顔をしている。
キューピーちゃんが楽屋に入ってくる「満席だし、大成功だよ!!ついについにやったんだよ!!五年かかってここまでやっとこれたんだよ!!」
キューピーちゃんはルリちゃんと私の手を握る。
「ありがとう。本当…!ありがとう!!」
私は何か言おうとする。というか言わなきゃいけない。けどもやっぱ声がでなくて、ただ、にぃーと笑い続けるしかできない。
「……どうした?」キューピーちゃんが言う。
私は喉を抑えて、手でバツをつくった。
声がでません。
その後に本当は打ち上げがあった。けれども、私は行けない。声のこともあるから、キューピーちゃんとルリちゃんにゆっくり休むんだよと言われる。
私は家に帰る。
けれども、その道中、どうやって帰ったか全くわからない。
リキッドルームを出ると次の瞬間には家のベッドに倒れ込んでいる。
今の帰り道だけじゃない。
せっかくリキッドルームに立ったのに、ほとんど覚えてない。
全て新幹線から見える景色のように過ぎ去っていった。
でも、ルリちゃんが喜んでいたってことは、本当上手くいったってことかな。
じゃあ良かった。
そうかリキッドルームに立ったし、上手くいったし、もう忙しい日々は一旦これで終わりか。良かった良かった。
あとはこの声を治すだけだ。
なんで声が出なくなったんだろう?疲れたのかな。
声を出そうとしてみる。
「あ」出るじゃん。
「あああ」出るじゃん。
「あああああ、う、うう、ううううう」急に涙が溢れ出た。また涙出てきたよーと思うけども、その涙が全然止まらない。
悲しいわけじゃなかった。リキッドルームが終わって嬉しかったけども、その嬉し涙でもなかった。
ただただ涙がつぎつぎと溢れ出た。
泣きすぎて、泣き疲れて、眠ってしまって、翌日起きると全身が動かない。
まるでスライムに包まれているような感覚だ。
でも今日は休みだ。だから一日中寝続ける。
でもその間、ずっと自分が何か攻撃されているような感覚に襲われる。ついでに急に涙が溢れ出る。涙はどんどん溢れ出る。
毛布に向かって「ううう!ううう!」と泣き声を漏らす。
泣きすぎて、泣きつかれて、眠ってしまって、翌日起きても全身が動かない。スライムにより飲み込まれている。だから仕事に行けない。
「すいません。今日は休みます」
次の日こそは仕事にと思うけども、今度はスライムが頭に回ってきた。何にも考えられない。また仕事を休む。
どんどん身体がスライムに沈み込んでいく。毎日仕事を休む。家で泥のように寝続ける。
仕事を一週間休んだところで心配したキューピーちゃんが家にやってくる。
そしてキューピーちゃんが事前に予約を取っていた心療内科に行くことになり、そこで泣きながら「全身がスライムに包まれてる感覚があるんです」って言うと「あなたは鬱です」と言われる。
***
キューピーちゃんとルリちゃんと相談した結果、私は二ヶ月ほど休むことになった。
その間、xtalは活動休止になるのかもと思っていたけども、既に決まっていたライブはあったというのもあり、ルリちゃんが「一人でやります。やりきります」と言う。
だからその間、ライブやイベントはルリちゃんだけ。本当に申し訳ない気持ちになる。
私は毛布に向かって泣き声を漏らしながらごめんね、私が体力の無い人間で本当にごめんねと思い続ける。
ここまでルリちゃんに着いて来れたのに。急にだめになってしまった。
ルリちゃんに追いつけない。
家で泥のように寝ているのを見かねた家族から一旦実家に帰ってきなさいと呼び出される。
実家の子供部屋のベッドで横たわりながらスマホを眺めている。
毎日xtalで検索する。xtalのインスタを見る。Xを見る。youtubeの更新の通知をオンにする。
SNSで流れてくるルリちゃん一人体制のxtalの情報を見るたびに心が抉られていく。
見なきゃいいけども、自分がどれくらい迷惑をかけているか見なければ気持ちが悪かった。そして見てしまって気持ちが悪くなった。
凄かったのは一人体制のxtalでもルリちゃんはやりきっていたことだった。
大きな穴を開けているのに。
ファンがあげているライブ映像を見る。一人でやりきっている。まるでxtalはグループじゃなくて、ルリちゃん一人だけのものだったように。
「xtalのライブ見てきた。一人体制で心配していたけども、圧巻だった。xtalは結局ルリちゃんなんだなって今日のライブ見て思った」
心の無い感想がSNSを流れていくのを目撃。
本当にそうなんだよな。xtalはルリちゃんで、ルリちゃんこそxtalだった。
そしてルリちゃんこそが本当のアイドルだった。
私はただ側にいるだけの人だった。
ずっと憧れているだけの人だった。
自分じゃ無い人に。
ルリちゃんに。
アイドルに。
ずっと思っていたことだけども、本当にそうだった。
私はルリちゃんになれない。
私はアイドルにはなれない。
それにたどり着いた瞬間「だめだ」と思う。
自分の全部がきしょいと思う。見た目も、動きも、歌声も、存在も全てがきしょいと思う。
私は何かを変えなきゃと思う。壊さなきゃって思う。壊しに壊して壊さなきゃと思う。
だからamazonでピアッサーを注文して、それをお母さんに渡して「舌ピアス、開けてほしい」と言う。
***
鏡に向かって舌をべーと出すと銀色の玉が舌に乗っていた。
なんだか誇らしい気持ちになった。
私は舌ピアスを開けた!開けたのだ!!
だからって何にも変わらない。
何にも変わらない。
鏡に向かってべーと舌を出している私はやっぱきしょかった。病気の犬みたいだった。
ふへへと笑う。
「あんた舌にピアスなんか開けたら、ご飯の味とかわからへんようになったり、変わったりするんちゃうの?」お母さんが言う。
そんなことなかった。
舌ピアスを開けても味覚は変わらなかった。
やっぱ何にも変わらなかった。




