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第2話

第二話



 問題。

 3→4→7→5→3→2。

 これ何の数字!

 答えはこれはxtalのメンバーの変遷。

 減り過ぎやろ。

 地下アイドルは色々ありすぎる。ありすぎた。

 やる前はなんで地下アイドルってすぐに辞めてしまうんだろう?って思ってたけども、これは辞めてしまうわとすぐに思うようになる、

 単純にアイドル稼業はめちゃくちゃ忙しかった。

 まずライブが週に二、三本はあった。大抵は他のアイドルグループに混ざってライブをするイベント。月に一、二度は自主企画をして、三ヶ月に一度くらいはワンマン。

 ライブは短いのだと15分。ワンマンとかだと1時間半から2時間くらい。

 基本的には都内でライブしてるけども、たまには地方遠征。朝早くに起きて、電車に乗って、終電でなんとか帰るような日もたまに。日本各地、あちこちに行っては「いえーーーい!!」と声を張り上げて、歌を歌って踊る生活。

 毎回これでお客さんが多かったら、頑張れるんだけども、勿論毎回お客さんが多いわけじゃない。

 お客さんが十人くらいしかいない日もある。

 一日にいくつもライブがある日もある。

 忙しさとそれに釣り合わないような日々も結構ある。

 そういうことが続くと心が折れて「もう無理です」と辞めた子が出てくる。oh……。

 アイドル稼業で大事なのは物販。大事なアイドルの収入源。アクスタ売って、音源売って、Tシャツ売って、チェキ撮って、握手!

 そしてチェキはチェキで人気のある子は列がずらーとあるんだけども、最初の頃の私は全然並んでなくて、きっつ〜となったりした。

 私はもともと自己肯定感低めで、まあこんなもんだろうと思っていたのだけども、めちゃ綺麗なメンバーとかはそれで自尊心破壊されちゃって病んで辞めてしまった。woo……。

 合間にレコーディング。というわけでEPを一枚とアルバムを一枚出した。

それからMV撮影。

 EPではストロボが沢山焚かれる中で、アパートの一室をひたすら破壊していくMV。メンバーの一人が風呂のタイルを破壊してる最中に、破壊行為となんでこんなことをしているのかというわからなさで感情が感極まり泣き始めて大変だった。

 アルバムでは深夜の河川敷や廃墟や工場地帯やビルの屋上で物憂げな表情を浮かべ続けるMVを撮ったりした。 

 めっちゃ寒くて大変だった。特に廃墟は怖くて仕方なかったし、メンバーの一人が「なんか、ここにいると気持ち悪くなってきました…」とか「あそこの奥になんか人影居ませんでした?」とか言い始めて洒落にならなかった。見えてても言わないでくれ。

 そんで曲が増えるということは練習が増える。曲を身体に落とし込む作業をひたすら増える。新曲の歌う箇所の割り振りで不満を言うメンバーもいる。もっと歌いたいと言うメンバーもいる。

「私はもっとアイドルらしいアイドルになりたいんです!!」

 xtalはパーフェクト・ドラッグほどじゃないけどもちょっと特殊な音楽をやっているのもあって、ハロプロ的なアイドルをやりたかった女の子はそれでまた病んでしまって、運営と対立して、辞める。no……。

 ある子は就職するから、辞める。

 ある子は思ったより稼げないから、辞める。

 みんな辞めていく。



***



 けれども、ルリちゃん、全然折れない。辞めない。

 全然お客さんがいないステージでも全力を出すし、連日稼働しまくってても、ステージ上でしんどそうな顔一つ見せない。

 あと全然休まない。他のメンバーが体調不良とかメンタルの不調で休んでても、ルリちゃんはステージに立ってる。

「だって、私を見るのが人生最初か、もしかしたら最後の人もいるわけじゃん。じゃあ疲れてる顔見せる訳にはいかないじゃん」

 プロ意識凄っ。

 私はiPhoneのメモ帳に「いつでも人生最後の舞台と思うこと」と書き込む。

 ルリちゃん、ファンサも凄い。

 ライブ中は常に笑顔だし、物販の時もずっと明るい。

 そんでファンの名前をめっちゃ覚えてる。

 ファンとの交流の少ない時間で話を盛り上げて、チェキを撮っていく。 

 ずっと一緒に遊んでいたツレのような空気を出す時もあれば、圧倒的なアイドルとしての空気を出す時もある。

 ファンによってまとう空気をかえている。

 どうやってるんだと、私は固いピースを続けてる。

 ルリちゃん、レコーディング仕事も凄い。

 レコーディングはうまくいかないこともあって、一日仕事になったり、それが数日続いたりして、また大変だけども、その間もルリちゃんは疲れを見せない。

 持参してるノートに沢山書き込むし、ディレクターからの「もっとかわいく歌って」とか「もっとかっこよく」とか「最後のところエモく」とか「躁鬱のパリピのような歌い方で」とかそれぞれの注文を受けたら、それに対応する歌声を出せる。

 凄っ。ルリちゃん凄っ。

 私はレコーディングブースで「ぼえ〜」と歌う。自分では全然だめだと思ってる歌に「OKでーす」と言われる。OKなのか……?

 ルリちゃん、踊りを覚えるのもめっちゃ早い、

 そんで覚えた踊りを他のメンバーに教えるのも的確。木製人形みたいになってる私にもルリちゃんは丁寧に教えてくれる。ルリちゃん、振付師でもやっていけそう…と思う。なんかルリちゃんって才能ありすぎだな。それに比べて私は……とバッドに入る。

「ヒカルちゃん、めちゃ良くなってるよ」ルリちゃんは練習帰りに私に言う。

「えっ!そうですか。ふへへ」

「本当にお人形さんが踊ってるみたいな雰囲気になってきたよ」

 それってまだ木製人形的な固さがあるってことじゃないだろうか……と私は落ち込みかける。

「私さ、今のヒカルちゃんを、お客さんとして見たらときめいちゃってファンになっちゃうかも」ルリちゃんが笑いながら言う!

 はい!好き!!ルリちゃん大好き!!!わしもルリちゃんのファンなんや!!

 でもそれを上手く言えなくて私はまた「ふへへ」と笑うのみ。

 練習からの帰り道に立ち寄った公園でセブンティーンアイスを食べながら、ルリちゃんと私、ベンチに座ってる。

「リキッドルーム立ちたいんだよね」

 ルリちゃんは私と帰る時、ふいに何度かこの話をする。

 リキッドルームは恵比寿にあるキャパが1000人のライブハウス。

 地下アイドルやバンドの一つの到達地点でもある…とのこと。全部ルリちゃんからの聞き齧り。私はリキッドルームのエアプだ。

「アイドルやるのって、人生で一回だけじゃん。あとは老いていくだけで、人生は戻れないし。せっかくアイドルやってんだったらリキッドルーム立ちたいんだよね。どうせ、っていうか絶対武道館は無理だし、Zeppも無理かもしんないし…。でも、せっかく命削ってやってんだったらリキッドルームからの景色見たいんだよね」

 私はアイスを食べながら、うんうんうんうん。と頷いてる。

「うんが多いよ。でも、ヒカルちゃん。手伝ってくれる?」

 私はまたうんうんうんうん。と頷く。

 xtalに加入して二年経った。

 気がつけば七人いたメンバーは二人になっていた。

 私とルリちゃん。

 もっとアイドルに向いてる人がいたのに、みんな辞めていった。

 私も体力が無い方だと思っていたのにまだ続いていた。

 ふらふらになりながらなんとか続けていた。

 続けていた。

 私はただ辞めなかっただけだった。

 私はまだアイドルをやっていた。



***



「やっぱ二人だけでxtalをまわしていくのはしんどいです」ルリちゃんが言って、ビールを一口飲んだキューピーちゃんが「そうだよねえ」と言う。

 xtalがたった二人になって、一度はもう解散か…と思ったけども、ルリちゃんもキューピーちゃんも続けられるならこの体制でも続けようという話になり、続行。

 とはいえ、今までの最大7人で割り振っていた曲の負担がルリちゃんと私になってめっちゃ大変。

 だからさすがにメンバー増やしましょうと、事務所近くの町中華で、私たちはミーティング兼晩御飯をやってる。

「いや、そうだよねーじゃなくて、メンバー増やしましょうよ」ルリちゃんはチャーハンをレンゲですくいながら言う。

「増やさないわけじゃないんだよ。常時探してはいるよ。でもなかなかxtalに合う子が見つからないし…それに今結構、運営費がかつかつでねえ。今すぐはちょっと厳しいんだよね」

「なんでかつかつなんですか。めっちゃチェキ売ってるじゃないですか」

 そうだそうだ!私たちはチェキ売ってるぞ!(ルリちゃんに比べたら少ないけども)と心の中でエールを送る。

「いまね、3rdアルバムの準備をしてるから。それで運営費をそっちに回しててさ。それに色々と考えてることあるしさ。あ、3rdアルバムだけどやっぱ海外のテクノビッグネームに曲を書いてもらいたいじゃん。それこそ、デリック・メイとかさスクエアプッシャーとか。あ、エイフェックス・ツインは無理だろうな~けども、ビッグネームに書いてもらいたいじゃん。あ、フォー・テットやってくれるかな。あとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとかさ」

「ビッグネームばかりですよ。だからかつかつなんじゃないですか。あとそれ歌ありますか?もうインストで5分も踊るの大変すぎるんですけども」

 私はめっちゃ頷いている。インストで5分踊るのはめっちゃ体力使うし、振り付けを覚えに覚えなきゃいけないから大変なのだ!

「まあ、アルバム作るんで、待っててよ。すごいの作るからさ。アルバムうまくいきゃxtal、売れるぞ」

「前もそんなこと言ってましたよ」ルリちゃんが言う。

 その後もキューピーちゃんとルリちゃんがxtalの今後について話し合っている。

「スパンクハッピー的に菊地成孔に作ってもらうのもいいな。後期スーパーカー的にナカコーってのもいいな」

「だからビッグネームなんですよ。お金足りますか?」

 こんな会話を聞きながら、私は頭がぐわんぐわんしてきた。

 最近、なんか疲れが取れない……。ライブもたまにだけども休んでしまう……。

 こんなんじゃいけない……。ちゃんとついていかないと……。わあ、疲れてるからお酒が回っている…というか私って本当にアイドルなのかな……。全てはあの泥のように横たわっていたベッドで見ていた夢ってことはないだろうか…とぐわんぐわんしてると二人が私に話しかけてる。

「ヒカルちゃん。ヒカルちゃん」

「おーい。ヒカルー。ヒカルー。」

「ねえ、ヒカルちゃんの生誕ライブどうする?」

「ヒカル、何かしたいことはあるか?」

したいこと…私がしたいこと……??



***



「どんな仕事がしたいとかありますか?」

 就労移行事業所の壁に貼られた求人票を眺めていたら、女性スタッフ丸山さんが私に話しかけてきた。

「あ、いや、どんな仕事があるのかなっ、て見ていただけです…」

「そうですか。仕事、いっぱいありますもんね。わかんないですよね」

「まあ……はい……」

 私は黙ってまた俯く。

「お医者さんからは就活していいって言われました?」丸山さんが言う。

「就労移行も一年通ったし、体調も落ち着いているようだからぼちぼちやっていいって言われています」

「あ!良かったですね!!」丸山さんは喜ぶ

 私はふへへ、と笑って俯く。

「そういえば、ヒカルさんって、前は何をされてたんですか…?」女性スタッフが言う。

「前は……フリーターみたいなことをしてました」

 嘘をついた。

「そうですか。じゃあ、次は正社員を目指して?」

「まあ、できればですけども…」

 なんとなくどこを見たらいいかわからず、私はなんとなく求人票を見る。

 小さな商社の事務職の求人票。

「あの、これは関係ないんですけども…」丸山さんが言う。

「はい」

「ヒカルさんって雰囲気ありますよね。あ、変な意味じゃなく!来た時から、本当なんかいい雰囲気だなって思ってまして」

「あ、あ、ありがとうございます…」

「最初見た時、アイドルが来たのかなって思いましたもの」そう言って丸山さんは笑う。

私もはははと笑う。

「アイドルじゃないですよ。やったこともないですよ」

 また嘘をついた。



***



「あの!江戸に熊っていうー!魚屋さんがいましてぇ!ほんまにお酒が好きでぇ!それってえやばくてえ。記憶飛ぶまで飲んじゃうようなやつでえ。あっ!でもある日!大金が入った財布手に入れちゃったんですよお!」

 今日は自主企画開催の日だった。

 今日の自主企画は"ヒカル22歳生誕祭~わしかてキラキラしたアイドルになりたいんや~"。普段のテックウェアな衣装ではなくゴシックロリータワンピースを私は着ている。

これは私がこつこつ作ったゴスロリワンピースだ!!夜な夜な服飾学校時代のミシンをガガガガガって唸らせて作ったぜ。

 そんなゴスロリがステージで落語を披露している。

 なんで?

 あの中華料理屋で私はぐわんぐわんとなりながら「わしはねえ……キラキラしたアイドルになりたいんですよ……きらきらするにはなんていうかキラキラした衣装着ないとですねえ………あとやりたいことですか、なんか面白いことしたいですねぇ……おもろいこと言うたら落語ですかねえ……」と言った結果、私はゴスロリで落語。

 そして8月なのに『芝浜』をやっている。

「でっ!あのー!はい!夢になっちゃいけねえって言って!……あっ終わりです!!!」

 酷い『芝浜』をやっている。きしょ芝浜だ。

 流石に私のファンたちでもまばらな拍手で、私は死にてえ~となっている。

「あの、じゃっ、すぐライブコーナーになるんでぇ!」と私が舞台袖に座布団を投げると、その舞台袖から、ルリちゃんが「みんなーーー!!!」と手を振りながら出てくる。

私が作ったピンクの甘ロリータワンピース着たルリちゃんだ!oh yeah!!やってて良かった服飾学校!辞めたけど!!

「はーい!みんなー!xtalだよ~!みんなの心に私たちの愛を刻んじゃうぞ~!」とロリータ的…かどうかわかんないけども、ふわふわしたテンションでルリちゃんが言うと、ファンのみんながうおー!と盛り上がる。私も「うおー!」と盛り上がる。

 それからハロプロのBuono!の名曲『初恋サイダー』のポストロックカバーを私たちは歌い踊る。

 ロリータを着たルリちゃんはいつも以上にかわいい。

 いつまで同僚にときめいているんだって思うけども、やっぱりルリちゃんはずっと私にとってアイドル。めちゃくちゃきらきらしたアイドル!!!

 に比べて、私は全然あかんなと思う。きらきらロリータな格好をしてブーストをかけても全然似合わないと思う。

 アイドルを二年もやってるけども踊りも歌も自信が持てないというか、というかきしょさが増している気がする。

 実際きらきらした格好でルリちゃんの隣に立つと惨めな気持ちになった。

 二年もやってるのに私は全然きらきらしたアイドルになれない!

 ルリちゃんのようなアイドルにはなれない!

 そんな私がルリちゃんの隣に立ってていいわけがない!

 ルリちゃんを汚してるだけだ!!

 わかっていたことだけども!!



***



「今日のヒカルちゃん、いつも以上にパニクってて、可愛かったよ~」

 物販でいつも来てくれる覇王丸さんに言われて、私はいつも以上に「うへへ」と笑う。それから両手を頬に当ててかわい子ちゃんなポーズで覇王丸さんとツーショでチェキ撮って、今日の日付と"落語すまんかった"とポスカで書いて渡す。

 覇王丸さんが去っていくと、目の前には黒髪ボブの目がおっきな制服を着た女の子が立ってる。

「あっこんにちわっ…あ、学校帰りに来てくれたの…。ってかもしかして初めて?え、じゃあ、あんな落語を見せて本当にごめんな…」

「ライブ!!!!!!」

 黒髪ボブの女の子が大きな声を出してめっちゃ驚いてしまう。

 隣のレーンのルリちゃんも驚いて、ファンと握手をしながらギョッとした顔でこちらを見ている。

「あ、ごめんなさい…緊張して声のボリュームがバカになってました」そのボブの女の子は頭を下げる。

「あ、大丈夫だよ〜」といいけども、ちょっとまだ心臓はバクついてるぜ。

「あの…!!ライブめちゃくちゃ良かったです…!!」

「えっ!まじ…ありがとう」

「まじです!!落語は酷かったです!!チェキ撮ってくだい!!!」

 落語おーいえー。

「じゃあポーズどうする?」

「二人でハート作るやつで!!」

 スタッフがカメラを構えて、私は手をキュッとしてハートの片側を作る。

 黒髪ボブの子と軽く手が触れると、女の子が小さい声で「きゃーかわいい……」と言ってて、え、わしに!?嬉しいっ!!かわいいっ!!

 チェキが撮られて、私はポスカに日付を書く。

「名前は?」

「あっ!佐藤ぱん。ぱんちゃんでお願いします!

"ぱんちゃん、落語すまんかった"って書いて渡す。

「ぱんちゃん、ありがとうね〜」

「あの……!!!本当良かったです!!!応援してます!!!」

 女の子は大きな声でそう言って、走り去る。私はそれが嬉しくてしばらくぼんやりしていると、豪鬼さん(もちろん本名ではなくSNS上の名前)がやってきて「ヒカルちゃん、チェキいい?」と聞いてくる。



***



「今日のロリータ衣装、めちゃかわいかったね。ヒカルちゃんあんなの作れるんだね。」帰り道でルリちゃんが口を開く。

「あっ私っ、服飾の専門学校に通ってたからっ。大変だけどもできるっ」ルリちゃんに褒められたの嬉しくてたどたどしく喋ってしまう。

「へーそうなんだ!全然知らなかった!もっと早く言ってよー」

「ふへへ」

 地下鉄に向かう地下道へ降りていく。

 ルリちゃんの顔が青白く照らされる。

「じゃあさ、今度アルバム完成して、ワンマンやったらさ、また衣装を作ってよ」

「ふぇっ」

「私、ヒカルちゃんが作ったかわいい衣装で踊りたいな」

 私はうんうんうんうんうんと頷きまくる。

「うんが多いって」ルリちゃんが笑う。

 改札を超える。私たちは乗る電車の方向が違うから、それぞれ分岐する階段を登ろうとする。

「あ、ヒカルちゃん」

「何?」

「誕生日おめでとう。最高の一年にしようね。じゃあね」

 ルリちゃんはそう言って、階段を登っていった。

 私は胸がとぅくん……として、しばらく立ち尽くして余韻を噛み締めていたら電車を一本乗り遅れてしまう。



***



「アルバム作り始めています。曲の発注も済ませました。で、リリースツアーなんだけども、東名阪ツアーやろうかなって思ってて、最後の東京をリキッドルームでやろうかなって考えています」町中華でキューピーちゃんが言って、私らは「えっ!」と叫ぶ。

「やっと、やっと…やっとなんですね…ああ〜」とルリちゃんは噛み締めてため息をついてる。

「パーフェクト・ドラッグの時から、リキッドルーム行きたいよなってルリとは言ってたんだよ」キューピーちゃんが私に言う。

「そっから考えると五年かかっちゃいましたね」

「ごめんな。そんだけかかってしまってな」キューピーちゃんは言う。

「まあ、パーフェクト・ドラッグでリキッドルームは無理でしたでしょうし…。でもxtalを初めて三年ですもんね。長かったー…いや短かった?もう、よくわかんないですよ」そう言ってルリちゃんはハハハ、と笑って、また黙って、チャーハンをかきこむ。そしてビールを飲む。

 ふと見るとキューピーちゃんとルリちゃんには戦友のような空気が流れてる。実際、色んな泥水を二人は啜ってきたのだろうな。私も泥水を啜ったつめりだけども、二人はその比じゃないんだろうな、大変だったんだなあと思いながらビールを飲む。

「……私さ、本当はもう何回か辞めようかって思ってたことあって」ルリちゃんが言う。

「えっ、そうなのっ」私は驚く。ルリちゃんがそんなことを言うのにもびっくりしてるし弱音を吐くの初めてだったからだ。

「けども私さ、続けるだけの才能はあったんだよ…。他に才能はないけども…続ける才能だけはあったんだよ。良かったな。続けてて本当良かったな…」

 いや、ルリちゃんには色んな才能があるよ!!と強火ファンの私は思ってるけども、口を挟んでいいタイミングじゃないのわかってるので黙ってる。

 ルリちゃんも少し黙ってて、それからパッと笑顔になって「よし、リキッドルーム、絶対いいライブにしよ!今までで最高のライブにしよう。ってかアルバムも今までで最高のやつにしよう」と言う。

 私はうんうんうんうん!と頷きまくる。

「あと、ごめんだけども、今回もインスト曲あるんだよね。しかも7分で」キューピーちゃんが言う。

「はあ?7分!?しんどいって言いましたよね」ルリちゃんが言う。

「いや、ビッグネームから曲書いてもらえることになってさ」

 私は「ビッグネームぅ?」と言う。


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