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第1話

第1話



 地下アイドルを辞めた。


***


 東京から大阪の実家に帰った私はお母さんにピアッサーを渡して「舌ピアス、開けてほしい」って言う。

「え、舌ピアス?ヒカルの舌に?なんで?」

 なんで?

 私はそれをぶつけられると咄嗟に口篭ってしまう。

 いつものことだけども、なんで?に答えられない。頭がぐちゃぐちゃーとなって、しどろもどろになって、クリティカルに答えられない。

「あ、スライムぅ……」

「スライムぅ?」

「スライムに全身を包まれてる感覚があってな。それで頭も回らんし、身体も重たいねん。スライムを取らなあかんねん。だから親知らず抜くか、舌ピアスせなあかんねん」

「ヒカル、ちゃんと病院行かなあかんで」

「歯医者?」

「違う方の病院」

 私は頷き、下を向く。それからぼろぼろと涙を流れ始める。最近はいつもこうだ。突然涙が流れ始める。

「ああもう、ヒカル、大丈夫?」

「大丈夫ぅ。でも舌ぁ、舌ピアスぅ」

「……このピアッサーいくらしたん」

「にぃ、2300円ぅ……」

「高ぁ。いや、安いんかな。わからんわピアッサー市場なんて」

「うぅ、うぅう、うぅぅう」

 お母さんはため息をつく。

「まあ、親知らず抜くよりは安いかあ。……お母さん、17時から眼科、予約してるから。やるんやったら、もうぱっとやるで」

「あ、ありがとうぉお……」私はお母さんの前に座って、べーっと舌を出す。

「ヒカル、今あんた、あほみたいな顔してるで」と言って、お母さんが私の舌をぐいっと引っ張る。私は「えう」と声を出す。舌がピアッサーで挟まれる。

「これって、一気にばちんやらなあかんねんな」

「あうあえ(訳:そうやで)」

「お母さん、血ぃとか嫌やねんで」

「おえんああ(訳:ごめんなあ)」

「なんか腹立ってきた。どつきまわしたろか」

「あう(訳:あう)」

 ばちん!と音がして、舌にピアスが突き刺さり、鈍い白い痛みが瞬間的に広がっていく。でも思ったよりは痛くない。ただ違和感ありまくり。

「うわー!気持ち悪い感触ぅ!ヒカル?大丈夫?痛くない?」

「あう。あいおうう(訳:大丈夫)」

「あんた、めっちゃよだれ出てるで」

「おんあ?(訳:ほんま?)」

 ピアスを開けたせいで口が変になって、よだれがどばどば出ている。

「うわうわうわ、あんた動きなや」とお母さんは洗面所にタオルを取りに行く。

 その間に私は鏡を見ながら、舌を突き抜けたピアスの下側に玉を装着する。

「ほらタオル。当てなさい」

 私はタオルを口の下に置いて「あいあおう(訳:ありがとう)」と言う。どばどば溢れるよだれをタオルで拭く。

「なんか、あんたの今の姿」

「あう?」

「病気の犬みたいやな」

「おお?」

「なんかひどい病気を持ってそう」

 ひどい病気は持ってなかった。

 ただうつ病なだけだった。




***




 xtal(クリスタル)公式サイトよりアイドルコンセプトの抜粋。


 xtalはアイドルという触媒でテクノを再定義する。

 全てはこの時代にテクノをまた鳴らすために。

 1958年にBBCがレディオフォニックワークショップで鳴らしたように。

 1978年にイエロー・マジック・オーケストラが極東で鳴らしたように。

 1992年エイフェックス・ツインがコーンウェルで鳴らしたように。

 xtalはアイドルという触媒でテクノを再定義する。

 それはすなわちアイドルを再定義することだ。

 我々はxtal。

 アイドルという名の触媒であり、この時代にテクノを鳴らすアイドルである。



***



 ルリちゃんは小さなスマホの画面の中で輝いていた。

 服飾の専門学校辞めて、一人暮らしの部屋で泥のように寝転がっていたその時、youtubeのおすすめに流れてきたのがxtalってアイドルのライブ映像。

 爆音でテクノが鳴り響く中で、テックウェア着た四人の女の子が踊り狂っていた。

 私はその中のとびっきりきらきらした子に心を一瞬にして持っていかれる。

 長い金髪。小さい顔。鋭い目をしたと思ったら、心を撃ち抜くような笑顔を見せる。轟音の中を漂い、夢のように響くウィスパーボイスで歌ったと思えば、暴力的な音に負けないほどの暴力的な歌声を聴かせる。

 そして圧倒的なキレで踊り続けていた。まるで時間と空間を操るように。

 私はその女の子の一挙手一投足、目を離すことができなかった。

 その女の子はルリちゃん。

 一瞬にして私のアイドルになった女の子。

 ライブ映像はどれも盛り上がっていたけども『サプライズド!!』って曲は一番のアゲ曲らしくて、ステージもお客さんも盛りに盛り上がっている。

その『サプライズド!!』の最後、他のメンバーがステージ上で機械的にくるくると踊る中、ルリちゃんはフロアに飛び込んで、お客さんに担がれながら「あああああ!!!!!」と叫んでいた。

 とにかくかっこよかった。

 こんな風になりたいと思った。

 私はなんていうか、陰気でさあ~、思ったこともちゃんと言えないというかさ~、喋るのもたどたどしくてさ~、その癖、頭の中はめちゃおしゃべりださ~、体と頭が全然噛み合ってなくてさ~、全然きらきらなんかしてなくて、なんか何をしても自分のことを好きになれなかった。

 とはいえ自分で言うのもなんだけども(つら)とタッパは良かった。だからか服飾学校ではモデルを頼まれたりした。でもランウェイを歩くなんて、人からすれば成功体験のようなもののはずなのに、その時間すらきしょいと思ってしまった。モデルをやったのに余計に落ち込んでしまった。

 ステージで叫ぶルリちゃんの姿を見ながら、こんな風になれたら人生変わるかなって思った。

 きしょい自分から逃げられるかな。

「ふへへ」と笑った。笑い声もきしょかった。

 それからはxtalの情報を漁る日々。公式サイトのアイドルコンセプト読んで、何言うてるねんってなったし、xtalの各種SNSもフォローした。ルリちゃんがアップする自撮りにいいね!して画像を保存したりした。

 出ている1枚のアルバムと1枚のEPは何回も聞いた。

 公式があげているライブやMVは当然見たし、メンバーとわちゃわちゃしている舞台裏映像も見たし、たまにやってる生配信も見たし、ファンがあげている手ブレが酷いライブ映像も見た。

 xtalのインタビューも読み漁った。プロデューサー兼メインの作曲家によるキューピーちゃんの楽曲解説も読んだ。


OTOTOYより引用

キューピーちゃん「xtalはperfumeさんとはまた違う、テクノアイドル…つまりwarpってレーベルがあるのですがそこで鳴るようなテクノをアイドルで鳴らしたいってことなんです。『サプライズド!!』はxtalというグループ名の元にもなったエイフェックス・ツインとアイドルソングとの融合が上手くいって、xtalって方向性を決めてくれた上に、ライブのハイライトになるような曲になって嬉しいですね」



 うーん。なんのこっちゃ。

 もちろんだけどもルリちゃんのインタビューはめっちゃ読み込んだ。

 そこでルリちゃんが19歳って知る。私の一個下!なんか落ち込む!それからルリちゃんは小さい時からバレエをやっていたことを知る。そしてずっとアイドルに憧れていたことも知る。



音楽ナタリーより引用

ルリ「アイドルにずっと憧れていた時に、ふとしたきっかけでキューピーちゃんと知り合って、で、キューピーちゃんが立ち上げたパーフェクト・ドラッグって言うインダストリアルな音楽やるアイドルグループを二年やってたんですけども、それがあまりにも特殊すぎて笑。

 それで解散しちゃって、で、どうしようってなってたら、またキューピーちゃんがアイドルグループをやるって言って、じゃあ手伝うかと、それで一緒に立ち上げたのがxtalだったんです」




 ほへーって思ってパーフェクト・ドラッグ時代のライブ映像も見る。カンカンカンカン!って鉄パイプを殴る音が爆音で響く中、溶接の時に使うお面を被った少女たちがストロボライトの中で叫んだり、踊ったりしていた。めちゃくちゃ特殊だった。よく二年ももったなと思った。

 誰が誰だかわからなかったけども、人一倍暴力的な歌声と体のキレをしている女の子がいて、「これがルリちゃんかも…」となった。



ルリ「パーフェクト・ドラッグから数えると、なんだかんだアイドルをもう三年やってるんですよね。でも、続けることが大事というか、続けることでしか、救えないこと…それに救われないこともあると思うんです。だから続けてきた私だからこそ見せられるものがあると思います。見に来たことない人に、ぜひ私たちxtalを見せたいですね」



 勇気を出して、xtalのワンマンライブに行った。

 200人くらい入るライブハウスはほぼ満員で、そこの後ろの方で、私はxtalを見た。

 客席の明かりが消えて、爆音でエイフェックス・ツインのcome to daddyが流れる中、四人のメンバーが登場(後にメンバーが入場する時に流れる音楽をSEと呼ぶことを知る。)全員黒のテックウェアを着ていてかっこいい。

 音楽が鳴り止むとルリちゃんがマイクを口に近づける。

「こんにちはxtalです。今日はお前らの脳みそに私たちを刻みにきました」

 暴力的なイントロが流れ始める!一曲目から『サプライズド!!』だっ!!!

 私は気がつけば前の方までお客さんをかき分けて走っていて、そしてルリちゃんを見上げていた。

 曲の終わりでルリちゃんが客席の柵にばんって足をかける。

「ああああああ!!!」とルリちゃんは叫ぶ。

 私はただただ見惚れてしまっている。




***




「チェキ、どんなポーズで撮る?」

 私はルリちゃんに言われて、ふへへ、と笑いながら「じゃっ、じゃあっダブルピースでっ……」と言う。うわ、今の自分きしょいな〜。

 ライブ終演後の物販で、私はルリちゃんとチェキを撮っている。近くで見るルリちゃんは余計にちっちゃくて可愛かった。きゃあ〜〜〜って声が出る。やっぱきしょいぜ……。

 スタッフがチェキを構えて一枚撮る。

 ルリちゃんがポスカを持って、メッセージを書き始める。手もちっちゃくてかわいい〜。

「名前は?」

「あ、う、内山ヒカルです。ヒカルでいいです!」

「ヒカルちゃんね」

「あっあの!!ライブ良かったです!!!」私は思ったよりも大きな声が出てしまって、それに自分で引いちゃって「ごめんなさい」って言う。もうきしょさが止まんない。

 そしたらルリちゃんは笑って「ありがとう~!かっこよかったでしょ!ヒカルちゃんに届けるためにやったんだよ!」と言って私は胸を撃ち抜かれてああ~となる。

 家に帰ってベッドに横になりながら"ヒカルちゃん、ライブかっこよかったでしょ?"と書かれたチェキを見て、きゃー!となって、可愛かったな~と思いながら、xtalのSNSを見たら新メンバー募集の投稿があった。

 気がついたら応募していた。

 えっ!?私がアイドルをやろうとしている!?

 いやいやきっしょ!

 そんで受かるわけない…受かるわけないっ!

 でも……もしかしたら、ルリちゃんと踊れるかもしれない。

 xtalに入ったら、ルリちゃんと歌って踊れるかもしれない。

 一緒に踊りたい。一緒に歌いたい。

 この(つら)とタッパでなんとか潜り込めんかな。

 そんでルリちゃんと踊れたらどれだけ幸せだろう!って私、めっちゃミーハーじゃん。

 しかし踊りたい……といいつつ、人生で踊ったのあんまりない。高校生のころちょっとやったくらいだ。歌も、たまにカラオケ行っていたくらいだ。

 だからオーディション前は必死に鏡の前で『サプライズド!!』の振り付けを頑張って真似てみた。

 なんかがちがちな木製人形みたいな動きをしている私が鏡に写っていた。

 私、やっぱきしょ。と思う。



***



 xtalのオーディションは都内の貸しスタジオでだった。

 指定された時間に行くと、でっぷりした丸顔でツーブロックの人が座っていた。

 この人がキューピーちゃんかと思った。

 キューピーちゃんは私の書類を見ながら、あれこれと聞いてくる。

 私はあわあわあわあわとなってる。

「服飾の専門学校行ってたんだ」

「中退してしまったんですけどもね…」

「辞めた理由は?なんかあったの?」

「服を作るたびになんで作ったの?って言われて…その理由を言うのに毎回パニックなっちゃって……それで……」

「そうなんだ。何作ってたの?」

「あ、ロリータ服とか作ってましたっ」

「ロリータ!いいね!服作れる人とか探してるんだよね。xtalって自主イベントもやるからその時に特別衣装作れたらいいなとか思ってて。ってかヒカルちゃん、お人形さんみたいって言われたことある?」

「はいっ?」

「なんか前髪重たくて姫カットでさ、身長も高いし、手足も長いし、顔もクールな感じだし、お人形さんみたいって言われたことある?」

「わかんないですけども…学校では服のモデルを何度かやりました」

「だよねえ!やってそうだよねえ…!ヒカルちゃんいい雰囲気だね。ゴスな感じでさあ。虫も殺したことなさそうで」

「えっ!虫は…多分殺したことあると思います…」

「そうなの?ヒカルさん虫殺したことあるの?アリ、踏んづけたことある?」

「あ、多分、子供の時に…」

「あれさ、踏むと、びくびく!ってするよね。セミも死ぬ前、びくびく!ってするじゃん」

「あ、はい…」

「あれ凄いよね……多分さ、命が消えるその瞬間こそさ、生物って勢いが出るんだろうね……」

「はい……」

「ヒカルちゃん、なんでアイドルになりたいの?」

 急になんで?と聞かれて、ぱっと頭が真っ白になる。さっきまで虫の話してたじゃん!えっ!なんて言えばなんて言えば!しどろもどろ!頭ぐるぐるぐるぐる!そしたらぱーんっと白いものが頭の中心で弾けて、それは喉まで届いて思ったよりも大きな声になる。

「あ、あのっ!ルリちゃん!!私はっ!ルリちゃんになりたいっ!!」



***



 まさかxtalに入れるなんて思わなかった。オーディションで披露したダンスも歌もめちゃ中途半端だったから、絶対落ちたと思っていた。

「ヒカルさんはダンスはまあ……まあまあ……なんだけども、そこはトレーニングしたらなんとかなるよ」後日、事務所でキューピーちゃんが私に言う。

「それよりもオーディションでも言ったけどもヒカルさんは雰囲気がいいよ。全体的な雰囲気がゴスって感じで。ちょうどxtal、ゴスも欲しかったんだよ」

「ゴス……?」

 キューピーちゃんがそう言うけども、全然ぴんときていない。ゴス…?確かにゴスロリは好きだけども…雰囲気がいい…?前髪が重たいから…?

「あと歌声がいいよ。ちょうどxtalに欲しかった音をしているんだよ…。まあお世辞にもめっちゃ上手いわけじゃないけども、音がxtalしてる」

「xtalしてる……?」

「まあ、そんなわけでヒカルさんはxtalです。今日からアイドルです。だから伸ばせるところは頑張っていきましょう。初ライブは今月末です」

「えっ!」

「というわけで頑張ろうね~」とキューピーちゃんに言われる。



 というわけでレンタルの練習スタジオで、私はルリちゃんとマンツーマンでダンスのレッスンを受けている。

 いきなり推しとマンツーマン!!おいおいおいおい!

 うわ~ルリちゃん顔ちっちゃ~。小柄で可愛い~。練習ジャージも似合っててかわいい~。

とか思っていると「ヒカルちゃんってこの前のライブに来てたよね」と言われる。えっ覚えられてる!

「あ、はいっ」

「xtalになったんだ」

「あっはいっ」

 そういうとルリちゃんはにぃーって笑って「私を追っかけて?」って言う。

 私は見透かされていたっ、絶対きしょいって思われてるって動悸が早くなりながらうんうんうんうんって頷く。

 あははははってルリちゃんは笑って「うんが多いよ。重たい愛だね」

 そう言われて私がしゅんとしてると、ルリちゃんは私の目を見て「わたし、重たい愛好きだよ」と言う。

 私の胸がとぅくん…としているとルリちゃんは笑って「でも、ここからはメンバーとしてヒカルちゃんに接するから、厳しいこともあるかも。でも頑張ろ?」と言う。

 私は一瞬よぎる。

 ルリちゃんは本当はめっちゃ性格が悪くて、練習も厳しくて、だんだん嫌になって、xtalなんか入らなかったらよかったって後悔するんじゃないだろうか……

 そんなことを思いながらダウナーになっていると爆音で音楽がなり始める。

『サプライズド!!』だ。

「じゃあ、まず私の動きを見て、真似してみて~」

 ルリちゃんが踊り始める。



***



 私、きしょ。やっぱきしょ。と思う。

 練習スタジオの鏡に映る私はめちゃきしょい。全然踊れてない。相変わらず木製人形みたいだ。

 私はしゃがみ込む。

「ヒカルちゃん、ほんとう下手だね」ルリちゃんが言う。

「あ……はい……」

 ルリちゃんがしゃがみこんで私に目線を合わせる。

「でも、諦めちゃだめだよ」ルリちゃんの大きな目で見つめられる。「キューピーちゃんじゃないけども、ヒカルちゃん雰囲気いいから」

「雰囲気ですか?」

「うん、背も高いし、手足長いし、だからダンス少しでも上手くなったら。すごくみんなの目を惹きつけられるようになるよ。その雰囲気持ってるって才能だからね」

「才能ですか」

「私、才能持ってるのにちゃんと使わない人嫌いだよ」ルリちゃんが言って、うわ怖い…ってなる。もう嫌われちゃうんだ……。

「だからさ…。その才能磨いて、使っていこうよ。ヒカルちゃん、私をときめかすようなアイドルになってよ」ルリちゃんは私の目を見てほほえむ。

 私は「あっ、はいっはいっはいっなりますっ、ときめかすアイドルになりますっ」と頷く。なんやルリちゃん最高やんけ。どんどん好きになってまうわ。

 ルリちゃんは笑って、スポーツドリンクを飲み干して「ほら立って続きやるよー」と言う。

「あ、ルリさん」

「ルリちゃんでいいよ」

「あ、ルリちゃん。あの、もう一回、最初から見せてもらっていいですか」私が聞くとルリちゃんは笑って、いいよーと言う。

『サプライズド!!』が流れ始めて、ルリちゃんが踊り始める。

 Aメロだ。

「ここは4歩歩いてターンして、手をUFO~ってやって、ラジオ体操第一〜〜〜!」一個一個の振り付けを説明しながら踊ってくれる。

 ルリちゃんのその動きがとてもかっこよくて、私は頭が「わー!!」となってる。



***



 頭が「わー!!」ってなってる。とにかく初ライブの緊張がえぐすぎる。

 開演前、薄暗い舞台袖で緊張して、あまりに「わー!!」ってなって、身体をぶらぶらしているとルリちゃんが近づいてきた。ルリちゃんは衣装のテックウェアが凄く似合ってる。

「ヒカルちゃん緊張してる?」

「あっ、はいっ、やばいですっ」

「大丈夫だよまじで初ライブなんて緊張でなんも覚えてられなから」

「そうですか?」

「そう。多分、アドレナリン出てるからだと思う」

「アドレナリンがぁ…」

「じゃあ記憶に残んないならさ、全力でやるしかないじゃん」ルリちゃんは言う。かっけえと思って、私はうんうんうんうんうん。と頷く。

「うんが多いって。あ、さっき言い忘れてたけどその衣装、ヒカルちゃんにめっちゃ似合ってるよ。かっこいいね」

 私は頭の中が!!!でいっぱいになる。

「ヒカルちゃん、今、めっちゃかわいい顔してる。薄暗くてもわかるよ。その顔、お客さんに見せてあげよ」

 SEのcome to daddyが鳴り響く。

「ほら、いくよー」ルリちゃんが言う。

 私は他のメンバーと一緒に出ていく。




 ステージに上がってからの記憶は断片的。

 私は必死に踊ってた。歌ってた。

 何回も踊りをとちって、歌が吹き飛んだ。

 やっぱ自分きしょって思う瞬間もあれば、なんか今生きてるって思う瞬間もあった。

 目の前にはお客さんが200人くらいいて、その熱気も半端ない。

 サイリウムが振られて、たまに私の名前が呼ばれる。

 MCの時間で喋ることになったけどもパニックになって「あっ!!わっ!!!よろしくお願いしますっ!!」と叫ぶとかわいい〜ってお客さんから言われて、逆にわけわかんなくなった。

 ライブが終わって物販の時間になる。

 初ライブを終わったあとだからへとへとだったけども、チェキを撮ることになった。

 私なんかと誰も撮りたがらないだろう…と思ったらすぐに人が来た。

 チェキを撮りに来たおじさんが「ヒカルちゃんかわいかったよー。パニクっててよかったよー」と言って私はふへへ、と笑う。

「あっ、チェキは私単体ですか、ツーショですか?」と聞くと「じゃあ単体で」と言われて、どうポーズを取ったらいいかわかんなくてダブルピースをしてみたら「ピースいいね〜こなれてないね〜これは今しか撮れないやつだから逆に貴重だね〜」とおじさんに言われる。

 ポスカを手に取って、なんて書きますか?って言うと「じゃあはおうまるで」とおじさんに言われる。

「はおうまる……?」

 おじさんがこれこれとスマホを見せてくる。ラーメンのアイコンのXのアカウントで覇王丸と書いてある。

 それを見ながら「覇王丸さん。初ライブすまんかった」と書く。

 覇王丸さんは「ヒカルちゃんじゃあねー」と帰っていく。

 全部終わって狭い楽屋で「どうだった?」とルリちゃんに聞かれる。

「なんか……全部、新幹線から見る景色のように過ぎ去っていきました」

 ルリちゃんは笑って「これから全部、そんな感じで過ぎてゆくよ」と言う。ひええ。

 家に帰ってお風呂にも入れずベッドに倒れ込む。

 ああ、疲れた。

 すぐ目をつぶる。それでも頭の中では振り付けを反復してる。

 四歩歩いてターンをして、手でUFOを動きやって、ラジオ体操第一。

 四歩歩いてターンをして、手でUFOの動きやって、ラジオ体操第一……

 四歩歩いてターンをして……手でUFOの動きやって……



***



「ラジオ体操第一~~~!!!」とノートパソコンから大音量で流れて、就労移行支援施設の女性スタッフの丸山さんが身体を大きく横曲げしている。私は死んだ目で身体を横に曲げる。

 ジャンプをしながら舌ピアスをかちかちかちと鳴らす。

 就労移行支援施設に通い始めた。

 相変わらずスライムはまとわりついてるけども、歯医者じゃない病院に通い始めてから、少しはそれも取れ始めた気がする。

 そしたら頭が回り始めたのか不安がどんどん増してきた。

「今、私無職や。圧倒的に無職で不安なんや」ってことを泣きながら歯医者じゃない病院のお医者さんに言ったら「すぐに働き始めるのは、また体調崩す可能性ありますから、まずは就労移行に通い始めませんか?」と言われる。

「就労移行ぉ?」

「同じ場所に毎日通って生活リズムを整えて、ビジネスマナーや資格の勉強をしたりする場所です。仕事を探すのも手伝ってくれますから、一人で不安になってるよりましですよ」

ってことで就労移行に通い始めてる。

 就労移行は10時スタート。10時になったらラジオ体操がノートパソコンから流れて、私はへいへいへいと身体を動かすのだった。

 そして毎回腕を左右に伸ばす動きの時に『サプライズド!!』のAメロのことを思い出す。ラジオ体操の前はUFOの動き〜となりながら、ラジオ体操終了。

「今日は履歴書を作ってみましょうー」と丸山さんに言われて、私はノートパソコンで履歴書を作り始める。

 氏名、年齢、性別、現住所、連絡先をぽちぽちと書き込んでいく。

 学歴・職歴。

 そこで手が止まる。

 服飾の専門学校中退って書けるのか…?

 そしてアイドルって職歴に入るのか…?

 書いていいのか…?あれってなんだったんだ?

 私がアイドルだったあの期間って一体なんだったんだ…?


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