次世代編 第4話 燃える鉱脈
次世代編 第4話 燃える鉱脈
南の街の朝は、本来なら冷たい風から始まる。
谷を吹き抜ける山風は夏でも体温を奪い、
岩塩の採掘場では吐く息が白くなる――それが常だった。
だが、その日。
坑口の前に立った鉱夫たちは誰一人白い息を吐かなかった。
「……暑く、ないか」
まだ夜明け前だというのに、
空気が、生ぬるい。
それは、嫌な“ぬるさ”だった。
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異変が確定したのは、第一坑道の測定だった。
「……地熱、上昇してます」
若い測定係の声が、震える。
「現在……
通常の三倍です……」
坑内に設置された石製温度計の針は、
本来ありえない位置まで跳ね上がっていた。
岩塩の採掘層は、
高温に弱い。
このままでは――
岩塩は溶け、鉱脈は崩れ谷そのものが危険地帯になる。
「……そんな馬鹿な……
この谷は、百年温度が動いたことなどない」
南街警備隊長が、低く唸った。
だが、事実は動かない。
坑道の奥から、
金属が焼けるような異臭が、かすかに漂い始めていた。
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同じ頃、北の街。
診療所で、リナが急報を受けていた。
「……南の鉱脈が異常高温に?」
伝令の言葉に、
リナの顔から、すっと血の気が引いた。
「……冷却装置は?」
「効果が、ありません……
水を流しても逆に蒸発すると……!」
それは、氷室の冷気消失と、
あまりにも正反対の現象。
冷えが奪われた北と、
熱が増えすぎた南。
その構図が、リナの脳裏で一瞬にして重なった。
「……同じ流れが、
場所を変えて噴き出している……」
リナは、即座に判断した。
「ユイ、準備して。
あなたも南へ行く」
「……わたしもですか?」
「ええ。
氷室の異変を最初に感じ取ったのは、あなたよ」
ユイは、短く息を吸った。
「……分かりました」
恐怖はある。
だが、それ以上に――
目を逸らせない感覚が彼女を立たせた。
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南の街へ向かう街道。
谷の風は、いつもより生ぬるく、
岩肌からは、ほんのりと湯気が立ち上っている場所すらあった。
「……これ、
地熱だけじゃないですね」
馬車の中でユイが呟く。
リナは頷いた。
「ええ。
これは……
熱の行き場が、異常に集中している状態」
まるで、
どこか別の場所から奪ったものを、
ここに“押し込めている”かのような。
氷室の空白。
そこから消えた冷え。
それが――
今、南で熱として噴き出している可能性。
(……まさか……
循環が片寄っている……?)
ユイの背筋に、冷たいものが走った。
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南の採掘場。
坑口の前は、すでに立ち入り禁止の縄で囲まれていた。
谷底から、
普段ありえないほどの熱気が立ち上っている。
「……現場を見せてください」
リナは、警備隊長に告げた。
「薬師殿……
中は正直命の保証はできません」
「中で起きていることを知らなければ、
外で守ることもできません」
短い沈黙ののち、
隊長は、頷いた。
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第一坑道の内部は、
もはや採掘場とは呼べない状態だった。
岩塩層の一部が、
飴のように溶け落ちている。
壁は、赤く焼けた色。
空気は、喉を刺すほど熱い。
ユイは、首元の温度計を握りしめた。
「……五十度……
人が長くいられる温度じゃない……」
その時。
リナが、ピタリと足を止めた。
「……ここ……」
床に手を当てる。
ユイも、真似をする。
触れた瞬間――
冷たいと感じた。
ありえない。
周囲は高温なのに、
床の一点だけが、氷のように冷たい。
「……北の空白と、同じ感触……」
リナの声が、確信を帯びる。
「……ここが、
熱を送り込んでいる入口よ」
「……送っている……?」
「ええ。
奪う循環は、
必ず、奪う側と、押し付ける側を同時に作る」
北では、冷えを奪い、
南では、熱を押し付けている。
それが、今同時に起きている。
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突然――
坑道の奥から、低く鈍い振動が伝わってきた。
ゴウン……ゴウン……
ユイの心臓と、同じ拍動に重なる。
「……この音……」
「ええ……」
リナは、唇を噛みしめた。
「……地下の残骸が、
完全に再起動しかけている」
装置本体は、確かにロイシュが止めた。
だが――
末端の奪取構造は、
人知れず、別の形で息を吹き返そうとしている。
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その夜。
南の街の上空に、
異様な赤い雲が浮かんだ。
雷でも、火災でもない。
ただ、熱だけを帯びた雲。
谷底から、
見えない何かが、空へと押し出されているかのようだった。
ユイは、宿の窓からそれを見上げていた。
「……先生……
これ、止められるんでしょうか……」
リナは、しばらく答えなかった。
やがて静かに言う。
「……止める方法は、
まだ、分からない」
「……」
「でも――」
リナは、ユイを見る。
「止めなければならない場所は、
ようやく、はっきりしたわ」
それは、
世界の中心ではない。
奪う循環の末端”そのもの。
そこを断たなければ、
第二の異変は、
必ずこの国全体を、ゆっくりと壊していく。
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南の谷の底。
誰にも見えない、
溶けた岩塩の奥、冷えた一点。
そこから――
失われた冷気と押し込められた熱が、
歪んだ脈動として、互いに呼び合っていた。
北と南。
欠損と過剰。
その歪みは、いま、
確実に――つながっている。




