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8ビットの少女


春先のまだ北風が頬を撫でる季節。

世の人はこの瞬間を"恋の季節"と言うのだろう。


2人の男女が運命的な出会いを果たし、あらゆる場所に出かけては互いに恋情を確かめ合う。


だけど、「私」は"決められている"恋しか知らない。予測不可能で、変化していく恋を私は知らない。


朝の十時ーー。

今日も私の恋は季節に関係なく始まる。


一度、ゲーム用のコインが機体に入れば、いつもの"彼"が現れる。


「桜舞い散るこの新学期に俺は幼馴染の陽乃(ひの)の世話をする羽目になっている。」


私の下に長方形の枠が表示されて、私のセリフが流れる。


「[プレイヤー名]君!待ってよ!」


私はプレイヤーの幼馴染で天然の女の子・陽乃。


私の仕事は画面の向こうを見ながら、セリフに合わせて口と表情を変えること。決められたセリフをプログラムの通りに発し、私の8ビットの顔を変える。


その日々が何年も、何十年と続いた。

同じプレイヤーが来ることもあれば、違うプレイヤーが来ることもある。その度に選択肢は同じになれば、違うこともある。


また、変わるのはプレイヤーだけじゃない。


お隣にいるファイトゲームのキャラクターである"ジン"もシューティングゲームのキャラクターである"ロドリゲス長官"もゲーム機と共にこのゲームセンターから去って行った。


けれども、私のゲームだけはそのまま。今の今まで何回も次には、と覚悟していたが、オーナーは忘れているのか、[故障中]と書かれてある白い紙が私のゲームに貼られることはなかった。


顔馴染みのゲームがここからいなくなると、空いた穴を埋めるため、次々と新しいゲームが入ってきた。


私みたいなドット絵ではなくて、解像度が高く、ゲーム機の画面も私のよりも二倍以上ある、最新のゲーム。


コントローラーも、四つのボタンとレバーだけではなく、シューティングゲームなら銃を握って撃てるもの、スポーツゲームなら体を動かしてボールを投げるものもある。


何よりの目玉は、私たちのゲーム機の前に置かれた、レースゲームだった。


これが入ってきた時、長蛇の列がこのゲームに出来ていた。


画質も良くて、音も派手、ハンドルとアクセル、レバーを使って遊ぶ体感型の最新機種。


人気だったことで、いろいろな人がここに集まってきた。


グループの学生、暇を持て余した大人、今まで会ったことのない人が集まった。


そして、ある日、「彼」がゲームセンターに現れた。


名前も知らないし、どこに住んでいるのかも分からない。


でも、彼の笑顔を画面越しに見た。


その時、私の電気信号が大きく震え、ポリゴンの目が見開いた。


世界が揺れるような衝撃と、モデルの先端に力が入らない脱力感とが私を襲った。


肩を震わせ、息も荒くなる。


電気信号のコアが圧縮される息苦しさを感じているのに、彼から目を離せなかった。


「もう一度。」


口から零れ落ちた。

テキストにはないセリフを吐き出した。


ただ、画面の向こうを眺め、彼が画面の端から去ってしまうところまで目で追った。


思いもよらなかった感覚が私の胸の内に湧き上がる。


「もう一度、見たい。」


私は不思議とこの感覚を抱き抱えるようにしてその日を終えた。


信じられなかった。


明る朝、彼だ。


彼がまた来た。


目の前のレースゲームをしに来たらしかった。

彼は昨日よりも精度を上げて、コースを彼の愛車で走っている。


時折、画面に写る、彼の真剣な顔が昨日見た笑顔とは違って、私のモデルを強張らせる。


そういえば、昔、この感覚に似たものをジンが[緊張]であると教えてくれた。


強いプレイヤーを相手にする時、構えた動きが早くなり、肩に力が入るのだそう。


でも、今の私の姿はそれとは異なっている。


見た目は通常通り変わらない。

動きも早くないし、肩に力は入っていない。

それに、彼は敵じゃない。


結局、正体不明の[緊張]をそのままに、彼に目を戻した。

と言っても、この間も離してなかったけど。


見れば見るほど、周りの景色がぼやけていく。

彼しか目に入らなくなっていく。


私のコアは震えを増し、昨日と同じ息苦しさに変わっていく。


でも、何故だか、この感覚たちが嫌いになれなかった。

寧ろ、もっと感じたい。


この拍動をもっと強めたい。

息が止まるくらい、この胸に。

彼の近くに行きたい。


これら、足を動かし、背中を押して、私を隔てる画面の向こうに飛び出させるような感覚を知らなかった。


まるで、自由に飛ぶ鳥に憧れる少女のような感覚を、私は表現できない。


"ロドリゲス長官"の言葉を借りれば、モデル中を激しい電気信号が駆け巡り、コアが沸き立つような感覚だと言っていた、[喜び]なのだろう。


日を跨げば、いなくなってしまう彼を目に焼き付けようと、プレイ中も、画面の前を横切る時でさえ見逃さなかった。


けれども、私の努力はセーブを忘れたゲームとなった。


彼は毎日来るようになったのだ。


決まった時間、同じ格好で必ず私の前に来てくれる。


そして何を差し置いても、あの笑顔と真剣な顔を見せてくれる。


その度に私は[緊張]と[喜び]を感じる。


この日々は私の十数年の稼働時間において一番、「自分」であったと思う。


何かを強要されることもなく、私のこうしたいという感覚に身を任せた。


私のゲームにはこんなシナリオがある。


プレイヤー君が私と他のヒロイン達の好感度を最大にできると強制的に誰かの好感度を下げなければいけない。


出るゲームカセットは差し戻されるという言葉があるように、いい出来事があれば、悪い出来事が遅れを取り戻す。


私にとってのそれは、言わずもがな、彼に関することだった。


2週間経った辺りで、彼が突然、ゲームセンターに来なくなった。


毎朝来ていたはずなのに、電源を抜かれた画面のようにプツリと姿を消した。


私は気が気じゃなかった。


レースゲームに飽きたのか、ゲームセンターに来れない場所に行ってしまったのか。


以前、2人から教わったことがある。


人間についてを。


彼らは私たちゲームキャラとは違って脆いのだと。


私たちは銃で撃たれても、剣で斬られても、消えてなくなることはない。


でも、人間は違う。


たとえ、銃で撃たれなくても、剣で斬られなくても、時が彼らを消してしまう。


思いもよらないところで消えてしまう。


「もう一度、見たい。」


外にはいつも通りの景色が広がっている。


最新のゲーム機も埃を集め始め、古株のゲーム機なんかは鼠色の雪が積もらせている。


私は初めて画面に手を付いた。


四角が集まったピクセルのこの手の平が触れれば赤、青、緑の点滅が不規則に現れた。


手を模ったその点滅はまるで私を押し戻すように力を入れれば入れるほど、光を増していく。


それでも、彼を見たいと思うこの感覚が消える訳ではない。


力を緩める由などどこにもないのだから、私はより手を画面に押し当てる。


私の顔が徐々に険しいものになっていく。


眉間に皺を寄せ、いきみ声をあげる。


私の声と共に更に力を込めると同時に画面の点滅は手の輪郭を飛び出し画面全体へと及んだ。


あと少しで「外」に出れた、その時、過電圧で割れる電球のように画面に触る私の手を弾き、ゲームの中へ戻した。


モデル内を駆ける電気信号が体から抜けていくような感覚を覚え、寒気を感じた。


噂を聞いたことがあった。


私たちゲームキャラは殆どの理由があっても死ぬことはない。けれど、モデルの中で動き回る電気信号が体外へ抜ければ、実体を保てなくなるということ。


そもそも、電気信号を消費する方法など知らない。


つまりは実現できない消去、「死」であるのだ。


でも、今、私が感じている[恐怖]は紛れもなく「死」に対するものだ。


そんな中、私は呑気にも彼を心配していた。


「彼がいない」この状況は「私の死」を上回った。


画面から出られないなら、ゲームの中を伝えば良い。


私はオンラインゲーム出身のあの2人に感謝した。


"ジン"と"ロドリゲス長官"は時折オンライン上で出会ったゲームキャラとテラビールを飲みにゲームセンターを離れていた。


その際に使用していたのは、ゲーム機に接続されたコードである。


コードの中はカプセル状の乗り物に乗って移動する。


私は考える暇もなく、それに乗り込んだ。


外の景色などはあまり見えない。


銅色の円柱の中を物凄い速さで進み、電柱に取り付けられた監視カメラに到着。


彼の行き場はどこか、カメラと接続し、近頃の映像をくまなく確かめる。


映像には、ゲームセンターが少し映っていて、周りにスーパーや散髪屋などが建っている。


その店舗の間を決まった時間に通る人影を見つけた。


「彼だ!」


黒いズボンに黒い上着、金色のボタンを縫われたあの服は彼以外、この時間には現れない。


まずは、直近。

昨日の夜、ゲームセンターを出て行った後を追ってみる。


電柱や街灯から鳥のように見下ろす監視カメラで、彼の歩む先を辿る。


直進、右折、T字路で惑わされながら、やっとのことで彼が昨夜、ある家に入っていたことが分かった。


彼が入った家の近くの監視カメラで今日まで時間を進める。


日が昇り、景色が明るくなってくると、彼は家から出てきた。


私は彼が向かう方向を[緊張]しながら見る。


カメラの画角から収めきれなくなれば、次のカメラに移る。


それを二、三回繰り返す頃には、驚くことに彼と同じ格好をしている人が列を成すように立て続けに現れ出した。


彼は暫く、さながら軍隊の行進を縫って進み、ある路地で軍隊の列から外れた。


ポケットに手を突っ込み、顔を俯かせ誰も歩いていない道に進む。


信号を確認、横断歩道を渡ろうと足を出す。


突然だった。


車が彼を突き飛ばした。


一瞬にして、彼は道の上を転がり、その道を赤く染めた。


監視カメラに音は録音されない。


けれども、周りの人間の動きが止まったのを見て、私の胸に心地悪い圧縮された袋に似た感覚が伝わる。


瞳孔が震え、彼を直視できない。


[緊張]に似ているが、圧倒的に今、感じるこれは遠ざけたくて仕方がない。


目を逸らしたい。


見たくない。


私は目を閉じた。


だが、数分後にやってきた赤い光のせいで瞼を貫いて、開いた。


赤い光を放つ救急車の側面には[千葉市消防局]と書かれてある。


救急車に乗せられ、運ばれていく彼を見て、確信した。


彼は千葉市の病院のどこかに搬送された。


なら、その跡を追うのみ。


私は見逃すことなくひたすらに救急車を追い続けた。


そして、着いた。


何を待つこともせず、病院の回路を通り、コンピュータの中に入り込んだ。


セキュリティはあるものの、持ち出すことができないようになっている返しの付いた物であったので簡単に侵入出来た。


顔写真と名前、その者が患う病名などが記載されたカルテがまとまっているファイルを見つけ、手に取るなり漁った。


十枚、二十枚、五十枚、百枚と次へ、次へカルテをめくっていく。


二百枚に至る寸前で、やっと、彼のカルテを見つけた。


名前:高橋日向(たかはし ひなた)

年齢:14歳

性別:男性

症状:左上腕骨・橈骨(とうこつ)骨折

手術完了:病室10番にて療養中


私は目を通すと、また回路を通り、10番病室へ。


病室に置かれたテレビに入り、ようやく会えた。


左腕を高く上げられ、体を包むように巻かれた白い包帯とそれを隠す布団から伸びた管は隣の機械や液体の入った袋に続いている。


口に付けられた透明なマスクにはかろうじて薄い靄がかかる。


私は、彼の側で波長を表す機械の中に入った。


ここまで彼に近づいたのは初めてだった。


顔には包帯もないため彼の目鼻立ちや髪質が鮮明に分かる。

この顔からあの笑顔と真剣な顔が作られている。


私の目と鼻の先に彼がいる。


それでも、私は[喜び]を感じられなかった。

むしろ[緊張]と[恐怖]が交差し新たな感情が生まれてくる。


今すぐにでも彼に触れたい。


彼の名前を呼びたい。


彼を助けたい。


とめどなく溢れる欲望が私を呑んだ。


これらの欲望は間違ってるし、正しくないことだろうと、シナリオから分かってる。


いつ何時であろうとも、恋人となる女性は無欲でただ彼氏に愛していると伝えられる人だった。


"陽乃"はそうだ。


あの中で陽乃はプレイヤーに対して如何なる欲望もない。献身的で敬虔で健気な天然の可愛げのあるヒロインだ。


でも、私には、不可能だ。


彼を、愛している人を前に、自分を抑えられない。


彼の声を聞きたい。

彼の話も聞きたい。

彼のそばに居たい。

彼の肩を枕にしたい。

彼とどこかに行きたい。


彼をもっと愛したい。


〜たいと何回も、何回も、頭の中を反芻し、いつの間にか、私の手は再び画面に触れていた。


「日向君。」


私の音声を発するためのスピーカーとプログラムがない、ここではこの声は彼に届いているのだろうか。


届きそうなのに、それを許してはくれない。


私は恨んだ。

外と内を隔つこの空虚な画面を。


体から沸き立つ力は拳を握らせ、画面にゴツンとぶつけた。


ヒビすら入らないし、それどころか手も痛い。


私は泣いた。


目頭が熱くなり、画面を殴った腕を目元に運び覆い隠す。


額を画面に付け、鼻をすすり、腕から漏れた涙が頬を伝って黒い床に落ちた。


その瞬間、私の後ろで一定間隔で機械音を放っていたものが平坦な長く続く奇妙な音に変わった。


所以もなく[緊張]と[恐怖]が更に高まり、私は、画面から離れ、涙を拭った。


訳もわからず焦燥に駆られるも、思い出した。


この音は人間の心拍数を表していることを。


ならば、今、彼の心臓は止まっていることになる。この危機に普通なら人間の医者が駆け付けるものではないのか。


ただし、一向に来る気配がない。


時間が長引けばそれに伴って彼の死んでしまう確率は高くなる。


体感、1分が過ぎても足音すら聞こえて来ない。


私は決心した。


「助けないと。」


その方法はシナリオから学んだもので、電気ショックを使う。


私の電気信号を電圧に変換し、心電図モニターから伸びる管に通す。


言わずもがな正規の方法ではないし、電気信号を残らず使わなければいけない。


彼の心臓に与える電気ショックが弱ければ意味は無い、また強くても死を後押しすることになる。


電気信号は私の体を形作る大切なものであると同時に生命である。

流し切れば私はここで霧散する。


運悪ければ私も、彼も、息絶える。


しかし、どんな不利点があろうとも、一里でも希望があるのだから、やらない選択はない。


私は彼の心臓に繋がるコードを探し当て、両手でしっかりと握る。


目を瞑り、電子信号を管の中に通す。


一息で多量の電圧を加えなければいけないため、管内で勝手に電圧が流れ出さないよう、押し留めながら、信号を変換していく。


私の体内の内、三分の一を使い、一回目のショックを与える。


管を勢いよく進み、電圧は彼の心臓に届いた。


彼の体が跳ねた。


「できた。」


私は肺の中で固まった息を吐いた。


けれど、彼は起き上がらない。


心電図も先ほどと変わらない。


なら、もう一度。


私は再び、コードを握る。


先とは少し手慣れた調子で信号を変換し電圧を管の中に溜めていった。


そして、二回目。


彼の体が前回より大きく跳ねた。


けれどやはり、起きない。


私は焦った。


もはや、自分の電気信号が残り一回しかないことすら忘れるほどに。


コードを握り締め、余すことなく、電気信号を電圧に変えていく。


厄介にも、ここに来て体が拒み始めた。


前に感じた死の[恐怖]が以前より強まり、悪寒が背中を撫でた。


だが、気にしてはいけない。


彼のために私は犠牲になっても構わない。


だから、私は最後の一欠片まで彼に注ぎ込む。


管に電圧が溜まった。


私の魂は管を通り、彼の心へ衝撃を与えた。


結果は…


その時、遅れて病室のドアを開けて入ってきた医者や看護師がもの凄い剣幕で現れ、私は見届けられなかった。


私たちゲームキャラが動いているところを人間たちに見られてはいけない。


この決まり切ったルールを破るわけにはいかず私は病室を後にした。


電線を使って、ゲームセンターへ戻り、私のゲーム機に着いた。


私は膝をついた。


疲れたからではない。

また、死に瀕しているからでもない。


私自身の行動による。


私は、彼に三回目の電気ショックを与える時、頭では心に決めていたと思っていた。それでも、体から抜けていく体温にどうしようもない恐れを抱いてしまった。


死ぬことすら覚悟していたはずなのに、直前になってこの覚悟が揺らぎ、電気信号を変換し切ることができなかった。


私は彼を見捨てた。


愛していると言ったのに、私は助けようと伸ばした手を引いてしまった。


自分自身に握った拳を振いたいのに、プレイヤーはやって来る。


ゲーム用のコインを機体に入れる。


"彼"が現れる。


「桜??????るこの新学期に俺は幼馴染??陽???世話をする羽目になって?????」


いつもと同じ、


「プレイヤー君!????てよ!」


ではない。


私の発する声すら、まともな言葉にならない。


画面の前にいるプレイヤーはこの異常に気付かないわけもなく、オーナーのところへ向かった。


この異常の原因は私なのだろう。


電気信号をほぼ持たないキャラクターが完全なるゲームの元に戻ってきたのだから。

例えるなら、パズルの一ピースが欠けた状態で完成だと言い張るもの。


この異変に気付かない人もコンピュータもない。


オーナーがやって来て、機体を調整してみるも直らない。


電気信号は減ることがあっても増やすことはできない。


私は、彼を見捨てた上、ゲームまで壊したのだ。


オーナーは直る気配が見えないことを悟ったのか、あの紙を持って来た。


[故障中]と書かれた白い紙はゲーム機の画面に貼られた。


"ジン"と"ロドリゲス長官"のゲームはそれぞれこの紙が貼られてから1ヶ月ほどで撤去された。


撤去されるであろう日まで、私は画面の前に突っ立っていた。

私が手を出した結果、彼がどうなったのか考えることしかできない。


病室に訪れようにも電気信号が希薄過ぎてゲーム機から離れれば、今度こそ信号が散って消えてしまう。


期間は1ヶ月。


運が良ければ彼が病院から離れ、またゲームセンターに来る可能性は高い。


私は待った。


一日が経ち、三日が経てば、一週間が過ぎる。


頭の中に残っている彼の笑顔を思い浮かべてみる。


「もう一度。」


私はつくづく欲深いと思う。


八日目に達し、十日。


あの時、私が振り切れていたら彼を救えていたのかと、想像する。


「もう一度。」


その癖、私は自分が大切で仕方ないのだ。


彼を好きであればあるほど、私が嫌いになっていく。


私に生きる価値があるのか。


この問いかけに答えるように、ある事が起こった。


撤去の日程が早まった。


今週末にはこのゲームセンターを出ていくことになった。


生きる気力を無くし果てた私は立つこともやめた。


十一日、十二日、十三日。


すでに希望は絶たれた私にとって日にちの概念はただの時間経過に過ぎない。


そうして、迎えた、撤去日、十四日目。


昼を超えたら、私は箱に詰められる。


その三十分前。


彼だ。


あの彼だ。


私が見捨てた、私が愛した、私の"恋人"。


彼は松葉杖をついて、何かを探していた。


辺りを見回し、オーナーとも話している。


オーナーは私のゲームを指した。


彼はぎこちない動きで松葉杖の二脚と右足を交互に前へ進む。


そして、白い紙から外れたところに座る私を見た。


彼の目を見た。


彼はコインを右手に一つ、持っていた。


僕は持っていた、コインを右手に一枚。


あの時、息を吹き返した時に、見た少女に会うために、まだ治り切っていない足で医者の反対を押し切ってここに来た。


目の前にいるのは、いつも見ていた彼女だ。


ゲーム画面の端に見えた、小さく、儚い、

8ビットの少女だ。



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