【魔王#2】動き始める巨悪
この物語は――
異界を支配する“魔王”の息子が、父をぶっ壊す話である。
……いや、語弊があった。正確には、“父のやり方”を、だ。
妾の子として生まれ、人間とのハーフというだけで差別され、
魔王の城で、学園で、才能すら否定され続けた少年。
だが、彼の中には誰よりも鋭く強い剣があった。
それは“誇り”と“自由”という名の意志。
これは、そんな少年が、
逃げ出した先の学園で仲間と出会い、
差別も格差も越えて、
世界そのものに“選び直し”を迫る物語。
血なんかに負けるか。
環境に屈するかよ。
僕のやり方で――
魔王すら、超えてみせる。
「――この数字の並び、まるで“運命の足枷”ですね」
白いシャープペンの芯をくるりと回しながら、魔城歩鳥は答案用紙の上に丁寧な文字を刻む。
横では、チャイナ少女・龍 神美が、「もうしんどいアルよ~!」と口癖のように言いながら、漢字だらけの古めかしいノートとにらめっこしていた。
教室の一角、放課後の静けさの中――
歩鳥とロンは、来週に控えた期末テストへ向けての勉強をしていた。
歩鳥の成績は、学年で常に2位。
だがその“1位の壁”にはいつも同じ名前がある。
「……また、星都風香か」
その名を呟くと、ロンがニヤリと笑った。
「また2位か~歩鳥、悔しいアルか?あの冷たい美人に負けてばかり~」
「いいえ。悔しくはないですよ。……ただ、素晴らしい記録には敬意を払うべきです」
淡々と答える歩鳥だが、芯の奥では炎が燃えている。
父に否定され続けた過去が、こうして静かに彼を突き動かしていた。
⸻
教室を後にし、二人が向かったのは学内でも特殊な雰囲気を持つ部活――《マーケティング部》。
華やかな制服を着た男女がパソコンを叩き、プロジェクト会議のようなテンションで資料が飛び交う。
瀬礼文学園に通う“選ばれし者たち”――財閥、政治家、異界の名家の子息たち――が集うこの部活は、もはや「学園内企業」に近い。
歩鳥もロンも、ここでは“戦闘力”ではなく“提案力”と“プレゼン力”で勝負する。
「さて、次のイベントに出すブースですが……」
「中華まん屋台とか、やってみたいアルね」
ロンの案に、周囲のメンバーが少しざわついた。
「それなら、《瀬礼食品》と協力できるかも?」
「俺の親、和菓子の大手だから、材料ルートはどうにかなるかも」
さすがはお金持ちの子どもたち。話が現実的に早い。
歩鳥は、そんな会話を聞きながら静かに笑う。
「……素晴らしい。皆さん、思っていたより優しいのですね」
異界の過去では、力ある者に囲まれても“妾の子”として無視されることが常だった。
だが、この学園では違う。
少なくとも今は――彼を見下す者はいない。
⸻
だが、その裏で……
ひとつ、またひとつと、学園で“妙な出来事”が起き始めていた。
夜の校舎にて、動くはずのないロッカーが動いた。
マーケティング部の資料が一部紛失している。
そして歩鳥の周辺に、意味深な“噂”が流れ出す。
『あれ、魔王の……』
『最近ちょっとおかしいらしい』
『異界の連中、何か企んでるんじゃ……?』
――それは偶然ではない。
闇が、じわじわと歩鳥の足元を蝕もうとしていた。
だが歩鳥は、まだ気づかない。
その“影”が、自分を殺すために動き出したということに――。
_________
一方その頃。
闇より濃く、重力のように存在感を持つ空間。
それが《魔王城・謁見の間》だった。
高い天井、漆黒の大理石。玉座を囲むように並んだ無数の炎の像。
すべてが圧倒的な静謐と威圧を孕んでいる。
歩みを進めるごとに、冷気が背筋を貫き、光さえも吸い取られていくような感覚――その先に、唯一“影”から解き放たれたような存在があった。
淡い青い髪の少女――悪魔族の戦闘兵、“ウル”がひざまずいている。
肩まで切り揃えられた髪型に揃う2本の青い小さなツノ。
無表情と言っていい面持ちで、制服の襟元に手を置き、頭を僅かに下げる。
そして、その背後には――
魔王そのもの。
最強の牙城に君臨する――《絶対》の姿があった。
「どんな未来も悲しいだけ」
ウルが、小さく息をついた。
静寂は音を溶かす。
その全てを支配するかのように、謁見の間は重く脈動する。
玉座に座す――いや、座しているというより、“宿っている”と言った方がいいかもしれない。
黒い炎すらまとっているように見えるその身体は、まるで漆黒の剣そのもののように鋭く、暖かさとは無縁だ。
「ウル、立っていい」
魔王は低い声で告げた。
ウルはゆっくりと立ち上がる。
その姿勢は、最小限の動きで、すべてを示すような余裕を湛えていた。
「……改めてお目にかかれて光栄です、魔王様。」
音にならないほど静かな声が響く。
魔王はゆっくりと首を傾げた。
その眼は、苛烈な冷気と鋭い知性が交錯していた。
「ウル。お前に、重大な任務を命じる。」
魔王の言葉に、謁見の間の灯が揺れた。
「……命令、ですか?」
ウルはただ頷く。
ただし、声に感情はない。
「“歩鳥”という少年がいる。我が息子、妾腹であるがそれ自体はどうでもいい。問題なのは、――そいつが、逃げた先の地球、『瀬礼文学園』で“平等”という甘い夢の旗を振り始めているということだ」
玉座の灯が青白くゆらぎ、魔王の瞳が静かに揺れる。
「笑える話ではあるが……ずっと奴隷のまま生きるはずだった身代は、知識と意志を獲得した。
そして、理想を掲げてこの学園に逃げ込んだ……」
ウルは空気の震えを感じていたが、心は揺れない。
いや、元から心はなかったのかもしれない。
「“歩鳥”――あいつを、“殺せ”」
完全に止まる間。
「……それが、今の命令ですか? 殲滅なのか、最終的に“消去”させるのか……」
ウルは確認を取るような目線を向ける。
「どのみち、奴は学園の“異界派”の象徴となる。
お前の仕事は確実に、その象徴を崩すこと。
その場で、即死でも構わない。社会的に消してもいい。
ただし、“確実に”だ。」
そして言った。
「悲しいね。才能があっても、血が違うだけで殺される。」
ウルの目に光が宿る
「その運命が紛争を起こすなら……お前が、“影”という形で終わらせろ」
その言葉に、玉座が震えるほどの力を含む。
ウルは、瞳をかすかに揺らし、そのまま捧げるように一礼した。
「……わかりました。すごく悲しい。……いまから、ターゲットを“殺す”ためだけ行動します…」
言いながらも、足取りは静かで、苛烈。
まるで“殺意”そのものを体現する者のようだった。
「瀬礼文学園に潜入して学生として、あるいは別の役割でも、ただ……要件は達成しますよ。」
魔王は頷いた。
「期待している。失敗は許されない」
謁見の間を出たウルは、ただ一言、呟いた。
「――悲しいね。」
でも、その口に笑みはなかった。
冷たい印象に反し、そこにはなぜか“優しさ”すら垣間見えた。
“殺意”と“理念”を同居させる…彼女にとって唯一“魔王”と向き合う方法だったのかもしれない。
そのまま、少女はゲートへと歩み出した。
瀬礼文学園。
魔王の息子“歩鳥”のいる地球へ。
影は今、
最初の一歩を踏み出す。
⸻
それは、静かな──けれど、とんでもない戦線の開幕を告げる合図。
そして、魔王軍の先鋒が地球に向かい始めた。
――次なる頁では、学園の“最初の波紋”が広がり始める。