1話 ヴァンパイア、死亡
降りしきる雨の中、険しい表情で我輩に対峙する男がいた。
色褪せた黄土色のトレンチコートが妙に似合うその男は、眉間に深いシワを寄せ、我輩を睨みつける。
その手には黒光りする拳銃。螺旋を描いた銃口が、真っ直ぐに我輩を見据えていた。
「すまない、ローゼン……これが俺たちの仕事なんだ」
「……なあ、ジャック。どうして、こんなことになってしまったのだろうな」
男はしばしの沈黙ののち、ぽつりと答える。
「……時代の流れ、ってやつだろう」
「時代、か……」
我輩はふっと笑い、周囲を一瞥する。
見たこともないほどの重装備に身を包んだ機動隊が、ずらりと辺りを囲んでいた。
大小さまざまな銃器と、明確な殺意が、我輩に向けられている。
もし一歩でも動こうものなら、我輩を仕留めるためだけに作られた特注の弾丸が、ジャックもろとも我輩を撃ち抜くだろう。
――事の発端は、まさに“時代の流れ”というやつだ。
我輩は、ヴァンパイアとして四百年近くの歳月を過ごしてきた。
飢餓、貧困、戦争、革命……あまりにも多くの時代を生き、語り尽くせぬほど、様々な経験を重ねてきた。
その折々で、恐怖の象徴、忍び寄る影、夜の帝王――あらゆる伝説として語り継がれてきた存在だった。
だが、文明の発展というものは恐ろしい。
ついに、不死の存在たるヴァンパイアに対抗できる武器が、量産される時代が訪れたのだ。
聖水だの、ニンニクだの、十字架だの――効くはずもないおもちゃを信じて疑わなかった、あの可愛げのある人間たちは、もういない。
気づけば我輩は、秘密裏に設立された組織の“手足”となっていた。
テロリストの殲滅、要人の暗殺、時には同胞狩りすら引き受ける、惨めな生に甘んじていたのだ。
ジャックとは、幾度となく衝突を繰り返しながらも、数十年を共にした。
……それはもはや、相棒と呼べる存在だった。
――ここらが潮時、なのかもしれんな。
「ジャック……少しの間だったが、楽しかったぞ」
「……ローゼン。人間にとって五十年は、“少し”なんかじゃないさ」
ジャックは呆れたように首を振り、小さく笑った。
「けど……俺も楽しかったよ」
「ふっ、そうだな」
耳を澄ますと、無線越しに一斉射撃の指示が聞こえる。
見えるだけでも、五十メートルほど離れたビルの屋上にスナイパーが数人。
――この程度、逃げようと思えば逃げられなくはない。だが。
「ジャック。せめて、最期はお前の手で終わらせてくれ」
「……ああ」
ジャックは静かに頷き、引き金にかけた指に、じわりと力を込めた。
「……あばよ、夜の帝王」
ダァンッという銃声が、雨音を掻き消して夜の街に響く。
我輩の頭蓋には、味わったことのない衝撃が走り、視界が紅く染まっていく。
薄れゆく意識の中、身体をいくつもの弾丸が貫く――が、最早、痛みはなかった。
ローゼン・フォン・ラヴェリー。享年三百七十三歳。
墓石に刻むとすれば、そう――
人間に尽くした、愚かで哀れなヴァンパイア、ここに眠る。