【11】ちょっと待ってよ、汐入 〜後編〜
【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!
【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入
【1】猫と指輪 (2023年秋)
【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)
【3】エピソードゼロ (2011年春)
【4】アオハル (2011年初夏)
【5】アオハル2 (2011年秋)
【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)
【7】贋作か?真作か? (2024年秋)
【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)
【9】探偵になった理由
【10】ちょっと待ってよ、汐入 〜前編〜
【11】ちょっと待ってよ、汐入 〜後編〜
ちょっと待ってよ、汐入 第五章
もやもやした気持ちでハンドルを握る僕。隣にはなんだかご機嫌な汐入。
「ね、ね。能見、聞きたいでしょ?」
と汐入。
「聞きたくない、と言ったら?」
「無理するな。聞きたいと言え。もう一度聞くが、絶対、すっごく聞きたいでしょ?」
汐入が話したいオーラ全開なのは言うまでもないが、正直に言えば僕も聞きたい。悔しいから慇懃無礼に振舞ってみる。
「ああ、是非とも名探偵殿の推理を聞かせて頂きたいね」
「よろしい、ワトソン君。ではわかりやすく丁寧に説明して差し上げよう」
と慇懃無礼に応じてくる。
「さて、そうだね、どこから話そうかな。せっかくワタシが謎解きをするのに、当事者が誰もいないってのはちょっと不満なんだけど」
「まさか、関係者を全員集めて、犯人はあなたですね、的なことをしたいの?」
「ばっ、馬鹿を言うな!そんなドラマみたいな事は現実にはないことぐらいわかってる!まあ、派手なトリックがある密室殺人事件ではないからね・・・。聞くのは貴様だけでいい」
図星なんだね・・・。バツが悪いな。タイミングを作ってやるとするか。
「では名探偵殿、話してくれ」
「よろしい。晩餐会で貴様がいなくなった後から話そう。貴様がいなくなってから、社長と少しお酒を飲み、ワタシも少々酔いが回ったみたいだった。だから会場を離れ、ロビーのソファーで酔いをさましていた。記憶はここで途切れている。ワタシもいつの間にか眠ってしまったみたいだ。目覚めたら貴様が隣で爆睡していた。そのときは流石に驚いたよ。なんと言っても縛られていたからね。貴様がなかなか目を覚さないので蹴飛ばしてやろうかと思ったけど、如何せん、縛られてたから、それはできなかった」
「それは不幸中の幸いだ」
「そうだね。まずは状況の把握が必要だった。だから貴様が起きた後しばらく無駄な会話をしてみたけど、見張り役が様子を伺いに来る気配はなかった」
「えっ、そのためのあの会話?なんかもう少しマシな話題はなかったの?」
いかにも汐入らしい会話ではあったのだけど。
「無駄話ならなんでもいいでしょ。話を戻すぞ。監禁されているとはいえ、見張はいない、縄も緩い。ご丁寧に隣にはスマホの入ったワタシのハンドバッグも置いてあった。この状況からワタシは、監禁自体は目的ではないと考えた。狙いは、監禁があったことをワタシ達が周囲に知らしめて騒ぎを起こすことではないか、と踏んだ」
なるほど、確かにスマホは手の届くところに置いてあったな。知らせる気になれば、直ぐにでも社長に知らせることはできた。
「監禁はフェイク?」
「そう。ワタシ達の監禁騒ぎが起きたら次に何が起こると思う?」
次?監禁を社長に伝えたら、どうなるか?
「取締役会に何か不当な力が働いているかも、って思う人が出てくるかな」
「そうだね。ここまではよくできている。偉いぞ。そうなるとどうなる?」
汐入よ、なんか完全に上から目線だな。もう少し我慢してやるが。
「そうなれば取締役会に不正の疑義ありと申し立て、取締役会を無効とすることができるかもしれない。そうか、ってことは、やっぱり会長派が?」
「ふふっ。そーゆーとこだぞ、貴様の足らないところは。会長派が仕掛けるなら、こんなバレやすいことをすると思う?」
一瞬、イラッとしたが、提示された疑問は確かに尤もだ。
「ん?そうか。不正があったってわかってしまうと折角の不正が台無しになっちゃうね」
「なんか日本語が変だけど、まあ、そういうことだね。だから会長ではなく、社長がこれを仕掛けたという前提でシナリオを再構築してみた」
「監視役を頼んできたのに?」
「頼んできたからこそ、だよ。社長が仕組んだという前提に立つと全く別のシナリオになる」
全く別のシナリオ?どういうことだろうか?汐入が続ける。
「ワタシ達は社長派を多数派だと考えていたが、実は取締役会は社長にとって望ましくない結果になることが濃厚だった。そして社長はそれを事前に察知していた。だから、なんとか取締役会を無効にするための策を講じたってとこかな」
「つまりどういうことか、もう少し説明が欲しいな」
「もう少し具体的に言うと、元々、社長派の誰かが欠席するつもりだった。それを事前に社長は知っていたってこと」
「社長派の誰かが欠席?そうなると二票対二票になるね」
「そう。だから会長の一票で決まる」
「つまり二票対二票の同点になり最後に会長が投票して社長は負ける。それを社長は知っていたってこと?あ、そうか。だから僕らの監禁騒ぎを会長派のせいに見せかけて不正をでっち上げたかったのか!」
「ようやく追いついてきたな。偉いぞ。つまりこれは社長の自作自演。なかなかよく練られた作戦だったね。すぐに見抜いちゃったけど。社長が監視役を頼んできたのは、会長が何かを仕掛けてくるからではなく、ワタシ達にそう思わせるため。実際、ワタシ達は無意識にその前提で考えてしまった。晩餐会でもワタシは会長から勧められる飲み物は警戒して口をつけなかったけど、社長から勧められたワインは飲んでしまった。その結果が寝落ちからの監禁ね。ま、貴様は自らいろんなお酒を飲みに行っていたから、どっちが仕掛けたとしても爆睡だっただろうけどね」
確かに飲んでいたけど、いや、でも僕は監視役じゃない。ただ晩餐会を楽しんでいただけだ。
「でも欠席するとしたら誰かな?血縁関係のない逸見?」
「いや、津久井だね。逸見の場合は社長の意に背く事はほぼないだろうからね。だって社長の共犯者だもん」
「共犯者って?」
なんだ?話が見えないぞ。
「ま、それは後で話すよ。だから鉄板と思われていた津久井が、実は義理の息子に一票を投じるつもりはなかったということになるね」
「それを社長は事前に知っていたってこと?」
「おそらくね。事前に棄権の件は仁義を切って身内の社長には伝えたけど、会長には伝えなかったのだろうね」
ちょっと待て、しっかり考えよう。そうだとして上手くことが運ぶのか?
「でもさ、監禁騒ぎが起きたら津久井はどうするつもりだったの?」
「津久井はどのみち欠席するつもりだったから、自分の欠席とワタシ達の監禁は関係ないと言うだろうね。でも関係ないとする決定的な理由はないし、監禁が起こったことは只事ではないからね。だから社長は、これは会長の不正だ、と声高に主張してなんとか取締役会の無効を勝ち取る算段だったんだろうね。こんな取締役会では社員が納得しない、と。会長派は津久井が社長に投票すると思っている。つまりこのままでは負けるって分かり切ってるわけだから、結局は津久井に良からぬことを仕掛けることになる」
「ん?なんかまた混乱してきた」
「説明してやる」
汐入は何が起こったのか、各人がどういう思惑だったのかを説明する。
曰く、社長は津久井が欠席すると知っていたが、会長は知らなかった。おそらく津久井に棄権を知らされた社長がこの件は内密にしておくよう、津久井に口止めしたんだろう。だから、会長は、当然のように津久井は社長に投票すると思っていた。そこで会長派は津久井に不正な工作を仕掛ける。おそらくは津久井に睡眠薬を仕込み取締役会を欠席するように工作した。無論、実行犯は執事か厨房の誰かだろう。
一方、社長から見れば、会長が何らかの怪しい動きをすることは容易に予想し得る。だから会長派を見張って不正な工作を指摘すればいいのだが、ことはそんなに簡単ではない。なぜなら津久井は元々欠席するつもりだったから会長の不正工作を指摘したとしても、津久井本人がそれを否定する可能性がある。特に変な出来事はない、自分の意思で欠席しただけだと。そうなると社長にはもう切るカードがない。
そこでワタシ達を利用することを考えた。事前にワタシ達に監視役を頼み、あたかも会長が不穏な動きをすると思い込ませる。そのようなバイアスを植え付けた上でワタシ達に睡眠薬を仕込み監禁する。事前に社長から監視役を頼まれていたワタシ達は、会長に監禁されたと思い込み、それを取締役会の面々に伝える。すると、同時刻に津久井も同様に眠らされていたと言うことが判明する。社長は、津久井が何を言おうと起こった事実から不正の疑義ありと主張し、取締役会を無効にする。そして副社長が勝ち取った次期社長の座を白紙に戻す、というわけだ。
なるほど。社長が僕たちを監禁したのだとしたら汐入の言うシナリオは一理ある気がするが、反証の余地はないだろうか?
「会長派が津久井に睡眠薬を盛って、さらに僕らを監禁するってパターンは?」
と僕は質問する。
「振り出しに戻る、だな。それをやると不正がバレバレでしょ。だからそのパターンはなし」
そうか。そうだったな。会長は僕たちを監禁しない。それは納得しよう。
「じゃあ会長派が津久井に睡眠薬を盛るだけってパターンは?」
「何を言っている!?そのパターンだと誰がワタシ達を監禁したんだ?犯人不在で現実と矛盾するだろ!?」
「そうか。そうだね。じゃあ、社長が会長派の誰かに、まあ消去法で野比雅子しかいないんだけど、彼女に睡眠薬を盛るってパターンは?」
「リスキーだね。社長が事前に津久井の棄権を知っていたことは、津久井には認知されている。だから、そんな事が起これば、社長に犯行の動機ありと津久井に疑われてしまうからな。それにそもそも、その場合は取締役会で社長が勝つのだからワタシ達を監禁して騒ぎを起こす理由がない」
なるほど。確かにそうだ。
「そうなると汐入が言うように、実際には、会長が津久井に不正工作をしたにも関わらず、あたかも何事もなかったように取締役会は成立したわけだ」
「そう。だから取締役会を成立させるためにこそっと帰ろうとしたんだよ。間違いを正すとか、真実を明らかにすると言う正義感あふれる探偵ドラマのスタンスとは違うが、ワタシ達は関与しない。黙っていられない熱い社員もいるだろうが、ワタシは黙っていられる。部外者だからな。会長派としたら一か八かで津久井に睡眠薬を盛って欠席させたが、まんまと津久井が寝坊と勘違いしてくれて助かった、と思っているかもしれないけどね」
確かに、汐入の推理は起こった事実と矛盾はしないようだ。だが、まだ仮説にすぎない。僕も特に誰かに事実を晒すわけではないけど、裏を取って納得したいところだ。
「辻褄が合うことはわかったよ。あの時、縄を解いている数分でこの思考を成し遂げたとは恐れ入った。でも、実際どうだったんだろ?」
「ワタシの推理を疑うとは、なんて嘆かわしい。わかった。ワタシの名誉のために裏をとってやる」
汐入はスマホを取り出し通話を始める。
「おはようございます、津久井さん。汐入です。突然のお電話ですみません。すぐ済む用件です。つかぬことをお伺いしますが、昨夜の決議はどうなりましたか?いや、実は私はトラブルがあって、その時間、別荘には居りませんでしたので。ええ、そうなんですね、棄権なさったわけですね。ええ、それで副社長の克成さんに。わかりました。ありがとうございます。はい、失礼します」
へえー。いつの間にかこんな仕事ができる人っぽい話し方ができるんだね。汐入の仮説を聞いていたから、ことの顛末はこぼれ聞こえる汐入の相槌だけでわかる。
「どうやらきみのシナリオ通りみたいだね」
「当然さ。津久井曰く、古参兵が幅を効かせるのもよくないとか、世代交代した方が良いとか色々とそれらしい理由を説明してたけど。でも、もしかしたら社長のお金の不正に薄々勘付いていたのかも知れないね。でもそれを表沙汰にすると社長は解雇になるからな。そうなると社長の妻である自分の娘にも災いが降りかかる。だから穏便に社長交代で終わらせようとしたのかもしれないね」
「なるほど。で、その社長のお金の不正については、なんか掴めたの?」
と僕が聞くと、汐入はまた自慢げに話し始める。
「ふふっ。よくぞ聞いてくれた。ここからがワタシの探偵としての腕の見せどころさ。実はな、証拠を掴むためにこちらから仕掛けてみたんだ。晩餐会で社長と話している時に、スマホのアラーム機能を使って、いかにも緊急の電話があったように見せかけた。で、通話を終えた体で、社長にこう報告したんだ。取引先の旭東条化学から、まだ入金が確認できてないと緊急の連絡がありました〜、と」
ん?よくわからないな。
「それがなんの仕掛けになるの?」
「知りたいだろ?ワタシが有能な経理部員として調査した成果を聞かせてやる。ワタシは取引履歴を洗って、怪しい金の流れに旭東条化学が関わってると疑った。請求書の金額の分布が不自然なのさ。決済が社長に回るよう社長決済権限の範囲内の案件が突出して多かった。それに請求額に出現する数字も不自然なほど綺麗な分布になってた。作為的に数字を作ると意識的に分布を整えようとするからな。見る人が見れば怪しいって気がつく」
分布とか最頻値とか、いちいち説明が難しいが、きっと汐入なりに端的に事実を言い表しているのだろう。
「へぇ。そんな分析もちゃんとしていたんだね」
「そうさ。ベンフォードの法則ってやつだね。だから、社長には、オンライン決済のトラブルだとは思いますが、念の為、取引内容や取引日を先方に確認します、と旭東条化学に連絡を入れることを仄めかしたのさ。YSK商事の経理部から確認の問い合わせが入ると旭東条化学は不安に思うでしょ?だから、きっと社長が旭東条化学の不安を払拭するために内密に連絡すると思ったのさ。そしたらまさにその通りのことが起こってさ!隠れて証拠をしっかり掴んだぞ!」
汐入はスマホのボイスレコーダーのアプリで音声を再生する。
(逸見、旭東条化学への入金がトラブってる。先方に懸念を抱かせないために急ぎ先方に連絡してくれ。オンライン決済のトラブルだから大丈夫だと)
と社長の声。続いてのファイルを再生する。逸見の声だ。(もしもし。YSKの逸見だ。うちの会社の経理部から問い合わせがあるかも知れないが大丈夫だ。なにも問題はない。オンライン決済の不具合だ。今月もキックバックはいつもの口座に入金で大丈夫だ)
と、しっかり聞き取れる。
「すげーな、汐入!ミッション コンプリートだな!晩餐会も済んだことだし、これで僕の偽装フィアンセもお役御免だね!」
「は?何言ってんの?貴様のフィアンセは偽装なんかじゃないぞ!」
「えっ?」
「ワタシはフィアンセになって欲しいと伝え、貴様はフィアンセになるよ、と確かに、しっかりと、間違いなく、ハッキリ、きっぱり、明確に言ったぞ!偽装とはワタシは一言も言ってなーい!」
騙された??いや、でも確かに「フィアンセを偽装しろ」とは言われてない気がする。ってことは、僕はフィアンセを了解してしまっていたのか?何てことだ!僕は汐入と婚約したのか!僕は怒っているのか?悲しんでるのか?いや喜んでるのか?なんだ?なんだこの感情は!!
「えっと・・・あのさ、汐入・・・。ちょっと待っててくれないかな。今、いろんな感情が渦巻いている。それに運転に集中しないと道に迷いそうだ」
「なーに、迷うことはない、貴様の道は決まっている。むろん、待ってやるが。貴様の理解とワタシの理解に時差が生じるってことは経験的によく知っているからね。でも来週のワタシの誕生日には追いついてくれよな」
(ちょっと待ってよ、汐入 終わり)