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ノイマンの推理

「オスカー? 何か面白い事件はないのか?」

 ノイマンは読んでいた本をパタリと閉じると、座っている回転椅子をクルクルと回した。ノイマンの趣味は読書だが、彼が本を読み切ったことはない。


 なぜなら、途中で先の展開が読めてしまうからだ。


 そして、展開が読めてしまった後は、このように刑事である私に謎を求めてくる。彼が求めているのは、小説より奇なりな現実の事件だ。


「もちろんある!


 ……と言うと、私の仕事を放棄しているようだが、一刻も早い事件の解決のためには猫の手でも借りたいのでね。今回も手を貸してくれるか?」

「もちろん、私を楽しませてくれるなら、私は喜んで猫になる。」

「よし、なら、話そう。


 と言っても、今回の事件には不思議な点は一つしかないから、君が面白いと感じるかどうかは分からないがね。」

「それでも、君はその一つを解けていないのだろう。なら、面白いはずだ。」

 なぜか、ノイマンの中では、私の評価は高い。彼に頭脳で勝ったこともないのに不思議なものだ。


「今回の事件の被害者は、ピアニストの女性だ。


 殺害現場は彼女の別荘だ。彼女の別荘は一階建てで、三つの部屋から成っている。まず、玄関を開けると、右手に二つのドアがあり、手前のドアは浴室とトイレが一体になったユニットバスで、奥のドアはピアノが置いてある演奏室だ。


 この演奏室には窓があり、この窓の鍵の近くだけ小さな穴が開けられていた。そして、演奏室の内部からガラスの破片が見つかっている。よって、犯人はこの窓に穴を開け、鍵を外して内部に侵入したものだと考えられる。


 侵入に使われた窓の穴は、空き巣が使うような音の鳴らない方法で開けられており、被害者はこの侵入に気が付かなかったと考えられる。そして、その窓の外はコンクリートになっており、足跡などは見つからなかった。


 そして、玄関をまっすぐ進むと、キッチンと一緒になったリビングがある。彼女はこのリビングの真ん中で、仰向けのまま亡くなっていた。


 死因は延長コードで首を絞められたことによる窒息死だ。凶器である延長コードは死体の首に巻き付いていた。そして、その延長コードはキッチンにあった電気ケトルをつないであるものだと分かった。キッチンにはコンセントが少ないから、延長コードでリビングのコンセントへとつないでいたらしい。


 そして、ここがこの事件の謎なのだが、彼女の死体の右側に、ガラスの破片が撒き散らされていた。リビングに飾られていたガラスの花瓶であることが分かった。飾られた花はキッチンのゴミ箱に捨てられていた。


 そして、そのガラスの花瓶は犯人によって、地面に強く叩きつけられた後、何度も何度も踏み潰されていた。実際、現場にあったガラスの破片は砂利のように小さく、一部は床に突き刺さっていた。」

「なるほど、それが君の言っていた謎か。確かに、その目的は今のところ測りかねるな。」

「流石にまだ解けないか。まだ情報が少ないからな。じゃあ、次は容疑者の情報だ。


 容疑者は3人に絞られている。


 なぜなら、その容疑者達は、彼女の別荘から歩いて5分ほどの離れにいたからだ。彼女の別荘は、近くの町から車で少なくとも3時間ほどかかる山奥にある。そして、車道は大雨による土砂崩れで塞がれていた。


 その土砂崩れは事件の日の4日前に降った大雨が時差で、土砂崩れを起こしたらしい。だから、容疑者達が別荘に着いたすぐあとに崩れており、事件の日は晴れだった。


 いわゆる、出ることもできなければ、入ることもできない状況だったから、おそらく容疑者は3人の中にいる。


 そして、その容疑者3人はそれぞれアリバイが無い。だから、犯人は別荘の離れから彼女のいる別荘へと移動し、彼女を殺すことができた。


 その容疑者の一人目は、被害者の恋人かつマネージャーであるクルーノーという男性で、第一発見者でもある。彼は被害者の別荘の合鍵を容疑者の中で唯一持っており、別荘の鍵は被害者のポケットの中から見つかった鍵と彼の鍵の二つしか無い。


 彼は被害者を夕飯に誘おうとして、別荘に被害者を呼びに行ったが、返事がなかったので、鍵のかかった玄関の扉を合鍵で開けると、リビングにある被害者の死体を見つけたらしい。


 ちなみに、彼は次に容疑者として紹介する女性と浮気をしていた。だから、恋のもつれで被害者を殺したと考えれば、殺人の動機となりえる。


 そして、その浮気相手はジェーンと言う女性で、被害者の教え子であるピアニストだ。彼女は被害者が殺された時、別荘の離れでピアノを弾いてたらしいが、防音室で引いていたので、他の二人が聞いていないから、アリバイは成立しなかった。


 彼女の動機は、さっきの浮気もあるが、ピアノの教育という名目で被害者に相当いびられていたらしい。被害者が彼女に怒号を浴びせる場面は日常茶飯事だったらしい。今回は彼女のピアノ合宿という名目だったらしいから、それに嫌気がさして、殺したのかもしれない。


 そして、三人目はピアノの調律師であるサイモンだ。彼はこの別荘までの運転をしていたので、別荘の離れに着いてから被害者が発見されるまで、自分の部屋の中でずっと寝ていたらしい。


 彼は絶対音感を持っていたのだが、ストレス性の耳の障害により、低音を聞き分けることができなかった。しかし、それを隠して仕事をしていた。だが、被害者だけにはバレていたので、口封じのために殺した可能性がある。


 これが容疑者の情報だ。どうだ、事件は解けそうか?」

「なるほど、もう君の思っていたガラスの謎は解けた。」

「そうか!」

「ああ、だが、犯人を絞り切れていない。だから、容疑者の身に付けていた物を教えてくれないか?」

「身に付けていた物か?


 確か、クルーノーは左手に腕時計を、ジェーンは右手に鉄製のブレスレットを、サイモンは銀縁の眼鏡を付けていたな。


 クルーノーの腕時計は、銀の鉄製のもので、ジェーンのブレスレットは、とげのような装飾もあった。そして、サイモンの眼鏡は度が強く、それが無いとほぼ目が見えないくらいの極度の近視らしい。


 ……それが何か役に立つのか?」

「なるほど。この事件の犯人が分かった。」

「おお! ……誰なんだ?」

「ずばり、この事件の犯人は……!


_____________________________________


「はい、それでは時間となりますので、ゲーム理論入門の講義を終わります。次回はこのナッシュ均衡の続きからしますので、復習はしておくようにしてください。」


 天神教授の締めの言葉に、私は自分の書いていた小説の世界から引き戻される。私は万年筆に蓋をして、胸ポケットに入れた。そして、腕時計を見ると、授業は少しオーバーしていたようで、休憩時間の半分が終わろうとしていた。


 私は急いでそそくさと教室を出る。早くいかないと学食の席が無くなってしまう。私は走って、講義棟から出て、食堂に向かっていた。私は食堂に行くと、食堂の前にはもう長蛇の列ができていた。


 私ははあとため息をついて、その列の最後尾に並ぶ。そして、無意識にスマホを取り出そうと、手提げカバンの中を覗き込むと、何かぽっかりと開いている気がする。私はしばらくそのぽっかりと開いた空間について考える。


 そして、重大なミスに気が付く。


 ……講義室に小説の原稿用紙を忘れてきた。


 終わった、終わった、終わった、終わった、終わった。


 もし、あの小説が他の誰かにばれようものなら、私はこの大学で生きていけない!


 私は学食の列を抜け出し、講義室に一直線に向かった。まだ、あの小説が誰にも見られていないと願いながら。

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