呪われた体
アルマに先導されてついていった二人は、街の中心部からちょっと外れたところにある、レンガ造りの二階建てになっている大きな売春宿だった。ユーリはあまりの大きさに見惚れていると、
「さ!立ち話もなんだし、私の執務室に入っておくれ!」
と、アルマに促され、ユーリは車いすに乗っている兄ごと売春宿へと入っていった。1階の奥の扉に入ると、ふかふかのソファやら上等な木でできた執務机をみると、アルマの宿はかなり儲かっているらしい。
「うちは政府も認める公娼だからね。中級の娼婦から高級の娼婦までとりあつかってるのさ」
「へー。アルマさんってすごいんですね!」
「よしとくれよぉ。それで、アンタらはなんでバルストロメイまではるばる来たのさ?見たところ旅人のようだけど?」
「その前に。こういっちゃなんですけど、貴方は信頼に値する人なんですかね?」
「ちょ、ちょっと兄さん・・・!」
慌てるユーリの前に、兄はがんとしてひかなかった。
「はっ!ずいぶんと軽く見られたもんだねぇ」
「それは、申し訳ない。娼館に引き込んで、だまして客をとらせる奴なんてごまんと知ってますからね。いくら善意からだとしても最初は疑うのが当然というものでしょう?」
「舐めんじゃないよ!私はここらで公娼で生計たててるんだよ!恩を仇で返すまねなんてするわけないじゃないか!アンタたちには本当に世話になったと思ってるんだ。アンタらも事情があるみたいだし、うちでできることなら、仕事を斡旋しようと思っただけだよ!」
「ほう?具体的には?」
「そっちのユーリって子は腕っぷしが強いんだろ?だったらうちの用心棒でも頼もうって思ってたわけ!」
「・・・なるほど。嘘は言ってないみたいですね」
(・・・兄さんの【心眼】の前では嘘はつけないからなぁ)
実は、目の見えないダヴィデは、心眼という特殊体質を持っており、人が嘘を言ってるかどうか見抜けるというものだった。
「これは失敬。【妹】を預けていいかどうか心配になったもので・・・」
「い、妹だって?ちょ、待ってよ。この子もしかして・・・・」
「その前に、貴方が誠意を見せてくれたお返しに私たちの秘密を教えましょう・・・・もうすぐ日が落ちますよね?」
なぜか目が見えないはずのダヴィデに質問されて、アルマは静かにうなずくしかなかった。
「・・・ああ。もうすぐ確かに日の入り(日没)だけど」
「あららー。もう時間だねぇ、兄さん。僕、正体表してもいいわけ?」
「ああ。この方は信頼がおける人物のようだ。別に今更逃げなくてもいいだろう」
「ま、まっておくれよ。どういう・・・」
「だまって」
アルマがわけもわからずうろたえていると、ユーリの体が淡く光輝きだした。やがて光の粒がぎゅっと彼の体を包むと、日が沈むと同時に光は泡となって消えていった。すると、ユーリの体が男装をしているものの、胸はふっくらとし、腰は細く、体の曲線は柔らかくなっていた。いわく、女性になっていたのである。
「・・・・これが、彼・・・ユリウスの本来の姿なんです。・・・彼女の本名は、【アナスタシア】。以後、お見知りおきください」
「ちょ、ちょっと待っておくれよ!一体どういう・・・・」
「ああ。彼女はいつからかわかりませんが、悪質な呪いにかかっておりまして。昼は男の姿に、夜は本来の女性の姿になるんです」
「そして、私たちは彼女の呪いを解くために旅をしていたのですが・・・。やはり、私がどうしても足を引っ張ってしまって。二人で話し合って終の棲家を作ろうということになったんですが・・・・」
「それは、ほんとごめん。兄さん。あの住宅買う予定だったのにさぁ」
「過ぎたことを言ってもどうしようもないだろう?それに、せっかくのアルマさんのご厚意なんだ。しばらく家が見つかるまで、ここのご厄介になるのも悪くないんじゃないか?アルマさんさえよければだが」
「そりゃ、構わないけど・・・・。なるほどねぇ、そうだったのかい」
「アルマさん、妹の秘密はわかってると思いますが・・・」
「わかってるよ!誰にも口外はしないよ」
「あ、あの!兄さんはこの国で神官の仕事があるからいいんだけど、僕はまだ仕事が決まってないんだ。仕事はなんでもするから、お願いします!しばらくここに置いてください!」
そういって、ユーリだった少女は、体を折ってお願いしてきた。
「アルマさん、言っておきますが、妹に娼婦の仕事はさせないでもらえますよね?返答しだいでは、私たちはこの件を辞退させていただく」
「いや・・・確かにそれは考えてなかったけど、女の体で戦えるのかい?そんな華奢な体してさぁ」
「それは、ご心配なく。彼女は夜の方が力が強くなるんですよ。並みの男が30人かかってきても負けはしないでしょう」
「・・・そうなのかい。はあ、わかったわかった。じゃあ、この宿の一室を好きに使っていいから。えーと・・・」
「アナ!!アナって呼んでください!あ、でも男の時はユーリってよんでね!ユリウスって名前だから!」
「はいはい。じゃあアナね。ここは売春宿だから、たまに雑用も頼むかもしれないけどいいかい?一応、メインは用心棒ってことで」
「はーい!了解でーす!」
「じゃあ、侍従に案内させるから。あとはよろしくね」
「はい!じゃあ行こっか。兄さん!しばらくは宿の心配をしなくていいからよかったね!」
そういいながら、るんるんで部屋へと向かう二人を見送ったアルマは、隣の客室へ移動していた。
隣のへやでは、暗闇でランプが怪しく光るなか、一人の貴族の青年が壁にもたれて腕を組んで待っていた。男の顔は黒髪を腰までのばし、顔にはハーフの仮面をつけて、顔半分は仮面で隠した男だった。
「・・・・なるほどな。そういうことだったとは」
「・・・お待たせしました。ヴァルバトス様」
「そこまでかしこまらなくていい。アルマ。今日は私用できた」
「そうかい。じゃあ座ってもいいかね?わたしゃ、もうくたくたで」
いきなりくだけた感じの口調に、貴族の青年はちっとも気にしてはいないようだった。どうやら昔からの顔なじみらしい。
「好きにしろ。俺は別に構わん」
「・・・アルマ。言っておくが、あの兄が言った通り、あの娘には絶対客をとらせるなよ?情事をしてる部屋へ近づけることも許さん」
「ちょっと!いきなりだねぇ。なんなの?あの娘はヴァルバトス様の知り合いなの?」
「それにこたえる義務はない。お前には関係のないことだ」
「なーに?あの娘のこと、妾にでもするつもりなの?ずいぶんお気に入りみたいだけど」
「いいや?(正妻にするつもりだが)」
「本気なの?ヴァルバトス様とは釣り合わないんじゃないの?あの娘、どう見ても庶民の子だし」
「・・・???言ってる意味が不明だ、アルマ。別にあの娘が庶民だろうが貴族だろうが、奴隷だろうが俺は構わない。俺はあの娘がいい。何としてでも」
「ちょっと!あの兄妹は私の命の恩人なんだよ!そう簡単にわたすわけないだろ!いくらヴァルバトス様の命だといっても!」
「・・・・それが悩ましい所だ。金で解決するならばいくらでも支払うのだが。とりあえず、あの兄が邪魔だな・・・・」
そういって、ヴァルバトスは形のいい唇に人差し指をあてて何事か思案していた。
「・・・ところで、アルマ。彼女らに何の仕事を振り分けるつもりだ?」
いきなり話の転換に、アルマは目をぱちくりとさせた。
「話聞いてたんだろ?一応腕っぷしは強いらしいから、用心棒でも頼もうかと思ってたんだけど・・・」
「おい、アルマ。いくらあの人が見てくれがよくたって、決して商品にするなよな?それは断じて俺が許さんからな」
(ちょ!執着がヤベーよ!この人!一体あの子になんの秘密があるってんだい!)
と、内心で呆れていたアルマはちょっといたずら心で、彼に尋ねてみた。
「・・・もし、言いつけを守らなかったら?」
実は、アナスタシアはとても器量よしだったので、ちょびっとだけ、ほんのちょびっとだけ商品にして売ろうかと考えていたアルマだったが・・・・
「――――殺す」
「クラディウスの名をもって、お前の娼館ごと潰す。無論アルマ。お前も殺すし、彼女の客になった男はさらなる地獄をみることになるだろう。・・・・最もその前に俺が動くがな」
「いいか?アルマ。お前も見られていることを重々承知しておくんだな」
あまりのヴァルバトスの迫力に、アルマは逆にぽかんとしていた。
「ハ!アハハ!!冗談だってばぁ。シリウス様!」
「・・・・この姿ではヴァルバトスだ。いいか?肝に銘じておけよ、アルマ」
「はいはい。了解です―――」
「・・・ではな。俺は帰る」
「あの子にはあっていかないのかい?」
「・・・あの人は疲れているだろう?今はまだいい」
そういって、仮面をはめた男、ヴァルバトスことシリウスは、嘆息している女主人をよそに、客室をあとにしたのだった。