79 来る未来
「技術者に近づけるなっ!!」
襲ってくる巨獣に対して特殊部隊の隊長が声を張り上げる。
対する敵は、巨大雌ライオンが五頭に巨大ハイエナが三頭。正直に言えばこの部隊で対処できる数を超えているが、支配されて戦わされている巨獣よりも、こちらのほうが戦意は高い。
「はいっ!」
勢いよく答えたジェニファーがその高い身体能力で爪を掻い潜り、至近距離から巨大ハイエナにライフル弾をぶち込んでいた。
その一撃にハイエナの頭部が大きく仰け反り、そこにハチベエと槍を持った子どもたちが飛びかかり仕留める姿に、兵士たちは希望を得たように気勢をあげた。
(……都合のいいものだな)
隊長は心の中で独り言ちる。
前任の責任者は家族を殺した巨獣と、それを生み出した変容した世界を憎んでいた。彼だけではなく上層部の過激派もそうだった。
隊長も友人や部下を殺されたのでその気持ちは理解できる。だが彼らは、その憎しみを異常な力を得てしまった幼子に向けてしまった。
分かる部分もあるし、それが気に入らないからと反発すれば居場所を失う。もうこの世界は以前のような、簡単にコミュニティを抜けられるものではなくなったのだ。
そこに現れたのが、あのドラゴンのような身体特徴を持つ少女だった。
いまだにその存在には忌避感を覚える者も多い。その異常な戦闘力に恐れを抱く者もいる。
だが、圧倒的な力で巨獣を討ち倒していくその姿は、ただ脅えて緩慢な滅びを迎えるだけに思えた避難所での生活に一陣の風を吹かせ、人々に微かな希望を与えた。
それを一番感じているのが、今も前線で戦っている子どもたちだろう。
彼らはあれだけの目に遭っていたにも関わらず、人間たちを護るために前に出て戦っている。
あの竜の娘は、子どもたちを保護するだけでなく〝未来〟を与えた。
前任の責任者が子どもたちに知恵を与えず、使い潰すように戦わせていたのは、彼らが成長したとき、古い人間たちにとって脅威になると考えたのだろう。
だが、それは違っていた。この子どもたちこそ、人間がまだこの世界で生きていけるという希望なのだ。
上層部や一部の過激派がそれを理解するにはまだ時間が掛かるだろう。それまで……子どもたちが大人になるまで護るのが、過去に子どもたちを護れなかった自分の贖罪だと考える。
それもすべては竜の娘が来たことから始まった。
米軍兵の中にはまだ受け入れられない者もいる。それでも避難所のコミュニティが彼女を受け入れたのは、彼女の見た目が愛らしい少女だったからだが、日本人とはそういうものだと隊長は苦笑する。
「さぁ行くぞ! 人間の力を見せてやれ!」
――そう隊長が叫んだ瞬間。
高速道路の高架の向こうから巨大な雷鳴が轟いた。
***
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
河に架かる橋から、雷獣が巨大な雷撃を撃ち放つ。
幅広い河を埋めるような球状の雷撃に、私はその場を離れようとして――
「――!?」
雷球から放電され、周囲をプラズマと変えて、電撃が飛び立とうとした私を絡め取る。
何が起きたの!? 大気に放電された電気は私にも影響を与えている。でも、この程度でダメージを受けるはずが……まさかっ!?
ザッパァアアアアアアアアアアアアアアッンッ!!
「つっ!」
河の中から連なるように大量の物体が飛び出し、私に絡みつく。
あいつっ! 無茶苦茶だ! 電気を使って磁場を作りあげたの!? あり得ないでしょ!?
その核となってしまった私へ、河の中に落ちていた自転車やハンガーなどの金属が絡みつき、私の自由を奪う。
そこに迫り来る巨大な雷球に私は――
「――……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
即座に声を張り上げ、雷球とその向こうにいる雷獣に向けて〝竜の息〟を撃ち放った。
バァアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
巨大雷球と〝竜の息〟がぶつかり合い、その衝撃が河沿いに残っていたビルの硝子を粉砕する。生い茂っていた巨大樹木の枝葉が吹き飛ばされ、燃え上がり始めた木の葉が一瞬あとに襲ってきた水とぶつかり合って、水蒸気を撒き散らした。
「くっ……」
一瞬で蒸発し、吹き飛ばされて剥き出しになった河底で膝をつく。
まさか私を焼き殺そうとするとは思わなかった。それでも竜である私を殺すことはできず、新しい防具も高熱を帯びているけどまだ壊れていない。
――ジュワァアアア……。
数秒をおいて吹き飛ばされた水が戻り始め、高熱を帯びた私に触れて水蒸気に変わる。足下に水が溜まり始めるのを見て、私は水没する前に空に舞い上がった。
雷獣は――
「――っ!」
『ガァオオオオオオオオオオオッ!!』
私が水から上がるのを待ち構えたように、高架の側面を駈けてきた雷獣が襲いかかってくる。
バキィンッ!!
雷を帯びた爪と白熱した角槍がぶつかり合い、互いに弾かれる。
私が翼を使い、河を飛び越えるように背の低いビルの上に降り立つと、追ってくると思った雷獣は顔を顰め、河向こうから稲妻を放ってきた。
「ハァアアア!!」
私も翼の先端を雷獣に向け、炎弾を撃ち放ち稲妻を迎撃する。
「…………」
『…………』
河を挟み、私と雷獣が睨み合う。
予想通り強い……。でもなんで追撃してこないの? 私も〝熱〟を使いすぎて空腹感を覚え始めているけど、雷獣も疲弊しているのかもしれない。
雷獣が左方向に動き出して私もそれを追う。
最初の橋は私の閃光で二つに断ち切られたけど、雷獣は反対側の橋へ向かい、同時に渡り始めた私たちが橋の中央で激突した。
ガンッ!
雷獣の爪と角槍がぶつかり火花を散らす。私は体格の差で弾かれそうになるのを足の爪と尻尾でふんばり、炎を噴き出す翼の力で押し返す。
ガンッ! ゴンッ!
体格の差を炎で補い、私たちは橋の上で殴り合う。
『ガァア!!』
押し切れないことに焦れた雷獣が、雷を纏った角を振り下ろす。
私も〝熱〟を込めた両腕で角槍を握りしめ、炎を噴き上げながら全力で角槍を叩きつけた。
バァッンッ!!
「つぅ!」
弾けた雷撃が私を襲い、目の奥に強烈な光が瞬いた。
――これは……なに?
知らない光景が見える。電気信号? これは雷獣の記憶?
巨大虎の群――異常な力を示す雷獣――
襲い来る家族であった巨大虎を殺していく――
微かな寂寥感――それでも雷獣は孤高を選ぶ――
雷獣は力を求め――ああ、そうか……。
雷獣は、いずれこの世界で、雷獣のような変異体が溢れると考えている。
力の大小はあっても、それらがこの世界を支配する時が来る。
その時のために雷獣は力を求め、強大な敵との戦いを切望した。
でも……人間も変わっていく。
力を持った子ども……その中でもリクやソラのような幼い子たちは、犬歯が伸び、耳が尖るなどの小さな変化が起き始めていた。
でもそれなら、この世界は――
私がその考えに辿り着こうとしたその瞬間……
暗転した世界の中で、黒いセーラー服を着た黒髪の女の子が悪戯っぽく笑いながら、唇の前で指を一本立てていた。
――バチンッ!!
戻った視界の中で互いの力が弾け、罅割れた橋の中央が崩れて、私と雷獣は一瞬で宙に放り出された。
『グォオオオオオオオオオオオオ!!』
雷獣が慌てて橋へ戻ろうとする。やっぱりそうか……。雷獣は水を分解する手段があっても、大量の水がある河辺で戦いたくないんだ。
それでも場所を変えなかったのは、強者故の誇りのためか……でも。
「逃がすかっ!」
『ガァアアアア!!』
雷獣の角を掴み、翼の噴射で真下へ飛ぶ。
ドボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
『ガァオオオオオオオオオオオオッ!』
河へ飛び込み、電撃が水面で拡散する。私は電撃を放つ雷獣の角に両手を焼かれながらも放すことなく、さらに水底へと引き込んだ。
『グォオオオオオオオオオオ!!!!』
私の意図を察した雷獣は、拡散されるのも構わず巨大な電撃を放つ。こいつ、この大量の水を分解するつもり!?
河の魚が電撃に焼かれて広範囲で飛び上がり、分解された水が消えていき、河の中央が不自然にくぼむ。
その中で拡散されなくなった電撃を放とうと雷獣が角を振りほどくが、私のやろうとしていることを見て、慌てて離れようとした。
でも、もう遅い――
「私は〝熱〟に強いけど、お前はどう?」
私は口から大量の炎を吐く。ここにあるのは何?
今ここには大量の水素と酸素にあふれ、炎に反応したそれが巨大な爆発を作りあげた。
雷獣戦、決着なるか!?
花椿が見た世界の秘密とは?
いつも誤字報告ありがとうございます。




