75 東京へ
「これが新しい装備だよ!」
「……うん」
そう言い放ったヤエコのドヤ顔と、その後ろで装備を運んでくる彼女の部下たちの申し訳なさそうな顔がやけに印象的だった。
ヤエコの部下はあきらかに彼女より年上の男性もいたけど、技術職というより職人? 元から俗世にあまり興味がないようで、上に立つ面倒を嫌がっているように感じられた。なるほど……元の上司は不正し放題だね!
「子どもたちはこっちねぇ」
ヤエコがプカァと紫煙を吐きながらコンテナを指し示すと、その臭いにジェニファーが顔を顰めながらも、子どもたちが装備を受け取っていった。
「見た目は変わらないね」
「革も黒く染色したから印象は変わらないかもね」
子どもたちの装備はあまり見た目が変わってない。服の部分は以前の化学繊維のままなので変わらないのは当然だけど、その上に着けるプロテクターが巨大生物の革製になり、耐刃性も耐衝撃性能も相当上がっている……とヤエコが説明してくれた。
装備した子どもたちも特に違和感もないようで、革防具を装備した子どもたちは、以前よりも存在感と〝気配〟が一段階上がっているように感じた。
うん、生存性能が上がったのは良かった。けど――
「…………」
「それがツバキちゃんの新装備だよ!」
これが……防具? なんか……子どもたちに比べて小さくない?
更衣室でヤエコに手伝ってもらいながら着替えて外に出ると、私を見た男性たちが一瞬固まって視線を逸らす。
「本当にこれで大丈夫なの!?」
「いやいや、ツバキちゃんが着ていたものと、そんなに変わらないよ」
胸と腰に毛皮を巻いていただけだから、確かにそうだけど!
私の新装備、というか新防具は、どう見ても革で出来たビキニでした。……いや、水着? ギリギリワンピース?
上下がかろうじて脇と背中の部分で繋がっているけど、腰と胸周りしか覆っていない。申し訳程度にサンダルが付いているけど、本当にそれだけ。
腰の部分にミニスカートみたいにひらひらとしたものが付いているので、それが尚更水着感を醸し出している。いや、色が真っ赤なものあって、まるで……
「……金魚みたいね」
「ヤエコが作ったんでしょ!?」
色が赤でひらひらしているからもう金魚にしか見えない。
「似合ってるよ、ツバキ!」
「ありがと、ジェニファー……」
慰めてくれているのか、彼女にその手の知識がないからそう思っているのか微妙に分からない。
確かに似合っている……とは自分でも思う。真っ赤な革ビキニは色合いも私に合っているし、前までの原始人スタイルと違って、ちゃんと着ている感じがして肌にも違和感がない。
「その色だって、私が決めたんじゃなくて、ツバキちゃんの血を使ったらそうなったの。子どもたちはそんなに変わらないのに」
「え、そうなの?」
「それに手脚に鱗を生やすなら、全身を覆っても仕方ないでしょ?」
まぁ、そうなんだけど……。
戦闘中は二の腕や腿まで鱗で覆うし、背中も翼を出すから開いていたほうがいい。それでも完全なワンピースじゃなくて、おへその部分も開いているのは?
「子どもたちのものより強度が強くて、お腹を覆うと動きが阻害されるのよ」
「へぇ……」
色々考えてくれているんだ。
「あとは私の趣味」
「あ、そう……」
それでも腰にあるミニスカートのようなひらひらは必要なの? スカート部分を指で摘まみながら、ちらりとヤエコのほうに視線を向けると、彼女はその意図を察したのかゆっくりと頷いた。
「その防具は、ツバキちゃんに足りなかったものを補ってくれるように設計したのよ」
「足りないもの……?」
なんだろうか? 確かに脱げやすい前までの毛皮に比べたら、随分と動きやすい気はするけど、その足りないものとは……。
「女子力よ」
「女子力!?」
そのあまりの発言に唖然とする。わ、私だってちゃんと胸とか腰とか隠しているし、ちゃんと気は使ってるよ! とあたふたする私に、ヤエコは朗々と語り始めた。
「若いからって手入れにせずに肌を晒して、髪もぼさぼさなのに艶があって、なんとなく纏まって見えるとか、ズルい……じゃなくて、今はいいけど後で苦労するわよ。普通なら排除されかねない存在なのに、可愛いから受け入れられているけど、今のうちに女子力を鍛えておかないとダメな女になると、色々考えた末にちょっとでもツバキちゃんの女子力を上げておこうかと思った、大人としての私の親心よ」
そこまで言い切ったヤエコは、煙草に火を付けて思いっきり吸い込んだ紫煙を吐き出した。
「……女子力」
そんなに少ないの!?
なんか途中で色々と酷いことを言われたような気がするけど、そういう理由なら仕方ない……のかな?
『わふん!』
「ハチベエはご機嫌だね……」
子どもたちの癒し枠として連れてきたハチベエだけど、なんとこの子も新装備を貰っていた。
ハチベエの血を貰うときはぶっとい注射器を使ったからめっちゃ抵抗して、ここに来るのも警戒していたのに、好物のキャベツを貰ったからもう忘れたようだ。
まぁ、装備といっても服を着る習慣のないハチベエに鎧なんて着られるの? とか思っていたけど、ハチベエの装備は〝腹掛け〟だった。
どんなものかと言われたら、私の中にある〝知識〟が、金太郎とかいう童話の主人公が着ていた服だと教えてくれた。ちゃんと中央にデッカく『八』の字がある。
漢字なの? カタカナなの? まぁどっちでも可愛いからいいか。
その他にも子どもたちには鋼の槍とか、体格に合わせて武器も支給されていた。私も試しに鋼の槍を使ってみたけど、私の〝熱〟に耐えきれずに溶解してしまった。
「あなたのその槍、どうなってんの?」
「さあ……?」
結局、私の腕力や熱に耐えられるのは角槍だけだった。
元は巨大鹿の角だけど、一年以上使ってきたせいかとんでもない強度になっている。
「一応、これくらいなら作れたけど」
「ナイフ?」
紛失した牙ナイフの代わりに、私の血を希釈したものを使って、巨大ライオンの牙でナイフを作ってみたらしい。もっと大きなものも試したみたいだけど、骨の段階で武器に加工するのが難しくて小さなものしか出来なかったようだ。
使っていた牙ナイフにはまだ及ばないけど、使っていればそのうち赤くなって強度も勝手に上がるでしょ。
そんな感じで装備を含めて準備を進めていた。子どもたちは私やハチベエと模擬戦をしながら、偶に外に出て巨大動物を狩っていた。
「ツバキ、こんな感じでいいの……?」
「うん、上手だよ」
倒した巨大カモシカからほどよい大きさに切り分けた肉を、自信なさげに持ってきたジェニファーを褒めてあげると、彼女は顔を赤くして横を向く。
「こ、これくらい当たり前よっ」
「うんうん」
「もぉ!」
微笑まして思わず頭を撫でると、ジェニファーは怒ったように逃げていった。
巨大生物は一般の人間や生物に忌避感を覚えさせ、たとえ肉片となっても微生物さえ寄りつかずに長期間腐ることはない。普通の人間では肉を加工することも難しく、ヤエコたちが牙を採取するときも子どもたちに頼っていたほどだ。
それでも完全に乾燥するか火を通すことで性質が変わるのか、普通の生物でも食べられるようになる。
子どもたちには避難所の人間が食べることができて、保存もできる、燻製肉を作ってもらっている。今回が初めてではなく前回持ち帰ったときには、直接子どもたちから町の人に渡したので、だいぶ関係は改善されていた。
そのおかげかもしれないけど、私たちが避難所へ戻ると、残していった部隊の子どもたちと町の子どもたちが、同じく残していたハチベエと一緒に遊んでいる姿があった。
「ツバキ……私たち、ここに帰ってきてもいいのかな」
これまであり得なかった光景。
子どもたちが普通に遊んでいる姿を呆然として見ていたジェニファーの目には、少しだけ光るものが浮かんでいた。
「そうだね……。ちゃんと帰ってこないとね」
この子たちは絶対に生きて帰してあげないといけない……。
そうして作戦当日となり出発する日となった。
住民に作戦内容は告知しないので大勢の見送りはないが、それでも仲良くなった食料担当の人やヤエコたちが見送りに来てくれた。
「ツバキもちゃんと戻ってくるんだよ」
「うん……」
「ついでにまだ使える化粧品と煙草を回収してきてね」
「ヤエコ……」
一瞬の感動を返せ。
「出発するぞ!」
特殊部隊の隊長が声をあげると、数十名の兵士や技術者が一斉に車両に乗り込んだ。
ジェニファーたちも装甲トラックに乗り込み、私は最後に乗り込みながら、これから向かう方角へ目を向ける。
私たちは廃墟となった東京へ向かう。そこで待ち構えているものも知らずに……。