73 束の間の平穏
人間の拠点を襲っていた巨大生物の群を撃退し、残っていた個体も散り散りに逃げていく。その光景に生き残った兵士やまだ残っていた人々が歓声をあげていた。
ここの人たちは私が人間とは違うからと、軍隊を差し向けて対話もなく攻撃してきた。あの刑務所跡の人たちのように、大人たちは自分たちの常識が通じない相手を、巨大生物と同じように排除する対象として見ている。
その証拠に、巨大生物を撃退した私へ向けられる視線にはある種の驚愕が……。
「あ、あんたっ!」
あの金髪の女の子が私を見て悲鳴のような声をあげる。
――パキン……。
何があったのかと自分を見下ろすと、全身から鱗が剥がれ落ちて淡い赤銅色の肌に戻っていた。問題は……私の毛皮の衣装がなかったことだ。
「わぁああ!」
ほとんどの鱗が落ちて、周りの視線に気づいた私……ではなく金髪の女の子が声をあげて、近くに落ちていた大きな布を私に被せる。
「うひっ」
でも私の肌は布地を受け付けないので思わず剥ぎ取ると、そこで我に返ったらしい周囲の女性たちが群がるように私を布地で覆い隠して、呆然と見ていた男性たちを叱っていた。
***
……なんか、なし崩し的に私はこの避難所の一部から受け入れられたみたい。
一部というのは、前線で生き残っていた兵士と避難できなかった人々。特に女性と若い男性。
まぁ、女性たちが受け入れたのはなんとなく分かるけども、世界がこうなる前はまだ子どもだった若い男性たちは何故だろう?
「そんなの決まってるでしょ! ツバキが女の子でその……」
「……?」
決まっているとは? そんなことを言ってきたのは金髪の女の子、ジェニファーだ。
彼女とお仲間の子どもたちは私と一緒にいる。と言うよりも、私とハチベエが彼女たちの住むところにお邪魔した。
『くぅ~ん……』
「……モテモテだね、ハチベエ」
現在ハチベエは、沢山の子どもたちに抱きつかれて、困った顔で大人しくモフられている。
戦ったときから思っていたけど、子どもたちの精神状態はだいぶよろしくない。ハチベエも少し成長したとはいえ、まだヌイグルミっぽいから、アニマルセラピーで頑張ってほしい。
『わふん!?』
頑張れ~~。
それに、子どもたちは精神状態も危ないけど、環境も悪い。
宿舎はほとんど電気も通っていない廃ビルだし、ジェニファー以外は十歳以下の子どもしかいないのに、遊び道具もなく、文字も読めない子が多かった。
だから私がここにいることで、子どもたちを守っている。
一部の人に受け入れられたとはいえ、上層部は元大企業の重役や軍人なので、いまだ私を警戒している人も多い。
子どもたちを兵器として扱っていた、巨大生物に恨みを持つ強硬派?……の中でも、特に冷遇していたのが、私を捕獲した特殊部隊の隊長だったらしく、その人が巨大生物に負けたことで強硬派の発言力が下がってだいぶマシにはなったけど、急に扱いが変わるわけじゃない。
だから私に食料を分けてくれた女性たちに、子どもたちにもまともな食事を配給されるようにお願いしておいた。
でもまぁ、そんな我が儘が通るのも、特殊部隊がほぼ壊滅した今、巨大生物を倒せる〝私〟に勝てる人がいないからだけど。
カンカンッ。
「ごはんできたよ~」
フライパンをお玉で叩いてそう声を掛けると、ハチベエにくっついていた子どもたちが、彼に促されてやってくる。
当然のように料理をすることも知らない子どもたちに、私がご飯を作っていた。
一応、服も着ている。私の一張羅である毛皮の衣装は、あの騒ぎの中でどこに行ったか分からなくなったけど、私が事情を説明すると、ジェニファーが古くなった革のソファーから引っぺがして持ってきてくれたので、いまはそれを胸と腰に巻いている。
調理にフライパンやお玉は使ってないのだけど、気分的に叩いてみた。
まともな食料を配給されるようになっても、すぐに充分な量が届くわけじゃない。世界がこうなってから植物が大きくなり、成長が早くなって野菜類は充分な量があるらしいけど、囲いの中は限られているから小麦や米は貴重品で、すぐには配給されない。
特に豚も牛も巨大化したせいで、ミルクは少数の山羊頼りでそれを肉にすることも出来ず、魚もマグロなんかは巨大化しているから多くは獲れず、動物性のタンパク質はとても貴重品だった。
「……お料理ってこれでいいの?」
「今は仕方ない……」
でも私たちは、巨大生物のお肉を食べることができる。
奇妙な力を発していて、普通の生物だと虫や微生物でさえたかることなく腐らない。以前のジンベエの反応だと近寄ることさえ嫌がっていて、一応火を通せば普通に腐るし、普通の人も食べられるようになるけど、それ以前に加工することも難しいはず。
『いただきますっ!』
ようやくお腹が空いていたことを思い出したように、子どもたちが巨大生物の〝生肉〟を美味しそうに食べだした。
表面を軽く炙って塩を振っただけのものだけど、この世界に適応した子どもたちは、私やハチベエと同じく巨大生物が持つ奇妙な力も旨みと感じるようで、こんな炙って切っただけの料理ともいえないものでも喜んで食べてくれた。
今回襲ってきた巨大生物は私がほとんど燃やしちゃったけど、身体の大きな鰐や猪はまだ生の部分が充分に残っていた。
料理経験のないジェニファーも、みんなの〝お姉ちゃん〟として私の調理(?)を手伝ってくれたけど、納得できていない感じだった。
ジェニファーたちの対巨獣部隊は、上位組織である特殊部隊がほぼ動けないことでその管轄から離れている。
上層部の人で穏健派の人の何人かは私に会いに来てくれたけど、いまだに強硬派の人たちは巨大生物から街を取り戻そうとジェニファーたちを使いたがっているらしい。でもその穏健派の人でさえも、巨大生物の脅威に対して〝私〟が希望であると同時に扱いかねている感じだった。
私は彼らが忌避する巨大生物と同じ新しい存在だと思われている。
同じ姿をして、自分たちから生まれたジェニファーたちでさえ巨大生物への忌避感から冷遇していた。そのことに眉を顰める人もいたけど、大部分の民意としてその人たちは行動を起こすことができなかった。
大人しいとはいえ巨大生物であるハチベエの存在もあり、忌避感の強い人々はできることなら私に、この避難所から出て行ってもらいたいと思っているはず。
そんな私を一応とはいえ受け入れているのは、巨大生物の襲撃に危機感があることと、米国の存在があるらしい。
「私とは違う〝竜〟……」
穏健派の人がその存在を教えてくれた。
一度だけ訪れた米軍の偵察機と交換した情報の中にあったらしいが、米軍もそれ以来訪れてはいない。米国がもう限界なのか、それとも反攻作戦にほぼ壊滅した日本は必要ないと判断したのか分からないが、〝私〟の存在を含めてここの上層部はもう一度彼らと接触したいと考えている。
「なんだかなぁ……」
「どうしたの?」
ふと漏らした私の言葉に、近くにいたジェニファーが反応する。
「ううん、なんでもないよ」
その日、私たちは怪我も治り精神も安定しはじめた子どもたちを連れて、廃墟の市街地まで来ていた。
避難所に本は少なく、電子書籍はあるけど、貴重な精密機械であるタブレットをジェニファーたちは持たされていなかった。だから今回は巨大生物の狩りのついでに比較的被害の少ない街から、子どもたちが使える教科書などを探しに来た。
ちなみにハチベエはお留守番。まだ治ってない子どもたちがいるからね。
とりあえず文字を教える。算数や簡単なことを教えて、本を読むことができれば彼女たちが大人になったとき選択肢が増えるから。
そのときに子どもたちがあそこに留まるか出ていくか分からないけど、彼女たちが巨大動物を加工して、一般人でも食べられるものにできれば、独自の価値が生まれると考えた。
今はそこを根城にしていた巨大ラクダを狩って、ビルから吊して血抜きをしている。
……血抜きしないと普通の人は食べられないからね。避難所で倒した巨大生物も、そのせいで一般人の食料にはできなかった。
「…………」
どこかにいる〝竜〟の存在。それが私とどう関係するか分からないけど、軍の上層部は米国と連絡を取るために、私に巨大電波塔の機器を奪取するための作戦協力をお願いしてきた。
正直、どの口が……とも思うけど、私もその情報を知りたいと思っている。
でも私は一つ懸念があった。それは、避難所を襲ってきた巨大生物たちが〝何か〟を恐れていたことだ。
ジェニファーたちが聞いたという、襲撃直前に聞こえた雷鳴……。
私は不安を感じつつも巨大電波塔攻略に参加することを決めた。
一部から受け入れられた花椿
そして東京の攻略に参加する子を決める。
いつも誤字報告ありがとうございます。




