72 竜人
『わふん!』
「うん、やろう」
警戒するように取り囲む生き残っていた巨大生物たちに、私はハチベエと共に身構える。
死骸の数からして、〝私〟が暴れたことで半数くらいは倒せているけど、それでも二十体以上残っていた。
完全に目が覚めた。でも、まったく覚えていないわけじゃない。
あのとき捕らえられてからのことはうっすらだけど覚えている。夢で観ていたような感覚だったので、夢の部分もあるかもしれないけど、それでもここが、私たちが向かおうとしていた石油化学コンビナートで、人間たちの拠点であることは理解している。
そして、ここが今現在、巨大生物に襲われていること。それと、〝私〟が〝竜〟となって暴れていたことも……。
どうしてここまでやられて、知能の高い巨大生物が逃げ出さないのか分からないけど、とりあえず邪魔なこいつらを排除する。
「……あ、あの」
飛び出そうとした私の背後から声が掛けられる。それと同時に感じた、慣れ親しんだ〝気配〟に振り返ると、あの金髪の女の子が申し訳なさそうな顔をして、それを私に差し出した。
「角槍……」
この子が拾ってきてくれたの? もう一つの相棒。使い込んだことで赤みを増し、今は赤みがかった象牙色をした〝角槍〟を私は頷いて受け取った。
「わ、私たちも――」
女の子とまだ怪我の少ない子どもたちが武器を構える。一緒に戦ってくれるの? でも……
「大丈夫」
何か切羽詰まったような顔をした彼女。最初にあった敵意はすでになく、何しろ彼女たちからは悪意の〝気配〟を感じなかった。
その姿にアキやリンを思い出して思わず頭を撫でると、驚いたように目を見開いた。
「倒してくるから」
剥がれていた真っ赤な鱗が手脚を覆う。腰回りから背中まで鱗が覆うと再び翼が広がり、鱗の隙間から炎を噴き上げた。
ダンッ!!
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
炎の推進力で飛び出した私は真正面にいた巨大猪の眉間を槍で突き刺した。
それでも巨大動物は即死しない。灼熱化した角槍が傷口から炎を吹き上げ、巨大猪の頭部を焼き尽くす。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その横から巨大ハイエナが襲ってくる。私は角槍を引き抜きながらハイエナの爪を掻い潜り、旋回する尻尾の一撃で顔面を吹き飛ばした。
その攻撃の隙を突いて巨大カバがその巨体で押し潰そうと飛びかかってきた。
「ハァアアアアア!!」
私は肺に息を吸い込み、飛びかかってくる巨大カバに向けて逃げ場のない炎を浴びせかかる。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
炎の勢いに押された巨大カバが一瞬で炎に包まれ、全身を焼かれたそれは転がるようにもがきながら、炎の中で息絶えた。
なんか勿体ない! 私が〝竜〟のときに倒したのも含めて、食べる部分がほとんど焼けちゃっているじゃない!
「それなら――〝斬る〟!」
片手を地面に着け、尻尾を水平に伸ばしながら翼の〝熱〟をジェット機のように噴き出す。
その勢いのまま一直線に飛び抜け、鋭利な鱗の翼が巨大鹿と巨大カモシカの首を斬り飛ばした。
――ズササァアアア!
鱗で覆われた足がアスファルトを削るようにブレーキを掛け、そのまま直角に飛び抜けながら、巨大豹と巨大黒豹を両断する。
身体が軽い。身体能力も身体強度も上がっている。
どういう理由で私の中の〝竜〟が目覚めたのか分からないけど、目覚めた力は今の私となっても巨大生物を倒すには充分なものだった。
『グルゥ……』
瞬く間に残りの三分の一を殲滅した私に、残りの巨大動物たちにようやく脅えが奔る。
いや、最初から〝何か〟に脅えていたようだけど、今、目の前にいて、自分たちを殺しまわる私への恐怖がそれを上回り始めた。
ハチベエも子どもたちと協力して巨大雌ライオンを倒していた。みんな怪我をしているけど、それでも戦意のほうが勝っている。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
巨大雌ライオンの最後の一頭が吠え――そのまま戦うことなく壊れた壁のほうへ駆け出すと、残っていた巨大生物たちが追従するように散り散りに逃げ始めた。
でも――
「そっちはダメ!!」
それに気づいた金髪の女の子から悲痛な声が響く。
あの向こうは……町がある!?
最後の大型巨大生物である巨大サイが逃げ場を失い、大型バスほどの巨体で人がいる町のほうへと駆け出した。それだけじゃなく、釣られて数頭の巨大鹿と巨大馬が後に続いている。
今なら角度を調整すれば閃光の〝竜の息〟で巨大サイの頭を撃ち抜ける?
「だめだ!」
人がいる街は石油貯蓄タンクの下にあった。それにまだ石油が残っているのか分からないけど、撃てばそれに当たる!
「それなら!」
私は翼から炎を噴き出して巨大サイの後を追う。間に合えっ!!
***
「私は……」
〝竜の唄〟の恐怖から解放された特殊部隊とその隊長は、朦朧としながらも現状を理解しようと頭を巡らせる。
おそらく捕獲したあの〝バケモノ〟が巨獣襲撃の隙を突いて脱走した。そして巨獣と共謀して自分たちを襲い、何か催眠のようなことをして自分たちの意識を奪ったのだ。
「だから、あんなものはさっさと冷凍でもして……」
「た、隊長!」
自らの失態を憤りと不満で転嫁しようとした隊長に、隊員の切羽詰まった声が掛かる。
「何事……」
問うまでもない。足下から響く振動と駆け抜ける音が近づいてくることに気づいた隊長が振り返ると、巨大なサイの巨獣がすぐ間近にまで迫っていることに気づいた。
「げ、迎撃せよ!!」
異変前よりこの職に就いていた彼はとっさにそう命じる。
大型巨獣とはいえたった一体。残った機関砲と爆発物を使えば足止めをするくらいはできる。そう判断した隊長だったが、聞こえてきたのは復唱でも迎撃の銃声でもなく、我先にと逃げ出す隊員たちの悲鳴だった。
「何を――」
――やっているのか? そう怒鳴ろうとした声が止まる。
あの〝バケモノ〟と対話することなく捕獲することに消極的、もしくは反抗的だった隊員は、敵を選別する〝竜の唄〟の影響を受けずに、一般兵士と共に巨獣を食い止めるべくその場を離れていた。
そして、隊長に従順だった者たちは〝竜の唄〟の選別を受け、恐慌を起こして無謀な突撃をした結果、そのほとんどが戦闘不能になっていた。
「わ、私が――」
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
隊長は何を言おうとしたのか、それを言い切ることもできずに巨大サイに撥ね飛ばされ、逃げ出した生き残りの隊員たちも後続の巨獣に踏まれて弾き飛ばされた。
その一撃で内臓が潰され、血を吐きながら宙を舞う隊長は、最初は一体何のために武器を手に取ったのかを思い出す。
巨獣の襲撃によって妻と子を失い、巨獣や世界に対する恨みだけで武器を取ってきたが、最初は誰かを……家族を守りたかったからだと思いだした。
宙を舞う隊長の瞳に、青い空を飛び抜ける真っ赤な〝竜〟の姿が映る。
(ああ……綺麗だなぁ……)
***
住民を守っている兵士がいる。それでもすべての人を奥へ避難させることができず、多くの人が逃げ遅れていた。
私は翼を使い一気に巨大生物たちの頭上を飛び抜けると、住民を守っていた兵士の少し前に飛び降りて、彼らを守るように大きく翼を広げながら、声を張り上げる。
「ハチベエっ!! 全員で射線上から離れてっ!!」
これだけ言えばハチベエは分かってくれる。
〝相棒〟が慌てて子どもたちを避難させていることを信じて、私はそのまま声を咆吼に変える。
「――――ぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
全身の〝熱〟が口内に集まり、咆吼が閃光となって解き放たれた。
一抱えもありそうな光の帯――〝竜の息〟が真っ直ぐにこちらへ向かってきた巨大サイを貫通して、その後ろにいた巨大生物たちを一瞬で焼き殺す。
その閃光は止まることなく、破壊された壁から逃げ出そうとしていた数体の巨大生物を吹き飛ばし、そのまま燃やし尽くした。
「……終わった?」
余波で陽炎のように大気を揺らしながらそう呟く。
見えている範囲に暴れている巨大生物の姿はなく、ハチベエたちや一般兵士と戦っていた逃げ場をなくしていた巨大生物も、私の〝竜の息〟を見て壊れた壁から逃げ出していた。
ようやく勝った。そう思い息を吐くと、一瞬の静寂の後に背後から悲鳴のような声が響く。
まだ人間たちがいた……。
私は自分の姿とやったことを思い出す。さすがに婆ちゃんのようにはいかないか。
でも……
「……え」
私がその悲鳴に振り返ると、そこには悲鳴ではなく、笑顔を向けて歓声をあげている人々がいた。
巨大生物を倒した花椿とハチベエ。
人々の反応は?
そして、巨大生物が脅えていた意味は?
いつも誤字報告ありがとうございます。




