7 ジンベエの畑 その2
「お前、ひょっとして、結構お年寄りだったりする?」
クゥ~ン……。
用水路で自分の身体を洗うついでに、ワンコも洗ってみた。
水浴びは好きでも洗われるのは好きじゃなかったみたいで抵抗されたけど、頑張って洗ったらすぐに大人しくなった。
ワンコにはすぐ終わると言ったけど、結果的に毛にへばりついた汚れが酷く、ノミも付いていたので綺麗になるまで何度も洗わないといけなかった。
ブルブルブル……ッ。
水からあがってワンコと並んで身体を震わせ水気を飛ばし、しばらく日向ぼっこで身体を乾かした。そこで綺麗になったワンコの毛を撫でていたら、茶色の中に白い毛が混じっていて、お年寄りだと気づいた。
まあ、そうだよね。野菜が野生化するまで時間が経っているのなら、飼い犬も年を取るはずだよねぇ。
でも、その割には民家がそこまで古くなっていないし、樹木が何十年も経ったように巨大化していたのに、ワンコは何十年も生きないよね?
クゥ~ン?
「わかんないよねぇ。それじゃ、ついでにザリガニでも獲っていきますか」
バウッ!
この辺りに悪戯をするようなカラスはいなかったけど、念のために毛皮の一張羅の上に石を置いて、真っ裸のままで用水路のザリガニを探し始める。
「あ、いた。こっちにも! い、入れ物は……あった!」
近くに割れたプラスチックバケツが落ちていた。水は汲めないけど充分だ。最初はそのバケツにザリガニを入れていたけど、途中で面倒になって用水路の外に放り投げていく。するとワンコは遊びだと思ったのか、放り出されて逃げようとしているザリガニを咥えて、バケツの中に入れてくれた。うん、賢い!
「大漁だ」
バウッ。
ザリガニも沢山獲れたけど、結構大きめの貝もいた。やたらと大きな貝やアサリみたいな二枚貝もいて、ついでに幾つか獲っておいた。
毛皮の胸当てと腰巻きを身につけ、ワンコと一緒にほくほく顔で家に帰る。
よくよく考えてみるとこの毛皮、結構おかしい。あの巨大鹿のせいか、私の血を浴びたせいか、やたらと丈夫で私の爪以外では切れないし、虫もまったく付かないし、水気もある程度はじいて埃も払っただけですぐ落ちる。
いや、便利なんだけどね。……便利なのだけど、常識的に理解できなくて首を捻る感じ。
今日のご飯は、民家から大鍋を借り、大量のザリガニを塩茹でにすることにした。本来なら綺麗な水でしばらく放置したほうが良いらしいけど。
「確か……」
バタバタと民家へ走り、農業関連の本の中にあったような気がした『川釣り』の本を探す。その本は釣りの専門書というわけではなく、川魚の種類や捌き方もあり、その中にザリガニのことも書いてあった。
「……こうかな?」
小尾の真ん中を折るようにそっと引き出すと、黒い腸が引き出された。
本当に取れるんだ……。そのあとチマチマとザリガニから腸を抜き、鍋に水を張って焚火で茹でる。全部食べるわけじゃないけど、悪くなる前に茹でて何日かに分けて食べるつもり。
焚火は前回より慣れてきたのか、身体の〝熱〟を使わなくても数分で付けることができた。
もしかして普段の力も少し上がっている?
「完成!」
バウッ!
茹で汁はザリガニの出汁が出ていそうな気もするけど、ザリガニも丁寧に洗ったわけじゃないからそのまま捨てて、冷ましたザリガニをワンコに渡す。
「いただきます」
バウッ。
味は普通に美味しかった。汚れは若干気にはなったけど、ワンコが頭も食べていたので私も殻ごと噛み砕いて食べていると些細なことは気にならなくなった。
私は歯も丈夫だ。牙も生えているので、ザリガニの頭もハサミも煎餅のように噛み砕けた。煎餅は食べたことないけど。
一人と一匹で二十ほどのザリガニを食べたけど、ワンコはついでに家庭菜園のキャベツを食べていた。……え? それが好物なの?
私も食べたくなって、虫が付いてないネギを剥いて丸かじりしてみる。
「これもからいっ! ……ん? これって犬小屋?」
家庭菜園の近くに朽ちた犬小屋があった。なんとなく落ちていたプレートを拾ってみると、そこには名前らしき物が書いてあった。
「ジンベエ……これ、お前の名前?」
……バウッ!
数年ぶりに呼ばれた自分の〝名前〟にワンコ……ジンベエは噛みしめるように間を置いて、元気よく返事をしてくれた。
さて!
「お掃除を始めます」
クゥ~ン?
お邪魔するのだから、使わせてもらう場所くらい掃除をしようと思った。
掃除用具は縁側の隅に纏めてあった。掃除機は使えないけどホウキやはたきは竹製だったので、特に傷んでいないからそのまま使う。
納屋のほうを探してみると、農具を洗っていたらしい大きな桶と割れてないバケツを見つけた。
錆びた草刈り鎌とか縄とかあったけど、今は必要ないから放置する。
借りたバケツと雑巾で台所から拭いていく。天井の蜘蛛の巣をはたきで払い、埃を落として箒で外に掃き出していく。
ジンベエの寝床になっている板の間も掃いて拭き清め、毛布はノミとダニだらけだったので、容赦なく用水路で洗濯した。
キャンッ!?
「あ、ごめん、お気に入りだった?」
毛布が洗われたことでジンベエが抗議をしてきたけど、押し入れの中から見つけたまともな毛布を渡すと、むちゃくちゃ喜んで寝転がっていた。
あ……いいんだ? それで。
「毛布にご主人の匂いでも残っていたのかなぁ……」
掃除が終わると日が落ち始めていた。達成感に汗を拭い、暗くなる前に埃と汗を流しておこうと用水路に足を向ける。
「ジンベエ、こないの?」
身体を洗うことを察したジンベエは一緒に来なかった。勘の良い奴め。
用水路に向かう途中、ふと畑を見ると小鳥が畑の野菜を啄みに来ていた。
でもジンベエは動かない。お爺ちゃんだから仕方ないのかと思っていたけど、小鳥程度なら近くで啄んでもジンベエは特に追い払ったりしないようだ。
それならどうして最初に私に吠えたのだろう? 悪戯者のタヌキでもいるのかな? それとも、人間を警戒していた? ジンベエはあんなに人懐っこいのに?
ジンベエは最初、人間を忘れていたみたいな感じだった。それなら、ジンベエは何を警戒していたのだろうか。
「…………」
夕焼けに染まる畑の一部が、妙に乱れた〝影〟になっていることが私は少し気になった。
「晩ご飯です」
バウ。
今回はお料理に挑戦してみましょう。
まずは昼に茹でたザリガニの中で、お爺ちゃんであるジンベエが食べにくそうな、殻の固い大きな物を十個くらい選びます。
爪で殻を剥いて身はより分けておく。鍋に頭や殻を入れて、身体を洗ったついでに洗っておいた野菜の中でネギの葉の部分を入れて、焚火にかける。
その間にジャガイモの芽を取り、ダイコンとネギも適当に切っておく。
ジャガイモに大きな物はなく、小さい物が鈴なりになっていた。ダイコンは細くて小さいけど味は変わらないはず。
その間に殻とネギの葉を茹でていた鍋は、うっすらと脂が浮いて、なんとなく良い感じになっていたので、ネギの葉を取り出して捨てる。
「あ、それは食べちゃダメっ」
クゥ~ン……。
この野菜好きワンコめ。ワンコに長ネギもダメだよね?
その後にザリガリの頭と殻を丁寧に取り除き、ジャガイモとダイコンを入れて煮る。ジャガイモに枝が刺さるくらい柔らかくなったら、ザリガニの身と砂抜きした貝を入れて、火が通ったらジンベエ用に取り分けて、私の分はお塩で味を調える。
「完成です」
バウッ!
日が落ちて焚火の明かりが照らす民家の庭で、ほどよく冷めたシチューもどきをジンベエが喜んで食べ始めたのを見て、私も民家で借りた器とスプーンで食べてみる。
「あ、おいしい、かも?」
味はシンプルだけど、煮込まれた野菜が美味しい。ネギも入れたら甘みも増すと思うけど、ネギは直火で焼いて私の分にだけ後から入れたから、そこまで味に変化はない。
「ん~~……」
色々と足りないから物足りない感じもする? 貝からあまり味が出ていない? 食用の貝じゃないのかな?
でもまあ、良く出来たと思う。沢山作ったので明日の朝も食べよう。
蓋をした鍋を台所に移して、月を見ながら用水路で洗い物。ジンベエは私を護るように周囲を警戒して、どこかで捕まえてきたザリガニを私に差し出した。
「はいはい、明日の朝ね」
民家に戻り、今日はもう寝ることにする。
まだ毛布はあったけど布地はやっぱり苦手なので、戸を開けっぱなしにしながら畳で眠ろうとしていると、板の間で新しい毛布で横になっていたジンベエが、そっと近づいてきて畳の部屋のギリギリで横になった。
「……一緒に寝よっか」
クゥ~ン……。
私は板の間のほうへ移り、綺麗になったジンベエの毛を撫でながら、抱きつくようにして眠りについた。
おやすみ、ジンベエ。
静かな刻が流れます。
次回、『ジンベエの畑 その3』 二人に迫る巨大な影……