66 待ち伏せ
石油化学コンビナート、軍部司令部。
米軍や自衛隊などが合流した武装集団であり、この石油化学コンビナート一帯の支配階級の一つであり、この地域の護りを目的とする組織だ。
だが、元々の軍事関係者など二千名足らずしか居らず、避難民からも徴兵を行っているが、巨獣の脅威に対抗できるほどではなかった。
「〝正体不明〟は、角と爬虫類の尾を持っていた、と言うことで間違いはないか?」
「そうなります」
元米軍人である黒人男性の言葉に、複数の幕僚が集まる中から日本人らしき男性が重々しく頷いた。
世界の変異より十一年が経ち、巨獣の猛威も、巨獣同士が争い、互いを警戒することで小康状態に落ち着いている。だがそれは人間にとって良いことではない。それは巨獣たちの共通の敵であった〝人間〟が反抗もできないほど数を減らしていることを意味していた。
多くの人を抱えていた国は食料や燃料が輸入できなくなり、ほぼ壊滅した。自然を残していた発展途上国の多くは巨獣に襲われ、もはや存在すらしていない。
今でも国家の形を残している所は、素早く国民を切り捨てることができた国だけだ。その国でも今あるものを食い潰しているだけで先の展望は見えない。
この世界に人間という種はどれほど残っているのだろうか? このまま巨獣の餌として滅びるのを待つしかないのか?
だが、人間はまだ諦めていなかった。
人間が再び力を持つには世界規模の連携が必要だった。この地域のように軍部と企業がいち早く動いて備蓄燃料を確保し、世界変質前の技術と生活をある程度残すことはできたが、それも今の備蓄が尽きるまでのわずかな時間でしかない。
今ある備蓄を使えるのはあと何年か? 他の無事な備蓄燃料地域を確保することができても、何十年持つのか? いつか必ずそれは尽きる。
太陽光発電はパネルの寿命によりかなり効率が落ちている。世界中にある無事なダムも管理をする人間がいなければ放水ができなくなり、決壊して多くの犠牲者を出した。
だが、幸いにも中東の石油産出地帯は、巨大化するほど大きな動物は多くはなく、巨大化した家畜もその気候により離れたことで、比較的安定していると聞く。
米国は七割の州を落とされたが、生き残った者たちが団結し、今はバイオ燃料の量産を始めていた。
その情報は米国よりもたらされた。通信網は中継局もなく、すでにほとんどの人工衛星も用を足さなくなっていたが、米国は巨獣の少ない空を使い、大型の長距離航空機を使って情報収集に努めていたのだ。
そのとき日本まで辿り着いた航空機と通信が行われ、情報を得ることができた。しかし、安全に使える滑走路も航空燃料もない日本に降りることはできず、航空機は数十分ほど通信した後に米国へと戻っていった。
それが三年前……。それ以来、再び航空機が訪れることもなく、現在、どれほどの人間勢力が残っているのか定かではない。
しかし……その通信の中で、圧縮されて送られてきた情報の中に、世界変質の原因として、とある記述が記してあった。
ユーラシア大陸。大国が滅びたその奥地で、巨大な〝竜〟のようなモノを見た……と。
「その〝正体不明〟と接触する。必要なら捕らえて研究するために、特殊部隊を派遣する」
***
「出発するよ!」
『わふん!』
久しぶりに見えた太陽に大きな声を出すと、ハチベエも嬉しそうに尻尾を振っていた。
次の目的地は決めたのだけど、そこへ向かう準備をする必要があった。無事な中古車ディーラーがあったので、そこまで軽トラを持っていき、比較的まともなガソリンの補充と、オイル交換などの簡単な整備をした。やっぱりガソリンが古いせいか、整備が不十分なのか、オイルが汚れていた気がする……。
そんな感じで整備をしていると、台風直撃。運良くシャッターは手動で下ろせたので、私とハチベエは巨大雌ライオンのお肉を消費しながら過ぎるのを待つことにした。
お肉、お弁当だったのに……。
――ブルルンッ。
そんなわけで台風が過ぎて久しぶりの晴天。
なんとなく軽トラの調子も良くて、尻尾を振りながら併走するハチベエと一緒に勢いよく走り出した。
「…………」
『わう』
台風で路面が泥だらけ。ついでにハチベエも泥だらけ。途中で何度かタイヤが泥に嵌まって私がその度に押すことになった。
それでも数時間も走れば路面の土も乾いてきて、まともに走れるようになった頃、地図を見ていると進行方向に大きな湖があることに気づいた。
「ちょっと寄り道するよっ」
『わふん!』
ハチベエに一声かけて湖のほうへ進路を切る。
しかし、関東に入ったのに全然都会にならないね。私が駅周辺じゃなくて国道を通ってきたせいでもあるけど、ずっと住宅地のような背の低い建物の街が続いている。
でも、古くて大きな住宅が増えた気がする。ここら辺なら畑もあるから井戸でも掘れば暮らしていけそうだけど……やっぱり文明は忘れられないか。
都会に近ければ近いほどそういう人が多くて、南に行けばまだ文明が残っていると信じて、巨大動物に襲われて消えていったのかもしれない。
「洗うよ!」
『わふっ!?』
湖に着いてすぐ私はハチベエを担いで力一杯投げ飛ばす。……だいたい五十メートル。
大きな水飛沫を立てて着水したハチベエを追って駆け出した私が水辺に着くと、水の中から飛び出したハチベエが私に水をぶっかける。
「ぶはっ」
『わふ!』
そんな感じで遊びながら互いの泥を洗い流し、ハチベエが獲ってきてくれた魚を焚火で焼きながら、私も洗った毛皮を角槍に引っかけて乾かした。
『わふ?』
「どうしたの?」
ハチベエが見ている方角に目を向けると、湖の向こう側……その空に浮かぶ物があった。
鳥……じゃないよね。なんか動きが人工物っぽい。
「なんだろう……」
そう思って、〝気配〟を探るように意識を凝らすと、微かに動物や魚とは違う気配に気づけた。
その〝気配〟に気づくと、それに違和感を覚える。
それは子どもたちと戦い、軽トラの整備をしたあの街から出たあたりから、纏わり付くように感じていたものだった。
……誰かに見張られていた。ううん、すぐに動き始めて、ずっと整備場にいた私たちを簡単に見つけられるとは思えない。つまり……出待ちされていた?
それは誰か? 知恵のある巨大動物か? それとも……あの空を飛ぶ人工物を作れる技術がある者たち……人間か。
「……移動するよ」
『わふ?』
マスみたいな淡水魚を生で食べていたハチベエに声をかけ、私は焼き上がった魚の串を掴むと、そのままバリバリと噛み砕いて軽トラに乗り込んだ。
とりあえずここから移動する。私から接触するつもりではあったけど、受け身なのはなんとなく気分が良くない。
来た道を湖に流れ込む川沿いに戻り、長い橋を渡り始める。早く離れたいと思っているせいか、百メートル程度の橋がとても長く感じた。
放置してある廃車も煩わしくなる。あと少し、あと数メートル……。そうして橋を渡り、速度を上げようとアクセルを踏み込んだ瞬間、フロント硝子越しの空に人工物が見えた。
――ドォオオオオオンッ!!
「――!?」
キィキィイイッ! 突然車体が傾き、ハンドルが取られる。タイヤがパンクした!? ううん、あれはパンク音じゃない。あれは!
『う~~っ!』
急いで車外に出ると、ハチベエが廃墟のほうを警戒して唸っていた。
私も角槍を構えてそちらを睨むと、そこに廃墟の陰から、あの子どもたちと同じ装備をした十数名の〝大人〟たちが現れ、私に武器を向けた。
現れた人間の勢力。
それに対すて花椿は何を思うか……




