63 不穏な気配
シリアス気味
『わふん!』
ハチベエの小太り問題が発覚して数週間。もうすっかり体重も元に戻ったハチベエが、飛び跳ねるように軽トラと併走する。
体重が戻ったと言っても減ってはいない。どういうことかと言うと、沢山ウナギを食べさせて運動をさせたらメキメキと大きくなって、随分と仔犬らしさが薄れた感じ。
でも、狼じゃなくて、まんまデカい柴犬だなぁ……。
結局、体重は減っていないし、ハチベエは今からさらに体重が増えそうなので軽トラの荷台は乗れなくなっちゃった。でも、成長して身体が動かせるようになったハチベエは走ることが楽しいらしくて、荷台への未練はないみたい。
まぁ、よく考えてみればハチベエだって巨大動物なのだから、夏バテなんてしないよね。仔犬だから沢山食べた分だけ早く成長すると思った私も悪い。
「体重か……」
ずっと軽トラを運転している私も大丈夫かな? とは思ったけど、そもそも〝熱〟を使うと余計な熱量は消費されるし、そもそも私って食べる量が足りていない気もする。足りないと言うより、まだ沢山食べられない感じ? 〝熱〟を使いすぎて飢えているときは巨大鹿の半分くらいなら食べられるけど、それだと足りていない感じがしている。
でも、少しずつだけど一気に食べられる量が増えているから、時間が経てば私も成長できるかもしれない。
だけど、全然身体が成長しないんだよねぇ……。
廃墟の学校で器具があったから調べてみたけど、婆ちゃんちで調べたときから背も伸びないし体重も増えていない。
単純に身長の成長が止まったのかと思ったけど、廃墟の鏡で見た私は、生まれた廃病院で見た自分と変わらないように見えた。いや、角と尻尾の〝竜〟の部分は成長しているけど、人間っぽい部分が変わらない十代前半から半ばくらいのままだった。
もしかしたらずっと変わらない……?
いやいや、まだ一年半しか経っていないし、成長が遅いだけかもしれないじゃん。
「のんびり一緒に成長しよう、ね?」
『わふん?』
ハチベエの成長具合なら普通の犬の数倍は生きるはず。数年もすればハチベエも成犬になって、数十年もあれば私も大人になれる……よね?
旅路のほうは順調だ。ハチベエが海を気に入ったのと食糧確保がしやすいので、海に近い国道を通ってようやく関東に突入した。
長かったなぁ……。走ったほうが早かったとは思うけど、結局は寄り道次第なんだよね。
でも……ここまで人間とは誰とも会っていない。
海が近いなら、漁には出られなくても素潜りや釣りで魚は捕れるし、食料は比較的手に入れられそうだけど、そんな人たちはいなかった。
でもそれは、大きく分けて二つの可能性があると思っている。
一つは、避難民を追って南下した巨大生物たちによって、人間がほぼ全滅している。
あまり考えたくないけど、可能性は高い。
そしてもう一つ……。無理してでも全員が避難する理由があった。
北のほうなら巨大生物に襲われる危険を冒してまで避難するよりも、婆ちゃんやその周辺の人たちのように残る人もいると思う。実際、途中で襲われた大型バスや自動車は多く見かけた。
でも、関東に近づくほどに人の痕跡が少なくなるのは、残るよりも、無理を押してでも避難するほうが安全だと判断した。
おそらくこの関東のどこかに大きな避難所が存在している。
旅は順調……なのだけど、関東に入って海沿いを離れて進んでいると、これまでとは雰囲気が少し違ってきた。
「戦いの跡……か」
その光景に私も思わず車を止める。
これまでの大きな街でも偶に見かけた警察や軍隊らしき車両が、破壊されて放置されていた。その近くには草むらに埋もれるように大量の巨大動物の骨も見える。
きっとこの辺りが北からの防衛戦だったのだろう。でも……巨大生物は軍隊じゃない。
あれらは山から、森から、水辺から、人が造った道などは通らず、個別の意思を持って敵となりうる〝人間〟を駆逐するために襲っていった。
人間にとって巨大生物は敵性生物だ。でも、あの狼たちのように解り合えるものもいる。
でも、そう思えるのは私が人間ではないから……?
『くぅ~ん?』
軽トラから降りて戦いの跡を眺めていた私に、ハチベエが心配そう頬を舐める。
「ううん、なんでもないよ」
そんなハチベエの首回りをワシワシと撫でながら、これからのことを考える。
ハチベエは人間を見たことがない。ハチベエが人間に会ったらどんな反応を示すのか? そして人間はハチベエや狼たちにどんな行動を起こすのか?
そのとき、私は……?
「……まぁ、そのときにならないと分からないや」
『わふ?』
「今日はもっと先に進もうね」
『わふん!』
もう少し走られると聞いて、ハチベエは尻尾を振って返事する。
……この子、ただのお散歩好きワンコだよね。
「行こう」
でも、決めておかなくちゃいけない。
私にとって何が大事なことなのか。
それからの移動は今までよりも遅々としたものになった。戦いの跡はずっと続いていて、破壊された車両が多くなるとそれを退かさないといけないものもある。
「てりゃあ」
『わふ』
気の抜けた掛け声はご愛敬。ほとんど流れ作業のように自動車を持ち上げて放り投げる。
軽自動車なんかはハチベエが一人で退かしてくれるけど、軍事車両とかになると私がやらないと動かせない。歩いていればこんな事はしなくてもいいのにね。
「う~~ん」
そろそろガソリンも半分くらいになっているし、しばらく整備もできていないから、そろそろ軽トラに乗るのもきついかな?
でもなぁ。せっかく直したのに勿体ないなぁ。
とりあえず次の街まで行こう。そこで整備も補給もできなかったら諦めよう。
……もっとカッコイイ車があったら乗り換えるけど。
そんな感じで進んでいるのだけど、移動が遅くなったのは障害物のせいだけじゃない。
なんとなく……空気が重いのだ。
だから軽トラと併走しているハチベエの口数も少ないし、就寝するときは私にピッタリ寄り添っている。何が? と自答しても自分で困るのだけど、敵性巨大動物が迫ってくるときの気配を感じた、あの〝予感〟に似ている?
しかし、その予感は嫌な方向で私たちの前に現れた。
「これって……」
『わふぅ……』
それを見て、ハチベエが嫌そうに一歩引く。
ずっと続く国道沿いの街並み。郊外の街のように点々と店舗や住居が並ぶその道の真ん中に、巨大動物の死骸があった。
「……ライオン?」
全長で八メートルもある雌ライオンの巨大動物。その死骸。でも、最近死んだものじゃない。巨大動物にあるあの〝不思議な力〟はもうすっかり抜け落ちて、徐々に腐り始めている。
微生物さえ近づかない巨大動物が腐るのは、一ヶ月か二ヶ月か……。けれどいつ死んだのかは大きな問題ではなく、〝誰が〟巨大動物を殺したか……だ。
「ちょっと調べるよ」
『わふん!?』
「いや、食べないからね!?」
どんだけ食いしん坊だと思われているの!?
巨大雌ライオンの死骸は、何か鋭利なもので切り裂かれていた。
その数は一本。動物の爪や牙じゃない。まるで刃で切られたようなその傷は、全身に無数に付けられていた。
「……気をつけて進むよ。注意してね」
『……わう!』
ハチベエは私の言葉に不思議そうな顔をしたけど、私が真っ直ぐに見つめるとキリッとした顔になってお返事してくれた。
警戒しよう……巨大雌ライオンを倒した相手は独りではないかもしれない。
それから数日後、これまでと変わらない、それでもかなり大きな街に到着する。
高い建物がなくそれでも真っ直ぐに進んでいると、ようやく大きな建物が見えて、そこで小さな影がライオンらしき巨大動物と戦っていた。
あれって……
「人間……?」
巨大動物と戦う人間らしき影。
それは敵か味方か。




