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竜娘が巡る終末世界  作者: 春の日びより
第二章 誰かが生きる世界
52/87

52 生きる子どもたち その11



「……すまない。話はできるか?」


 本能のままに巨大馬の群れと戦い、なんとか勝利して……ようやく意識が〝現実〟に戻ってきた私に声をかけてきた人がいた。

「…………」

 膝をついたまま身体を動かすのも面倒で、視線だけでその声に応えると、その人物――リンの父親は一瞬気圧されたように猟銃を構えようとして……意思の力で無理矢理投げ捨てた。

 仕切りもなく猛獣と目を合わせたら人は武器を構える。だから私は彼の行為を〝仕方ない〟と思っていたけど、他の人は違うようで後ろについてきていた、最初に出会った初老や眼鏡の人が驚いていた。

 ……あの人たちも生きていたんだね。


「……子どもたちの親は?」

 私がぼそりと漏らした言葉に、リンの父親はその意味を理解ができなかったみたいで、わずかに間が開く。

「……あ、ああ。トラックの何人かはやられたが、警察車両に乗っていたあの子たちの家族は無事……とは言い難いが、命に別状はないはずだ」

「そう……」

 犠牲者は出たみたいだけど、最悪になる前に間に合った。

「その……お前のおかげだ。あの〝声〟で気絶した人も多かったが、逆に恐慌を起こしかけていた人も大人しくなった」

「うん」

「その……」

 話しづらそうにしていた彼が、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「……俺たちを助けに来たのか? リンが……言ってくれたのか……?」

 その言葉に私は静かに視線だけでなくリンの父親に顔も向ける。

「……だとしたら?」

 確かにそう……。助けに来たし、リンも心配していた。でもね……それを子どもたちを捨てた彼らに正直に話したくなかった。

「そう……か」

 リンの父親は、曖昧にした私の言葉に何を感じたのか、落ち込んだ顔をしていた。


 気持ちは分からないこともない……でも、もっと重要なことも思い出した。

「それよりも、あなたたちはすぐにここから離れて」

「なにが……」

「振動を感じない? ほら……〝巨大象〟が近づいてきている」

 地面についたままの私の膝に遠くから近づいてくる振動が伝わってくる。指摘された彼もそれを感じたのか顔を青くしていた。

「車はすぐには動かんっ、どこに逃げれば!?」

 徒歩で逃げられる距離など高が知れている。ルートを外れて逃げようとしても、巨大象が真っ直ぐに向かってきている保証もない。

「とりあえず、ここから離れて。……なんとかしてみるから」

「あんたがっ!?」


 今の体力でどこまで出来るか分からない。全力の〝竜の息〟でも殺せなければただ徒に怒らせるだけで、不要な怒りを買うことになる。

 それでも、やらないといけないけどね……。

 尾も使ってなんとか立ち上がろうとする私に、リンの父親が声をあげる。

「あんたが強いのは見たが、巨大象? 一度遠くを通る影を見たこともあるが、あれは無理だ! あんたが逃げろ!」

「……足止めくらいなら、できるから」

「そ、それなら……」

 彼は辺りを見回し、何かを思いついたように顔を向けた。

「……肉を食えば動けるようになるのか?」


 私が巨大馬の肉を食らいながら戦っていたのを見ていたみたい。彼はそう言うと、少し離れた所にいた初老の男性から山刀を借りて、死んだ巨大馬に走り出した。

「……な、何をしているんだ、リーダーっ!」

 突然の行動に戸惑っていた初老男性が我に返り、リンの父親を止めようとする。

「肉を切り出す。手伝えとは言わんが邪魔はしないでくれ」

「だが、あいつは……」

 初老男性が脅えたような視線を私へ向ける。手脚に鱗を生やして、角と尾があり、巨大動物を食らう私に肉を与えて動けるようになったら、危険が増えるかもしれないと危惧している。

でも……

「どんな理由があったとしても、あいつは俺たちを助けてくれた。俺はあいつを信じる」

 人間や普通の動物は、たとえ生肉でも巨大生物に本能的な恐怖を抱く。

 それでも、山刀で巨大動物の皮も肉も切り裂けず、私が裂いた腹から内臓を血塗れになって切り出そうとする彼に、初老の男性は怒ったように近づいていった。

「そんな手つきで切れるかっ! 俺にやらせろ!」

「おやっさん……」

 リンの父親と初老男性が肉を切り出し始め、それを見て渋々動き出した眼鏡の人だけでなく、何を思ったのか、家族連れの人たちも手伝い始めた。

 トラックのほうで動かない人たち……こちらを冷めた目で見ながら何かをしている人もいた。けれど、子どもを捨てたことで心を病んだ女性たちは子どもたちのことを思い出しているのか、私に脅えながらも動いてくれている。


「持ってきたぞっ!」

「……うん」

 リンの父親と初老の男性が持ってきてくれた巨大馬の内臓。私に近づけず離れた場所にいながらも、少しだけ柔らかくなった視線を受けながら、その肉を手掴で食べ始めた。

 パキ……パキン……。

 普通の人間なら百人分はありそうな大きさの心臓や肝を瞬く間に消費して、怪我をした部分や欠けた鱗が剥がれ落ち、新たな鱗が生えていく。

「あの……これ」

 私の体力がある程度戻ったところに眼鏡の人が引きずるように、角槍を持ってきてくれる。それ……そんなに重くはないはずだけど。

「うん」

 立ち上がった私がそれを片手で受け取ると、眼鏡の人はビクンと跳ねるように距離を取る。それも気にせず、私が歩き出すと彼だけでなく他の人間たちが道を空けて、私は焼けていない巨大馬の脚を角槍の一閃で切り裂き、そのまま生肉に齧り付いた。


「それで……?」

「あ……」

 背後に近づいていたリンの父親にそう問いかけると、足が止まる気配がした。

「これからどうするの?」

 消費した体力と〝熱〟を補充するためには一頭程度ではまるで足りない。肉塊を瞬く間に食べていく私に気圧されたように黙っていたリンの父親だったが、静かに話し始めた。

「……車両は修理すれば動くかもしれないが、俺たちではまた巨大化した動物と遭遇したら、生き残れないと実感した」

「そうだね……刑務所跡も壊されていた」

 私がそう言うと、彼だけでなく他の人間たちも息を呑む。

「それでも……俺は戻ろうと思う。もう一度最初からになるが……。せめて、子どもたちが大人になって巣立つまで、あの場所にいようと思う」

「そう……」


 彼も一度捨てた子どもたちに受け入れられるとは思ってない。それでも子どもたちが大人になって、目的を見つけて旅立つまで……。本の知識だけでなく本当に大人の知恵が必要になるまで、見守るという。

 ……正直に言えば、あまり面白くない。

でも……子どもたちのことを思えば……仕方ないか。


 ――ズズンッ。

「――ッ」

 そのとき絶え間なく震動していた地面が大きく揺れて、大人たちが引きつるような小さな悲鳴をあげた。

「……来た」

 私が視線を向けるその先に、山間を抜けた巨大な影が靄の中に浮かび上がる。

 遠近感がおかしくなるような巨大な象に、まだかなりの距離があるにも拘わらずすぐそこにまで迫っているように錯覚する。

 ううん……大きさはそのまま速さになる。あれが歩くのではなく本気で走り出したら、こんな距離なんて瞬く間に埋まってしまうはず。

「なんとか気を逸らして、進む方向を変えてみる。それを見てあなたたちは――」


 ――ドンッ。


 角槍を構えて行動をしようとした私の後ろから、何かが破裂するような音がした。

「お前ら!  そんなものを!」

 頭の上を何かが飛んでいく。

 初老の男性が怒鳴りつけて、その方角へ私も目を向けると、そこには二人がかりで筒のようなものを構えた男たちが尻餅をつくように薄ら笑いを浮かべていた。

 まさか打ち上げ花火? まだ残っていたの? 彼らは武器にでもしようとしていたのか、筒を持って撃てるように改造していたらしい。

 まさか、そんなバカなことを!? 暴発しなかっただけでも奇跡に近いでしょ!

 いや、そんなことはどうでもいい。私は慌てて花火が放たれた方角へ振り返る。もし花火が巨大象に当たったら、こちらに興味を持つかもしれない。

 でも……その花火はかなり迫っていた巨大象に横をかなり外れて通り抜け、背後で炸裂した。

「まずい!」


『パォオオオオオオオオオオオンッ!!』

 巨大象が吠えると突然方向を変える。どこへ行く? あの方角は……最悪だ。


「何をしてやがる!」

「うるせぇんだよ、ジジイが! もううんざりだ! 好きにやらせてもらうぜ!」

 花火を撃った男二人は初老男性に花火の筒を投げつけると、こちらへ来なかった数人の男たちと共にトラックへ向かい、最初から準備をしていたのか、それと同時にトラックのエンジンがかかって、そのまま飛び乗るように南へ走り出した。

「お前ら、戻れ!」

「やなこった! 俺たちはまともな生活がしたいんだよ!」

 そう叫んで五名の男たちがトラックで走り去り、後には女性を含めた家族だけが残された。


 あの花火はこれが目的だった? 巨大動物の関心を他に向けてその間に逃げるため?

 巨大象に撃ったのも関心を逸らす以上の意味はなかったはずだ。その間にここに残された人たちを囮にして遠くへ逃げるつもりだったはず。

 でも……その結果として、巨大象は背後で起きた大きな炸裂音と光に興奮して、来た道を戻り始めた。あの方角は――

「子どもたちがいるっ!」


 賢いあの子たちのことだから危険を察すれば逃げ出すと思う。でも、見つかったら? 逃げられなかったら? 森に逃げても巨大象はそれごと踏み潰す。

「……あいつら!」

 リンの父親や初老男性もそれに気づいて、逃げ出した男たちに憤る。

「あなたたちは動ける準備をして」

「だ、だが……」

「私が行く」

「なっ――」

 何かを言いかけた大人たちに私は少しだけ笑みをみせて、そのまま矢のように飛び出した。


 両脚に〝熱〟を込めて、全力で巨大象を追う。

 前屈みになった身体と尻尾が水平になるように伸ばして、肉食獣のように駆け抜ける。

「――ッ」

 その私の前を深い森が阻む。木々の枝を跳んでも、やはり速度は落ちる。駆け出した巨大象の速さはとてつもなく、遠くに見えるその姿はかなり小さくなっていた。

 ダメ! 間に合わない!

 もっと……もっと速く!!

 だから――

「飛べっ!!」

 そう叫んだ私の肩甲骨辺りが燃え上がるように熱くなる。

パキパキと背中に鱗が生えると、そのまま真っ赤な鱗を羽毛としたような〝竜の翼〟が生えて、私は大空へ飛び出した。

 今、行くっ!



空を駈ける翼を手に入れた花椿、彼女は巨大象を止めることができるのか?


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― 新着の感想 ―
やっぱりクズはクズだったか…………。 最初の間違いの時点で断罪すべきだった! 現在日本人の倫理観だと中々そうはし難いんだろうが、リーダー格さんは群れの長として、ヤツらを裁かなくてはいけなかったんだよな…
ツバキ、飛行フォーーーム!!!! クソ野郎共は馬に蹴られて死ねばいいと思う
[良い点] やっぱ竜と言えば飛ばなきゃよな!!! 花椿いけーーー!!
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