50 生きる子どもたち その9
子どもたちのいる小学校の廃墟から飛び出した私は、廃墟の屋根から屋根へと飛び移り、廃墟群の終点から深い森へ突入する。
遙か前方で空に舞う土煙が見える。その中にうっすらと見える巨大な影が見えた。
巨大象。あれと戦って勝てるのかなぁ……。
とにかくまずは、先を駈ける巨大動物の足を止めなくちゃ。
〝竜の息〟を使う? それであの巨体を倒せる? それで巨大象の敵愾心を私に向けることができたとしても、それでもし馬の足が止まらなかったら、巨大象と戦っている私は止める手段を失ってしまう。
現状、森に入ったことで巨大樹木をへし折れない馬たちの速度は落ちている。でも、どうして樹木をへし折れるはずの巨大象も速度が落ちているの?
「あ……そうか」
巨大馬には人間を襲う理由がある。でも、巨大象には人間を襲う理由がない。もし……巨大象がただ馬の後を追っているだけだとしたら?
あいつらの知能が高くなったことで利害関係があるのか、共闘関係にあるのか分からないけど、それなら――
「狙うのは、巨大馬だけだっ!」
一縷の希望を見つけた私は巨大樹木の幹を蹴りながら森の中を駆け抜ける。
アキやリンが巨大馬を誘導するときに森を使ったように、森の中では私のほうが速いはず。
小一時間ほど後を追って。
――ズズンッ!
距離が近づいたことで巨大象の踏み鳴らす地響きを間近で感じた。
大きい……。数十メートルまで近づいたことでその巨大さに圧倒される。その脚はまるで大きな壁みたいだ。
わずかな気まぐれで方向を変えられたら踏み潰される恐れを感じつつ、私は両脚に〝熱〟を込めてその横を一気駆け抜けた。
「――っ」
一瞬、背筋を走るような寒気がした。
それに気づいて振り返り見上げると、私が〝熱〟を使ったことで、取るに足らない存在ではなくなったのか、ジロリと睨む巨大象と目が合った。
「…………」
大丈夫……まだ敵対していない。
巨大象の視線を感じながら、さらに足を速めて距離を離し、数百メートル前方に舞い飛ぶ土煙の中へ隠れるように飛び込んだ。
「……見つけた」
巨大樹木を縫うように駆け抜ける巨大馬の影を捉える。
私はさらに〝熱〟を込め、樹木がへし折れるような蹴りで一足飛びに最後尾の馬へ飛びついた。
『ヒヒィインッ!』
突然、背に飛び乗られた私の〝熱〟に驚いた巨大馬が小さく嘶く。
普段ならこいつも奇襲に気づけたかもしれないが、背後から迫る巨大象の〝気配〟が私の存在を隠してくれた。
『ヒッ――』
仲間に知らせようとするそいつの咽に角槍を突き立てた。
産毛が逆立つように両腕が爪先から二の腕まで真っ赤な鱗に覆われ、私の〝熱〟を受けた角槍が灼熱して、頭部を焼くように燃え上がらせる。
タンパク質が焼かれる異臭が溢れる。でも、咽を焼かれ、息ができないほどの炎の中でも、その巨大馬は背にいる私を振り落とそうと暴れ始めた。
「――――ッ!!」
私はさらに角槍を深く突き刺し、そのまま巨大樹木の幹ほどもある首に飛びつきながら、最大限の〝熱〟を込めて力の限り抱きしめた。
『――――ッ!!』
「――――ッ!」
馬と私、どちらも限界まで力を振り絞り、その瞬間、私の尾から背骨に沿って波立つように鱗に覆われ、仰け反るように一気に力を込めた。
――ボギュ!
巨大馬の首がへし折れ、力の抜けたその首を焼き切るように抱き潰す。
……次だ!
倒れる最後尾の巨大馬から角槍を引き抜きながら前方へと飛び出す。
まだ気づかれていない。運は向いている。そのまま全力で森を駆け抜け、次の馬を見つけた私はそのまま木の幹を蹴り、上から馬の延髄に目掛けて角槍を突き立てた。
『ブルォオオオオオオオオオオッ!!』
「――ッ!」
浅かった! 強く跳ね上げる巨大馬に小さな私の身体が飛ばされる。
それと同時に仲間の声を聞いた二頭の巨大馬がこちらに向かってくる。でも、まだ運はある!
他の馬が来る気配はない。ならば、この三頭以外に気づかれていないのなら、こいつらをここで倒せばいい。
『ブルゥウウオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
攻撃を受けたことで怒りを漲らせた三頭の巨大馬が、まるで壁のように迫る。それを見て闘志を高めた私の眼が竜の瞳に変わり、両脚が腿まで真っ赤な鱗に覆われた。
「――ハァアッ!!」
爆発させるように息を吐き、全身から大気が揺らめくほどの〝熱〟を発しながら、そのまま真正面の巨大馬に突っ込んだ。
ガキンッ!!
私の気迫に一瞬蹈鞴を踏んだ巨大馬の頭部に突き立てるが、頭蓋の角度で逸らされた。でもその切っ先は滑るようにその馬の片目を抉り、さらに追撃をしようとした私を、横から飛び込んできた二頭目の蹴りが吹き飛ばす。
「――ッ!」
咄嗟にガードした両腕の鱗が欠けて鮮血が飛び散る。逆らわずにその方角へ飛んだ私を最初に延髄を刺した馬が待ち構え、踏み潰そうと前脚を上げて怒りの視線を向けてきた。
バチンッ!!
『ブォオオ!?』
踏み潰そうとする前脚を身をひるがえして回転した私の尾が鞭のように弾くと、鋭利な鱗にノコギリのように削られた前脚から血が噴き上げた。
「たぁああああっ!」
そのまま尻尾を前脚に絡ませ、足の爪を食い込ませるように足場とした私の角槍が、顎下から脳まで貫通する。
『――ッ』
馬の頭部が燃えあがり断末魔を掻き消す。それが倒れていく中で片目を抉られた馬と、最初に首を刺した一頭が同時に襲ってきた。
「ハァアアア!!」
両腕に〝熱〟を込めて旋回させた角槍が地面を抉り、巻き上がった土や草木と、倒れた巨大馬の血潮を蒸発させて互いの視界を一瞬奪う。
ダンッ!
その中を突っ切るように飛び込み、一瞬こちらを見失った一頭に真正面から心臓目掛けて角槍を投げ放つ。
『ヒヒィイイイイイ――』
「五月蠅い」
胸元に突き刺した角槍は心臓まで達していない。飛び込んだ勢いのままその個体の真下に滑り込み、右手の爪を鋭利に尖らせ、真下から内臓辺りに突き刺した。
『――ッ』
巨大馬は嘶くこともできずに血を吐いた。私はそのまま胃袋と肝臓を掴んで引き摺り出すと、巨大馬はそのまま痙攣するように崩れ落ちた。
『――――ッ』
残された巨大馬が先を行く仲間に助けを求めて駆け出した。
でも、片目に慣れていない巨大馬は木の根に足を取られて体勢を崩し、その背に向けて跳躍した私は、その勢いのまま宙で前転するように尾をしならせ、最初の攻撃で罅割れていた頭蓋骨を叩き潰した。
――グシャ。
「…………次だ」
この三頭に手間取ったことで背後から近づいてくる巨大象の足音も大きくなっている。
ここまでずっと駈けてきて〝熱〟を使った戦いをしたことで疲労感を覚えるが、ここで立ち止まることはできない。
私は落ちていた巨大馬の内臓をその場で貪り食らい、大気を取り込むように大きく息を吸って、そのまま先行する巨大馬を追って駆け出した。
高速で森を駆け抜けると背後の地響きがわずかに遠ざかり少しだけ安堵する。それからさらに森を突き進むと、前方から複数頭の馬が駆ける微かな震動を捉えた。
ここまで四頭倒したがまだ残っている。残りは五頭? それとも十頭? 巨大象が追いつくまでに何頭倒せる? それ以前に……
「……何人、助けられる?」
乱戦状態で全員は守れない。先に馬が大人たちに追いついてしまえば、瞬く間に殺されてしまう恐れもある。
最悪を想定して焦りを感じながら森を駆け抜けていると、私の耳が前方から物音を捉えた。
「追いついたっ」
でも――
「追いつかれているっ!」
遠くから聞こえる巨大馬の嘶きと人間の悲鳴。もう、大人たちに馬が追いついている。
私の頭に一瞬、子どもたちの顔が浮かぶ――
その瞬間、私の口内で牙が伸び、逆立つ真っ赤な鱗が二の腕から肩まで覆い、鱗の生えた背骨辺りから突き出すように棘が生えて尻尾がさらに伸びていた。
四つ脚で駈ける獣のように最高速で森を突き抜け、道路らしき開けた場所に出たとき、人間を潰している巨大馬の姿が竜の目に映る。
「やめろぉおおおおおおおおおおっ!!」
角槍の石突き辺りに尾を絡ませ、右手に〝熱〟を込めて真っ赤に燃え上がる角槍を尾で弾くように渾身の力で投げつけた。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
轟音を立てて風を切り、一直線に飛び抜けた角槍が、警察車両を襲おうとしていた巨大馬の首を貫く。
「ここからは〝竜〟が相手だっ!!」
巨大馬との戦い。花椿は人間を守れるのか?
5/31『悪魔公女4』が発売となります。
詳しいことは活動報告にも書きましたので、よろしくお願いします。




