5 人のいない町
本日より一日一話です。
私は森の中を進んでいく。元は森ではなかったのかもしれないけど、放置されてからの年月で先が見えないほど深い森となっていた。
ガサゴソガサ、パキンッ。
「ああっ、めんどいっ!」
森の中は低木がいっぱい生えていたので鬱陶しい。私の身体は丈夫で簡単に肌が傷つくことはないけど、脚やお腹に触れる草木を角槍で打ち払いながら森を突き進んだ。
あの研究所のあった場所は郊外だったのか、高さよりも広さを優先した建物は三階までしかなかった。その屋上から見ても遠くまで見えたわけじゃないから、あの廃墟のようなビル群がどのくらいの距離にあるのか分からない。
ただ、見えた森にところどころ切れ目があって、そこに屋根のような物も見えたから、とりあえずそこを目指そうと思った。
「出られた……」
ペットボトルの雨水を飲み干した頃、ようやく平らな道に出られた。でも、ただの道じゃない。落ち葉が積もって見えにくくなっているけど、これはアスファルトの道路だ。
ここは少し高い位置にあるみたいで道路からは辺りが一望できて、その光景に前に進んでいるという実感で心が弾む。
背の高い木々が森のように続いている。それに埋もれるように点々と建物が顔を出し、森に呑み込まれたその町から人がいなくなって、随分と経っているように思えた。
それから直進するのではなく道路に沿って道なりに進む。道を上ると山に向かうような気がしたから、もちろん下りで。
さらに小一時間ほど歩くとちらほらと住宅が見えてきた。民家は……そこまで古びた感じはしなかったけど、その割に樹木が大きくてその微かな違和感に首を捻る。
「……どうしよう」
あきらかに人が住んでいる様子はない。何年も人が通った痕跡すらないので中に入っても問題ないような気もするけど……。
ガチ……。
「鍵は掛かっているよねぇ……」
人は誰もない……と思ってはいるけど、鍵が掛かった民家だと、本当に廃墟なのか、放置住宅なのか、ただ留守にしているだけなのか判別できないのが困りもの。
「むむむ」
こんな状況だけど、私は自分の気持ちを優先して探索のルールを決めた。
あきらかに人が住めそうな鍵の掛かった民家は鍵を壊してまで入らない。
鍵が開いていたり、窓が割れていたりして入れそうな民家は〝廃墟〟としてお邪魔する。
個人所有ではない建物は、物資も欲しいので物色する。
廃墟と判断した物の物資は遠慮なく漁り、ありがたく使わせてもらう。
もし、所有者が現れたら土下座する。
……大雑把だけど、こんなところかな?
そんな感じで見つけた町(?)を探索する。それほど民家が多くないと思っていたら、民家の裏手が草原になっていた。
「なんで?」
不自然な光景に首を捻る。そんな感じで何件か見て回ると、十数件目でようやく鍵の掛かっていない民家を見つけた。
「お邪魔しま~す」
挨拶は大事。中に入ると扉も窓もちゃんと閉まっていたおかげで、雨が吹き込むこともなく、見た目は綺麗だった。
居間らしき場所はやはり慌てて避難したのか、持ちきれなかった荷物で散乱していた。各部屋も見て回ると、部屋が三つに客間のような和室と居間。台所と納戸に水回りのある標準的な住居だと思った……けど。
「うわ……」
窓やドアが閉まっていても通風口や換気扇から外気は入るようで、やはり人が住まないと家は傷むのか、埃や汚れがこびり付いて変色して、ところどころで廃墟感を醸し出している。
ちゃんとした家でも一階はダメだな……。寝泊まりするのなら二階以上が良いのかも。
「とりあえず、物色しますか」
台所回りや納戸を見て回る。冷蔵庫は調味料類も全滅で全部黒い物体になっていた。野菜室なんて半分土になり、米櫃の中は茶色い粉と虫の死骸だらけだった。
戸棚の中に重ねられた大きなお茶碗が二つに小さなお茶碗が二つ。その奥に仕舞われた二つのお茶碗は、お爺ちゃんとお婆ちゃんが泊まりに来たときの物だろうか。
居間と台所を区切るカウンターテーブルの上で、小さな男の子と女の子を連れた幸せそうな四人家族が、写真立てから私に微笑みかけていた。
別の戸棚の奥に未開封の塩と乾燥パスタを見つけたけど、食べられるかな? でも、茹でるための水がないのでまずは飲料水の確保が必要か。
「ゴミ袋と包丁みっけ」
流しの下に包丁が何本か置いてあった。食材を捌くのに使えるかもしれない。でも、あの研究所のときならともかく、自分の爪のほうが切れるし、そもそも料理なんてできるのかな?
ゴミ袋は45リットルの五十枚入りが未開封で置いてあった。これは色々使えるはずだから素直に嬉しい。とりあえず使えそうな物を集めて居間のテーブルに並べて、次の鍵の開いている民家を探したが他に開いている家はなかった。
でも……。
「民家はもういいかなぁ……」
どうせ碌なものは手に入らないし、家族の空間に土足で……土足だけど、入り込むようで少し気が引ける。
「……これなら気兼ねしなくていいか」
ガキンッ!
遠慮なく自販機の隙間に角槍を突き立てた。力を込めると腕に〝熱〟が溜まり、金属の蓋がひしゃげるように鍵がねじ切れる。
戦果としては、沢山の缶ジュースと少し古くなったペットボトル。お茶やスポーツ飲料は変色していたけど、水と瓶入りの炭酸水を見つけた。
寄生虫がいそうな生肉や卵の殻を食べても平気な私の身体なら、古いペットボトルの水でも飲んで平気そうな気もするけど、気分的に煮沸したい。
「ん~~~」
一応、水は蓋を開けて舐めてみた。やばい、全然わかんない。
あと炭酸水は、これ普通に水だよね? シュワシュワしているけど水だよね。
「うひゃっ」
試しに頭からかけてみたら、ぱちぱちして変な声が出た。
他にも色々見てみたけど、この辺りは本当にただの住宅地のようで、商店街どころか自販機以外はコンビニすら無い。
ぐぅ~~~~~~~……。
「腹減った」
盛大に腹が鳴って自分が空腹だと気づく。探索にテンションが上がっていて気にしていなかったけど、朝早く研究所を出てもう夕方近くになっていた。
夜目は利くけど、明るいうちにご飯にしよう。民家はもういいと言っておきながら他に見つからなかったので、先ほどの民家に戻って鍋を借りる。
今日のメニューはスパゲッティー(古)。水は手に入れたけど、無駄遣いできるほどあるわけじゃないからパスタをへし折って鍋に入れて、ひたひた程度に水(古)を入れた。
「……ライターくらいは持ってくれば良かったか」
民家を探してみたけど使い捨てライターは見つからず、どうしてライターを持ってこなかったかと言われたら、民家を探せば有ると思ったんだもん。
もっと探せば見つかるかもしれないけど、これからのことを考えると自力で火を付けられるほうが良いような気がした。
「これでいいのかな?」
枯れて藁のようになった枯れ草と乾いた真っ直ぐな細い枝。これは辺りを見回せばすぐに見つかった。
まず太い枝に爪で軽くくぼみを作る。そこに皮を剥いだ細い枝を当てて、手の平でこすり合わせるように回転させる。
何度も何度も回転させると、ほんのりと煙が出る。慌てて枯れ草を乗せてみるけど火は付かなかった。もう少しやってみる。あいかわらず煙は出るけど火は付かず。
「……いたた」
体感で三十分くらいやっていると手の平が痛くなってくる。頑丈なので手の皮とか剥けてはいないけど、少し赤くなっていた。
「ひょっとして……」
あの巨大鹿を倒したとき私は口からなんか出したけど、残った鹿の脚の断面は焼き切ったみたいに焦げていた……気がする。飢餓状態で食べちゃったからあくまで〝気がする〟なんだけど、もしかしたらあれで火が付けられるかもしれない。
「んんんんっ」
それっぽいことをやってみる。あのときは確か身体の〝熱〟を〝声〟にして出したら、なんか出た。それと同じことをしてみようと、枝を目の前にかかげて、身体に力を込めて〝熱〟っぽいものを感じた瞬間に〝声〟に出す。
「あっ!」
ぽっ。
出た。でも、枝が一瞬で炭化した……。
ちなみに手の平のヒリヒリを〝熱〟として、力を込めて枝を回したら火が付きました。
「ぐつぐつ」
薪をできるだけ平らにして直火で鍋を煮る。
「ぎゃああああっ」
途中で燃え上がったり、消えかけたり、水が足りなくなって水を加えてぐだぐだになったりしたけど、一応、パスタは茹であがった。
「まっずっ、あははっ」
塩味だけのスパゲッティーはべちゃべちゃのメタメタで、めちゃまずくて自分で爆笑してしまった。これ、茹でるじゃなくて炊いているねっ!
「あ~~っ、まずかったっ」
野草でも入れたら良かったか。何を入れても同じか。
私は口直しのまったく果実感のない甘いだけの缶入りオレンジジュースをちびちび飲みながら、静かに星を見上げる。
「人……いなかったなぁ」
一人でも寂しくないし、人前に出られる姿でも格好でもないけど、この世界に人間はいないのではないかとそんな思いが頭をよぎる。
「まあ、こんなもんだよね」
元々避難したあとの場所なのだからこんなものでしょ。それに色々な物を探して見つけるために旅に出たのだから、拠点とか考えないで色々なところに行こうと思い直した。
消えかけていた焚火に土をかけて消し、足の裏を一応タオルで拭いてから、二階にある子ども部屋らしきベッドを借りて今日は眠ることにした。
おやすみなさい。
「……うひっ」
ベッドの布地がダメだった。
おはようございます。結局柔らかい布団で眠れなかったので屋根の上で寝た。埃っぽい屋内より雨が降る屋根のほうが綺麗な気がしたから。
手ぬぐいを水で濡らして身体を拭き、残りの水を頭から被り、頭を振って水を飛ばす。
結局、この民家からは塩とゴミ袋、それから小さなミルク鍋を貰うことにした。ついでに瓶入りの炭酸水と煮沸した水をペットボトルに入れて、それをゴミ袋に纏めて手に持った。
もうこの辺りに用はない。まずは研究所から見えたビルのある街を目指そう。持っていけない缶ジュースでカロリーを摂って、この住宅地を後にする。
「ふんふん……♪」
角槍で適当に地面を引っ掻きながら、腐葉土で埋もれかけた道路を辿って街を目指す。
別に急ぐ旅じゃない。適当に見つけた赤い木の実が渋くて吐き出したり、山菜の若芽をそのまま食べたり、適当なことをしながら歩いていると、ふいにコロコロした物が目に付いた。
「あ、どんぐり」
確か、どんぐりは食べられるはず。よく見ると沢山落ちていたので、ここで集めていこうと脇道に入りながら一心不乱にどんぐりを拾っていると、突然何かに吠えられた。
バウバウッ!
……え? 犬?
現れた謎のワンコ。
次回、『犬と畑 その1』
続きものです。




