34 電波塔
聞こえてきたラジオの謎
「……結構、遠い」
ラジオが不思議な電波を捉えて、唯一のヒントである一番近い〝電波塔〟へ出発したのは良いのだけど、丸一日経ってもまだ辿り着けていなかった。
見える位置にあるからそんなに遠いはずはないんだけどなぁ……。
人が建てて管理していたのだから、自動車が通れる道はあるはずなのだけど、何しろ、この十年で植物は景気よく育って、樹木の一部は巨大化し、張り出した根っこが道路を割り、そこに積もった大量の落ち葉が土になって草木が茂り、道路も標識もガードレールも覆い隠している。
「ここは道路か」
樹木に呑まれかけた標識がかろうじてそこが道路だったと教えてくれる。
この道が電波塔に続いているといいのだけど、そうじゃないこともある。だって、なかなか辿り着けない原因はしょっちゅう迷子になっていたから。
偶に木に登って方向を確認しているけど、下に降りて歩き出すと巨大樹木のせいで何も見えないから、高確率で迷ってしまう。
「参ったなぁ……」
木の実とか取っていれば食料はギリギリなんとかなるけど、水が補給できないのはつらい。雪がまだ残っているから溶かせば水になるけど、この辺りは木が多いから雪があまりなくて、泥水になりそう……。
「……ん?」
辺りを見回していると、木々の隙間に鮮やかな緑が見えた。
樹木の葉っぱも緑なのだけど、巨大樹木の下は日が当たらなくてかなり暗いのに、そこだけ日が差し込むように鮮やかな緑が茂っていた。
なんとなく気になってそこへ向かってみると……。
「竹林かぁ」
そこは沢山の大きな竹が生えている竹林だった。
……あ、そうだ。なんとなく私の中にある〝知識〟に引っかかって、竹を調べてみる。
若い竹がいいんだっけ? ゆすってみたり、叩いて音を確かめたり、色々調べてみたけどお目当ての物は見つけられなかった。
「おかしいなぁ……。あるはずなんだけどなぁ」
知識の情報が半端なのか、それとも手順があるのか、時期が悪いのか。
春になったとはいえ、よく見ると若い竹もほとんどないから、植物が活性化するにはまだ少し早いのかもしれない。
「タケノコはあるのに」
ふと見下ろしたそこに、立派なタケノコが顔を出していた。立派なタケノコと言うことは、もう食べ頃を逃したことになる。
失敗したなぁ。朝早くにここを見つけていればタケノコが食べられたかもしれないのに。でも、陽がある程度高くないと日が差し込まなくて、竹林を見つけられなかったから仕方ない。急ぐ旅でないとはいえ、タケノコのためだけに一晩ここで過ごすのもなんか違う気がする。
でも……。
「探してみますかっ」
気になったら仕方ない。まだ日は昇りきっていないし、暗い場所ならまだ頭を出していないタケノコが見つかるかも!
そうして三十分ほど竹林を探してみる。すると、竹林の端のほう、巨大樹木の影になった場所で足の裏をつつくような感触に気づいて、急いで腐葉土を掘り返す。
「見っけ!」
三十分掛けてようやく一個のタケノコを発見した。
慎重に根元に角槍を突き刺して掘り返すと、三十センチくらいのタケノコが出てきた。たぶん、周りにまだ雪がちょっと残っていたのと、日が当たらなかったので成長が遅かったのかな?
……まぁ、若干大きくなりすぎのような?
「ま、いいか!」
竹林の中で一番日の当たり場所に移動した私は、積もった落ち葉をどかして延焼防止に石で円を作り、そこに乾いた落ち葉を集めて火を付ける。
いや、マジで火に気をつけないと危ないね。念のために雪を集めてさらに周りを囲み、落ち葉の焚火が弱くなってきたところで、中にタケノコを皮のまま突っ込んだ。
「どのくらいで焼けるかな♪」
鼻歌を歌いながら、細かくひっくり返したり落ち葉を追加したり、焦げないようにじっくり焼いて出来上がり。
「はふっ」
先端から皮を剥いて軽く塩を振って齧りつく。
「ちょっとえぐみは感じるけど、充分に美味しい!」
爽やかな香りとざくざくとした歯触りの中に、生でも食べられるタケノコを焼いたことでトロッとした食感が加わり、瑞々しさに喉の渇きも癒されるように感じた。
根元に行くと堅さとえぐみが強くなったけど、これも竹林を見つけたらまた食べよう。
「ふぅ」
満腹には足りないけど、頑張って見つけたら満足感があった。
焚火のあとに雪をかけて踏み潰して火を消してから、ふかふかの落ち葉の上でゴロンと大の字に寝転がると、頭の角が当たった竹がくぐもった音を立てる。
「……あれ?」
もしかして……と思い、その竹を調べてみる。音の違いを詳しく調べ、節の下から切り取ったその若い竹の上の部分を爪で丁寧に切り取ると……。
「水だぁ……」
確か、竹水? やっぱり季節が早かったのか、底の方にわずかな水が溜まっていた。
「んぐ」
その竹水を一気に飲み干す。気のせいかもしれないけど微かに甘い? 甘さよりも青臭さもある爽やかさが勝っていた。でも……
「……ぺ」
……ちっちゃい破片が入っちゃった。
まぁ、とりあえず活力は戻った気がする。あらためて荷物を担いで竹林から出ようとしたそのとき……。
「……電波塔だ」
竹林の隙間から向こうにずっと探していた電波塔が見えた。
あのまま探していたらまた迷っていた気がする……。
そちらのほうへ歩き出し、藪をかき分けて電波塔に近づいたとき、ふいに遠くから物音が聞こえた。
「……何かいる?」
意識を向けてみると微かな〝気配〟を感じて、私はその方角へ走り出した。
そこには――
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
そこには全高で十メートル近い四つ足の巨大動物が、丸太で補強された門扉を攻撃していた。
鹿……? いや、私が最初に戦った鹿とは違って、角が短く全体的にずんぐりとしている。
アレは……カモシカ?
ううん、それは今どうでもいい。巨大生物は知能が上がって感情で襲ってくるけど、基本は動物と同じで無駄な破壊行動はしない。
それは今まで巡ってきた廃墟の街と同じで、人間のいるところは襲っても、避難が済んだ場所は破壊されていなかった。
それはつまり――
「まだあそこに〝誰か〟いる!」
両脚の肌が波立つように真っ赤な鱗に覆われ、地面を後方に吹き飛ばすように蹴って飛び出した私の気配に、巨大カモシカが即座に気づく。
『ブモォオオオオオオオオオオッ!』
体勢を低くした巨大カモシカが私を迎え撃つように飛び出した。
短いと言ってもその角は充分に私を貫く鋭さがあり、その蹴りは私の骨を砕くだろう。
ガキンッ!!
ぶつかり合った角槍に巨大カモシカの角が欠け、体重の軽い私が弾かれる。
巨大カモシカも痛みはあるはずなのに、軽く頭を振るだけで体勢を立て直し、私の胴体よりも大きな頭部で私を押しつぶそうと振り下ろす。
「――っ!」
槍では間合いが近すぎる。とっさに角槍を放り出した私は、鱗に覆われていく右手に〝熱〟を込め、顎下へ爪を突き刺すように右腕を突き上げた。
――ドシュッ!
『……ブォ』
微かに呻いた巨大カモシカから力が抜け、地響きを立てて倒れる巨大カモシカから腕を引き抜く視界の隅で、これまで攻撃を受けていた電波塔の門が軋みをあげて開こうとしていた。
やっぱり誰かがいた?
そう思ってそちらへ歩き出そうとしたそのとき……。
「――!?」
中から現れた全高五メートルはあるその姿に私は角槍を構える。
「巨大猿!」
私が角槍を構えて〝気配〟を解き放つと、その茶色い毛に覆われた巨大猿が両腕を振り上げた。
『……チガウ! オデ、敵ジャナイ!』
…………。
「喋ったぁあああああああああああああああっ!?」
電波塔にいたのは巨大猿でした!
次回、巨大猿からのお願い




