32 小さな出会い
「デカいなぁ……」
食事を終えて鰐の肉を加工しようかと思ったけど、その大きさに途方に暮れる。
背中周辺の残った肉はだいたい食べちゃったし、たっぷりと肉が残っている脚部分は分厚い鱗に覆われて解体もできない。
いや、やろうと思えば出来るんだけど、たぶん凄く時間がかかると思うんだよねぇ……。
何しろ勢いをつけた角槍でようやく貫ける程度だから、牙ナイフや爪で解体しようと思ったら、一週間くらい掛かる気がする。
そもそも、大量の肉を切り出しても加工する道具がないことに気づいた。せめてまともな民家があれば物置でも借りて燻製にするのだけど……。
「無いよなぁ」
近くに小さな会社や民家らしきものはある。草原の向こうに木々に呑まれかけた町も見えた。
でも……そのほとんどが壊されていた。
あの巨大鰐のせいばかりじゃない。草木に埋もれた潰れた塊は装甲車両だろうか……。
ここでも人間と巨大生物が戦った。民間人が避難した後か先かで被害の状況も違うけれど、少なくとも機動隊か自衛隊が戦って、人を守るために散っていった。
こんな主要都市とも離れた場所で激しい戦闘があったのは、北から巨大生物がなんかしてきたからだと思う。つまり、人々は南に避難したというので間違いはなかった。
まぁ、要するにこの辺りにまともな民家はたぶん無い。ここで時間をかけても仕方ないので、切り出せる肉だけを持っていくことにした。
「首辺りはいいかも」
〝竜の息〟で抉った首回りなら鱗はない。ただ、その辺りは高熱で炭化しているので、まずはその辺りの除去をしないと駄目か。
でも、鰐の分厚い鱗より随分とマシだ。肉は火が通っているかと思ったけど、炭化している部分を削り取るとすぐに生のお肉が出てきた。たぶん、超高熱の一瞬で吹き飛ばしたから、表面しか火が通らなかったのだと思う。でも……。
「あれ……硬っ」
肉が硬い……。そっか、よく使う首回りは筋肉が硬いんだ!
「背中回りはそこまででもなかったんだけどなぁ……」
背中の筋肉もよく使うと思うけど、脂身もあるから? それとも……
「肩が凝っていたとか?」
意味はないけど、その考えが何故か一番しっくりした。巨体になるのも考え物だね。
仕方ないので、切り取れそうな部分を手が届く範囲で切り出し、十センチ単位で角切りにした肉を水で洗った大きな葉っぱに一個ずつ包んでいく。
私の〝熱〟で火を通せば、普通の肉になって切り出すのも容易になるとは思うけど、頑張って生のまま切り出したのは理由がある。
今までは保存のために燻製などに加工してきたけど、巨大生物の肉は生のままだと寄生虫も寄りつかないほど異様な力に溢れている。もしかしたらだけど、生のままでも菌などで腐敗もせずに長持ちするんじゃないかな? 知らんけど。
無菌状態になったとしても乾くし、死ぬと徐々に不思議な力も抜けていくから、そうなったら腐りそうな気もするけど実験は大事。
「んじゃ、行きますか」
葉っぱで包んだお肉をビニール袋に入れて肩に背負う。巨大猪は火葬にしたけど、巨大鰐は放置だ。だってあのときはジンベエの畑が近かったし、私の予想が正しければ、肉が乾燥したら普通に腐って消えるはずだから。
えっと……消えなかったらごめんなさい。
とりあえず目的地はまた線路に戻ってそれを辿って南に向かうのだけど、その前に廃墟の町に寄って、物資の補充をしようと思った。
この辺りは草原だから迷わないし、巨大樹木を避けて遠回りする必要もないから、歩いて十分くらいかな?
そのまま草原を駆け抜けて真っ直ぐ町へ向かうとその有様が見えてきた。
「酷いなぁ」
遠くからだと木々に隠れてよく分からなかったけど、建物のほとんどが壊されて、火事も起こったのか焼け焦げた建物も多い。
「牛か……」
木々に呑み込まれかけた巨大な牛の骨があった。以前も見かけたから結構いるのかも。たぶんだけど牧場の牛かな? この個体は人間に倒されたのかもしれないけど、巨大鰐の餌になった個体も沢山いたんじゃないかな?
巨大生物が暴れたせいか、それとも人間の攻撃のせいか、まともな建物は残っていそうにない。それでも幾つかの建物を巡ってみると、中にも落ち葉が積もり土になって草が生えていた。
「……あった」
焼け残った飲食店の奥を覗いてみると、この辺りは避難が急がれたのか缶詰などはまだ残っているようだった。表面は錆が浮いているけど……。
ただ、調理済みの缶詰はほとんどなくて食材系? トマト缶とか豆の缶詰ばっかりだ。ひょっとしてイタリアンのお店だった? オリーブとかバジルペーストの瓶詰めもあったけど……色が黒くなっているし、さすがに十年前の瓶詰めは駄目でしょ?
でも、塩や胡椒、乾燥ガーリックなどの小さな瓶を見つけた。でも……
「乾燥ローズマリーとかナツメグとかどう使うの?」
臭み取り? 風味付け? よく分からないけど小さいから何本か持っていこう。荷物を纏めて建物の外に出ると――
バサァ!
「うわっ!?」
突然黒いモノに襲われてとっさに振り払う。
「え……なに?」
――カァ――
真っ黒な鳥が何羽か飛び回り、廃墟の屋根や木の枝に止まって私を見下ろしていた。
その姿と鳴き声に、私の〝知識〟とすり合わせが終わる。
「カラスか……。まだ残っていたんだね」
てっきり小鳥以外は巨大生物の餌になったかのかと……。それにしても、数羽程度のカラスで人間くらいの大きさの動物を狩れると思ったの?
カァ、カァ!
カカカッ。
「……ああ、なるほど。遊んでいた訳ね」
カラスは知能が高いらしい。だから敵わない相手でも相手が空を飛ばないなら、遊びでいたぶることもする。……なんで、知能が高い動物は人間の悪いところばかり似るのかなぁ。まぁ、人間も動物と言うことか。
「あっちいけ、シッシッ」
――カカカカカッ――
角槍を振り回して威嚇すると、カラスたちは小馬鹿にするように角槍が届かないところを飛び回り、そのままどこかに飛んでいった。
……ちょっとむかつく。やっぱりこの時勢でジンベエみたいな存在はレアだったのか。
それでもむかつく程度でやっつけたりはしない。こんな世界でせっかく生き残ったのだから、あからさまに敵対するか、私の食事にする以外で動物を狩るつもりもない。
でもまぁ、この場所でカラスたちが無事だったのは、あの巨大鰐が縄張りとしていたからだと思うけど……。
なんとなく憐憫の視線で飛んでいくカラスを眺めていると、ある方角でさらに数羽のカラスと合流して、旋回するように飛び回っているのに気づいた。
「……何かあるのかな?」
とりあえず興味本位でそちらのほうへ向かってみる。
樹木に呑み込まれた建物を越えてその方角へ目を凝らす。すると廃墟となって半壊した三階建てのビルの上を、十羽ほどのカラスが飛んでいた。
そこに何かあるのか……。この辺りは木の実が生る植物が多いのかもしれない。ふと目についた小さな赤い実を取って食べてみる。
「すっぱ」
しかも渋い。でも、こんな食べられる実があるのならカラスでも生きられる。そのカラスが飛び回っていると言うことは、これ以上の食べ物があるのかも。
ダンッ!
――カアッ!
建物を蹴ってそちらへ飛び降りた私をカラスたちが威嚇する。軽く角槍を振って威嚇すると、襲ってはこなかったけど翼を羽ばたかせて威嚇するのは止めなかった。
まぁいいか。私がその建物に入っていくと半壊したビルの中まで樹木が茂っていた。建物と樹木が雪と冷気を防いでいるのか、外にはまだ雪が残っているのに中は湿度があって外よりも暖かだった。そのおかげか木の実のある樹木もあって、カラスが巣にするにはちょうど良さそうに思えたけど、すぐに巣にできなかった理由の一つに気づいた。
「……カラスの骨?」
雑草に埋もれて幾つかの鳥の骨とカラスの羽が散らばっていた。
巣にはちょうど良いけど、中で飛び回るには木の枝が邪魔をするのが理由の一つ。そして、その中でカラスを狙うものがいたのかもしれないのが二つ目だ。
奥に捕食動物がいる。私は片手で角槍を構えて慎重に奥へと進んだ、その一番奥に……。
フゥ――ッ!
少し広くなったその場所で私を威嚇する小さな動物がいた。ジンベエより小さい。でも、ネズミのように小さくはない。これって――
「ネコだぁ……」
こんなところに猫が生き残っていたの? この猫が入り込んできたカラスを襲っていた?
それならカラスたちはこの猫を狙っていたことになるけど……でもカラスからは、仲間をやられた仇討ちとかそんな感じではなく、私を遊びで襲ってきたようなそんな感覚を覚えた。
この場所を猫から奪いたいだけなのか、それとも集団で猫をいたぶりたいだけなのか。
「……ん?」
猫の様子がおかしい。入り込んできた私を威嚇しているけど、逃げることも襲ってくることもなく、その場に留まり威嚇を続けていた。
これって……もしかして!
「お前……お腹に赤ちゃんがいるの?」
家猫との出会い。
次回、寄り道への誘い
 




