31 春の気配
「……よいしょ!」
少し疲れも抜けてきたから気合いを入れて立ち上がり、ブルブルと頭を振って水気を飛ばす。
さて……せっかく倒したのだから巨大鰐からお肉を戴こう。
角槍を肩に担いで巨大鰐のほうへ向かった私はその大きさに顔を顰める。
「我ながらよくこんな大きなものと戦ったよねぇ……」
鰐なんてどこにいたの? まぁ、普通に動物園案件か……。
全長三十メートル……。尻尾まで含むから数字のイメージほどは大きくないけど、それでも胴体だけで自動車数台分はある。
私の〝竜の息〟で焼き払ったから背中側の肉は駄目だとして……。
「心臓がない……」
気配で頭を狙えたのは良かったのだけど、その途中にある心臓まで吹き飛ばしちゃった。
仕方ないので他の内臓をいただこうかと思ったが、背中の鱗は硬くて切れない。腹側ならなんとか牙ナイフでも刺さるけど、この巨体をひっくり返せないので諦めた。
「……仕方ない」
せっかく水浴びしたけど、毛皮を脱いで牙ナイフを片手に、また背中の穴から内部に潜り込む羽目になった。
運良く背中側に放ったのが幸いして内臓のほとんどは無事だった。でも、胃の中に大量の岩があるのはなんでだろ?
それはともなく無事だった肝を生のまま齧りつく。
「ん~~~……」
やっぱり巨大生物の肉は、生のままだと普通の生き物は食べられないのか、寄生虫がいるような感じはしない。
一応これもレバ刺しになるのだろうか……。濃厚で美味しいのだけど、なんとなく普通の生き物が食べたら駄目な感じがする。
肝を食べ終えた私は、そのまま牙ナイフで背中辺りの肉を裂いて生のまま食べて行く。
こっちのお肉は意外と普通だ。よく鶏肉に例えられると〝知識〟にあって、大体そんな感じなのだけど、少し硬めだ。それと筋肉繊維が大きいから私の牙でも噛み切るのに苦労した。こんなお肉でも、火を通せば普通になるんだよねぇ……。
私の〝竜の息〟で焼けた肉はほとんど炭化していたのだけど、火の通った部分は繊維が太くて、舌触りはアレだったけど普通に食べられた。
でも私は生のほうが旨みを感じるのでそのまま満腹になるまで食べていると……。
「……っ」
急激に〝熱〟が溜まり、頭がズキンと痛んだ。
その〝熱〟が全身にも回り、私は巨大鰐の身体から這い出ると、滑り落ちるように外に出てしゃがみ込む。ああ、これって……
「また成長痛かぁ……」
これは何度か経験しているから問題ない。でも、この頭痛はなんだろう?
しばらくすると痛みや熱が落ち着き、痛みを感じた頭に触れてみると微かな違和感を覚えた。
「……え? あれ? なんで?」
混乱した私は慌てて河に飛び込み、鰐の血糊を洗い流してから、水の流れが緩やかな場所を探して自分の姿を映してみる。
ああ、やっぱり……。
「角が四本になってる……」
元からある左右の角も少し大きくなっていたけど、その下からさらに二本の角が生えていた。
今はまだ小さいけど、これ以上増えないよね?
でもまぁ、これで側頭部は守られた感じがするから、これ以上は増えないと思う。知らんけど。
その他は尻尾がまた少し長くなった。それ以上に鱗が少し大きくなった? なんとなく育ったと言うよりも頑強になった気がした。先っちょもナイフみたいになっているし、これも武器になるのでは?
――バンッ!
「割れちゃった……」
川辺の大きな石に叩きつけてみると、簡単に砕けた。
これからも巨大生物が出てくるのなら役に立ちそうだけど、さらに人間離れしてきたなぁ。
「さて、どうするか」
向かう方向は、人間が避難したという南で決まっているのだけど、今考えるのは食料のことだ。
町がある限り、民家を巡ると意外と食糧は残っている。自分ルールでまだ使える民家は漁らないと決めているけど、鍵が掛かっていなかったり、窓や入り口が壊されている民家は廃墟として漁っている。
だからお歳暮やお中元みたいな缶詰が結構見つかるのだけど、やっぱり運便りになるので、鰐のお肉を加工しようかと思った。
「……まぁ、後でね」
とりあえず今は、お肉は食傷気味。角が増えた衝撃もあるけど……とりあえず野菜が食べたい。こんな所にある野菜なんて、ヨモギとか限られているのだけど、それはさっき見つけてある。
私はそれを見つけた場所に戻って摘んだそれを掲げる。
「フキノトウぉおお」
さっき見つけた蕗の薹を探しながら摘んでいく。雪が溶けているところに顔を出しているので結構簡単に見つかった。ついでに見つけた他のものも幾つか摘んでおく。
「それじゃ、味見……うぐっ!?」
軽く水洗いして味見してみると、かなりの苦みが味覚と脳天に突き刺さる。それでも吐き出すという行為ができず、涙目になりながら咀嚼して呑み込み、そのまま河へ駆け出した。
「…………ああ……苦かった」
河の水で口をゆすぎ、持ってきておいた缶ジュースを飲んでやっと落ち着いた。
苦みがあるとは分かっていたけど、こんなに苦いとは……。でも、食べられないほどじゃない。要するに美味しく食べるには下処理が必要だ。
「……茹でるか」
そうと決めたら薪を探す。雪が残っているので乾いている枯れ枝や草は少ないけど、あの巨大猿との戦いから出来るようになったこともある。
湿っている枯れ枝を集めて山に組む。そこにちょっと〝熱〟を集めて、息に乗せて吹き付けた。
ボッ……。
集めた枯れ葉の幾つかが吹き飛び、息を吹きかけた枯れ枝から大量の湯気が立ち上ると、パチパチと弾けるような音がして煙が起き始めた。
……少し強かった。今度はもう少し〝熱〟を弱めて、ふぅふぅ、と吹きかけると、湿っていた枯れ枝から蒸気が消えて、燃え上がり始めた。
「よし!」
上手に火がついた。それじゃあ、調理を始めましょう。
ミルク鍋に水を汲んで湯を沸かす。そこにお塩を少々。大抵はこれでいいはず。そこに牙ナイフで根元を切り落とした蕗の薹を入れて茹でていく。……どのくらい茹でればいいのかな?
茹でている間にある程度水が流れている場所に石を組んで水溜まりを作る。湯の中で踊る蕗の薹を見ると、湯の色が変わってきたので、水溜まりの雪解け水で冷やしておく。
「次はこれ。ツクシ!」
春の味覚と言ったらコレだと婆ちゃんが言っていた。つくしの頭の部分を牙ナイフで切って、それも軽く茹でてしんなりしたら冷水で締めて、ついでに蕗の薹を回収する。
それからどうしよう……。ツクシはこのままお塩でも食べてもいいけど、蕗の薹はもうちょいなんかしたい。
定番なら天ぷら? でも婆ちゃんちでもそうだったように、今の世界だと油は貴重品だ。婆ちゃんも私がいなかったら揚げ物なんてしなかっただろう。
「……焼こう」
河原を探して平たい石を探す。それを丹念に洗って新しく並べた薪の上に置いて熱しておく。
その間に大きな葉っぱを何枚か集めてそれも河で洗い、その上に茹でたツクシを盛ってお塩を少々……もうちょい。皮を剥いだ細い木の枝を箸に見立てて混ぜ合わせる。
味噌か醤油があればいいのだけど持ってこなかった。
婆ちゃんちにはまだ残っていたけど、旅をする私だとすぐ駄目にするかもしれないと思って、野菜に付けて出来るだけ食べきった。
それにやっぱり……味で思い出しちゃうしね。
あんなことがあったからジンベエのことも気になったが、戻るのは止めにした。
やっぱり、そんなことをしていると旅ができないのもあるけど……何故か分からないけど、もう少し時間をおいたほうが良い気がした。……何故か。
「そろそろいいかな」
石がほどよく熱してきたので、切り出した鰐の脂身の部分を焼いて油を滲ませ、その上に箸で蕗の薹を並べていく。
ジュワァ……。
水気のある蕗の薹と油が弾けて不思議な香りがした。パラパラと塩を振りながらひっくり返し、その間にツクシのおひたしを食べてみる。
「ん~~~~。なるほど!」
食感はワラビとか山菜系かなぁ。癖はなく仄かな甘みもあって美味しかった。
「それでは……はふ」
焼けた蕗の薹を口に運ぶと……。
「ん! 苦くない」
いや、苦みはしっかり残っているけど、茹でたおかげか、油のおかげか、苦みは弱まり食べ物の範疇に収まっている。というか美味しい!
青臭さも特に気にならないし、苦みと仄かな甘みが癖になる。油のおかげかちゃんと食べた感じがした。
「……これが春の味かぁ」
機会があったらまた食べよう。
次回、小さな出会い