27 婆ちゃんの家 その8
巨大猿戦最終!
『ウボォホオオオオオオオオオッ!!』
『ゥガァアアア』
雄の巨大猿と睨み合う中に一体目と三体目の巨大雌猿が現れる。
三体目は警戒をあらわにしているが一体目は気が強いのかかなり怒っていた。
でも、今はこんな奴はどうでもいい。
巨大雌猿の一体と配下を殺された雄の巨大猿が、ついに高みの見物から動き出した。
『ウゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
雄猿が足場とした屋上の縁を蹴り砕くように迫り来る。
ガァアアンッ!
角槍と巨大雄猿の爪がぶつかり合う。でも、その爪を砕くことはできず、七メートルもの巨体から繰り出される一撃に軽々と吹き飛ばされた。
ドォンッ!!
どこかのビルの窓枠と中の備品を粉砕して、さらにその奥の壁にめり込んだ。
数カ所の骨に罅が入り、全身の傷を再び赤い鱗が覆っていく。
『ゥホッボォオオオオオオオオオッ!!』
そこに追ってきた一体目の巨大猿が、三メートル程度の天井の室内へ六メートル近い巨体をねじ込むように入り込んできた。
自分たちに比べたら小さな自分など力でねじ伏せられると考えたのだろう。
でも……逃げ場のない場所に追い詰められたのは、お前だ。
「ああああああああああああああああああっ!!」
私が〝声〟を張り上げる。
その声に〝熱〟が込められていくことに気づいた巨大猿の顔が歪んだ。
「――――――――――――――――ッ!!」
私の声が白熱の息となり、熱線が周囲に吹き込んだ雪を一瞬で蒸発させながら、逃げ場をなくした一体目の胸から上を消し飛ばした。
斜め上に放った〝竜の息〟は幾つものビルを貫通し、その向こうにある、私がずっと目印としてきた高層ビルの上部を抉り取る。
直撃を受けた手前のビルが崩れる音を聞きながら、残った巨大猿の身体から肝を貪り食らい、ビルの外へと飛び出した私へ巨大雄猿が襲ってくる。
『ウゴォアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ガゴンッ!!
叩きつけたれた拳を角槍で受け止め、私はまた吹き飛ばされたが、今度はビルの外壁に罅を入れながらも着地すると、そのまま足の爪を食い込ませるように垂直のビルを駆け抜けた。
二体の巨体雌猿を殺された巨大雌猿が怒りの形相を浮かべ、ビルの間を飛び跳ねるように一心不乱に追ってくる。
私も途中で軌道を変え、ビルとビルとの間を飛び移りながら、交差する瞬間に角槍が巨大雄猿の毛皮を抉り、巨大雄猿の爪が私の脇腹を削る。
「ああああああああああああっ!!」
瞬時に脇腹を鱗が覆い、渾身の蹴りと巨大雄猿の拳がぶつかり合って互いに弾かれた。
その瞬間――
『ゥボォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
その隙を狙って隠れていた三体目の巨大猿が背後から襲ってきた。
バチッ!!
『ウボォオオオオオオオオオオオオオ!?』
私はその攻撃を捻るように躱し、一メートル以上に伸びた尻尾の先端が鞭のように三体目の顔面を切り裂いた。
お前の〝気配〟は気づいていた。腕に力を込めると角槍の赤みが増し、〝熱〟を込めて投擲した角槍が顔面を押さえて落ちていく三体目の巨大猿を貫き、ビルに標本のように縫い止める。
そのビルの外壁に着地した私はそのまま壁を駆け抜け、突き刺さった角槍の上に着地するようにして、三体目の心臓に手刀を突き刺した。
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
『ウボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
互いに叫びをあげ、肩まで突き刺した腕で心臓を掴み、血管を引き千切り、大量の血を浴びながら巨大な心臓を抉り取る。
痙攣する三体目の前で抉り取った心臓を貪っていると、真下から強烈な衝撃を受けて、追いついてきた巨大雄猿に上空へと蹴り上げられた。
三体目の死骸と私が宙を舞い、高層ビルまで飛ばされた私がそのまま破壊された最上部へ登ると同時に巨大雄猿が追いついた。
私は口の中に溜まった血を吐き捨て、巨大雄猿と対峙する。
「……これで一対一だ」
『……ウゴァア』
しんしんと降る白い雪景色の中……。
素手のまま爪を構える私の〝熱〟が雪を溶かして、蒸気となって大気を揺らめかせる。
そんな私を巨大雄猿は牙を剥き出すように見て、全身の筋肉を膨張させた。
この都市で一番高い場所で、私たちは前傾姿勢を取り……どちらともなく同時に飛び出した。
***
〝なんだ、この小さな生き物は?〟
その生物と対峙しながら巨大雄猿は困惑する。
最初に気づいたときは、取るに足らない小さな生き物だと思った。だが、以前この地を縄張りとしていた『毛のない猿』とよく似ていながら、何故かその〝姿〟にざわめくような予感を覚え、警戒するために配下の猿どもを配置した。
世界が変わったあの日――巨大猿たちは自由を得た。
狭い場所に閉じ込められ、何もすることがなくただ餌を得るだけの不自由さにストレスを感じていた〝ゴリラ〟であった彼は、巨大化して知恵を得て、今までの鬱憤を晴らすように毛のない猿どもを蹂躙した。
同じ場所には自分と同じように遠くから集められた動物がいて、幾つかの動物は自分たちと同じように巨大化して、檻から解き放たれた。
幾つかの獣と戦いにはなったが、それは多くなかった。
自分たちは元より強く、群れであったからだ。それに自分たちよりも巨大な物は草を食べる動物で、戦うことなく他の地へ向かったのもあるが、肉食の獣の大部分は毛のない猿への恨みを晴らすことと、それを〝餌〟とすることを優先した。
毛のない猿どもと戦いになり、群れの一部は犠牲となったが、結果的にこの一番高い場所を自分たちの縄張りとすることができた。
もう何かに脅えることはない。肉食の獣どもの餌になっていた他種の猿どもを下僕として従え、守る代わりに餌を集めさせれば飢えることもなく、自分たちは生態系の頂点に君臨したのだと考えるようになった。
そんなある日、その小さな生き物は現れた。
その小さな赤い生き物からは異様な〝熱〟を感じた。
毛なしの猿どもが使う、巨大動物と戦うときに使った嫌悪感のある〝火〟とは違う、純粋な炎のような〝熱〟だった。
そして再び現れた赤い生き物に巨大雄猿は雌どもをけしかけた。
得体の知れない相手だが、暇を持て余した雌どもにとってよい玩具となるだろう。
それ以上に、得体の知れない〝何か〟を感じさせる赤い生き物は、できるなら消えてほしいと無意識にそう考えていた。
だが、その赤い生き物は突然敵意を見せ、雌を殺した。
尊い存在である自分の雌を殺しただけでも許しがたいことだが、赤い生き物は事もあろうに雌を捕食していたのだ。
そんなことは許さない。許せるはずがない。
生態系の頂点に君臨する自分の雌を食らう存在など在っていいはずがない。
赤い生き物は食らうたびに強くなり、その〝熱〟を増していった。
今では自分と互角の戦いをして、自分からさらに何かを奪おうとしている。
そんな不遜な存在など絶対に許すものか。
何度も殴り、爪で引き裂き、巨大な腕で叩き潰しても、その度に立ち上がり、その小さな身体にどれだけの力があるのか、同等の力で殴り、蹴り返してくる。
巨大雄猿は感じていた得体の知れない〝何か〟を怒りに変えて、強く吠える。
だが、赤い生き物も天を震わせる〝雷鳴〟の如き咆吼を返し、瞳孔を縦に細めた金色の瞳で睨みつけて牙を剥き出した。
その瞬間、巨大雄猿は理解した。
自分がこいつに感じていた得体の知れない〝何か〟を……。
それは〝不安〟だ。
こいつはただの小さな生き物ではない。
こいつは……自分たちを含めたすべての巨大生物の〝捕食者〟なのだ。
***
『――ゥゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
巨大雄猿が突然〝獣〟に戻ったかのように防御もなく飛びかかり、私の肩に食らいついた。
巨大な牙が食い込み、私を引き裂こうとする。
でも、その瞬間に突き立てられた牙の周囲が赤い鱗に覆われ、徐々に押し返される牙に巨大雄猿は絶望の表情を浮かべた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
私も巨大猿の首に食らいつき、肉ごと頸動脈を食い千切る。
盛大に噴き上がる血を浴びながら、私は赤い爪の手刀をその傷口に突き立て、引き裂きながら、その命が尽きるまで肉を食らい続けた。
次回、第一章ラスト
『婆ちゃんの思い出』