25 婆ちゃんの家 その6
巨大猿との戦い
全高で約六メートル弱……。太い骨格についた分厚い筋肉に黒い毛皮。
目の前の巨体と私の〝知識〟が一致する。
こいつは普通の猿が巨大化したんじゃない。こいつらは、マウンテンゴリラだっ!
『ゥボォオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ビルにしがみついた巨大猿が天に吠え、遠くから木霊するように鳴き声が響く。
「――っ」
仲間を呼ばれたと察した私は即座にその場を離れようとした。
バキィイイイン!!
でもその瞬間にビルの外壁を蹴り、ビルの窓ガラスを粉砕しながら飛び出した巨大猿が私へ襲いかかる。
即座に私が横に飛び避けると、積もった雪を盛大に吹き飛ばして着地した巨大猿の爪がアスファルトを抉る。その膨大に巻き上がった雪煙の中から大きな影が見えて、私はとっさに角槍を構える――が。
「――!?」
おそらく投げつけられたであろう自動車を、私は慌てて角槍で受け止めた。
「うああああああああああああああああああああっ!!」
両手を覆っていた真っ赤な鱗が二の腕まで覆い、声を張り上げながら自動車を横に弾き飛ばす。
キィィイイッ!!
その隙を狙って襲いかかってくる無数の猿たち。
私は噛みついてくる猿の牙を腕の鱗で受け止め、次々と向かってくる猿諸共拳で殴りつける。
どうしてこの猿どもは向かってくる? この猿たちは山にいるような猿でゴリラとは種類が違うはずなのに!
「――っ!」
『ウボォアアアアアアアアアアアアッ!』
普通の猿たちに気を取られた瞬間に、雪煙の中から自動車を盾にするように向かってきた巨大猿の拳が、小さな私の身体を打ち付けた。
ドゴォンッ!!
「くはっ!」
肺の中の空気が吐き出され。数十メートルも吹き飛ばされた私は標識をへし折り、巨大樹木に叩きつけられる。
「……げほっ」
想像以上に強い。私だって巨大鹿や巨大猪と戦い、かなり強くなっているのにまともに戦えてさえいない。
『ゥホッホォオオオオオッ!!』
巨大猿が吠えると通常の猿たちが倒れた私へ襲いかかってきた。
腕の鱗で猿の爪や牙を受け止め、角槍で弾き飛ばし、蹴り飛ばす。そこに巨大猿がまた廃車となった軽トラックを持ち上げているのを見て、慌てて巨大樹木の林を飛び出すと同時に、逃げ遅れた猿を巻き込むように投げ込まれた。
「くっ」
『ホォッ!』
巨大猿が獲物をいたぶるようにニタリと笑う。
やはり巨大猿は力だけでなく、知能も相当に高くなっている。
通常の猿たちの中には、少ないけれどチンパンジーやこの国にいない猿も混じっていた。それはおそらく婆ちゃんが言っていた動物園から逃げた動物なのだろう。
想像になるけど、動物園の小さな動物も大部分は肉食系巨大動物の餌にされた。巨大猿はそれらから通常の猿を庇護することで従えたのだ。
だからと言って猿たちは無理矢理従わされているようには見えない。
猿たちにとっても庇護下に入ることで安全に餌を集め、生き延びることができる。
先ほどの巨大猿の攻撃に巻き込まれた猿もいたというのに、他の動物より下手に知能が高いからか、巨大猿の群れにいることに〝優越感〟を持ち、死んだ仲間よりも自己の〝愉悦〟を優先するような、歪な表情を浮かべていた。
キィイイイイイイイイイイイイイッ!
群がってきた猿たちが石を持って次々と殴りかかってくると、鱗のある腕を避けて背中や脚を狙ってきた。
「――っ!」
そんな猿たちを避けて移動すると、そこに再び巨大猿が襲ってくる。
『ウゴァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
猿たちによって狭い場所から広い場所へ誘い出された私は、通常の猿たちを避けつつ、巨大猿と一対一で戦える場を探して雪の中を駈けた。
でも――
「――!?」
ビルの曲がり角から巨大な影が現れる。
「もう一体!?」
『ウボォオオオオオオオオオオオオオッ!!』
まるで私を待ち構えていたように現れたもう一体の巨大猿が、積もった雪を廃車ごと吹き飛ばしながら迫り、巨大な腕と爪を振るった。
ガシンッ!!
「ぐっ!」
とっさに腕を十字にして受けた私を十数メートル吹き飛ばす。
硬いはずの赤い鱗が裂けて血が噴き出した。何度も吹き飛ばされたことで背中や脚も傷つき、滴る血が白い雪を赤く染める。
「こいつら……ッ」
時間がない。本当に早く戻らないといけないのにっ!
「邪魔をするなぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
私の中の憤りが〝怒り〟となって燃え上がり〝熱〟となって全身に駆け巡る。
ドゴォオンッ!!
〝熱〟を持った両足が後方に雪を噴き上げるように飛び出した私が、二体目の巨大猿に角槍を突き出した。
『ゥホォ!?』
それをとっさに腕で受けた巨大猿は、筋肉を締めて刺さった角ごと私を振り回す。
両足から〝パキッ〟と音がして、私は真っ赤な鱗に包まれた足で思い切り巨大猿の横っ面を蹴り飛ばした。
『ゴォアアアアアアアアアッ!?』
岩をぶつけ合うような音を立てて巨大猿が横倒しに吹っ飛び、雪煙が湧き上がる。
体重の軽い私もその反動で飛ばされ、そこに一体目の巨大猿が飛びかかってきた。
『ゥボォオオオオオオオオオッ!!』
「このぉおおおおおっ!!」
ゴォオンッ!!
巨大猿の拳と私の蹴りがぶつかり合う。
私の足の鱗が剥がれ、巨大猿の拳の毛皮が裂けた。互いに血を流しながらも動きの速い私の繰り出した角槍が巨大猿の肩に突き刺さる。
『ウゴァアアアアアアアアアアアアアア!!』
だが巨大猿はそれをものともせず、アスファルトの雪ごと私を蹴り上げた。
「かはっ!」
私の口から血が漏れる。六メートル近い巨大猿に蹴り上げられた私の身体は、巨大樹木の枝をへし折りながら、雪や枝と一緒に十数メートルもある樹木の上まで飛ばされた。
そこに――
『ウギィイイイイイイイイイイイイイッ!!』
ビルに取り付いていた巨大猿が襲ってきた。
「三体目っ!」
バァアアンッ!!
思い切り振りかぶった爪の一撃をとっさに角槍と腕で受けるが、腕の鱗が欠けて血を撒き散らしながら吹き飛ばされた私は、ビルの外壁に叩きつけられる。
「ぐっ……」
飛びそうになる意識を繋ぎ止め、下で待ち構える石を持った猿たちのところへ落ちるのを避けるため、私はビルの外壁に爪を突き立て、外壁に這うツタを掴むようにへばり付く。
『ウギィイイイイイイ……』
私を仕留め損なった三体目の巨大猿が向かい側のビルの外壁から、歯を剥き出すように唸り声をあげていた。
『ゥホッホォオオオオオオオオオオッ!』
『ウガァアアアアアアアアアアア!』
そこに、私を挟み討つように一体目と二体目の巨大猿が、左右のビルの外壁を登ってきた。
完全に囲まれた。やはり私を待ち構えていたのか。
「ウウウウウウウウウウウウッ!」
私も牙を剥き出し、三体の巨大猿を威嚇する。
……こいつら、三体とも雌か。でも、どうしてすぐに襲ってこない? 同時に襲われたら、知能の高いこいつらなら為す術もないことは分かっているはずだ。それに……
「〝雄〟はどこ?」
その瞬間――
ゾッとするような寒気が背筋を奔り、見上げたビルの上に、あの病院の上で最初に見た群れのリーダーらしき〝雄〟の巨大猿が私を見下ろしていた。
私は……この逃げ場のないビルの上に追い込まれ、こいつらの奸計に掛かったことを理解した。
囲まれた竜娘。生き残る術はあるのか。
次回、『婆ちゃんの家 その7』
巨大猿四体との死闘。
そして竜娘は自分の力を自覚する。